8 捜索
もう二度と来るまいと思っていた駅に、秋帆は朱緒とともに降り立った。
すでに一週間も前の事だが、道順は覚えている。
コンビニや自動販売機、二十四時間営業のドラッグストア——記憶を頼りに、朱緒とふたりで町を歩いた。
大学を出る前、朱緒はロッカーに寄りたいと言い、通学用の鞄とは別に長細い鞄を肩に掛けていた。
「その鞄、剣道部なの?」
無言の空気に耐えられなくなった秋帆は、そのことに触れた。
「……道場には通ってる。今日はもう行けそうにないけど、学校に置きっぱなしにはできないからな」
秋帆は得心した。武道を習っているのか、通りで立ち姿が綺麗なわけだ。
「ごめん…… 予定があったのに付き合わせちゃって」
「俺が言い出したことだ」
事もなげに言う。本当に気にしていないらしかった。
「サークルには入らないの? 確かあったよね、剣道部……同好会だったっけ?」
それまで前を向いていた朱緒の視線がちらっとこちらを向いた。
「観池くんいつも独りだし、趣味があるならサークルに入って、大学で友達を作った方が楽しいんじゃないかな」
「……」
朱緒は眉間に皺を寄せ、余計なお世話だとでも言うように不快感をあらわにした。
「あっ、あの、ごめん! すごく余計なお世話だよね!」
「この道を真っ直ぐだな?」
「あ、うん……」
それ以上話したくないとばかりに、朱緒の歩調が早くなった。
(余計なこと言っちゃった…… 怒らせたかな)
朱緒との距離感を間違えてしまった。彼にも立ち入られたくないところはあるだろう。
前を歩く朱緒の背中を見つめた。
話し掛けるなと、無言の圧を感じる。ますます気まずくなり、それからしばらくは会話もなく歩いた。
「捨てたっていうのは、この川か?」
先に路地を抜けた朱緒が正面に見える川を指した。
川幅十メートルほどの狭い川だ。土手の両岸はコンクリートで固められている。水量は少なく、川底に砂利が堆積して背の高い茅や雑草が生い茂っていた。
「……うん。ここで曲がって駅に向かったのは確かだから、ここから上流になるはずだけど、真っ暗だったし……どの辺りで投げたかは全然覚えてない……」
川は右側に緩くカーヴして、先は建物に隠れて見通す事ができない。
「コンビニの袋に入れてたけど、口は縛っていなかったから投げたときに落ちたかも。軽いものだったから、遠くまで飛んではないと思うんだけど」
「手掛かりが何もないよりはマシか」
もし、流れのある方まで飛んでいたら、下流の方まで探さなくてはならない。
今日中に見付かるのだろうか、秋帆は不安になった。
現状、秋帆が取れる選択肢は二つだ。
ここで革手袋を見付けて元凶そのものをお祓いに出すか、それとも自分自身がお祓いに行くか。
後々のことを考えても、秋帆としても、前者が望ましいのは間違いない。一週間前とは違い、今日は朱緒の助けがあるのだ。秋帆は不安を振り払い、気合いを入れ直した。
朱緒は鞄を掛けたまま、おもむろにガードレールを跨ぐと垂直に近い土手に足を掛けながら、軽々と数歩で駆け降りた。道路から川底まで二メートルほどの落差があったが、危なげのない身のこなしだ。
秋帆はトートバッグから量販店で購入したゴミ袋と軍手、火挟みを取り出して朱緒に渡した。
「俺は下を探す。オマエは上から探してくれ」
「僕も降りて探すよ」
「危なそうだから、やめてくれ」
朱緒が、皮肉げに笑った。
その笑いに何か引っ掛かったが、生霊からの影響を心配してやめてくれと言っているのだろうと理解することにした。
指示された通り、秋帆は土手沿いの道から探すことにした。
川を見下ろすが、至る所に雑草が生い繁り、見通しはかなり悪い。下で探している朱緒も雑草に難儀しているようだ。その姿に申し訳なさを感じた。
秋帆は集中して、ゆっくりと霊視しながら歩いた。
しかし、二十分かけて、美雨のアパートに繋がる路地のところまで歩いたが、何も見付けられなかった。
建物のなかのように閉ざされた空間内なら感じ取りやすいのだが、屋外は気が散漫になってしまって、近付かなければ気付けない。
秋帆の力は、せいぜいその程度のものだ。
思わずガードレールに両手をつき、がっくりと項垂れてしまった。
(……でも、諦めるには早い)
自分を奮い起たせるため、両手で太股を叩く。
秋帆も下に降りて探すことにした。少なくとも、これより上流ということはない。あとは地道に探すだけだ。
「観池くん、大丈夫かな……」
川がカーヴしているせいで、朱緒の姿は完全に見えない。今さらになって、連絡先の交換をしていなかったことを後悔した。
とは言え、数百メートル離れているだけだ。やがて合流できるだろう。
秋帆はガードレールを越えてトートバッグを先に下へ落とし、コンクリートブロックの凹みに足を掛けたところ──そこに至ってようやく、朱緒の笑いと言葉の意味に気付いた。
『危なそうだから、やめてくれ』とは、
“足を踏み外して落ちると危ないから、お前は降りてくるな”
ということだ。
さすがの秋帆も憤慨した。確かに朱緒ほど運動神経は良くないが、いくらなんでも馬鹿にしている。
ゆっくりと慎重に、コンクリートブロックの凹みに足と手を掛けながら危なげなく下まで降りた。
怪我もなく無事に降りられたことに、秋帆はガッツポーズした。朱緒に見せ付けることができなかったのが、残念ですらある。
下に降りて見渡すと、ここも雑草が深い。真の敵は雑草かもしれない。
「軍手用意してて、良かった」
秋帆はゴミ袋を広げ、真新しい軍手を嵌めて火挟みを手にした。まるで小学生の町内清掃活動だ。
革手袋を探し出すためだけに、何故そんなことになっているのかと言えば、
『もし住民に不審者だって通報されても、ごみ袋を持ってたら、清掃ボランティアだってごまかせるんじゃないかな』
という、秋帆の提案のためだった。朱緒は胡乱げな目で彼を見ていたが、反対はしなかったので案は採用された形となった。
本音を言えば、目の前にゴミが落ちているのを見ぬふりできない性分であることを、秋帆自身深く理解していたからだ。
それに朱緒を付き合わせてしまって、若干の申し訳なさはある。
「よし、やるぞ」
純粋善意からのボランティアではないが、美化活動の一環と思えば張り合いも出るというもの。
万が一、黒の革手袋が見付からなくても、徒労に終わるということはない。
それからは無心で草を掻き分け、時折落ちているごみを拾いながら捜索した。
重労働という訳ではなかったが、午後三時の太陽が秋帆の体力を奪い、首筋に汗が滲んだ。眼鏡の鼻当ての下にも汗が流れて眼鏡がずれる。これはタオルも持ってくるべきだった。
汗をハンカチで拭いながら五〇メートルほど下った頃、疲労感なのか、暑気のせいなのか身体が重怠くなってきていた。
何故だか、寒気もするような気がする。
「……う゛っ」
思わず手の甲で口元を押さえる。どうにか飲み込んだが、酸っぱいものが喉の方まで上がってきた。
熱中症だろうか、それは危ない。今日の気温はさほど高くないはずだが、一週間の寝不足と食欲不振が重なれば、体調を崩すのも当然と言える。
目の前のゴミを拾ってから休憩しようと思い、火挟みでコンビニのビニル袋を拾い上げた。
しかし、口が縛られていなかったせいで、入っていたものが中から溢れ落ちてしまった。
「あっ!」
それを見た秋帆は、思わず声を上げた。




