7 "秋帆先生"と少年 ≪一日目 夕方≫
景品を見ながら、三人でクレーンゲームの筐体の間を練り歩いた。
「夏休み実家戻るし、僕も弟のために何か挑戦してみようかな」
「いいねー。今週、プライズの新作いっぱい出てるから目移りするねー」
晃生も筐体の間を徘徊しながら獲物を物色している。
「橘、弟がいるのか」
「うん、歳が離れてるんだけど。今年、小六で可愛いよ」
「アッキー、三人兄弟って言ってたっけ」
「九個上のお姉ちゃんに、僕、弟。年が離れてるから兄弟喧嘩もなくて平和だよ」
「ちなみに、自分は一人っ子ー」
「だろうな」
晃生が自己申告すると、朱緒は一蹴した。
秋帆の弟は、姉からの影響でサンレヲ好きだ。来年、中学に上がったら一人で上京して、秋帆のアパートに泊まって渋谷にある店舗の限定品を買いに行きたいと言っていたことを思い出した。そのための貯金もしているらしい。
故郷の弟のことを思いながら、何気なく壁際に目をやったときだ。不穏な集団が視界に入ってしまった。
中学生だろうか、五、六人がたむろして一人を取り囲むようにし、壁を作っている。
いつもならば、心を痛めながらも見過ごしてしまうのだが、少年たちの足の隙間から威嚇する三毛猫の姿を視てしまった。
まさか、こんな屋内に動物など連れ込めるはずもない。
――猫の死霊だ。
その死霊の気配に、秋帆は覚えがあった。
「アッキー?」
考えるよりも早く、足が動いていた。
晃生が呼び止めようとしたが、すり抜けていく。
その一団に近付き、やはり見知った顔を見つけた秋帆は、周りの機械音に負けない大きな声を出した。
「大雅くん!」
大げさに笑みを作って、大股で歩み寄る。
集団で囲んでいるとはいえ、相手は中学生だ。一七〇センチぎりぎりある秋帆は、彼らを上から見下ろした。
「大雅くん、どうしたの? 学校の同級生?」
「……えっ、その、たまたま会って……」
大雅、と呼ばれた少年は秋帆の姿に驚いた様子で、おどおどしながら下を向いてしまった。目にかかる前髪が、顔に大きく影を作っている。
彼は六人の中で唯一私服で、どう見ても一緒に遊んでいる雰囲気ではない。
「何すか?」
「誰?」
年上から声を掛けられて制服組の少年五人に多少の動揺はあったが、眼鏡の黒髪で、いかにもおとなしそうな秋帆の外見では大した威圧にはならず、どこか下に見ているような空気さえあった。
秋帆は自分が少し情けなく感じたが、ここまで来て退くことはできない。
「大雅くんが戻ってくるのが遅くて、どうしたのかなって心配になって見に来たんだけど」
嘘は苦手だが、必死に頭を回してそれらしい嘘を吐いてみる。
「おにーさん、もういいっスよ。大雅クン、ボクらと遊ぶんで」
「そうそう、僕ら同級生だし、ね? 大雅クン」
制服の彼らが大雅の肩を叩きながら詰めていく。
秋帆はいますぐにでもどうにかしたかったが、大雅が口を開かないと彼をここから出すことは難しい。
「アッキー、どしたー?」
進退窮まりかけたところで、後を追ってきた晃生がのんびりとした声を掛けてきた。
「大雅くんの同級生みたい」
「へえ……」
晃生は秋帆と大雅、少年五人の様子をじろじろと眺め回した。笑みの消えた細い目は、よく見ればすこし怖い。
そして事情を察した彼は、少年たちに向かってとびきり胡散くさい笑顔を向けた。
「今日、タイガくんは自分たちと遊んでるから、またの日にねー」
晃生は五人の間に手を伸ばし大雅の腕を掴むと、やや強引に引っ張った。
少年たちは何かを言いかけたが、晃生の後ろに控えていた朱緒の姿を見ると、急におとなしくなってしまった。
彼の雰囲気や視線に飲まれてしまうのは、無理もない。
特別大柄でがたいがいいという訳ではないが、整った顔立ちに鋭い視線、赤朽葉色の短髪――彼がそこに立っているというだけで、充分威圧感があった。
「じゃあ、そういうことだから」
大雅を連れてその場を離れようとしたその時だった、少し離れたところでリズムゲームで遊んでいた別の中学生数人から、にこやかな少年が歩み出てきた。
「すみません。半年も学校を休んでる大雅くんに久し振りに会えたから、みんな悦んで盛り上がってしまって」
――おそろしく、張り付けたような笑みだった。
彼の話しぶりもどこか作為的で、中学生らしい可愛げがない。
自信にみなぎる背筋はまっすぐ伸びて、いかにも『聡明』といった雰囲気をまとっている。
涼やかな目元で品の良さそうな顔立ちをしているが、秋帆を見る視線はやはりどこか見下している。
(……苦手なタイプだ)
そうは思っても、秋帆は笑顔を絶やさなかった。気迫で中学生に敗ける訳にはいかない。
「そうだったんだ。邪魔しちゃったね」
無名私立大学の木っ端大学生である秋帆に高いプライドなどない。
好きなだけ見下せばいい。
「こちらこそ、四人で遊んでたところお邪魔しました」
秋帆は大雅の肩を強引に引き寄せて、今度こそ踵を返した。
そうして、中学生たちから見えない場所まで離れたところで、大きく息を吐いた。
「心臓が破れるかと思った……」
尚もばくばくしているで胸をさする。
冷房が掛かったフロアの中で、背中や脇に脂汗が滲んでいた。
「……秋帆先生、ごめんなさい」
消え入るような声で謝る大雅は、さらに小さく身体を縮こませていた。
「気にしないで」
「そうだよ。アッキーが蚤の心臓なだけだからねー」
晃生がおどけてそう言うと、大雅が複雑そうに少しだけ表情を緩ませた。
「ところで、何の知り合い?」
「僕がボランティアスタッフで通ってるフリースクールの生徒さんだよ」
「東雲、大雅です……」
大雅は俯きがちに小さな声で自己紹介した。
ただのボランティアスタッフである秋帆には、生徒の個人情報はほとんど知らされない。
彼のことで唯一知っているのは、通っていた中学校でいじめを受けて、半年前から不登校になったということだけだ。
そんな大雅がフリースクールに通い始めたのは六月からで、もともと口数のすくない彼と打ち解けているとは言い難かったが、それでも見て見ぬふりはできなかった。
「へー、自分は甲斐晃生。で、後ろのぬいぐるみ抱えてるのは観池くん」
雑な自己紹介をされ、朱緒は無言で晃生の後頭部を半眼で睨んでいた。
「あの子たち、絶対観池くんにビビってたよねー。大丈夫だよ、そんなに怖くないから」
「舐められるより、ビビられた方がいいだろ」
「……本当に、何もしなければ怖くないからね」
舌打ちした朱緒に、秋帆は思わずフォローにならないフォローをした。
舐められると先程の秋帆のように役に立たないが、こうして怖がられるのも如何なものか。
「大雅くん、彼らが帰るまで一緒に遊ぼうか」
晃生が優しく笑いかけた。しかし、大雅はなかなか目を合わすことができず、視線を左右にさ迷わせている。
「勿論、無理強いはしないよ」
「……あの、嫌とかじゃなくて……あまねくんの塾の時間だから、彼らもうすぐ解散すると思います」
「それって、あの中で一番意地悪そうだった子?」
少年は小さく頷いた。
「日邨あまねくん……」
『一番意地悪そうだった子』という言葉で通じてしまうあたり、皆、同じような印象を持っているようだ。
「じゃあ、一戦だけゲームしようよ。何が得意?」
「……街拳」
少年が口にしたのは、王道の格闘ゲームタイトルだ。
彼の相手をした晃生は頑張っていたが、三ラウンドとも為す術なくK.Oされていた。
まったく相手にならず、わずか数分で終わってしまったが、その間に店内のどこを見渡しても中学生の集団はいなくなっていた。
「大雅くん家、最寄りの駅どこになるのかな?」
訊ねると、秋帆と同じ路線と方面だった。
「じゃあ、僕と同じ方面だね。途中まで一緒に帰ろうか。もし待ち伏せされてたら怖いからね」
大雅は小さな声で、お願いしますと頭を下げた。
「名残惜しいけど、今日はこれで解散だねー」
時刻は、十九時を回ったところ。
五十分ほどしか遊んでいないとは思えないほど、いろいろなことがあった。
四人で雑居ビルを出て最寄り駅の構内まで歩いてきたが、あの中学生の一団と鉢合わせすることはなかった。
「じゃあ、ばいばーい」
「また明日ね」
秋帆は手を振りながら晃生の背中を見送ると、逆方面のホームに向かった。
「コンビニとか、寄らなくて大丈夫?」
「はい」
大雅は小さく頷いた。
秋帆はちらりと後ろを見た。無言で後ろを付いてくる朱緒に、ふたりの会話に入ろうとする気配は一切ない。
車輛に乗り込み秋帆の隣に座ったものの、スマートフォンを見て無関心を貫いている。
「大雅くん、あそこのゲーセンよく行くの?」
「いえ、初めてです」
初めて来たゲームセンターで、いじめの加害者に鉢合わせするとは、彼も運がない。
「街拳、すごく強いから強敵探して遠征とか?」
いつだったか、そんな漫画を読んだことがある気がする。
「……それはないです」
分かりにくいが、大雅が苦笑したようだった。
ここで意外にも、朱緒も小さく噴き出していた。会話に参加するつもりはないが、ふたりのやり取りを聞いてはいるようだ。
「……あ、もう駅着いちゃった」
二駅は早い。あっという間だ。
「……秋帆先生、今日は有難うございました」
大雅の表情は乏しいが、それでも秋帆の目をしっかりと見ていた。そのことが嬉しくなり、秋帆は優しく微笑みを返した。
「ううん、全然。大雅くん、気をつけてね」
車輛を降りてふたりになると、朱緒がようやく口を開いた。
「橘の荷物、取りに行くか」
「うん、ここから二十分歩くから、結構しんどいよ」




