23 瞳から秘密を覗く ≪二日目 夕方4≫
ドリンクバーから戻ってきた紅緒は、コーラを飲みながらまだタブレットのデザートページを見ていた。
「橘くん、なに頼んだの?」
「へとへとだからがっつり食べたくて、牛もつ焼き定食にした」
「俺はチーズインハンバーグ、ライス付き」
「……紅緒くん、お肉食べていいの? いま潔斎中じゃなかったっけ」
秋帆が指摘した瞬間だった。紅緒の顔から血の気が引いた。
「……何でそのこと知ってんの?」
「えっと、観池くんが食堂でお弁当を食べているときにそんなことを……」
少し嘘を吐いた。本当は、彼の家で夕食をいただいたときに伊武から聞いた。
「……お願い! 朱緒には言わないで!」
紅緒はぺたりと顔を伏せ、両手を合わせて懇願している。
「僕が言わなくてもバレるんじゃないかな……」
「そうなんだよね…… なぜかすぐバレるんだよね…… でも今日はバレない可能性もワンチャン……」
紅緒はしきりに首を捻っているが、秋帆にはその理由がなんとなく分かっていた。
きっと、一部始終このやり取りも紅緒のうちから朱緒が監視しているのだろう。バレない訳はない。
「告げ口したりしないけど、一応、僕は止めたからね」
紅緒を通じて朱緒に伝える。これはさすがに彼も分かってくれるだろう。
「ホントに? ありがとう、橘くん!」
無邪気な笑顔を向けてくる紅緒に罪悪感を覚えつつ、後日絶対に朱緒から怒られるであろう彼に心のなかで合掌した。
「僕の方こそお礼を言わなくちゃ。今日は協力してくれて、本当にありがとう」
「えっ、お礼を言われるようなことじゃないよ」
「でも、僕じゃ何日街を歩いても見つけられなかったよ」
「お礼なら、朱緒に言ってあげなよ。俺はあいつに頼まれただけだから」
「うん、それは勿論」
彼が微笑むと、紅緒もつられてにこりと笑った。まるで警戒感のない――それどころか、心を許した微笑みだ。
決して演技ではない。
その笑顔を見るにつれ、朱緒ではないのだと思い知らされる。
解離性同一性障害だろうかと思ったが、違う気がする。
そういった症状の人と接したことがないので分らないが、通常、人間の魂は一人につきひとつだ。生霊となって分かれることはあっても、同質のモノ。赤を切っても赤は赤。赤から黒へ、色が変わるようなものではない。
だが、目の前にいる紅緒からは、朱緒とはまったく違う魂の気配を感じていた。目に視えるようなものではないので、「感覚」となってしまうのだが、断言できる。
この状況は魂が入れ替わったと言うより他ないが、どうしてこんなことになっているのだろう。
朱緒には詮索するなと恫喝されているため質問は許されていないが、考えずにはいられない。
「でもさ、聞いてよ、橘くん」
紅緒は机に両肘をつくと、身を乗り出してきた。少し考え事をしていた秋帆は驚いた。
「朱緒の頼み方、強引なんだよね。あおさばさんのぬいぐるみのお礼をしろだって急に言い出してきてさ。昨日はもらったからやるって渡してきたのに、もう意味わかんないよね」
「それは意味わかんないね」
秋帆は苦笑した。
「普通に頼んでくれても、断ったりしないのにさ」
「兄弟なら、甘えちゃえばいいのにね」
「それだよ、それ!」
紅緒が悩ましげな溜息を吐いていた。
「朱緒に頼られるなんて滅多にないから、ちょっと嬉しかったんだけどなあ……」
伏せられた彼の瞳が、物悲しげに見える。それを見た秋帆は、思わず励ましたくなってしまった。
「でも観池くん、本当に頑張って紅緒くんのためにぬいぐるみストラップゲットしたんだよ」
「……え? ストラップ?」
しまった、と思った。これは余計なことのうちに入るのかと思ったが、もう遅い。
「ゲットって、あいつクレゲしたの? もらったっていう大きなぬいぐるみしか知らないんだけど?」
「いや、ごめん。忘れて……」
「いやいやいや、忘れないよ? 俺その話聞いてないし」
紅緒はわざわざ机を廻り込んできて、秋帆の隣に座った。
ぐいぐいと迫ってくる紅緒に押されるが、壁際に追い込まれた秋帆に逃げ場はない。
「で、でも、紅緒くんに言ってないってことは、観池くんが知られたくないことだと思うし……」
「橘くん、考えてみてよ。俺が秘密にしようとしてても朱緒に全部バレるのに、俺があいつの秘密は全然知らないって、不公平じゃない?!」
よくよく考えてみれば、それもそうだ。紅緒がすこし可哀想になってきた。
「いままで床の間の花瓶を割ったのだって、木から落ちてちょっと怪我してたの隠してたのだって。他にもいろいろ父さんにバラして、その度に俺だけ怒られてさ!」
そこまで聞いて、秋帆ははたと気付いてしまった。
「……聞いてる限り紅緒くんの秘密って、ちょっと悪いことだよね?」
「これは……一部で……」
墓穴を掘ったと気付いた紅緒の視線が泳いだ。
「観池くんのストラップの話は叱られるようなことじゃないし、気になるなら直接本人から聞いた方がいいよ」
秋帆には、そう言うのが精一杯だ。
「……橘くん、朱緒に脅されてる?」
「…………」
恫喝されている――とは、まさか言えない。
だが、双子の弟の性格を熟知する紅緒はそうと確信しているようだ。
「余計なことを言って怒られるのは僕だし……」
「怖いのは分かるけど……!」
これ以上は無駄だと悟った紅緒はがっくりと項垂れた。
「……帰ったら、絶対問い詰めて、いくら使ったか聞き出してやる」
悔しそうな紅緒がそう堅く決意したところで、料理が運ばれてきた。




