6 悲喜こもごもクレーンゲーム ≪一日目 夕方≫
「クレゲも見に行ってみようか」
晃生が浮かれた様子で先を行く。
ゲームセンターに来ること自体、珍しいことではない。大抵は秋帆とふたりで遊んでいる。花澄と璃々《りり》が加わることもあったが、花澄の推しであるVTuberのプライズが出たときくらいのものだ。
こうして男三人で遊ぶというのは本当に久し振りで、晃生のテンションがいつもより高くなっている。
一ヶ月半前、大学を退学してしまった友人――船山秀を思い出して、秋帆の気分は沈んでしまった。
彼とは病院で会ったのを最後に連絡先をブロックされてしまい、それ以降何の接触もない。
自分だけではない、彼と繋がっていた大学の関係者は軒並みブロックされていた。
晃生もそのひとりだ。
秋帆はある程度の経緯を知っていたが、彼らに事情を説明することがどうしてもできなかった。
視ることのできない人たちに、呪詛や生霊のことをどう説明しろというのか。自分が頭のおかしい人間だと思われるだけだ。
そうして今日まで、秀の退学は知り合いのなかでも謎のままになっていた。
しかし、秋帆にも分からないことはある。
美雨を守っていたと豪語していた彼が、なぜ朱緒とのやり取りで心を挫かれてしまったのか。
最も事情を知っているであろう朱緒の様子を横目で窺った――すると、彼の視線が一点を見つめている。
その先を追いかけて見てみると、クレーンゲームの筐体だった。その中にあったのは十四センチほどの大きさのぬいぐるみストラップ。
――確か『ぴいねこ』と言ったか。
秋帆はまったく詳しくないが、そんな彼でも見覚えはあった。幼児から大人まで、男女問わず幅広い人気を得ている昨今はやりのキャラクターだ。
しかし筐体のシールドは高く、アームの強さ次第だが、なかなか難しそうな設定の箱だ。
その上、この店舗は全体的に確率がかなり渋い。運が味方したとて数千円コースが常。店員のサポートも初期位置には戻してもらえるが、それだけだ。
秋帆も何度も何度も痛い目を見ている。
「ぴいねこさん、好きなの?」
秋帆が訊ねると、朱緒は少し気まずそうに目を逸らした。
「……俺じゃなくて、兄弟が」
「人気だよねー。誰推しなの?」
先を行っていた晃生が、引き返してきて筐体を覗いた。
「あの青いヤツ」
ストックの方に置かれていた青いの──『あおさばさん』を指差した。
晃生はすぐに店員を呼ぶと、あおさばさんをふたつ下に並べてもらった。
「観池くん、どうぞー」
晃生が案内人よろしく、左手を筐体に差し出しながら身体を脇に寄せた。
操作盤の前を空けられ、驚いたのは朱緒だった。
「いや、こういうの苦手だから無理」
「大丈夫だよー。慣れだよ、慣れ。確率もあるし、大丈夫だって」
「……金出すから、得意なヤツが」
「自分が取ってあげてもいいんだけどー…… 観池くん、本当にそれでいいの? 兄弟のためなら、自分で取らなきゃ意味なくない?」
「…………」
そう言われ、彼の中で何か火が付くものがあったのだろう。
朱緒は本気を出すためか、被っていたキャップを秋帆の頭に乗せた。
「……本当に下手だからな。後ろで笑ってろ」
朱緒はほんの数歩を重い足取りで歩き、筐体の前に立った。
常に鋭い彼の目が、さらに鋭くぬいぐるみとアームを睨んでいる。
下手という本人の申告通り、本当にクレーンゲームに不慣れらしく、ボタン操作のタイミングとアームの停止タイミングの調整に四苦八苦していた。
しかも、アームの動きがかなり素早い。細かな調整などさせまいという、調整者の高笑いが聞こえてくるような癖の強い筐体だ。
あっという間に百円玉が十枚筐体に飲み込まれた。
「やっぱ、無理ゲーだろこれ……」
「これ新作だから設定渋めだろうし、こんなもんだよー」
「僕も、これくらいので三千円溶かしたことあるから、これからだね」
三千円、と聞いた朱緒の顔が少し硬くなった。
「……両替、行ってくる」
「いってらー」
朱緒の背中を見送りながら晃生は唇に親指の腹を当て、考え込むように顎を引いた。
「これは自分の勘なんだけど……今日は長い戦いになるね」
「コーセーくんの予言やめて……」
勝負勘とでもいうのか。こういうときの晃生の予想は恐ろしく当たる。秋帆は少し――否、かなり朱緒の財布が心配になってしまった。
彼が沼に嵌らなければいいのだが。
両替から戻ってきた朱緒は、パンツの両ポケットいっぱいに百円玉を詰め込んでいた。歩くたびにじゃらじゃらと重そうな音が聞こえる。
晃生は思わず笑っていた。
「いくら両替したのー?」
「四千円」
「そこまであれば十分だねー」
秋帆の三千円を目安にして、すこし多めに両替したのだろう。
早々にゲットできれば、メインの三キャラクターを揃えるのもいい。
「タグの紐に引っかけて、シールドに掛かるようしてー」
「どうやってだよ……」
晃生が横からアドバイスをしているが、弱弱しいアームから落ちる度、遠くへ離れていくぬいぐるみに朱緒は翻弄されている。
そうして二千円目の百円玉も虚しく溶けていった。――そこまでは、秋帆も晃生も微笑ましく応援していた。
だが、事態は好転することなく三千円を超え、その辺りから暗雲が立ち込め始めた。
秋帆の胃は空腹とストレスにより、きりきりと悲鳴を上げている。自分の財布でもないのに、精神的負荷がすさまじい。
朱緒が四十枚目の百円玉を入れようとしたところで、秋帆は耐えられず声を上げた。
「……観池くん、コーセーくんに交代しない?」
もう見ていられない、やめてくれ、という秋帆の必死の懇願だった。
「いや、自分で取る」
秋帆を見る朱緒の目は諦めていなかった。
ここまで来て、後には退けない覚悟だ。
「悪いんだけど、集中したいから両替行ってきてもらえる?」
紙幣で二千円を差し出され、受け取るのが恐ろしくなった秋帆は、助けを求めて晃生の方を振り返った。
ところが、あまりの惨状を見ていられない友人は蹲り、両手で顔を覆ってしまっているではないか。
「いますぐ……消えたい……」
こちらもこちらでかなりの重傷だ。
いまや、誰一人としてこの状況を楽しんでいる者はいなかった。
どうしてこうなってしまったのか、数十分前までの和やかな空気が恋しい。
秋帆はアームから滑り落ちていくあおさばさんに、祈らずにはいられなかった。
どうにか時間を巻き戻してほしい。それが無理なら、いますぐ自分で這ってきて取り出し口に落ちてほしい。
しかし、秋帆の願い虚しく、あおさばさんが取り出し口から出てきたのは百円玉を七十一枚、投入したときだった。
「……頑張ったね、観池くん」
朱緒の手のひらに収まるあおさばさんを見つめながら、そう声掛けするのが精一杯だった。これ以上、なんと言葉を掛けていいのか秋帆には分からない。
「無理に励まそうとしなくていい」
強がっているが、疲れ果てているのは明らかで、声に張りがない。
ところが、悪戦苦闘した朱緒以上に疲弊し、落ち込んでいたのは晃生だった。
「……ごめん、観池くん。さすがに責任、感じる」
ここまで手こずると思ってなかった晃生は、深く反省しているように見えた。いつも飄々としてる彼が、肩を落としている姿はかなり珍しい。
「俺が沼り過ぎただけだから」
「いや、でも焚き付けちゃったの自分だし……」
晃生は周りを見渡すと、別のクレーンゲームの筐体を指差した。
「あれ、お土産に追加しようか」
三〇センチはある大きなぬいぐるみのあおさばさんだ。
晃生は慣れた様子でアームを操作すると、あっという間にシールドに寄せて千円足らずで手に入れてしまった。
「ふたりにカッコいいとこ見せられて良かったー」
取り出し口からぬいぐるみを抱き上げた晃生は、頭の上に乗せて二人に見せつけたあと、朱緒にぬいぐるみを手渡した。
「観池くん、はい」
「……どうも」
財布を出そうとした朱緒を、晃生は素早く止めた。普段、おっとりとした彼からは考えられない動きだ。
「お金はいいよー。これで多少は心が軽くなるから、おれのためだと思って貰ってよ」
「いや、払う」
それでも財布を出そうとする朱緒の両肩を、晃生が縋るように力強く掴んだ。
「あれに七千円は、マジでやばいから……!」
カッと目を見開いた晃生の迫力に圧倒されたのか、はたまた改めて金額を突き付けられたためか、朱緒は数秒考えたあと、真顔で頷き納得したようだった。
そして、そこで冷静になったのだろう。ふと、重大なことに気付いてしまった朱緒は、眉をしかめた。
「……つか、これ。移動も持ったまま?」
彼の両腕のなかにいる大きなあおさばさんのつぶらな瞳が、ゲームセンターの光を反射してうるうると光っている。
秋帆と晃生は顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
「笑ってんじゃねぇよ」
「笑ってろって言ったの、観池くんだよ」
「それは、俺が取れないところを見て笑ってろって意味だ」
「大丈夫だよー、似合ってるよー」
「面白がってんだろ」
あおさばさんを抱っこしながら言われても、いつもの迫力に欠ける。
ようやく戻った和やかな雰囲気に、秋帆の胃の痛みもすっかり消えていた。




