9 連続放火事件について ≪一日目 夜≫
車輌の座席に座るなり、秋帆は区内で起こった火事の速報をSNSで検索した。
一番上に出てきたのは昨日の火事の投稿で、駐輪場に放置されていた雑誌の束から火が出たという内容だった。リンク先のニュース記事に飛んでみると、連続放火の可能性が高いと書かれていた。
『連続放火』という言葉に、彼はさらに検索を続けた。すると、衝撃的なことが分かった。
「観池くん、これ見て」
隣に座る朱緒にニュース記事を見せた。
「区内外で立て続けに七件、不審火が起こってるみたい」
三週間前、二週間前、十三日前、一週間前、六日前、そして昨日は一晩の内に二度――河川敷の段ボールや公園の遊具、車に掛けていたビニルシート、空家の郵便物などが被害に遭っていた。
幸い早くに消し止められて怪我人は出ていないが、何れの火事も深夜から未明に起こったもので、発見が遅れれば被害は拡がっていたかもしれない。
そして、これが一番奇妙なことなのだが、一番最初の河川敷で起こった不審火を除き、二番目と三番目、四番目と五番目、六番目と七番目の火災現場が目と鼻の先、或いはまったく同じ場所であり、発生タイミングも先の不審火より一日――或いは数時間程度の差しかないのだ。
これには、何か意図的なものを感じずにはいられない。
「アレの仕業と考えてるのか?」
「偶然にしてはタイミングと場所が噛みあってるよ」
七件とも、ここから遠く離れた場所というわけではない。
「でも、一週間前の小火で、車庫の防犯カメラに犯人らしき姿が映ってたって書いてるぞ」
「それは……」
「発見が早かったにしても、アレが起こす火災にしてはやり方が生温い。オマエも見ただろ、もう何人も殺ってるぞ」
朱緒の言う通り、秋帆も赤猫に随伴している死霊を視ている。表立ってあれだけの人数が亡くなっているとすれば、ニュースにならないはずはない。
「じゃあ、人に憑いて放火させてるんじゃないかな?」
「ない話じゃないが…… つーか、咒の行動原理を考えても無駄だぞ。生きた人間とは理が違う。俺たちが理解しようとしても無駄だ」
「そうかも知れないけど……」
それでも赤猫をどうにかする手段の糸口を探さなければ、彼の日常生活がかかっているのだ。
秋帆は彼の僅かな経験上の知識も総動員し、考えうるあらゆる可能性を模索した。
一体なぜ、あの赤猫はこんなことをしているのか。
生前はどのような猫だったのか――
「……猫の死霊も、生きてた頃の習性をなぞるよね」
「多くはそうだな」
「放火している人間に縄張りを荒らされたと思って、マーキングのつもりで燃やしてる、とか?」
どうにか、彼なりに考えて出した推測だった。
「……なるほどな。それなら、可能性としてはあるか」
朱緒は感心したように、秋帆の顔を見た。
「もしそうなら、呪具が見付からなくても、赤猫のストレス要因になってる放火犯が捕まれば、もう現れなくなるんじゃないかな」
秋帆の希望的推測に、朱緒は首を振った。
「いや、それは有り得ない。一度放たれた火は、咒の依代を浄め祓うまで消えることはない。それどころか、放っておけばさらに縄張りを広げる可能性がある」
「広げる……?」
思い返してみれば、三週間前から不審火があったにも関わらず、昨日まで秋帆は赤猫に遭ったことがなかった。
つまり、赤猫の行動範囲が広がっているということだ。
「呪具――赤猫なら、塒だな。そこから完全に離れられないせいで、野放図に広がる訳じゃないが、アレは火だ。薪を足せばもっと燃え広がるぞ」
「薪?」
「人間だ。――もっと言えば、人間の魂」
「……だから、あんなに死霊を連れてたのか」
「そういうことだな」
秋帆も、それに近い死霊の行動を視たことがある。死霊が死霊が喰い、徐々に怨霊として成長していくのだ。
そんなモノが町中を闊歩しているという恐ろしさに、秋帆は震えた。
「何にせよ、ここで話しても埒が空かない。アレの塒を探すのは明日だ」
これで終わりだと言わんばかりに、朱緒は鞄からスマートフォンを取り出した。
教室内とは違い、そうしている姿は、最近の若者らしく電車内の風景に溶け込んでいる。
彼のスマートフォンはアウトドアブランドのロゴや、海外スニーカーブランドのイラスト、オンラインシューターゲームのロゴステッカーを透明ケースに挟んでいるだけのシンプルなものだ。アクセサリは付けていない。
画面に罅が入っていることもなく、きれいな使い方をしている。
だが一方で、あおさばさんへの扱いはますます雑になっていた。頭に腕を乗せているせいで、ぬいぐるみがひしゃげて潰れたまんじゅうになってしまっている。
憐れなことに、耳の部分の綿は潰れてカスカスだ。
「……ぬいぐるみ、喜んでもらえるといいね」
「そうだな」
朱緒はようやくぬいぐるみが潰れているのに気付いたらしく、両手で形を整えていた。
「ストラップの方のぬいぐるみも」
そう言うと、彼は複雑そうに微苦笑した。
「今日はアイツ、家にいないから」
「そっか、残念。観池くんの兄弟、会ってみたかったな」
これから彼の家に向かうのは緊急避難で、決して遊びに行く訳ではなかったが、浮わついた気持ちがないと言えば嘘になる。
やはり、友人の家に行くというのは楽しみなものだ。
「それにしても、お腹減ったね」
「夕飯カレーだってさ。家から連絡来てた」
「楽しみだね!」
それまで、空腹で朦朧としていた秋帆の目が、カレー、と聞いた途端にぱっと明るくなった。




