ヴィクトリア
話は少し前に戻る。ゼイキンムシリトリーノ王国。
第一王女は今日も民のことを考えていた。
「今年は不作でございます。今日食べるパンにも困る民が出ております」
宰相の報告を聞き、二十歳の第一王女は悲しそうに眉を下げた。
「まあ……かわいそう」
「なんと慈悲深き姫様!」
「民がお腹を空かせているなんて、わたくし胸が痛みますわ」
王女は、ポンと手を打った。
「だったら、わたくしが代わりに美味しいものを食べればいいのですわ。今夜の晩餐のメインを十二品に増やしなさい」
「民の分までお召し上がりになるのですな! ご立派になられて……ううう」宰相はハンカチで目頭を押さえた。
悪徳商人が持ってきた首飾りを手に取り、王女は言った。
「あら。これも素敵ね」
「お気に召されましたか」
「もちろんよ。民にはこんな宝石、買えないでしょう?」
悪徳商人は悪徳商人顔で相槌をうつ。
「もちろんですとも、王女殿下」
「まあ、かわいそう。だったら、わたくしが代わりに買ってあげなくては。ついでにこの宝石に合う新しいドレスも二十着仕立てましょう」
「二十着も!」
「民は新しい服を買うお金もないときいていますわ。一着はわたくしの分。もう十九着は民の分よ」
「民へお配りに?」
「民に代わってわたくしが着ますわ」
問題は金だった。ただでさえ高いのに悪徳商人価格になってしまっている。本来の百倍くらいの請求金額だった。
「宝石にドレスとなりますと、少々予算が」
「今日からドレス宝石税を取りましょう。税を納めれば、民も国の役に立てるでしょう? 苦しいときでも国に尽くせるなんて、素敵だと思わない?」
「まさしく! 税とは民に与えられた幸福!」
王女は胸の前で手を組んで祈った。
「今日も民が幸せでありますように」
この時の王女の姿は、まるで聖母のようであったという。
そして、宰相が歌い始めた。
「我らが王女~♪ 民に代わって肉を食べ~♪」
「あら、素敵!」
王女は立ち上がり、そのまま踊り始めた。
「民に代わって宝石を買い~♪」
王女がくるりと回ると、どこからともなくメイドが二人現れ、左右で踊り始めた。
「民に代わってドレスを着る~♪」
さらにメイドが増えた。宰相も踊った。悪徳商人も踊った。廊下を歩いていた兵士まで入ってきた。気がつけば、王宮の一室は舞踏会になっていた。
「すべては民の幸せのため~♪」
王女と宰相とメイドと兵士が一斉に両手を広げた。飼い猫まで二本足で立って踊っていた。
曲が終わると、王女は息を弾ませながら拍手した。
「素敵! でも、わたくしたちだけではもったいないわね」
「と、おっしゃいますと?」
「国歌にして、民にも歌ってもらいましょう」
「ご立派になられて……ううう」宰相はハンカチで目頭を押さえた。
***
第一王女を乗せた馬車を立派な甲冑を着た騎兵百名が囲み、王都を走っていた。今日は王女の黄金像の除幕式である。
王女は窓から身を乗り出し、道端の民に笑顔で手を振った。
「皆さん、ごきげんよう」
その中に、物乞いをしている母子がいた。王女に気づき、慌てて頭を下げる。
痩せた母親と、ぼろぼろの服を着た子ども。王女の顔が曇った。
「まあ……」
「どうされました、姫様?」
「あの子をご覧なさい。あんなにみすぼらしい服を着て……」
王女は胸に手を当てた。
「わたくし、胸が痛いわ」
馬車が母子の前を通り過ぎる。王女はいつまでも振り返っていた。
「決めたわ」
「何がでございます?」
「今日から物乞い税を取りましょう」
宰相が息を呑んだ。
「もっと税を集めて、わたくしがもっと幸せにならなくては。そうすれば、あの子もきっと幸せになれるわ」
「ご立派になられて……ううう」宰相はハンカチで目頭を押さえた。
馬車と騎兵は王都中央広場に到着した。楽団が並び、赤い絨毯が敷かれ、花火まで用意されている。広場の中央では、巨大な何かが白い幕に覆われていた。
しかし、三万人は入れる観客席には誰もいなかった。
「あら。民は?」
「一人も来ておりません!」
「まあ……かわいそう」
王女は空っぽの観客席を見渡した。
「わたくしの像を見ることすら我慢して、国のために働いてくれているなんて……」
王女は目頭を押さえた。
「なら、来られなかった民にも見えるよう、もっと大きくしなくてはいけないわね」
王女が壇上へ上がると、誰もいない広場に盛大なファンファーレが鳴り響いた。
「それでは、お披露目です!」
幕が落ち、黄金の王女像が現れた。高さ十五メートル。黄金に輝く王女が両膝をつき、胸の前で両手を組み、神へ祈りを捧げている。
王女像の膝元に、ちょこんと置かれた十五センチほどの神像。
「まあ、素敵!」
「王族といえど、神の前では一人の人間。姫様の謙虚なお心を表しております!」
「ええ。神様も、こんなに大きなわたくしにかしずいてもらえて、きっとお喜びになるわ」
「やっぱり、十五メートルでは小さいわね」
「では百五十メートルに!」
百五十メートル。だいたい四十階建てのビルの高さである。
「ええ。王都のどこからでも見えるようにしましょう。神様はこのままでいいわ」
王女は壇上の端に座っていた国王へ振り返った。
「お父様、よろしいでしょう?」
国王は娘を見て、にこにこと頷いた。
「ヴィクトリアがそうしたいなら、そうしなさい」
「まあ! ありがとう、お父様!」
「ご立派になられて……ううう」宰相はハンカチで目頭を押さえた。
そして、また歌い始めた。
「我らが王女~♪」
***
帰りの馬車。すでに日は落ち、暗くなっていた。
「百五十メートルなら、王都のどこからでも見えますわね」
「まさしく! 民は朝に姫様を仰ぎ、夜にも姫様を仰ぐことができます!」
「まあ、素敵!」
王女と宰相は向かい合い、今日の除幕式の話で盛り上がっていた。その声は御者台まで筒抜けで、手綱を握る御者も楽しそうに微笑んでいる。
馬車にいるのは、その三人だけ。まわりにも誰もいない。
王女一人、宰相一人、御者一人。以上である。
「あら?」
王女が首を傾げた。
「どうされました、姫様?」
「お父様は?」
宰相が固まった。
「……除幕式会場にございます」
「まあ」
国王を忘れてきた。
「戻りますか?」
「でも、もう暗いですわ」
「ですな」
「お散歩がお好きなお父様なら、歩いて帰れるでしょう」
「ですな」
除幕式会場から王城までは馬車で一時間の距離である。
馬車はそのまま走り続けた。
「ところで、わたくしたちの護衛は?」
「姫様のお言葉どおり、黄金像の警備に残しております」
「あれは民の希望ですもの。何かあってはいけないわ」
「ご立派になられて……ううう」宰相はハンカチで目頭を押さえた。
御者も、うんうんと頷いた。
国王と黄金像には護衛がいる。
第一王女本人を守る兵士は、一人もいなかった。
その時。
ゴンッ!
馬車が大きく揺れて止まった。
「何事です?」
宰相が扉へ顔を向けると、扉が開いた。
赤い髪の女が、太い丸太ん棒を肩に担いで立っていた。後ろには武器を持った男たちがいる。
「誰かーーーー! 誰かおらんかーーーーー!」
宰相が叫ぶ。誰もいるわけがない。
ここから、話は今に戻る。




