16
「智ちゃんが帰って来ているから会いに行きたいんだけれど、またつきあってくれない?」
深夜遅くに沙羅から電話があって頼まれたので、「いいよ」と軽く返事したら「急で悪いんだけれど、明日出発したいの」と言われたので、さすがに驚いた。
「いいけれど、本当に急なんだね」
「交通費も宿泊費もこちらで出すから、神奈は身一つで来てくれて構わないから。必要なものは向こうで揃えればいいし」
「ええ? いいよ、そこまでは。というか、どれくらい滞在するの?」
「二~三日程度。でも本当はもう少し居れるなら居たい。もしかしたらこれで最後になるかもしれないし」
何となく察するものがあって、私は「わかった。一週間くらいは滞在できるかもしれない。調整するよ」と返事したら、沙羅はほっとしたように言った。
「本当に?それなら、尚更、費用はこっちもちで。明日の朝には出発したいんだけれど、〇〇駅に10時でも大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「ありがとう。詳しい事は明日話す」
待ち合わせ場所と時間を決めて電話を切った後、傍にいた海が「何?」と怪訝な表情で尋ねて来たので、沙羅の里帰りにつき合って一緒に行くことになった事を軽く話したら、「何で先にこっちにも話を通さないんだよ?」と怒られた。
「そんなに大した事でもないよ。一週間程度の事だし。宿泊先は沙羅の親戚の旅館だし。それに、今までも特に何もなかったし、そろそろこの同居も解消して、それぞれの自宅に帰ろうとしていたくらいじゃない」 私がそう言うと、海は「でも、根本的な問題は何も解決していないんだし」と言った。
田村さんからの情報によると、私には何故かカルトの人達の監視がついているらしく、以前の嫌がらせ犯罪被害についても、何故か私が悪い事になっているらしいのだ。あの事件で表沙汰になっては困ることが表沙汰になってしまった事で社会的に責任を取らねばらなくなった人達も少なくない人数がいたので、その中の誰か、もしくは何人かから恨みを買っているのかもしれないけれど、特にこれといって何かがあったわけでもないので、当初警戒していた私の両親もそろそろ自宅に戻ってくる様に言い始めていた頃でもあった。あと、海と陸のご両親もそろそろ帰国するはずでもあったので。
「俺も行こうかな。宿泊先は旅館なんだろう?」
私は、海が来るなら陸も来そうだし、それはちょっと、と思い──そもそも沙羅が私を誘ったのも、沙羅の従兄弟の智也さんは沙羅の元カレでもあって、今付き合っている陸と一緒に行くのには少々気まずいからでもあるのだし──それで、
「今回は女子会も兼ねてるから!」
きっぱり男子禁制令を出した。海はなんだそれ、とあきれていたが、常に沙羅と一緒に行動して一人にならない様に気を付ける事を約束したら、それで納得したみたいだった。
「聖一さんから言われている事、忘れていないよね?」
「もちろん。海こそ」
「もちろん、忘れていない。とりあえず、気を付けて行って来いよ?」
「ありがとう、大丈夫だよ」
「……神奈の大丈夫はいまいち不安だけど、神奈自身というより、ちょっかい出して来た挙句に巻き込まれる方についての方が心配、という程度だから、まあいいか」
そういえば、と私は以前沙羅に言われたことを思い出した。
「私は触媒みたいなもの、その役割があるみたいなことを以前沙羅に言われたんだけれど」
「当たってるんじゃない? 聖一さんが言っていた事も似たような意味だったし」
「……そうだね」
「俺達は俺達のやるべきことをするだけだよ」
「そうだね」
──私は基本的にレネ君と一緒で、犠牲というものは自分以外のエネルギーを搾取する為の詐術やまやかしが作り出したものだと思っているので、そうした物事に自分や他の存在が関わるのはいい事だと思っていない。できるところからそうした虚偽は終わらせていくべきだし、バランスや調和や自律性の尊重を生み出して育んでいく事の方が重要だと思っているけれど、聖一さんには、それについて少し注意を受けていた。
「何事も一朝一夕にはいかない、だもんね」
少しため息をついて私がそう言うと、海は「そうだよ」と言った。そうして私に「いきなり完璧になんてできないけれど、それでも方向性だけはしっかりわかっているし、確かめているんだし、足元から一歩ずつ、って言われていただろう」と付け加えた。
聖一さんは私達にこう注意を促していたのだ──私や海やその他の人達が本当に自分の魂の喜びに沿って一歩、一歩と足を踏み出して行く事は、それまで犠牲のシステムや支配の構造の既得権益なんかで快楽や利益を貪り得ていた人達にとっては決して喜ばしいものではないのと同時に、必ずや何らかの形で、そうした本来壊れていくべき運命にあるものたちやそれを何とか続けて維持していこうとする勢力と何らかの摩擦を生じさせていく事になる、と。そこから来る反発や反動を覚悟しておくように、と。
「聖一さんが言っていたように、いずれ壊れるべきものは壊れていくし、それはもう既に始まっていて、この流れは俺達がどうあろうと既に生じていて、この流れを止める方が難しいくらいになっているから、俺も神奈も後はその流れに乗っていくだけなんだって」
──この大きな流れは、ある人にとっては快いもので、ある人にとっては不快なものとなるだろうけれど、本当はそれは全てが深い意味での恩寵のようなもので、たとえそれが厳しい現実や逃げ場のないところに追い詰められる様なものであっても、常にその人には選択することができる──たとえそれが自らが長年に亘って隠してきた罪や過ちが暴かれて、どこに進んでも退いても痛みや喪失を避けられないような絶体絶命の様な厳しい場面に立たされるような事であっても──今まで通りのやり方や生き方を続けるのか、それとも何の保証もない未知の世界であっても、魂の喜びに沿って新しい道を自ら切り拓いていくのか、自分の命が尽きるその時までそのひとは自分で選択ができるから。それが今、ここ、他でもないこの瞬間のこの世界こそが、私達にとって魂を磨く為の道場の様なものである事の意味だから。
それを恩寵として魂を磨く機会として受け容れていくのも、それに逆恨みや憎しみや反発を募らせ抗って、多くの存在を巻き込んで破滅へと向かっていくのも、その人の自由だ──ただ、どこまでそれが許されるのか(突然強制終了や退場になるかもしれない)が誰にもわからないだけで。
「私達の一歩が思わぬところに波紋を呼び、犠牲のシステムを維持しようとして、自分以外の存在を犠牲にし続けていたその人達こそが犠牲となっていくこともあるかもしれないけれど、それは必要な犠牲だから仕方ない、だよね」
私がそう言うと、海は頷いた。
「そうだよ。基本的に自分で選ぶことができる機会はみんなが平等に与えられている様なものだし、どれだけ警告や注意を与えられていても、犠牲のシステムを維持してそこから快楽や利益を貪ろうとするものは、それをその身に受けていくことになったとしても、それはその人自身の選択の結果であって、決して神奈や俺や他の人達が一歩を踏み出したせいではない。責任があるのはあくまでも本人自身で、本人の選択の結果なんだよ。
同じように、私刑やいじめや嫌がらせを正当化して恣意的に野放図にやり続けて来たものも同様の道を辿ることがあるかもしれないけれど、それも全て本人が選択した結果であって、本人の責任でしかない。彼等も彼女等も、現実から何度も何度も警告や注意を促されて来ているにも関わらずそれをやり続けている以上、覚悟の上のはず。いくら警告や注意を受けても、自分自身の罪や過ちに対して真摯に責任を取るよりも、被害者や犠牲者を虐待したり(精神的、社会的、身体的問わず)殺害し続けた、その選択がもうそうだと、つまりは【見做される】という事を意味しているのだから、ここで境界線をしっかり引いていく事の方が重要。それがどんなに冷酷な様に見えたとしても、本人にその選択の責任を取らせることを邪魔してはいけない。
大切な事は、それで俺や神奈や他の人達が自分の魂の喜びに沿って一歩を踏み出す事を躊躇ったり、変な責任転嫁の虚偽に巻き込まれたり、背負わなくてもいいものを背負い込んだりしない事だよ。俺達は自分の道を前に進み続ける──たとえ何があっても何を見せられても」
「今この瞬間も、様々な深刻な健康加害テロや陰湿ないじめや嫌がらせを被害者や犠牲者は受け続けていて、本来機能するはずのセーフネット機関も警察も司法も何もかもがカルトテロリストやスパイやマフィアやある種の政治的集団に汚染されているせいで出口のない苦しみを受け続けている。それを考えたら、もう当然としか言いようがないのかもしれない。
彼等彼女等が自身の選択の結果、どの様な現実を引寄せることになったとしても、私は自分の一歩を進めるし、それは私の道であって、自分自身で決めるものだからそうする。それに罪悪感なんか持つ必要なんかないし、持たされる必要もない、これでいいんだよね?」
「そうだよ」
──自分の道をひたすら歩め。一歩、一歩、足元から確実に。
結局聖一さんが私達に言いたかったことはこれに尽きると思う。自分達の一歩が、誰かの罪や過ちを暴き、それを表沙汰にし、それまでの地位も財も信頼も築き上げた関係性の何もかもを失墜させていくことに繋がるかも知れなくても、それはあくまでも副次的なものであって、私達の本来の目的はそこにはないのだし。ただ、虚偽を明らかにするという性質からして、どうしてもそうした摩擦は起きていくだろうこと、そこからの反発や反動は必ずあるという事は覚悟の上で進むしかない。ただそれだけの事だった。
何故なら、それは必要な事だから。虚偽がそこに在る事によって、本来なら受けられるはずのサポートやケア、存在の尊重や善性や調和や公正性を受け取れずに苦しみ続けている人々や命、そうした存在があって、今この瞬間も、出口のない苦しみに耐えながら解放を待っている──殆ど絶望しかないような状況下にあっても、まだ生きていて、微かでも何らかの希望を待っているかもしれない。解放を待っているのかもしれない。絶え間ない痛みや苦しみに苛まれながらも、それでも待っているのかもしれない──そうした呼び掛けを、幾重にも時や場所を超えて、この心や軆や魂が受け取ってしまうのだから、もう、仕方ない。もうそこに進むしか道がないからだった。それを無視する事も、なかった事にもできないから、それしかないから、だった。
「こんな酷い事を終わらせていく道があるなら──こんな沢山の犠牲を生み出し続けて、今もこの瞬間もその苦しみや痛みや悲しみの中で、本来は背負わなくもいい犠牲を負わされ続けている沢山の小さな命や、存在や人々がいる事をなかった事になんてとてもできない──もう、そこに進むしかない、そこに進みたい、それだけの事なのにね」
私がそう言うと、海が「そんな当たり前の事が難しいなんて事の方が本当におかしいと思うし、狂っているとしか思えないけれど、それが現実なら、それに対して、できることをしていくだけだよ。こつこつと地味にでも」
☆★☆★☆★
夜の森の中から微かに獣の鳴き声と虫の音がする。先住民族の少女の私は自分の師(聖一さん)に連れられて月明かりの中、慎重になるべく音を立てない様にして森の中を移動していた。夜眠っていたところを叩き起こされて今に至る。私の師である彼は夢見で精霊から何かを告げられたらしいのだ。しばらく移動して崖の上に出た所で、私は彼に言われるままにその身を地に伏せた。彼も同じように大地に身をつけるようにして伏せている。風が吹いて、何か不穏な臭いを運んできた。火を燃やす松明のにおい。それから植民地支配をする入植者特有の香料の臭い。お酒の臭い。
私達がじっと崖の上の草むらに伏せたままで潜んでいると、眼下に数人の入植者がやって来て、そこで何か笑って騒ぎながら捕まえていた一匹の狼の子供の様な生きものを森の中の開けた場所で放した。その小さな生き物は走って逃げようとしたが、それを笑いながら入植者の男たちが追いかけ、手にした銃を構えて狙い撃ち(動物はすばしこく、うまく避けていた)にしていた。その動物は木々の生い茂る中へ飛び込もうとしていたところで、右の後ろ足を撃たれた。甲高い悲鳴が響き渡る。それからどっと笑い声が起きた。男たちは銃を構えて、足を引きずって逃げようとしているその子供の生き物に向かって、狙いを定めて次々と弾を撃ち込む。悲鳴が響く。男たちの笑い声も。
ぎり、と私は唇を噛み締めながら、それを草むらに隠れて師と一緒に見下ろしていた。火薬の臭い、血の臭い、子犬の様な狼の子供らしき動物の悲鳴、悲し気に弱々しく鳴く声、入植者の男たちの下品な笑い声、お酒の臭い──怒りで気が狂いそうだった。相手は銃を持っていて、何をするか分からない残虐な入植者達。出て行く事は自分も直ちに同じような目に遭わされる事を意味していた。それでも、目の前でなぶりものにされて殺されていく小さな生き物の悲鳴を聞きながらじっと身を潜めている事は、容赦なく私の身も心も焼いていく。
男たちは私達の家に置いてあった食料の入った袋を持っていた。彼等は私達の家に盗みに入った後でここにやって来たようだ。私達が家を出るのがもう少し遅ければ、私達は彼等に襲われて殺されていただろう。特に私は、もっと酷い目に遇わされていただろう──眼下でなぶりものにされて殺されていく小さな生き物を見下ろしながら、彼等は何故こんな事をするのか、と私は本当に理解できなかった。ただ愉しみの為に彼等は生き物をなぶりものにして殺す。植物も動物も、人間も。特に小さな生き物や子供をなぶりものにして虐待して殺して遊ぶのを好んでいた。これは一体どういうものなのか──私は本当に理解のできない化け物を見るような気持ちで彼等を見ていた。
目を覚ましたら、明るい空の色が少し開いたカーテンの隙間から窓ガラスの向こうに見えた。海は隣にいないので、陸と早朝のジョギングに出ているようだった。
──いやな夢見たな。
夢の余韻の胸糞悪さに身動きもせずベッドの中でじっとしていたら、玄関を開ける音がして二人が戻って来たらしい事が物音でわかった。多分それぞれにシャワーを浴びに浴室に行くだろうけれど、二階にもシャワーのみの浴室はあるのでどちらかが来るだろう。私は客室ではなく海の部屋に居たので二階に居た。海が来るかな、と思いながら、ベッドでうつらうつらしていたら、二階にどちらかがやって来てシャワールームに行く物音が聞こえた。
沙羅と出発する前に一応は陸にも会っておこうと思っていたので、私は重い体を引きずるように起きて二階の洗面所に向かった。洗面所はシャワールームと隣り合っているので、ついでに衣類かごに脱ぎ捨てられているスポーツウェアから陸だな、と確認した。顔を洗って歯磨きをしていたら、シャワールームから彼が出て来そうだったので、そそくさとそこを出て海の部屋に戻ろうとしたら、シャワールームの方から出て来たらしい陸が声をかけて来た。
「沙羅と旅行に行くんだって?」
私は廊下から、彼に返事をした。
「うん、そう」
ちなみに、陸も智也さんのことや、彼が沙羅の元カレでもある事は知っている。沙羅の過去には色々あって事情が複雑だという事も。つまり、沙羅は陸と一緒に行くのはちょっと気まずいけれど一人で会いに行くのもちょっと微妙なので、私がお供をするのだ。
「俺も一度会ってみたいんだけどなー」
陸がそう言って、「途中でしれっと合流したら沙羅はだめって言うと思う?」
「言わないと思うけれど、やめといた方がいいんじゃない?」
「何で?」
着替えを済ませて濡れた髪をタオルで拭きながら、陸が廊下に出て来た。
「うーん、沙羅にも相手方にも色々気を使わせることになるんじゃない? それって陸も気まずいかもよ? というかせっかくの休暇なのに、なんか疲れそう(私はやだな)」
私が陸を見てそう言うと、陸は「そっか。じゃあ、やめとく」と、あっさり言った。こういう時、陸はわりとドライだ。沙羅自身と沙羅の昔を知る人達の中に自分も入っていく事で、微妙に雰囲気が変わってしまう事や、沙羅や相手に気を使わせてしまう事よりは、それらの雰囲気をそのまま大切にしてあげようという大人の配慮も普通にする。智也さんの事は気にはなるんだろうけれど。
「レネ君みたいに、画面通話で話してみるくらいなら気軽でいいかもね」
「あ、それいいね」
「言っておくよ」
「ん、じゃあ、沙羅をよろしく。後、おまえも気を付けて」
「ありがとう、わかった」
そんなやり取りをしていたら何だかおなかが空いてきたので、私は着替えて下に降りて三人で朝食を作って食べた。ダイニングテーブルで簡単に作ったトーストとハムエッグとサラダで朝食を頂いていたら、陸が私と海に言った。
「あ、そういえば、あの子、田村さんって言ったっけ? こないだ本屋でばったり会って少し話した。その後どうしてるのか気になったから聞いてみたら、カルトの連中からの嫌がらせは相変わらず受けているみたいだけれど、何だかカルトの幹部だという遠縁のやつも含めた数人の様子が少しおかしいと言っていた」
私と海は、陸に尋ねた。
「おかしいって?」
陸はコーヒーを飲み一息ついてから
「さあ? なんか変だ、何となくだけど、って言っていたぞ」
「それってこっちにとってまずい事なのかな?」
「いや、どっちかというと、仲間内でなんかトラブル抱えてそうな雰囲気だったって」
私と海は黙ったまま、顔を見合わせた。
「何だよ?」
陸が怪訝な表情をするので、海が手短に説明した。
「聖一さんからちょっと注意をされていた事があって、カルト自体が元々問題のある人々の集合だから、何か問題が発覚しそうになった時に内部で責任の押し付け合いとか都合の悪い人間の暗殺とかも普通にやるかもしれないって聞いていたから。元々それを外部の人に向けてやっていたから、上層部にとって都合の悪い足切り人員は簡単に粛清されるかもって」
「そりゃ、ありうるだろうな。元々自分達にとって都合の悪い人間を殺すのも病気にするのも濡れ衣着せるのも何とも思わない連中なんだから。そうすることが自分達の特権だくらいに思っていそうだし」
「とにかく、カルトテロリストやスパイ工作員やマフィア関連の人達に死人が沢山出そうだってのは予め注意を受けていて、一旦それが始まったら、組織の内部崩壊と共に一部の快楽殺人衝動を持つ人間も歯止めが利かないだろうって事も注意を受けていたんだ」
「巻き添え食って色々暴露されていくと同時に引きずり降ろされる人も沢山いるだろうって。そうした人たちの足の引っ張り合いになりそうなんだって」
私が付け加えると、陸は「元々危険な奴らだからなあ」と言って、「何か変な事件とか起こしそうで気持ち悪いな」。私も海も頷いた。内部崩壊やそれによるテロリストの暴走や暗殺や派閥争いとかもありそうだし、不穏な事この上ない。何をしでかすか分からない不気味さがある。自暴自棄になって一般人を巻き込んだテロを起したりするかもしれないし、元々カルトテロリズムを実践して犯罪行為やいじめ嫌がらせネットワークを使って諜報工作もしていた様な人間たちだし、警戒していないといけないだろう。
「まあ、まともな倫理観の欠片もない人間の集団だってのはテロリズムのサイコグラフからも判っているから、そうした事が起きても不思議ではないだろうけれど、何となく気味が悪いな」
「内部崩壊と共に内包されていた異常者が暴走して大きなテロ事件を起こしかねない不穏さはあるから、本当はこうした人たちが厳重警戒監視対象になるべきなんだろうけれど、そのカルトテロリストが警察や司法に潜り込んで本来なら保護されるべき被害者や犠牲者、内部告発者や自分達にとって都合の悪い人を公的資金や税金を使って監視して、いじめ嫌がらせネットワークを使って自殺に追い込んだり、暗殺したり、健康加害テロを行なっている始末で、本来なら裁かれて重い責任を負うべき人間も野放しだからなあ」
「いじめや嫌がらせに関わるとか正当化する人間にはカルトやスパイやマフィアとの関係がある可能性が高いから注意が必要だって事は当然だけれど、いい人の振りも上手で騙しのプロだってのもまた厄介なんだよね。人情家で通っているとか、信頼されているとか、そうした表向きの善人の演技の裏で犯罪行為やテロやスパイを行なってきているのだし」
言いながら、私は何となくこの何とも言えない気味の悪さ、理解できない化け物を見るような気持ちに覚えがある──ふっと今がいつなのか、どこなのか、解らなくなる様な気がした──そうして気づいた。
「──こうした人達が何故危険なのか、有害なのか──これって、本来はその人間の個人の内部に問題があるからであって、カルトやマフィアなんかの危険な集団の問題ももちろんあるんだけれど、基本的に、こうした人たちは、自分自身の内部で起きる問題を処理する為に(自分以外の)外部に犠牲を必要とするからであって、もっと端的に言えばそれは【エスカレートするから】でもあるんだよね」
私がそう言うと、海と陸は私を見た。そして陸が言った。「本質的には、元々個人がその内面に問題を持っていて、それが集団化して更に問題を大きくする、って感じ?」
「そうだと思う。逆の問題、そうした集団によって個人が影響を受ける事もあるから、どっちが先とも言い難いし、どちらも在って切り離せない問題ではあるんだけれど、肝心なのは、誰もがそうなるわけではないという所。そうした問題のある集団に影響を受ける事があっても、誰もが同じような問題を抱えるわけではない──たとえば同じ家族の中でもそうだから」
海がそこで口を開いた。
「問題のある集団と、問題のある個人の内面に加えて、その個人の器質的な問題(例えば脳の機能など)なんかも関係あるだろうな」
「そうだろうね。……レネ君の言葉を借りれば、外化(※第三章16参照)構造という種類の精神内界構造を持っている、という事なんだろうけれど、そうした人達は私が見ている限り、どんどんエスカレートしていって、それに対して自分自身で歯止めを利かせられるような健全な倫理性も持っていない事が殆どだから、外部から強制的にそれに限界を設けるしか方法がないのだけれど、その外部からの限界も境界線設定も実質的に意味をなさない。法的な拘束も実質的には、殆どと言っていい程、役に立っていない。これは、亜美ちゃんの一件からも私達は骨身に沁みているよね」
「確かに、そうだったな」
陸が言って、海も頷いた。
「──これはもし本当に前世みたいなものが在ったら、という話なんだけれど、私、自分が植民地支配下の先住民族だった夢を何度か見ていて、その中で行われる入植者の虐待や殺人行為がとにかく酷くて、子供であっても平気で強姦してなぶりものにして虐待して殺すとか、それを彼等は愉しみとして、まるでスポーツか何かでもするみたいに、私達先住民族の人間狩りをしていたの。他の生き物に対してもそうだった。動物の子供もなぶりものにして殺して遊んでいたし、私達先住民族の子供を積極的に狙って、弄んで虐待して殺して愉しんでいた」
海も陸も息をのんでいた。
「私は幼い頃に自分の家族を目の前でそうやって殺されたのだけれど、一人だけ難を逃れて助かった。それでも、死や虐待、強姦なんかの危険は常に隣り合わせで、たまたま同じ部族のシャーマンだった聖一さんに拾われて、そこで身を護る術を習って何とか生き延びた。入植者は銃も持っていたから、子供の頃の私は抵抗するよりも逃げる、隠れる事が先ず必要で、見つかったら何をされるか分からないのでそれは死活問題だったの。それで、物陰に潜んで彼等の蛮行を何もできずに見つめ続けていなくてはならない事が沢山あった。
彼等はいつも集団でやって来た。その中には子供もいた。入植者たちは残虐だったけれど、中にはそうした行為に嫌悪感を抱いている様な子もいたし、喜んで大人と一緒になって残虐な行為に夢中になる子もいた。やがて、嫌悪感を抱いていた様な子は姿を見せなくなったけれど、喜んで一緒になってやって来る子はよく見かけた。そうした子も、はじめから何でも喜んでしていたわけではなかった。けれど、段々に、より残虐になっていった──エスカレートしていったの。
周囲の大人たちはそれを囃し立てるみたいに煽ったり、褒め称えたりしていたから、ますますその子供は増長していったし、その残虐行為には歯止めが利かなくなっていった。一緒にいる大人も青褪める様な事も平気でするようになっていったし、彼等の様な子供たちは、残虐な行為による、より強い興奮や刺激を求めていた様だった。
私は彼等の事を、本当に化け物を見るような気持ちでいつも見ていた。理解できないし、とても信じられない様な振る舞いを平気でするから。それも単に愉しみの為だけに。
でも、今から思うと、気味の悪さはあるけれど、理解できないことはない気がするんだよね。彼等も亜美ちゃんや嫌がらせをして来た人達なんかと基本的に同じ種類の人間だったように思う。彼等は第一に、弱い立場の人間や生きもの──動物でも植物でもそうだったけれど──をなぶりものにして虐待することが【何よりも愉しい】という感性を持っていて、そういう状況に被害者や犠牲者を追い込んで、囲い込んで、残虐な行為に耽る習性とでもいう様なものを持っている。現代社会でそれをするためには、相手が悪い、というその行為の正当化が必要になって来るけれど、基本的には同じ。
いじめや嫌がらせという行為に耽る人達も基本的に同じだと思う。それは快楽の為の加害衝動や殺人衝動であって、それが正当化できる(と本人たちが思う)理由さえあれば、それにつけ込むし、なければ自分で作る。被害者や犠牲者に罪や問題を捏造してでも虐待や殺人が楽しめる状況を創り出す。性的な快楽衝動もそこに関係しているし、可能であれば強姦をはじめとした性犯罪も犯すし、背信行為や不貞行為も好む──精神的・社会的暴力と加害侵害行為、それと性的快楽が合わさればより強い快楽に耽ることが出来る──こうした人達は、子供の頃からそうした異常な暴力や快楽殺人衝動をもっていて、何らかの実際の行動を選択している事が多いだろうと思うけれど、大人になればそれをもっと巧妙に隠蔽しながらやり続ける。
表向きには、信頼篤い人情家や実際家、政治や実業に携わって人助けのパフォーマンスも上手で在る事もあるだろうし、実際の利益供与もしてくれるかもしれない。それでも、彼等彼女等自身の本質は変わらない。何故なら、単に快楽の為だけではなく、その快楽自体がないと、彼等彼女等はまともな人間や社会の一員としてのパフォーマンス自体が苦しいものになってしまうから。だから、彼等彼女等は、陰に隠れて嫌がらせやいじめを正当化してやり続けるし、扇動するし、犯罪でもテロでもスパイ工作でも何でもありになる──多分、そうした快楽目的の道具としての人身売買等の類にも関わっていても不思議ではないと思う。何故なら、彼等彼女等のその欲望や衝動はエスカレートするものだから。それによって、彼等彼女等は自分自身の内面を支えているから──そうした残虐な行為や犯罪行為の必要性を、彼等彼女等自身がその内面に持っているから」




