5 みちゆきの空 ≪一日目 夕方≫
朱緒と昼の勉強会で何となく打ち解けた雰囲気だったので、四時限目、講義室でも隣の席に座ろうと彼を誘ったのだが、呆気なく断られてしまった。
やはり、彼のガードは堅い。
五時限目の講義を終えた秋帆と晃生は、花澄と璃々との挨拶もそこそこに慌てて教室を出た。
ふたりを待つ様子もなく、先に出た朱緒を追うためだ。
ようやく追いついたのは講義棟の玄関で、キャップを目深に被った朱緒が壁を背にして二人を待っていた。
秋帆は腕時計を見た――時刻は十七時五十七分。七月の空はまだ明るい。
「ふたりともお腹減ってない? ゲーセンの前にどっか寄ろうよ」
「いいね。僕もお腹ぺこぺこ」
「ゲーセンだけだって言ったろ」
朱緒は有無を言わさない圧を掛けてきた。
「……あー、そうだね。仕方ないかー。そういう契約だもんね」
釘を刺すように『ゲーセンだけ』だと言ったのは、空腹のままならすぐに解散するだろうという朱緒の目論見だったのだろうか。意外に策士の一面がある。
大学の正門を越えると、駅と反対側の住宅地に向けて歩いた。
秋帆と晃生が通うゲームセンターはここから徒歩十二分ほどの距離にある。
講義中はさほど気にしていなかったが、空腹を自覚すると食事処を通り過ぎる度に思わず目を奪われた。
晃生も同じらしく、その都度目が合った。
「腹減ってんなら、そっちでもいいけど」
「えっ、ホントー?」
あんまりにも二人が飢えているように見えたのか、朱緒が助け船を出してきた。
「その代わり、ゲーセンなし」
「……ゲーセンで」
「じゃあ、行くか」
朱緒は涼しい顔のまま、ふたりから視線を外した。
昼食がほぼ白米だけだった彼の方が空腹のはずだが、どういう意地だろうかと思わずにはいられない。
秋帆には見えないが、晃生と朱緒の間で主導権争いがあるのだろう。
なんにせよ、割って入るような隙がないため、秋帆は黙って空腹に堪えるしかなかった。
雑居ビルの階段を上り、二階に上がると狭いフロアにクレーンゲームやアーケードゲームの筐体が並んでいた。客足も少なくなく、賑わっている。
店内のあちこちから聞こえるけたたましい電子音に、朱緒が耳を抑えた。
「観池くん、大丈夫?」
「……そのうち慣れる」
彼は騒がしいところがあまり得意ではないのかもしれない。
もう一人の友人――晃生を見ればすでにふたりから離れて、入り口付近に並べられているカプセルトイの筐体に吸い寄せられて行っていた。
上下三段に積み重ねて、壁一面に並んでいる様子はなかなかに圧巻だ。
「運試しにちょっと回してってい?」
訊ねてはいるが誰の返答も待たず、すでに硬貨を投入している。
近付いて彼の手元を覗き込めば、ピンクのカプセルがころりと落ちてきた。
「ああ……また被りかー」
カプセルを開けた晃生が残念そうな溜め息を吐いた。蛍光ピンクの布を被ったいかにも『オバケ』といったキャラクターのチャームだ。
目玉が十個あるのがチャームポイントだと同封の説明書に書かれている。
「段ボウッシー、コンプしたの?」
「やっとしたー。今度、見に来る?」
「うん。あのシリーズ可愛いよね」
晃生には収集癖があり、彼のアパートには様々な種類のカプセルトイがコレクションケースに飾られていた。この分では、ケースの数がまた増えているだろう。
「観池くん、あげるよ」
晃生はそう言うと、返事も待たずに朱緒のメッセンジャーバッグの金具にそのチャームを着けた。黒い鞄に蛍光ピンクはよく目立つ。
秋帆のバックパックにも、そうして彼に付けられたチャームが幾つもじゃらじゃらと揺れている。外すタイミングを逃して、殖え続けていた。
「勝手につけるな」
「いいから、いいから。お近づきの印と言うことで」
「そういうのが嫌なんだよ」
カプセルトイのコーナーを離れ、アーケードゲームのコーナーを覗いた。
ところが、格闘ゲームとレースゲームの筐体しか空きがない。
「太鼓のなら、アッキーの雄姿が拝めたのにね……」
リズムゲームの筐体は高校生と思われる一団が囲んでいる。
さすがにあそこに乗り込んでいける図太さは晃生にもないようだ。
「得意なのか?」
朱緒が意外そうな顔をして秋帆を見た。
「……いや、そんな風に言ってもらえるほど上手くないよ」
「これ、アッキーの謙遜だから」
「ああ……」
謙遜という言葉に、朱緒は納得したように頷いた。
晃生よりも高得点が取れるのはそうなのだが、フルコンボできる高難易度曲は数曲しかなく、胸を張って披露できるほどではない。
「観池くん、格ゲー得意?」
「全然。レースのがまだマシ。そっちは?」
「自分たちもおんなじ感じ」
秋帆も晃生もふたりしてコンボをほとんど覚えていないため、低レベルな試合ならできるのだが、それは面白みに欠けるというもの。
「甲斐の一戦分、俺が金出すから。ガチャの分な」
「気にしなくていいのにー。律儀だね」
筐体が二台しかないため、秋帆、朱緒、晃生の総当たりで、一戦ずつ競うことになった。
消去法的に選んだレースゲームだったが、晃生と朱緒の接戦で、意外に盛り上がった。
「観池くん、やるねー」
「別に」
「優勝ということで何か希望は?」
「え? じゃあ、いますぐ解散」
「はい、ナシでー」
無情にも、晃生はいつものおっとりした声でその希望を却下した。
「……そんな事だろうと思った」
朱緒はうんざりした顔で舌打ちした。早くも晃生の性格に順応している。




