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「今から思うと、工学的な【微分回路】と、【積分回路】に相当するものが、長老や聖一さんがしていたような役割だったんじゃないかな──端的に言って、俺達(星の地図持ち + レネ君の部族の長老をはじめとしたシャーマン達)の能力って、その微分回路に相当していたんじゃないかと思うんだけれど」
海がそう言って、聖一さんが頷いた。
「飛行機の回路──速度計の微分回路?」
「うん、そう。何か似てない?」
「実際の飛行機では機械式・電子式のセンサーが主流だけれど、制御理論や信号処理の基礎として「位置→速度→加速度」の関係を微分・積分で扱う考え方は、航法・自動操縦・計器の設計に広く応用されているから……海のその説明の方が今のこの世界の人達からしたら分かりやすいかもしれない」
??? 頭の中に?マークを踊らせている私に、聖一さんがかいつまんで説明してくれた。
「簡単に言うと工学的に、先を読むように微細な徴候を読みながら、どんどん古い情報を棄てて常に新しい情報を解析していく【微分回路】と、情報をどんどん蓄積していってそのデータを解析する【積分回路】というものがあるんだけれど、前者はノイズに弱く増幅しやすいけれど、後者はノイズの吸収力が抜群でそれを平均化しやすく、データとして蓄積して解析することができるんだ。
「位置→速度→加速度」の関係を微分・積分で扱う考え方は、制御理論・信号処理の基礎で、航空の航法(Navigation)、自動操縦(Autopilot)、計器設計で極めて重要で、「位置から速度・加速度を得るには微分」「加速度から速度・位置を得るには積分」という関係にある。航空機の場合は三次元だから、ベクトルになり、さらに回転(角速度・姿勢)も絡むため、座標系の変換(惑星座標系・機体座標系など)が必要になる。航空機は「今どこにいるか(位置)」「どれくらいの速さで動いているか(速度)」「どれくらい加速・減速しているか(加速度)」を正確に知る必要があるから、さらにこれらを使って安定した飛行を自動で制御するんだよ。
【微分回路】は変化が止まると針がゼロになるけれど、変化を敏感に捉える。先取りで、すこし前の値を予測によって出し、先行経験にほとんど依存しない。ただし固有の限界があって、ノイズ耐性に弱く、それを増幅しやすいんだ。もしリアルタイムに絶対確実な予測を求めれば、まったく答えが出ない。ホワイトノイズで予測が狂う。ある精度以上の予測を求めると全体的な機能不全になる。変化のみを拾って近い未来の傾向を予測するので過去の経験への参照がなくてすむわけだけれど、変化のみを敏感に記録するからノイズが増幅されると動揺が拡大される。不安定で長期的には疲労しやすいシステムでもある。
【積分回路】は水道の蛇口を開いたままで「どれだけ水が溜まったか」を測るようなものだから、時間と共に値がどんどん積み上がる。それは誤差を蓄積する(ドリフト)ので、加速度計のわずかなバイアス誤差が、時間とともに速度誤差→位置誤差に膨らむ問題はあるけれど、GPS等を使って定期的な補正をすればよく、ノイズ耐性は強い。それを平均化しやすく、波形変換、位置算出、制御が可能なんだ。
つまり、大まかに言って、【星の地図持ちやシャーマンの能力】と呼ばれるものが【微分回路】だとしたら、【研究や探究、翻訳や解釈をする能力】が【積分回路】に相当する感じかな。それらをバランスよく使う必要があるんだけれど、それがちょうど、長老と僕がしていた役割に近いんじゃないかって海は言っているんだよ」
海が後を継いで言った。
「そうして得られるデータを統合して共有することで、魂の航法技術の精度や航路やノイズ自体の解析も診断もしようっていうのが、そもそもの俺の仕事の目的だったんだ」
──何故なら、伝統的な魂の航法として記述が残されていたり、伝承されているものの中にも、紛らわしいものや、時代と共に形骸化して取り違えられてしまったものや、誤標識としか言えない様な危険な所へ迷いこませるようなものが在ったり、明らかな虚偽があるから──
「……何となく、覚えている。海は、そのインスピレーションやヴィジョンを私に話す事で、自分の魂の道の輪郭を浮き彫らせていくようなところがあったから……私も結局、海が指し示すその道が自分自身の魂の道でもあると気付いたからこそ、それをしていたのだし──シャーマンの能力って大地の力や自然のシグナルを感知してそれに従うことができる能力でもあるよね。自分自身の全身全霊をセンサーとして使う。自分自身の体を導管のように使い、通り抜ける風の微細な兆候を読んでいく能力。そうして生きていく能力。星の地図持ちの能力も同じだった。でも、それは消耗するのも早い。致命的な弱点もあった。だから、それを制御したり、言語化できないものを言語化するのにあたって、それをうまく着地できる様に解釈や翻訳も必要で、その両方の役割をこなせる人が多く必要だった。個人の能力としても、双方のバランスを必要としていたから」
私がそう言うと、海は「覚えているんだ」そう言って、私を見つめた。私は頷いた。
「何となく。何かきっかけがあれば、自分の中から自然に引き出されてくるみたい?」
「ふーん?」
私は聖一さんと海に言った。
「聖一さんは星の地図持ちの元教師で、シャーマンの能力もあったけれど、それを探求や研究方面にも使っていて、レネ君たちの部族の慣習や言語の理解にも優れていたから、長老がシャーマンの役割をするそばで、その通訳をしながら自分の研究も続けていた。それで、その解釈や翻訳の精度もかなり高かった。星の地図持ちの人々は元々能力者で小さな頃から神殿で教育を受けていたのもあったけれど、聖一さんと長老の二人から直接霊的修養を受けられたことが彼等の魂の進化や深化にものすごく大きな役割を果たしていて、だからこそ、みんなは短期間でそれぞれの場所に巣立って行った。
海はそれを傍で見ていて、それ自体が、個人が達成するべきバランスでもあると気付いた。特に、星の地図持ちの人々がみんな短命なのも、そのバランスが欠けているからだと気付いたからだった。対して、レネ君の部族の人達はシャーマンも含めてみんなが長寿で健康的だったのもある。彼等は元々、シャーマンとその補佐役とで必ず組んでミーディアムの務めをしていた。長老の補佐を元々していたのはレネ君だったけれど、星の地図持ちの人々には通訳が必要だったから、聖一さんがその役をするようになった事で、これに海は気づいた。そしてそれは、聖一さんの目的にも合致|したからこそ、聖一さんもそれを推進した」
そうして、私は聖一さんを見つめた。
「星の地図持ちの人々が短命であることの意味や理由を、聖一さんは誰よりもよく知っていたからこそ、貴方はみんなとレネ君の部族の霊的修養を繋いだし、エネルギーの架け橋を世界中から惑星間規模までに架けようとしていたんじゃない?」
彼は少し黙ってから、「そうだね。でも、それだけが理由ではないけれど。あくまでもそれは、補助的なものだった。でも大切なものでもあったのには変わりはないよ」そう言って、続けて言った。
「僕ら、星の地図持ちの人々が短命なのも、その殆どが一代限りの人生で、自分の生命は使い捨てのものでも構わないと、魂の仕事に自律的に入っていくのは、ある意味で僕自身も含めてそんなに問題にはしていなかったから」
「俺らにとっては、どれだけ自分の生命を魂の目的や仕事に向かって運び、そこに自律的に入っていくかの方がずっと大切な事だったから。片子になる事は喪失の痛みを知る事でもあるけれど、それが本当に魂の仕事に自律的に入って行った先に在る事なら何の問題も無い事だったんだよ。ただ、消耗するよりは、その役割を長くバランスよくこなせる方が良いのはもちろんのことだから、それにも取り組んだけれど」
「……言われてみれば、そうだったかも」
ちぇっ、あてたと思ったのに、ほんのちょっとだけかすっただけだった。
表情に出ていたのか、聖一さんは少し苦笑した。それから話してくれた。
「僕が星の地図持ちの人々とエネルギーの架け橋を架けていたのは、存在の全てのエネルギーをエネルギーの架け橋で繋いで、夢時間で自由に交流が出来るようにしたかったからだよ。それには、植物や動物や鉱物、その土地や水や空気、風、その精霊なんかも含まれていて、生命のあるものすべて、そうでないものもすべて。存在の全て。そうして共に夢を見る空間や次元に誰もがアクセスできるようにしたかったから。僕らの惑星の世界中だけではなくて、惑星間規模でそれを創り出しておきたかったんだよ。
レネの部族の中では、街で暮らしていた様な普通の人々もそこに居ついて、そこで一緒に霊的修養をしていたでしょう。つまり、僕らの持つ能力は、本当は誰もが持っていて、潜在能力を発揮できるかどうかだけなんだって事がそれでわかったんだよ。星の地図持ちの人々同士で、双子ではなくても夢時間を通して会話したり交流することが出来たように、感度のいい人であれば、僕らは街にいる一般の人々にも夢の中で呼びかけることが出来たのは覚えている?」
私が頷くと、彼は続けて言った。
「すべての存在と共に夢を見る、その中で、存在の枠を超えた智慧を育むことや交流が出来るようにしておきたかったんだよ。そうした感応性や交流性の深いつながりを、心や意識や魂の深い奥の方で、それぞれが自由にもてるように。僕にとっては、それが本当の問題解決の核に必ずなるものであって、そうした深い精神性の中からの呼び声に耳を澄ます姿勢は、絶対に欠かせないものだという確信があったから」
そう言って、彼は「でも、結局僕の夢は途中で挫折してしまったけれど」と淡々とした口調で言った。
海がなんだか周囲に暗黒星雲を漂わせた悲壮な雰囲気を醸し出していたので、さすがに彼はフォローも忘れない。
「戦争が始まってしまった時点で、もうそれは、今まで架けたエネルギーの橋を使って防御壁を創る方に変更しなければならなくなっていたんだよ。その方が喫緊の課題だったから。そうして、避けようのない現実からの要請で、自分の夢やヴィジョンにエネルギーを懸ける余裕がなくなってしまったんだ」
海がまだ周囲に暗黒星雲を漂わせて落ち込んでいるので、私は今思い出した事を口に出した。
「そう言えば、海がすっごく面白い事を言っていたよね。魂の航法診断をするのは、そこから虚偽や紛らわしいものを炙り出していくのもそうだけれど、そうすることで、道を整えていく意味もあるんだって。それはこの世界の言葉で言うなら、【此の岸】と【彼の岸】を繋ぐ橋でもあって、その橋の強度や安全度を点検したり、注意書きの立て札を立てるみたいなものだよね。そうして地道な整理や整備をしていく事はとても大切な事で、貴方はそうすることで、世界や宇宙と、私達の魂の成長・深化・進化がリンクする速度を上げることが出来るみたいな事を言っていた。
星の地図持ちの人々の能力やシャーマンの自然と調和して生きる感覚や世界観を、実際に生きていくことに反映させると同時に、それらを冷静に研究・探究もして、それぞれに合ったやり方に翻訳していく事や、それらの情報を統合して道を整理すると同時に、そこに含まれているノイズや虚偽を炙り出す事は、個人の内面だけではなく、世界や宇宙の進化・深化とも深い連携があって、切り離せないものなんだって言っていた」
聖一さんが「そういえば」と言って、海に言った。
「僕にもそれを話してくれたことがあったよね。それぞれ独自のロジックで自律的に働いている異なるチャンネルだけれど、それらは切り離す事はできないものだから、って言っていたよね?」
海が興味を示して浮上したのが分かったので、ナイス! と互いに目配せしたりして。聖一さんはそのまま続けた。
「要は、ひとりの人間の内にある世界と、それを取り巻く世界、共同体や宇宙そのものとリンクさせて同時進行で互いに成長させていくような考え方で、君は、それを世界(宇宙)とのコミュニケーションという言い方をしていた。
僕たちは内面の世界に、個人としての内面と同時に、共同体の内面としての側面も持っている。
同じように外面の世界に、個人としての身体の側面と、共同体の外面としての側面も持っている。
君は、【それぞれの存在様式】という言い方で、それぞれが同時に異なるチャンネルに存在しながらもそれらはひとつで互いに関係し合い、存在している、切り離せないものなのだと言っていた」
「──何となく覚えている。自分という現象がそこに存在するだけで、それぞれのチャンネルが同時多発的に発生しているようなものだから、それらを切り離さないで、全体的に捉えていく方が自然なんじゃないのかって思ったんだ。バランスの達成にはそれは欠かせないと思ったんだ」
海がそう言って、ちょっと思案してから続けた。
「それらが切り離されたものではなくて、ひとつの、ここで言えば俺という現象の、それぞれの事なるチャンネルで、それぞれの独自のロジックで働いている自律的なものだけれど、切り離せないものだから、それらを一つの現象の異なる側面だと全体的に捉えていく事で、より全体的なものの見方や包摂が出来るように思ったから」
そう言って、海は私に、「あの図形」。私は、幾何学模様の複雑な図形を思い出した。「ああ、あれ?」
「聖一さんが俺に星の地図のバランス指標について説明する為に使っていた図形を、自分でも思い出しながら描いてみたことを以前話したでしょう。貴方はそれが曼荼羅に似ている事も教えてくれて、ユングの提唱した概念も教えてくれた」
聖一さんが頷くと、海は言った。
「あの図形の一覧性みたいなもの、一目で一気に把握できる感じ。あれが今言った俺の全体性の把握の地図に近いんだ」
それで聖一さんが頷いて、「確かにそうだね」そう言って少し考えてから、私達にちょっと待っていて、と言って何処かへ行った。しばらくして彼は数冊の本を持って来て、私と海にその中の一冊の本を開いて、そこに描かれている図形を見せてくれた。
「これは、今さっき海が言った事を、より一目での把握性に優れたシンプルな図で表したものだと思う。これは統合心理学やインテグラル理論、その哲学を提唱しているケン・ウィルバーという哲学者が提唱する四象限(Four Quadrants)という概念を顕した図形」
中を十字で四つに区切られた四角形の図形──確かにそれは海が言っていた事を一目で把握できるものだった。端的に言うと、左が内面、右側が外面、上が個、下が共同体等の側面を顕しているもので、シンプルに言うと、左上が個人の内面、右上が個人の外面、左下が共同体の内面、右下が共同体の外面だった。
「すごい、わかりやすい」
「本当だ」
「縦軸が、上:個人(Individual)、下:集団(Collective)、
横軸が、左:内面(Interior:主観的、見えないもの)、右:外面(Exterior:客観的、見えるもの)。
これが次の四つになる。※
※(以下、文章の構造上、一時的にPC版サイトでご覧頂く事をおすすめ致します。お手数をおかけして申し訳ございません)
左上:個人の内面 (私・ I ) | 右上:個人の外面 (それ・ it )
思考・感情・世界観 行動・身体・脳の活動
信念・意識の状態 スキル・生理的な状態
◆心理学・瞑想・自己成長の領域 ◆科学・医学・行動分析の領域
左下:集団の内面 (私達・we) | 右上:集団の外面 (それら・ its )
文化・共通の世界観 制度・組織の仕組・社会構造
規範・雰囲気・関係性の質 経済システム・技術・環境
◆文化人類学・組織文化の領域 ◆社会学・システム理論の領域
本当の問題解決には、この四つの全てを統合的に包括的に見ることが必要だと彼は説いた。例をいくつか挙げると、これは、プラトンの【真・善・美】とも対応していて、【真は客観的な事実(右上+右下)】、【善は共有された道徳や文化(左下)】、【美は個人の主観(左上)】に相当するものでもある。
カントの三大批判で言うなら、【純粋理性(客観科学)】(右上+右下)、【実践理性批判(倫理)】(左下)、【判断力批判(美学とアート)】(左上)に相当する。
仏教の三宝(仏・法・僧)で言うなら、【仏(覚醒した心、スピリットの眼、全てを照らす内面の光)】(左上)、【法(認識されたスピリチュアルな真実、真如(suchness)、如実性)】(右上+右下)、【僧(スピリットにおける私達、霊的修養の共同体)】(左下)に相当する。
この四象限は、【左上】主観や意識の状態、世界観、【左下】文化や関係性の質、共通の世界観、【右上】個人の行動や身体的・器質的・生理的側面、【右下】システム、組織・社会構造、技術、環境、これらをより包括的に、バランスよく見るための地図で、【私という現象】をはじめとしたこの世界の現象の切り離す事の出来ない基本的なチャンネルを顕しているんだよ」
※画像:四象限(Four Quadrants)表




