助けた王女が「お兄ちゃん」と呼んでくる
「ぎゃー!」俺は死んだ。
死んだら、ニヤニヤ笑う女神がいた。
「異世界に行ってもらいまーす! 逃げるの、世界一にしてあげりゅ!」
「戦うほうじゃないのかよ!」
「すっごく速いよ?」
女神は楽しそうに笑った。長い銀髪に白い服。見た目だけなら神々しい美女なのに、しゃべっていると近所の幼児みたいだった。
「あとね、あとね、欲しいものあったら一個だけあげる!」
「マジで!? じゃあ、もっとモテたい! 女の子にめちゃくちゃモテたい!」
「いいよ! 女の子と、すぐ仲良しになれるようにしてあげる! いっぱいモテモテになりゅよ!」
「どうやって?」
「ひみちゅ!」
「なんで?」
女神はニヤニヤ笑った。
「だって、そのほうがおもちろいもん!」
次の瞬間、俺は異世界にいた。
***
夜だった。月明かりの下に草原が広がっている。
「……マジか」
本当に来てしまった。
「ステータス、オープン!」男の子の言ってみたいセリフNo.1だ。
【レベル】1
【職業】無職
【特殊能力】
・逃げ足世界一
・駄菓子錬成
【祝福】
・女の子とすぐ仲良くなれる
【呪い】
・???
「異世界まで来て無職かよ」
レベル1は来たばかりだから仕方ないとして、その下が問題だった。
「逃げ足世界一……本当にこれなのかよ」
戦闘能力とか魔法とか、そういうのはないらしい。そのうえ「駄菓子錬成」なんて意味不明なものまである。
だが、祝福の欄にはちゃんと「女の子とすぐ仲良くなれる」と書いてあった。
「よっしゃ! 女神、ちゃんとやってくれたじゃん!」
その下には【呪い】???。
「なんで呪われてんだよ」
???では考えても分からない。まあいい。モテるなら。
それより腹が減った。駄菓子錬成とやらで、食い物が出せるならありがたい。
試しにビーフジャーキーを思い浮かべ、ポケットを叩いてから手を突っ込んでみる。
「……ない」
何も入っていない。ならば、もっと駄菓子っぽいもの。
「うまい棒」
ポケットを叩く。手を入れる。
「あった」
本当に一本入っていた。取り出して眺める。どう見てもうまい棒だ。
飴玉。出た。ガムの小箱。これも出た。
「じゃあ、ポテチ」
出ない。
「お菓子なら何でもってわけじゃないのか」
どうやら名前どおり、本当に駄菓子らしいものしか出ないらしい。
喉も渇いていた。そこで瓶のラムネを思い浮かべてポケットを叩くと、腰のあたりに硬い感触がして、ポケットから瓶の首がにゅっと突き出した。
「はみ出してるじゃねえか」
引っこ抜いて栓を開ける。冷たいラムネが喉を通った。飲み物まで出るなら、これは結構便利かもしれない。
だったら、もう少し腹にたまるものが欲しい。
「カップ麺」
ポケットを叩く。何もない。
「駄目か。じゃあ……ブタメン」
叩いた瞬間、ポケットがぼこんと膨らんだ。
「入ってる!」
パンパンになったポケットへ手を突っ込み、小さなカップを引っ張り出す。蓋を開けようとして、止まった。
「……湯がない」
ラムネはある。ブタメンもある。湯だけがない。
「使えそうで使えねえな!」
結局、腹は減ったままだった。俺はブタメンをしまい、「とりあえず、大きな街を探そう」と歩き始めた。
しばらくすると、森の向こうが明るいことに気づいた。火がある。それに大勢の声も聞こえる。街ではなさそうだが、何か食べ物くらいあるかもしれない。
近づいて木の陰から覗き、俺はすぐに後悔した。
「……盗賊じゃねえか」
大きな焚き火を囲んで、二十人くらいの男たちが酒を飲んでいた。馬に荷物、剣に槍。どう見ても立派な盗賊団である。
一段高い岩の上には赤髪の女が座っていた。片手に大きな酒のジョッキ、もう片手には太い丸太ん棒。
「お前ら、今日は大成功だ!」
女がジョッキを掲げる。
「金も馬もたっぷり! おまけに王女まで捕まえた! しばらく遊んで暮らせるぞ!」
「おおおお!」
盗賊たちが沸いた。
王女。見ると、宴会から少し離れたところに金髪の女が転がされている。手足ごと縄でぐるぐる巻きにされ、口には猿ぐつわまで噛まされていた。
「マジで王女なのかよ……」
助けた方がいいとは思う。でも二十人くらいいる。無職レベル1が突っ込む人数ではない。もう少し様子を見ようと木の陰から少しだけ近づいた、そのときだった。
パキッ。
足元の枝を踏んだ。
「……ん?」
盗賊の一人が森を見る。まずい。
男は立ち上がると岩の上の女頭領へ寄り、「ボス、気をつけてくだせえ。誰かいるかもしれやせん」と耳打ちした。
女頭領が男を見る。鼻をひくつかせる。
くんくん。
「……くしゃい」
「へ?」
ズコン!
丸太ん棒を脳天に振り下ろされた。
「あ痛ァ」
「くしゃい、あっちいけ!」
続けて丸太ん棒が横から飛んできた。
ボカン!
「あ痛ァーーーーーーー」
男は吹っ飛び、積んであった酒樽へ背中から突っ込んだ。樽が一つ倒れ、その隣、そのまた隣と転がり始める。
「うわっ、樽!」
「止めろ!」
慌てて飛びついた男の足元を別の樽がすくった。男がひっくり返り、持っていた皿が宙を舞う。焼いた肉が隣の男の顔に張りついた。
「あっちい!」
「何してんだ!」
顔から肉を剥がした男がよろけ、今度は酒を飲んでいた三人の卓へ突っ込んだ。卓が傾き、ジョッキが飛び、酒を頭からかぶった男が立ち上がったところへ、転がってきた樽が尻に当たった。
「ぎゃっ!」
そいつが焚き火を飛び越え、向こう側の男たちへ突っ込む。
「危ねえ!」
「押すな!」
「俺じゃねえ!」
その騒ぎに馬が驚いた。一頭がいななき、つながれた綱を引く。隣の馬も暴れ、荷物の山が崩れた。
その真ん中を、女頭領だけが丸太ん棒を振り回して走っていた。
「くしゃい! あっちいけー!」
「ボス! もう酔ってんですか!」
「また悪酔いしてるぞ!」
「誰か酒取り上げろ!」
「俺は嫌だ! 前も殴られた!」
女頭領が一人を追えば、逃げた男が別の男へぶつかる。ぶつかられた男が樽を蹴り、その樽を避けた男が料理をひっくり返す。誰かが焚き火を消そうと水をぶちまけたが、焚き火にはほとんどかからず、関係ない男が頭からずぶ濡れになった。
「俺にかけてどうすんだ!」
二十人ほどいたはずの盗賊団が、勝手に壊滅しかけている。
どうやら女頭領は、普段から酒癖が悪いらしい。
「……今なら普通に助けられるな」
俺は騒ぎに紛れて、転がされている女へ走った。近くで見ると俺と大して歳が変わらない。というか、とんでもなくかわいい。
女は俺を見るなり目を大きくした。
「助けに来た。静かにしてろ」
「んー! んー!」
猿ぐつわのせいで何を言っているのか分からない。しかも縄は何重にも巻かれている。これをほどいている暇はなさそうだった。
「悪い。このまま行くぞ」
ぐるぐる巻きのまま抱え上げる。
「んー!」
「暴れるなって!」
「おい!」
見つかった。盗賊の男が剣を抜く。
「王女をどこへ連れていく!」
やっぱり王女らしい。そして二十人いる。半分くらいは転んだり濡れたり女頭領から逃げたりしているが、戦う理由は一つもない。
女神は俺を強くしてくれなかった。逃げ足を世界一にしただけだ。
「逃げるぞ!」
走った。
「待てぇーーーーーー」
盗賊が追ってくる。追っかけるやつ、なんで必ず待てと叫ぶんだろな。待つわけないじゃん。
景色が飛んだ。木々がものすごい勢いで後ろへ流れていく。ぐるぐる巻きの成人女性を抱えているのに、重さもほとんど感じない。
後ろを見ると、盗賊たちはもう小さかった。
「マジで世界一なのかよ!」
そのまま森を抜け、さらに走る。それでも息は切れないし、腕も疲れない。やがて盗賊たちは完全に見えなくなった。
女神の能力は本物だった。本物だったが。
「なんで逃げ足だけこんな高性能なんだよ……」
安全そうな場所まで来たので女を地面へ下ろし、縄をほどいた。最後に猿ぐつわを外すと、女は大きく息を吸って、キラキラした目で俺を見た。
「おなかすいた!」
第一声がそれかよ。
ポケットの中のうまい棒を渡す。
「これ、美味しい!」
うまい棒を食べ終えた王女が、俺を見上げた。
「お兄ちゃん、ちゅき」
なんだ、この話し方。もしかして、ちょっと頭が弱いのか?
「お兄ちゃん!」
「俺はお前の兄じゃない」
「お兄ちゃん! だっこ」
「聞いてないな」
女頭領は部下に「くしゃい」。王女は俺に「お兄ちゃん」。
俺は空を見上げた。
この世界の女、大丈夫か。




