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「私達に出来る事は、先ずは自分自身のバランスの達成に真摯に努める事。そうして、一人一人が自らの足元から、犠牲のシステムを終わらせていく事。そうなんだよね?」
私がそう言うと、レネ君は頷いた。
「それが、僕らが選択できる最も確実な道だからね。やり方や方法はそれぞれの状況や時や場、その人自身の持っている背景や事情なんかにもよるだろうけれど、それぞれが自分自身で見つけていくしかない」
海が尋ねるともなく言った。
「それが、その人自身の自律性の確立や魂の課題にもよるから……」
「そう」
私は聖一さんに尋ねた。
「聖一さんには、私達はこれからどうしていくのか、どうしたらいいのか、その道筋みたいなものは見えているの?」
彼は少し黙ったままで私を見つめた。あ、また、だ。あの透明な眼差し。互いに黙ったまま見つめ合う様な格好になってしまうので、海が傍にいる事もあり、私は少しだけ緊張した。でも、彼の眼差しを受けていることで、ふっとここがどこで、今がいつで、という様な事も忘れてしまう──何かの呼びかけのようなもの。それは私の心や軆のずっと奥の深い奥、魂の在り処までにこだまする、何かの残響だった。
──なんだろう、何か、思い出しそうな? でも、掴めない。何かの印象だけが、その空気や雰囲気をまとって私に残響を響かせているような感覚だった。
そうしてそのまま、私は、本当にすうっと眠りに入るように、気を失った。急に倒れ込んだ私を受け止めたのは聖一さんで、彼は海に「神奈ちゃんを家まで運べる?」と尋ねて、海が頷き、海が私を聖一さんの家まで運んでくれたそうだ。
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レネ君が次期族長(現族長の補佐)を務める部族の中にかくまってもらえることになった私は、神殿の中での窮屈な生活から解放されて、のびのびと水を得た魚の様に彼等の生活様式に馴染んでいった。自然と共に生きる彼等の在り方にも、彼等独自の霊的修養みたいなものにも。
彼等の部族にある霊的修養は、ちょっと面白かった。そうした能力や受け取るヴィジョンを彼等は、神殿に訪れる多くの人々がそうだったような自分の悩み事や相談事なんかに使うのではなくて、自分達の魂の目的やその課題と向き合う為に使っていた。だからその能力やそこから得るヴィジョンには不思議な深み、重みがあった。端的に言えば、それを神聖なものとして大切に尊んでいたし、軽々しく使いものにはしなかった。それは、神殿での神聖さの在り方が形骸化していたことを私に痛感させた。
私達星の地図の子たちは大切に扱われたし、儀式も神聖なものとして扱われていたけれど、実質は街の人々や特権階級の人々の要請や要望に応えるためのもので、美しい神殿や礼拝堂や厳かな儀式や式典は、今ここで行われている儀式とは比べ物にならないくらいに豪華な荘厳なものだったけれど、そのエッセンスからして異なっていたように感じた。
──本来は、私達の能力もこうしたことの為に使うべきものだったんだ、私はそう直観的に思った。
聖一さんとは、この部族にレネ君が連れて来てくれた初日に会っていた。彼が星の地図持ちの神殿の元教師で、以前に海を個人指導していた事があった事もその時に聞いていた。何しろ、私がここにかくまってもらえるようになったのも、海がこっそり彼にそれを頼んでくれていたからだったのだ(それまで私は、何か権威に逆らった事の罰か何かで高い塔の天辺に独りで閉じ込められていた)。
聖一さんは、ここで行われている事が、本来の星の地図が示しているバランス達成への真摯な取り組みであって、神殿で行われていることはそれの矮小化された劣化版でしかないと教えてくれた。それで、私の直観は正しかったのだと自分でも知った。彼は、本来は星の地図は円環を示していて、それはここで行われているように、魂の課題や目的に沿って自律的に生きる事で自然に達成されていくものである事も教えてくれた。魂の喜びに沿って自分の生命を運んでいくことで、私達は自然にそれらを学び、身につけ、自分に必要なバランスを達成していく。でもそれは、現世的な利益や平穏さとは大抵は反する方向(それは茨の道であったり、今までの安定を捨てていくようなもの、未知の方向)にあって、本質的には自分自身の生命を魂の目的や課題に向かって運ぶことを一つ、また一つと選択し続け、自分の中から深い利他性や贈与性、無私性を引き出していく道であって、その為に自分自身の個としての生命を完全に燃焼させる、その魂の仕事に入っていく事を意味した。
それを生きる人は、実際の在り方の如何に関わらず、与えられた生命をその為に燃焼させていくひとつの燈火であり、炎のようになる。いつも静かで冷静沈着な振る舞いをする聖一さんもそうだった。彼は美しい青い炎の様に静かに高い温度で自分自身の生命を燃焼させている様な人だった。
魂の喜びに沿って生きる事は、この世界で一般的に私達が考えるような情熱の在り方とは少し異なるけれど、それは自分自身の生命や運命や宿命というものがあるならば、それらの全てを肯定するような魂の純粋な大きな歓喜に向けて、それらのすべてを捧げて燃焼させていく様な、大きな解放に向けて全エネルギーを注いでいく純粋な情熱やその歓喜のエネルギーそのものに自分自身がなるようなものだった。つまり、自分自身がそのエネルギーを生きる、という事だ。
後に神殿側の嘘や虚偽が色々とばれて、星の地図持ちの人々がここに逃げて来たときも、聖一さんは彼等とここで行われている霊的修養を繋ぐ役割を果たして、本来の星の地図持ちの人々のバランス達成に向けて尽力していた。そうして、ここを巣立って行った人達と協力して、惑星間規模の大きなエネルギーの架け橋を創ろうとしていた。その為に、みんなはそれぞれの故郷や自分が呼ばれている土地へと散って、先ずはこの惑星の世界中にエネルギーの架け橋をかけることに集中的に取り組んでいた。
でも、戦争が始まってしまって、それらは反戦運動をしている人々の共同体や自然と共に生きる先住民族の土地や聖地を護るために使われるようになった。攻撃を受ける人々を護るためにエネルギーの架け橋を使って防御壁を創っていったのだ。それは始めは一時的な対症療法的な使い方で、本来の使い方ではなかったと思う。でも、後にそれが主流になった。そうして、その後は味方に紛れ込んだ敵の殲滅の為にも使われた。
聖一さんは結局、粘菌の研究の方に移行していったけれど、本来は、エネルギーの架け橋の方に自分の生命や魂の仕事の全エネルギーを懸けていたはずだった。彼には彼にだけ見えているヴィジョンがあって、その為に彼は自分自身の全生命を懸けた魂の仕事に生きていたのだから──そして、私も海もそれを手伝っていた気がする。自分自身の魂の仕事として。
目が覚めたら、聖一さんの家の客室の天井が見えた。隣に月明かりに照らされた海がすうすうと寝息をたて眠っている。あれ、なんでこうしているんだろう? 以前彼の家に海も陸も含めて一緒に数日泊めてもらっていたときに戻ったかのような錯覚の後に、徐々に目が覚めて来て、自分が着の身着のまま眠っていた事に気づいて(隣の海は聖一さんに借りたらしいパジャマを着ていた)、あれ?? とまた混乱した。
ゆっくりと身を起こして辺りを見回していたら、海がもぞもぞとして起きそうだったので、「ちょっと、起きて!」と起こした。海は寝ぼけまなこで私を見て、それから「あ、気づいたんだ」と何かむにゃむにゃ言って笑ってから、また寝た。
だめだこりゃ。
あまりにも彼が気持ちよさげに眠り込んでしまったので再度起こすのが気の毒になった私は、諦めた。サイドテーブルに置いてある時計は深夜2時過ぎを指していた。何となく、喉が渇いていたのと、口をゆすいで歯磨きもしたかったのもあって、私はそうっと静かにベッドを抜け出して、洗面所に向かった。以前お借りした私や海の歯ブラシとコップがそのまま洗面所に置いてあったので、それを使わせてもらった。そうして洗面所を出ようとしたところで、寝室を出て来たパジャマ姿の聖一さんに気づいた。向こうもこちらに気づいて、「大丈夫?」と声をかけてくれた。
「えっと、何で私はここに泊めてもらっているの?」
「突然、僕らの前で気を失ったんだよ」
私は、何ですと? と全く身に覚えがなかったので、驚いた。
「でも、なんだか気持ちよさそうに眠っているみたいだったから、海と一緒に泊まって行ってもらうことにしたんだ」
「それは、たいへん失礼いたしました」
私が恐縮していたら、彼は少し笑って、「よく眠れるようにハーブティでも淹れようか? 僕も何か飲みたくて起きて来たんだ」。 私は少し迷ったけれど、せっかくなので頂くことにした。「頂きます」私がそう言うと、彼は台所に向かって行ったので、私も後について行った。
ガラスのティポットの中の鮮やかな青紫色のハーブティーを眺めながら、湯気と共に漂うラベンダーの香りを吸い込んだ。いい香り。何だか落ち着く。蒸らし終わったハーブティをセットのガラスのティカップに注いで頂いて、私は目の前の美しい色彩の飲み物から立ち上がる香気を湯気と共にすうと吸い込んだ。この香りを楽しみたくて。
「とってもいい香り。それにこの色もとてもきれい」
この透き通る美しい青紫色は、夢の中のあの別の惑星に居た頃の聖一さんを何となく思い出させた。ぼんやりと夢の記憶や印象を手繰り寄せようとしていたら、目の前の席に座っている聖一さんが「気に入ってもらえたようで何よりです」と笑って言った。私達はダイニングテーブルで向き合って席につき、深夜の静けさの中での会話なので、声を落としたひそひそ声で話していた。
「私達が別の星に居た頃の夢を見ていたの」
「……何か思いだした?」
「そうだね、レネ君の所にかくまってもらっていた頃の事とか、あとそこで行われていた霊的修養みたいなものとか……」
私はそう言って、彼を見つめた。
「あと、聖一さんが、自分の魂の仕事としてエネルギーの架け橋を創っていた事を思い出した。私も海もそれを手伝っていた。自分自身の魂の仕事として」
彼は黙って頷いて、ガラスのティカップに静かに口をつけてそれを飲んだ。私はそれを眺めながら尋ねた。
「粘菌の研究は後からのもので、聖一さんの本当の目的や魂の仕事はエネルギーの架け橋の方にあったと思うんだけれど、合っている?」
彼は頷いた。そうして私の言葉を待つように黙ったまま見つめている。
「貴方は、何か自分のはっきりしたヴィジョンを持ってそれをしていたと思う。でもそれが何かは私は知らなかった」
彼は、少し考えるように瞳を伏せた。それから、言った。
「君と海は、直接的に架け橋の方に関わっていたのではなくて、その為に必要な情報整理の方を手伝ってくれていた。それは魂の航法整理の様なものだった」
私はちょっとだけ、言葉に変換できない音について考えてみたけれど、わからなかったので
「こうほうせいり?」
「航海方法、船の航路を整理する海図のようなもの。もしくは航空方法。飛行機の空の飛び方や、航空経路の整理」
そう言って、彼は物音に気づいて台所の入り口に目をやった。私もつられてそっちへ視線を移すと、海が起きて来ていた。
「よく眠れるようにハーブのお茶を飲んでいたんだけれど、君も飲む?」
海は頷いて、私の隣に座った。
「いないから心配した」
「ごめん、よく眠っていたから起こすのも悪いなと思って」
聖一さんがもう一式ガラスのティカップとソーサーを出してきてくれて、海の目の前に置いた。そして新しく入れなおしてくれたハーブティを注いでくれる。それから、私にも「お代わりはいる?」と訊いてくれたので、「頂きます」と私は答えた。
「ちょうどよかった。海と神奈ちゃんが、魂の航法整理をしていた事を話していたところだったんだ」
聖一さんがそう言うと、海は「ああ」と言って、「でもあれも、途中で……」と言葉を濁した。
「何?」
「神奈が殺されたし」
「それで中断されたの?」
「そうだけれど、その後は俺の暴走と、粘菌の研究と防御壁の修理があったから」
「元々は海がそれをしていて、神奈ちゃんはそれを手伝う形で関わっていたんだよ。でも戦争が始まってしまって、僕は粘菌の研究の方へシフトして、神奈ちゃんもそれを手伝ってくれていたから、基本的に海が独りでそれを続けていたんだ」
「……今から思うと、もっときちんとまとめておいてもよかったかも。俺の記憶の中だけででもきちんと整理されてまとまっていれば、粘菌がその情報を保持してくれただろうし」
「それは残念だったね」
「他人事みたいに言うなあ」
「……神奈ちゃん自身の魂の仕事でもあったんだよ、本当は」
「何となくそうだった気もするけれど、戦争が始まって、私自身も粘菌の方の研究を手伝う事に自分でシフトした気がする」
「それは俺が、独りでも続きをする事を引き受けたからだったんだよ。本当は聖一さんが粘菌やウィルスの研究にシフトした時点で、俺はそれを中断して防御壁を創る方の仕事をメインにしていた。でも、神奈が自分は続けるって言ったんだ」
「そうだったんだ?(全く覚えていない)」
「君が僕の新しい仕事を手伝う方に時間を取られるようになって大変そうにしていたから、結局は海が残りを自分がやると言って君の仕事の続きを引き受けてくれたから、君はこっちに集中することにしたんだ」
「そうだったんだ?(全く覚えていない)」
「まあ、俺も結局は神奈との約束を守れずに途中にしてしまったんだけれど」
「……でも、聖一さんの架け橋の仕事自体が中断されたのに、何でその補助の仕事を私は続けようとしたんだろう?」
「それは、汎用性があったから」
「他の目的でも使えたからってこと?」
「そう」
聖一さんがそこで説明してくれた。
「それは、僕ら星の地図持ち以外の人達やレネ達にも役に立つものだったんだよ。簡単に言えば、魂の航法には様々な方法があって、それは神殿の文献にも記載されていたし、それは世界中にそうした伝統的な方法として各地にあったものを集めたものだったんだけれど、君と海は、その伝統的な魂の航法についての虚偽や補足情報を洗い出して整理していたんだよ。より安全に【向こう岸】へと渡るために、魂の航路をみんなが旅する事ができるように」
「そうだったんだ?(全く覚えていない)」




