22 廃団地に棲むモノ ≪二日目 夕方≫
それからも紅緒の足は一度も迷うことなく、住宅街から商店街、繁華街まで、時に線路や人家を迂回しながら裏路地を歩き回った。
そのルートの間には、八日前と一週間前に火災のあった住宅の車庫と、空き家の前を通過していた。
やはり秋帆の見立て通り、八日前の車庫のビニルシートは人間が、一週間前の空き家の郵便受けは赤猫が焼いた痕跡があった。赤猫が放火犯を追いかけるようにして、火をつけている。
そして、赤猫の縄張りは普通の猫のそれに比べて、はるかに広がっていた。五キロ以上は移動しているだろう。すでに四十分以上歩き通しだ。
十七時のチャイムが鳴っている。さすがに休憩を挟まないと、身体がもたない。
ここで、秋帆は音を上げた。
「……紅緒くん、コンビニ寄らない?」
真横にあるコンビニを指差す。
「疲れた?」
「疲れてるし、紅緒くんも水分補給しなきゃ」
「……言われてみれば、喉が渇いてる気がしてきた」
汗で濡れる紅緒の顔が、かすかに赤くなっている。だが、過集中のためか、自分の体調に気付いていない。
秋帆は彼をコンビニの店内に引っ張っていくとハンディ扇風機を持たせて、フローズンドリンクを一つ購入してからイートインスペースに座らせた。それからスポーツドリンクを二本買うと一本を脇に挟ませて、身体を冷やさせた。
「生き返る~~」
フローズンドリンクを飲みながら、紅緒は気持ちよさそうに目を細めていた。顔色も少しずつ赤みが引いてきている。
まるで彼専属のお世話係になったようだ。ようやく口にできたスポーツドリンクで水分補給をしながら秋帆は困惑していた。
返す返す、こんな無茶をする彼を単独で捜索させようとしていたのかと、朱緒に対する信頼感が低くなっていく。
十五分ほどの休憩を挟み、体調を回復させたふたりはコンビニを出た。
「橘くん、あそこも放火現場だよ」
自動ドアを出るなり、紅緒が正面にある小さな公園を指さした。
そちらに向かうと、燃やされたネット遊具の周りをカラーコーンが封鎖していた。
「二週間前の放火現場だ……」
秋帆はスマートフォンでネットニュースの写真と現場を照らし合わせた。
「ここも、二日連続で同じ遊具が燃やされてる」
「赤猫はここで放火犯に目を付けたみたいだね。いままでの現場のなかで一番、興奮してる」
紅緒は遊具から視線を上げると、遠くを見つめていた。
「……橘くん、俺らもやっと見つけたよ」
そう言うと、紅緒はマンションの間から見える遠くの建物を真っ直ぐに指差した。
「あそこが、探してたモノだ」
◇
見上げたふたりの目の前には、十階建ての廃墟化した住宅団地が三棟、聳え立っていた。見るからに薄汚れて、劣化が進んでいる。
日が傾き始めた空の下で、建物にかかる影が深く夜の気配を纏わせている。
「いかにも曰くつきって雰囲気がするね」
「……まあ、関係ないのもいっぱいいるからね」
敷地内に入っていないにも関わらず、彼方から強い視線を感じる。
紅緒は心配そうに秋帆を見ていた。彼もアレらが秋帆を見ているのだと気付いているようだ。
地上を見れば、長らく放置されているせいで木々が野放図に伸び、コンクリートとアスファルトの間から生えた雑草が人の背丈ほどに長けている。
ぽつんとこの廃団地の土地だけが、すべてから見離されているようだ。
入り口の門はチェーンが巻かれた上に施錠されており、当然ながら入れないようになっている。
こうなると、これ以上の捜索はできない。
しかし、当初の目的である赤猫の塒の場所を特定することができた。秋帆たちの役目はここで終わりだ。
「橘くん、暗くなってから、また来ようか」
紅緒が何か言った。
しかし、言葉の意味が理解できず、秋帆は返事ができない。
「えっと……暗くなってから入るのが怖いのは分かるけど、いまから行くのはやめた方がいいよ。こんなに明るかったら、近所の人に見つかるかもしれないし」
返事もなく、ただ顔を凝視している彼に紅緒は何か勘違いしているらしく、なぜか秋帆が止められてしまった。
「……紅緒くん、待って。この中に入るつもりなの?」
秋帆は確認するように、紅緒の顔を覗き込んだ。
「だって、塒はこの中だよ」
「でも、勝手に入ったら不法侵入になるよね?」
「生きてる人にさえ見つからなければ大丈夫だよ。それに、俺らの仕事は見付けるまででしょ?」
確かに、見付けるまでとは言っていた。
「橘くんが行かないなら、俺一人でも行くよ。途中放棄したくないし」
これは本気で彼一人でも行くつもりだ。説得など通用しない意志の強さが見える。
秋帆は覚悟を決めなければならなかった。
「……分かった。僕も行くから、一人で行くのだけはやめて」
「通報されるようなヘマだけは、絶対にしないから任せてよ!」
にこにこと人好きのする笑顔で、自信満々に力こぶのポーズをして見せる。
その自信はいったいどこから来るのか。秋帆は胃がきりきりと痛み出すのを感じた。
やはり、紅緒と秋帆の視えている世界は、根本的に違うのだ。
これが『視える人』と接するということかと、彼は深く胸に刻み付けた。
「近くのファミレスで時間潰そっか」
紅緒は両腕を上げて伸びをしながら、廃団地に背を向けた。秋帆はどこまでもマイペースで楽天的な紅緒に溜息を吐きながら、その後を追いかけた。




