辺境の村
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光が消えた。
足の下に、地面がなかった。
「あ」
四人そろって、落ちた。
どさっ。どさっ。がしゃん。どさっ。
四人まとめて這い出し、あたりを見回した。
岩と砂しかなかった。
さっきまでいた森は、木の一本も見当たらない。草もろくに生えていない荒れ地が、地平線まで続いている。足元には崩れかけた石の柱が数本と、森の遺跡で見たのと同じ紋様が刻まれた台座があった。
一瞬で、森が荒れ地になった。
ワープした、ってことか。
「おい、セレネ。今の、なんだ」
セレネは、口の周りの粉をぺろりとなめた。
「とおくに、とんだ」
「やっぱりか。で、ここ、どこだ」
セレネは、あたりをぐるりと見回した。
「きたこと、ある」
「おお。どこだ」
「……とおいとこ」
「それは分かってる」
ヴィクトリアが手を挙げた。
「わたし、知ってますわ!」
「どこだ」
「ここですわ!」
「はたけ、ない」
三人に聞いた俺が間違っていた。
「これで戻れるのか」
「わかんない」
セレネは台座に耳をくっつけた。それから台座をぺちぺち叩いた。最後に、台座の角をかじった。
「かじるな」
「かたい」
「知ってる」
ヴィクトリアとレオナも、なぜか一緒に台座を叩き始めた。三人で、ぺちぺち。森の遺跡ではあれだけ光った紋様が、ここではただの溝のままだった。
しばらく待ってみた。何も起きなかった。
「……歩くか。人のいるとこまで行けば、王都の方角くらい聞けるだろ」
***
荒れ地は、どこまで歩いても荒れ地だった。
岩。砂。また岩。景色が変わらないので、進んでいるのかどうかも分からない。日差しだけが、やけに強かった。
最初に脱いだのは、セレネだった。
歩きながら、いちばん上の衣をするりと脱いで、ぽいと砂の上に落とした。それから袖から短冊と筆を出して、さらさらと書いて掲げた。
いと あつし
十歩歩いて、また一枚脱いだ。ぽい。二十歩歩いて、また一枚。ぽい。振り返ると、砂の上に色とりどりの衣が点々と落ちていて、俺たちの歩いてきた道が一目で分かった。
その衣を、一枚ずつ拾っている者がいた。
ヴィクトリアだった。
「わたしがもらいますわ」
拾った衣を、ヴィクトリアは町娘の服の上から羽織った。また拾って、また羽織った。セレネが一枚脱ぐたびに、ヴィクトリアが一枚着る。セレネはだんだん細くなり、ヴィクトリアはだんだん丸くなっていった。
「おい、セレネ。それ以上は脱ぐな」
「あつい」
「脱ぐな!」
襟に手をかけたセレネの頭を、俺は上から押さえつけた。
振り返ると、ヴィクトリアが立ち往生していた。袖が何重にも重なって腕が曲がらず、裾が何重にも重なって足が前に出ない。荒れ地の真ん中に、雪だるまのような王女が一人、突っ立っている。
「お兄ちゃん、だっこ」
「脱げ」
「いやですわ。わたしのですもの」
ヴィクトリアは胸を張って一歩踏み出し、そのまま前に倒れた。
ちょうど、下り坂だった。
ごろごろごろごろ。
丸い王女は、砂の坂を転がり落ちていった。
「ぼくも!」
レオナが剣を握ったまま飛びついた。飛びついたまま、巻きこまれた。衣の玉が、ひと回り大きくなった。
セレネも、なぜか嬉しそうに飛びこんだ。玉が、またひと回り大きくなった。
「おい、止まれ! 危ない!」
俺は坂を駆け下りて玉の前に回りこみ、両手を広げて踏んばった。
ぐしゃ。
衣の玉は、俺までまるごと飲みこんで、大人の背丈ほどもある大玉になった。色とりどりの衣のあちこちから、腕やら足やら剣の先やらが突き出している。
世界が回った。
ごろごろごろごろごろごろ!
「きゃっきゃっ」
「わあーーーーーーーー」
坂を転がり落ち、岩に跳ね、砂煙を上げて荒れ地を突っ切る。その先で、地面がふっと途切れていた。
崖だった。
玉は、そのまま宙へ飛び出した。
「わあーーーーーーーー」
ひゅーーーーーー。
崖の下の砂地にぼすんと落ち、跳ね上がり、また落ちて、さらに転がる。枯れ木をなぎ倒し、干からびた川床を飛び越え、もう一つ坂を転がり下りる。
「わあーーーーーーーー」
どーん。
何かにぶつかった瞬間、玉が弾けた。
ぼんっ!
衣と四人が、四方八方へ吹っ飛んだ。色とりどりの衣が空いっぱいに舞い上がり、その下を、王女と女騎士とエルフと俺が、ばらばらの方向へ飛んでいく。
俺は空中でくるくると三回転し、両足をそろえて着地した。
すたっ。
両腕は、まっすぐ上に伸びていた。体操選手の着地だった。
そこへ、空から衣が降ってきた。一枚目の袖が、バンザイした両腕にするりと通る。衣はそのまま肩を越え、胴まですっぽりかぶさって、裾がすとんと足首まで落ちた。その上から二枚目、三枚目と、同じように通っていく。
気がつくと俺は、教科書の平安時代のページみたいな格好で、バンザイしたまま立っていた。
「お兄ちゃん、すごいですわー!」
「すごーい!」
砂の上に転がったまま、二人がぱちぱちと手を叩いた。その横で、セレネが「いと ゆゆし」と書かれた短冊を高々と掲げた。
残りの衣は、風に乗って空の高いところを舞っていた。ひらひらと、一枚、また一枚、荒れ地の向こうへ流れていく。
ヴィクトリアが、手を叩くのをやめて、それを見上げた。口が、少しずつへの字になっていった。衣が全部見えなくなると、ヴィクトリアはぱっと起き上がって、俺のほうへ駆けてきた。
「わたしのですわ!」
バンザイしたままの俺から、衣を三枚とも引き抜いて、腕に抱えこむ。それからぎゅっと抱きしめて、満足そうに胸を張った。
俺は、ようやく腕を下ろした。
すぐ横で、土塀がひとつ、がらがらと崩れていった。
あたりを見回した。
村だった。屋根の落ちた家が並んでいる。十軒ほどの小さな村だ。どの家も黒く焼け焦げていた。
扉の外れた家。割れた水瓶。焦げた柱。どこを見ても、人はいなかった。
災害でもあったんだろうか。
井戸の手前に、女の子がいた。
うつ伏せだった。両手を頭の上へまっすぐ伸ばし、両足もそろえてまっすぐ伸ばして、地面にぺたりと張りついている。プールの飛び込み台から、間違えて陸のほうへ飛んでしまったみたいな格好だった。
何してんだ、こいつ。
「おーい」
返事はない。つま先で、ちょんとつついてみた。ぴくりともしない。
手足が、棒みたいに細かった。手首から先は、泥遊びでもしたみたいに真っ黒だ。くすんだ茶色の髪はぼさぼさで、着ているのはぼろ布みたいな服一枚。足は裸足。
また、変なのがいる。
服のすそを、誰かがつかんだ。
セレネだった。俺の後ろに隠れるように張りついて、何も言わない。服をつかむ手が、小さく震えていた。
腹でも減ったのか。
ヴィクトリアは衣を抱えたまま、焦げた柱のまわりをぐるぐる回って、何がおもしろいのかきゃっきゃっと笑っていた。
レオナの顔が、ぱあっと明るくなった。村はずれの畑を見つけたらしい。
「はたけ!」
剣を抜いて駆け出そうとしたレオナの袖を、セレネがつかんだ。
「あっちに、もっとひろいはたけ、ある」
セレネは、反対の方角を指さした。
「ひろいはたけ!」
レオナは大喜びで駆けていった。あっちにあるのは、どう見ても岩と砂だけの荒れ地だった。
「えい! えい!」
ざくっ、ざくっ。
能天気な音が、静まり返った村に響いた。
俺は、セレネを背中にくっつけたまま、女の子のそばにしゃがみこんだ。
それにしても、ガリガリだ。腹が減ってるんだろう。
女の子をひっくり返して、ポケットを叩いた。うまい棒が出た。袋を破いて、女の子の口にぐりぐり突っこむ。
ぐりぐり。
ぐりぐりぐり。
うまい棒の先が、粉になって崩れていくだけだった。
「うーん、食べないなー」
背中のほうから、小さな声がした。
「……りゅうどうしょく」
セレネだった。俺の脇から、顔を半分だけのぞかせている。
「よわってるひとには、りゅうどうしょく」
「流動食ねえ」
俺はポケットの上で手を止めた。駄菓子で、流動食。柔らかいやつなら、あれか。
ポケットを叩くと、モロッコヨーグルが出た。小さなカップに、木のさじがついている。ふたをはがし、さじですくって、女の子の口もとへ運ぶ。
唇の端に、白いのがべったりついただけだった。
せめて、飲めるものなら。
ラムネなら、カロリーあるかな。
ポケットを叩くと、瓶のラムネが出た。栓を抜くと、しゅぽん、と音がした。
瓶の口を唇に当てて、少しだけ傾けた。
女の子の喉が、こくりと動いた。もう一度傾けると、もう一度動いた。
閉じていたまぶたが、ゆっくりと開いた。焦げ茶色の目だった。
その目が、俺を見上げた。
目の端から、涙がこぼれた。それでも、口の端に、少しだけ何かが浮かんだ。
「……おにいちゃん」
小さな声だった。
「ちゅき」




