24 廃団地捜索会議 ≪二日目 夕方≫
「これからあの廃団地に入っていくワケだけど。万が一のことがあるかもだから、軽く打ち合わせしとこうか」
食事を終えて、残ったジュースをちびちびと飲みながら、ふたりは本題に入ることにした。
周りに客が増えてきたため、紅緒も声を落としている。
「お願いします」
「そんなに畏まらなくていいよ」
姿勢を正す秋帆を見て、紅緒が苦笑した。
「俺の経験上、塒に入るまではそこまで警戒しなくて大丈夫だと思う」
と、断言したところで同行者――秋帆の憑依体質を思い出したようだった。
「……いや、心配だから橘くんは、俺から離れないようにしてほしいんだけど」
「はい、絶対離れません……」
赤猫の塒に入る前に、秋帆が死霊に取り憑かれでもしたら元も子もない。
伊武に手を入れてもらった御守りの効力があるとはいえ、元よりすれば数段落ちる。警戒するに越したことはない。
「先に言っとくけど、俺は荒事全然できないよ。対人でも対霊でも」
「死霊を祓えないってこと?」
「そういうこと。どっちかっていうと、俺も橘くん寄りの気質だから、すぐに同情しちゃうんだよね。朱緒みたいに割り切れない」
この数時間、紅緒と接してみて、そんな気はしていた。
「だから、問題は塒に入ってからなんだけど、」
紅緒の視線が、秋帆の横に置かれたバックパックに向いていた。
「橘くん、うちの御朱印のハンコ押した紙、持ってるよね?」
「……あ、うん」
空いた時間に試験勉強ができるようにと、鞄に入れっぱなしにしていたファイルを取り出した。
今朝、試しに押した印影の紙がそのまま入っている。彼に言われるまで、入れていたことをすっかり忘れていた。
「そのハンコ、伊武さんがデザインして彫ったんだよ」
「……えっ? そうだったの? 器用だね」
あの大きな手で、これほど細かな仕事が出来るのかと秋帆は感心した。
しかもかわいい絵柄で、伊武のイメージとはあまりにかけ離れていて、二つの意味で驚いた。
「本当にすごいよね。伊武さん、あんな感じのクズだけど、術の研鑽のためなら努力できる人だから」
褒めているうえで、貶してもいる。
口の悪い朱緒だけでなく、温厚な紅緒にまでクズと言わしめるとは、彼の素行は相当に善くないようだ。
「その上でハンコ自体御祈祷してるから、この印にも多少の加護がある」
「加護?」
「うちのお宮では二柱の御祭神を祀ってるんだけど、そのうちの一柱が蛇の神様でね。イラストにもいるでしょ?」
「あ、うん。女の子のとなりに白蛇がいるね」
「蛇のなかでも蛟――つまり水の神様だから、火の赤猫とは相性がいいんだ。……そうだ。今週末、雨乞神事があるって聞いてるよね? 水の恵みの神様だから雨を降らせてくださいって、お願いするんだよ」
成る程、そういうことかと秋帆は得心した。
「よっぽど赤猫の機嫌を損ねない限りは、これを持ってれば橘くんも大丈夫」
「よかった……安心した」
話を聞き自分は大丈夫だと知り安心したが、ならば紅緒はどうなのかと彼の顔を見た。
「紅緒くんは、大丈夫なの?」
「俺の心配なんかしてくれるの?!」
心底驚いたようで、紅緒の目がまん丸になっている。
「俺は大丈夫だよ。だってそのお宮の神子だからね。蛇神様の加護は生まれながらに持ってる」
「そういうものなんだ……」
「問題は生きてる人間の方だよね」
彼が溜息を吐いた。
「外から見る限りでも、落書きがあったもんね……」
秋帆もつられて溜息が出た。
「ネットで軽く調べてみたけど、心スポになってるみたい」
「やっぱり……」
あんな場所が心霊スポットにならない訳がない。
「万が一、生きた人間に遭った場合、気付かれずに済むなら、そのままおとなしくやり過ごすこと」
「はい」
「気づかれちゃった場合は、全力で逃げる」
「……頑張ります」
自信がなさそうな秋帆を見て、紅緒が鞄から黒いフラッシュライトを取り出してきた。
「これ、ミリタリー用のフラッシュライトなんだ。もし生きた人間に絡まれそうになっても俺が目くらましするから、相手が怯んだ隙に逃げちゃえば大丈夫だよ」
「何でそんなもの……」
「そりゃあ、探偵の助手には七つ道具が必需品でしょ!」
「探偵の助手?」
はっと気付いたように、紅緒がさらに鞄からポケットティッシュを出して、秋帆に手渡してきた。
「知り合いの人がね、最近、探偵事務所を始めたんだ。その手伝いにたまに行ってて」
「へえ、探偵の助手って格好いいね」
受け取ったものを見て、秋帆はぎょっとしてしまった。
『幽霊のお悩みは当社におまかせ!』と、太いゴシック体で書かれている。――紅緒の手前、口には出せないが、とても胡散くさい。
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共感性羞恥に襲われて、途中から目を背けてしまった。
「ピッキング道具も持ってるよ。使えないけど!」
「使えないんだ! ……いや、使えなくていいんだけど」
ポケットティッシュをさりげなく紅緒に返そうとしたが、逆に突き返されてしまった。
「あ、持ってていいよ。まだいっぱいあるから」
「……そうなんだ。ありがとう……」
満面の笑みで言われては返すことなどできる訳もなく、秋帆は鞄の内側、チャックのついたポケット――誰にも見られないところへそっと隠した。




