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「カルト関係者から諜報活動に勧誘されたけれど、途中でお断りしたら逆に嫌がらせ被害に遭うようになってしまった人の話を以前聴いたことがあるんだけれど、カルトテロリズムや諜報活動を実際にしていたり、その勧誘をしている人達は、いわゆる税金や公的資金をかなり使ってそれをしているみたいなんだよね。
本当なら、被害者の様に本当にサポートや救済措置を受けるべき人がそれを受けられず、カルトテロリストやスパイ工作をしている人達にそうした公的な資金の多くが使われてしまっているというのもおかしな話だし、そもそも公的機関や専門機関なんかの職権を利用してそれらがおこなわれているというのもおかしな話なのだけれど、現実にそれはずっと行われてきていて、本当なら過失や罪の責任を取らなければならない人がその責任から逃れたり、公正な対処や裁きが行なわれなかったり、被害者や犠牲者に責任が押し付けられていたりする。
確かに、こうした事を組織的に計画的に行っている様な人々の存在は、社会や共同体にとって、とても有害だし、本来機能すべきものを機能不全にして食い潰してしまうから、徹底的に排除するべき存在なのだろうけれど、あちこちに深く入り込んでいるみたいだし、どうしたらいいのかわからないみたいだよ」
私がそう言うと海が「あの娘?」と訊いてきたので、「そう、田村さんから聞いたの」。聖一さんは淡々とした口調で私達に言った。
「関係性による腐敗(癌)みたいなものだから、本来なら、そうした人々が社会で他者と関わりを持ててしまう事や公的機関等の他者に影響を与える事の出来る立場に就くことを防いでいかないといけないのだけれど、彼等彼女等は騙しのプロだから、地域社会や公的機関、企業、組織、共同体などで信用されていたり、重要な立場や仕事を任されていたりする為に、この問題を更に解決困難にも複雑にもしているんだ。
親身になって相談に乗るとか、心が通う人間的な繋がりがあるような共同体での帰属感とか、実際の利益供与だとか、こうしたものはカルトやマフィアや政治的マニピュレーションの古典的な常套手段ではあるけれど、それに惹き付けられてしまう人も沢山いるから、実際に彼等彼女等はそうした表の顔やパフォーマンスの裏であらゆる破壊工作を行うことが出来ている。
様々な感情言語を使い、人情家であったり、親切な善人であったり、利益を与えてくれる実際家であったりの顔や演出を使い分けているけれど、その本性や実質は、そうした詐術や詐欺のプロ集団のカルトテロリストや諜報工作員や加虐趣味の快楽殺人者等の異常者なのだけれど、それを一般の人達が見分けるのは難しい。表向きの顔にみんな騙されてしまう。被害者自身も、本当は裏で加害侵害行為を行っている相手を信頼してしまっていたりするし、味方の振りをする役と加害役とで被害者を取り囲んでいる場合もある。
こうした事からも解るように、そもそも彼等や彼女等の存在や関与が在る事自体が、社会や共同体にとってはかなり深刻で大きなリスクなんだよ。
人々が健全な協力関係を築くのが難しくなっていくし、そこに侵食して関係性をどんどん低俗な劣悪なものへと変容させていってしまうし、疑心や不信の種を撒いて互いに疑心暗鬼にさせたり、監視させ合ったり、争わせたりするから、どんどん健康的な協力関係を築くのが難しい、窮屈で負担ばかりが大きい、本来共同体や社会として機能すべきものが機能しない、社会や共同体の為に何かするよりも利己的な在り方の方が利得が得られる様な全体的な機能不全社会へと変えていってしまう。個人的な損得勘定ばかりの利己的な人間が増えてしまう事も問題だけれど、その土壌を創り出している元の腐敗にも問題があるわけだから、腐敗した不健全な共同性や関係性を創出し続けている元も何とかする必要がある。
これだけの厄介な問題が山積している中で、加害者達の更生の為にどれだけの時間や力、その為の労力が得られると思う? 現実的に見て、支える側に負担があまりにも大きすぎるんだよ。本来機能すべきそうした健全な人権意識や社会的サポート力や公的資金や時間を、長い間に亘って彼等彼女等自身が食い潰し、腐敗させてきてしまっているからね」
海は少し黙って考えていたけれど、聖一さんに尋ねた。
「聖一さんはこの状況自体が、彼等彼女等自身が自ら蒔いた種の結果であって、それも含めて刈り取る、その責任を受け入れる必要がある、と考えているという事?」
「そう。何よりも自らの選択した行動の責任を取ることが魂の経験として必要だし、それには人間的な情や善悪は関係ないんだよ」
──ここまで説明してもらって、はじめて腑に落ちた。それで私も海も黙り込んだ。そうして、しばらくの沈黙の後、レネ君が言った。
「僕もそこはセイに同意するけれど、でも、やり方次第ではないかなとも思うよ。それだけ多種多様な職能を持った人材があるなら、更生を望む彼等彼女等を収容する施設で各自に労働してもらうことも可能だから。自分自身で更生施設の維持費を稼ぎ出してもらうだけではなくて、被害者や犠牲者に対しての賠償金も含めて、ある程度の収益を出してもらうように計画を設計すればいいのだし」
「やだ、レネ君ったら、天才」目を丸くした私に、彼はちょっと笑った。
「僕の国では実際に営利企業としての刑務所経営があるからね。それはかなり収益が見込めるビジネスになっている。それがいいか悪いかは置いておいて、やり方の一つとしてはあるから」
「なるほど。さすがというか、なんというか。商魂たくましい国だよね」
私とレネ君が和気藹々としていたら、海と聖一さんの方では微妙な空気が。
「本来は善でも悪でもない力の存在は理解しているけれど、その扱い方については、かなり慎重になる必要があるんだよね」
海がそう言うと、聖一さんは頷いた。
「……それをどうやったら、もっと多くの人に解放することが出来るのか──少なくとも、今の現状はまるで加虐趣味やカルトテロリズムやスパイ工作の為に使う様な人達だけが好き勝手に使うことが出来るのに、本当にその力を正当な場や時や状況に応じて行使するべき人達が妙な手枷足枷をはめられてしまっているようなものだから、その状態自体は改善が必要なんじゃないかって思うんだけれど……」
「本当なら、感情や感覚等の感性の力を繊細に識別する能力や、必要に応じて保留にしたり、建設的に水路づけたりできる能力を子供の内から育む必要がある。これは理性や論理の能力と共にバランスよく発達させるべき能力だから。でもそれをきちんと教えられる大人がいないわけだから、まずは大人がそれを学ぶ必要があるかな。
感性の識別力に優れている人はいても、それを言語化するのが得意ではないとか、そもそも論理や理性の力が弱いという場合もあるよね。それぞれの得意な能力を持ち合い協力し合うのが現実的だと思うよ」
「それにはまず、その身体的な感覚も含めて感性の力は個々人にとって、とても大切なもの、ユニーク(比類のないもの、ただ一つだけの、他に存在しない、唯一のもの)なもので、論理や理性に置き換え可能なものではない事をちゃんと知る必要があるよね」
「いずれそれに気づいていく人たちも増えて行くんじゃないかな」
「そうなの?」
海がちょっと意外な答えを聞いたように目を丸くしている。
「うん、だって、今はどんどん人工知能の発達が加速していて、交換可能な人間の能力の殆どは置き換え可能だって事にそれぞれの分野にいる人たちがとっくに気づいているでしょう。だから、交換可能ではないもの、置き換え可能ではないものの重要性が逆に炙り出されて浮かび上がってくる」
聖一さんの言葉の後を継ぐように、レネ君が言った。
「それが生き残っていく為に必要な力だからね」
海は少し考えこんでいる。それから二人に尋ねた。
「でも、それって本当に置き換え可能ではないものなの? この宇宙の全ては計算可能(予測可能)だとする説もあるんだけれど」
レネ君が言った。
「量子コンピューターがあるから」
「そう」
聖一さんとレネ君はちょっと目を合わせて笑っている。
「海はどう思う?」
「俺は……いずれ全てが予測可能で計算可能になるんじゃないかって思う方も同じくらい強い」
「へえ、つまり自分の未来に対しても悲観的なんだ?」
「カイらしくないね」
海はうーん、と少し考える。
「悲観的なのかどうかはわからないけれど──研究者の末端にいる者としての野心もあるのかも? というか好奇心かも」
言ってから、海は「でも、同じくらい、還元論的なものには否定的な考えもある。それに、こっちは俺の感覚全体で NO を言っている感じでもあるんだけれど」
なんかまた三人で難しい話に突入し出しているので、私はデザートのアイスを取りに台所に行った。みんなの分も持って戻ると三人で真剣に(楽しそうに)話しているので、私はそれぞれのデザートをテーブルに並べてから、自分の分を持ってちょっと離れた所に移動した。少し離れたソファに座ってみんなの様子を眺めながら、もくもくとアイスクリームを味わうことに集中する。聖一さんの知り合いの牧場から直接送られてくる贈答品の濃厚なミルクアイスに、そのままでも十分美味しいチョコチップクッキーと香り豊かなビターチョコレートシロップを絶妙に混ぜて作った特製デザートなので、この味わいだけは譲りたくなかった。邪魔されたくなかったのだった。
うう、美味しい。幸せ。お代わりを何杯でもいけそう。人数分しか作らなかったことが非常に悔やまれる。
少し開いているガラス戸の向こうには、明るい月明かりに照らされた鬱蒼とした森の木々を背景に青草や季節の花々やハーブ等が茂る庭。そこから賑やかなほどに響いてくる虫の音。水の粒子を多く含んだようなみずみずしい、ひんやりとした夜の空気が室内に入ってくる。気持ちいい。こうして秋も深まっていくんだなあ、となんとなく考えながら見やすいように移動して満月に近い明るい月を眺めていた。
少し欠けた月も綺麗。
水の粒子が多いのか、少し靄のようなものが月明かりに照らされたところに見える。
ひんやりとした水分を多く含んだようなみずみずしい空気の感触が心地いい。
「いないと思ったら、こんな所に居たのか」
呆れたような声が上から降って来て、見上げると海がソファの上から私を見下ろしていた。
「お月見がしたくて。見やすい所に移動したの」
私が今いる場所は、ちょうどソファの陰になっていて、ソファの背面を背もたれ代わりにして絨毯の上に直接座り、開いた掃き出し窓の向こうに見える夜空を見ていたのだ。低い位置にいないと月がよく見えなかったから。
「かくれんぼでもしているのかと一瞬思ったぞ」
「まさか。いくつだと思ってんのよ」
海を見上げながら私がそう言うと、海は笑った。
「……やりかねないとか思ってたんでしょう」
「ばれたか」
「デザートは食べた?」
「うまかった」
「私とレネ君の力作だもの」
あまり溶かすわけにもいかない堅いアイスクリームを混ぜるのは本当に力技だったのだ。
「ちょうどいいから、みんなで外の空気を少し吸いに出ようか」
「足りない分の靴を持って来たよ」
レネ君が靴を手に二足持っていて、聖一さんが私の傍に立ち、目の前のガラス戸を大きく開いた。私とレネ君が置いてあったサンダルを履いて、後の二人はレネ君が持って来た自分の靴を履いていた。リビングルームから直接庭に出ると、レネ君が「あっちに行こうよ。こういう月の明るい気持ちのいい夜は、よくここら辺の猫たちが集会をしているんだよ」と、並木道の向こう、湖の見える方を指さす。
「え、見たい!」
私がレネ君と手を繋いで歩き出したので、後から聖一さんと海もゆっくりついて来た。
「猫って本当に集会を開くんだ」
「うん、そうだよ」
「噂には聞いていたけれど、本当だったんだ」
わくわくしながら私がそう言うと、レネ君が「僕が仲良くなった猫もいるから、僕らが混ざっても怒らないと思う」
「遠くから見るだけではなくて、猫の集会に混ぜてもらえるの!?」
「交渉してみる」
「レネ君すごい。天才。尊敬する!」
「そんなに褒めてくれなくてもいいよ」
「なでさせてもらえたり、もしよければ、抱っこなんかもさせてもらえるかな?」
「交渉してみる。これがあるから大丈夫じゃないかな」
そう言って彼はポケットから、猫用のおやつをいくつも取り出した。
「すごい! レネ君天才!!」
用意周到な彼に私はうきうきしながら心なしか早歩きになる。
「カンナの熱がすごい。興奮しすぎだよ」
笑って小走りになるレネ君と私は既に駆け出していた。懐中電灯に照らされた緑の屋根の小径を通り抜け、いざ、猫集会へ! 「あんまり勢い込んでいくと、猫もびっくりしちゃうよ。ここからは少し静かに」レネ君にたしなめられて、私も歩調を落とすことにした。そうしてさくさくと落ち葉や土の道を踏みしめて開けた湖の見える丘に出ると、月明かりに照らされた草原の少し端っこの方で小さな塊のサークルがあった。本当に猫が集まっている!! 猫集会だ!!!
「か、かわいい……」
「子連れで参加している猫もいるね」
「うう、かわいい……!!」
きゅう~んと身も心もわし掴みにされて思わず身もだえする私に、後から来た海が「飛びつくなよ」とたしなめる。「そんなことするわけないでしょ」「いや、やりかねない」二人でこそこそ言い合っていたら、レネ君がつないでいた手を離して、独りでそちらにさくさくと草を踏みしめて行ってしまう。それを聖一さんと海と私の三人で見守っていたら、猫集会の中にいた数匹が彼に近づいて来て、すり、と足に身を寄せて小さく鳴いていた。
「わ、本当だ。仲良しなんだね」
いいなあ、と思いながらそれを離れたところから見ていたら、レネ君はしゃがんで、そこで持って来たおやつをあげている。他の猫たちもわらわらと寄って来て、猫だかりが出来ていた。
「う、うらやましすぎる……!」
私がそう言う傍で、海も「確かに」とちょっと羨ましそう。しばらくしてレネ君がこちらを見て、手招きをしてくれたので、私達は、どきどきしてはやる心をおさえつつ静かに歩いてそちらに向かった。後から聖一さんも付いてくる。そうしてみんながその場に到着すると、猫たちは私達をじっと見つめていた。何となく、「お、おじゃまします……」とその場にしゃがんだら、レネ君がおやつの袋をいくつか私たちに渡してくれた。
「ありがとう!!」
囁き声で篤くお礼を言って、私と海はそれを少し手のひらに出して、おそるおそる猫様達に献上してみた。何匹かが寄って来てくれて、そうしてちょい、と手のひらにある猫用のビスケットを可愛らしい前足で草の上に落とし、それをはぐはぐと食べだしたので、残りのビスケットも猫たちの目の前にそっと置いてみた。ふんふんと匂いを嗅いでから、食べ始める猫さま達を眺めて至福の時を味わっていたら、
「この子なら撫でさせてくれるよ」
とレネ君が抱っこしている茶トラの人懐こそうな猫を私達の前に連れて来た。
「し、しつれい、いたします」
緊張しながら、手をのひらのにおいをまず嗅いでもらって、それからそっと背中を撫でさせてもらった。ふわふわ!! もふもふ!! かわいい!!! ごろごろ喉を鳴らしている猫さまの顎や頬のあたりをかきかきしながら、レネ君が
「可愛いでしょう」
「うん!!」
私が機嫌よくそう答える傍で、海もそっと猫の背中を撫でさせてもらって、ひとりでじ~んとしている。表情には出ていないが、喜びに打ち震えているのである。海はかなりの動物好きなのだ。陸もそうだけれど、海は植物も動物も魚や虫とかも含めて、わりと生物全般が好きで、世話するのも、それらの生態観察も好きだ。忙しくて手をかけられないので自分で飼育はしていないが、その反動でそうした生態ドラマなんかの映画や動画が大好き。観葉植物の世話もこまめにする。
ふと隣を見ると、おやつも何も持っていないのに聖一さんが猫たちにすりすりされていた。
「この子たちが遊びに来た時に、セイもご飯を上げたり病院に連れて行ったりしているんだよ。離れに在る倉庫の方には猫たちが休んでもいいように猫用出入り口も作ってあるし」
嫉妬の目で見つめる私の傍でレネ君がかいつまんで説明してくれた。なるほど、それなら当然か。聖一さんの目の前で、白い猫がごろんごろんしてお腹を見せている。彼はしゃがんで、その子を撫でている。そうして(羨ましいと見つめる)私を手招きした。私は彼の隣にしゃがんで、遠慮がちに、ちょっとだけ一緒に撫でさせてもらった。盛大にごろごろいっているのが聞こえる。そうして私達はしばらく猫集会にお邪魔させてもらっていたけれど、そのうちに猫たちはそれぞれに毛づくろいなどをしてから一匹、一匹とどこかへ姿を消していった。
「にゃ!」
と挨拶をしていく子もいた。しっぽを旗のように立ててとてててと去って行く可愛らしい後ろ姿を見送って、名残惜しくそこでしゃがんだままでいたら、聖一さんが私と海に言った。
「動物や人間以外の生き物たちと仲良く付き合うのもいいと思うよ。単に世話をするのではなくて、互いに心を通わせられるように、楽しく一緒に遊んだり、仲良く付き合うのがポイントかな。植物でも、鳥でも、何でもいいけれど。人間以外の生き物は非言語的コミュニケーションを僕らに教えてくれる身近にいる素晴らしい存在だからね。それに彼等の方が感覚的にも優れているし、感情的にも素直で、楽しむ事や遊ぶことが好きだし。それを鈍らされてしまっている人間には彼等は善い教師になってくれる。まず初めに彼等の存在そのものを尊重する事から学び始めて、世話をしたり、仲良く付き合う方法を学んでいくうちに、自然に色んなものを身につけていく事になるから」
海は「確かに、そうかも」と納得している。
「何より、彼等と付き合う内に、こうして生命体としての軆があるからこそ、それを大切にする事や身の回りの環境を整えてあげる事で愛を伝えられるという事の意味を深く知る事もできるからね。僕等よりも短いスパンでその生命の環に存在している彼等と心を通わせて付き合う事は、同時にその生命自体が持つ素晴らしさとか、その比類のない一回性や唯一性、儚さ、美しさ、愛おしさを教えてくれる。共に過ごせる生命としての時間の貴重さやその大切さも深く教えてくれるよ」
「喪失の悲しみも含めてね」
レネ君が付け加えた。
聖一さんは、そうだね、と頷いてから、静かな声で私達に淡々と話した。
「再現可能性や予測可能性よりも、今目の前に在る、その存在やその存在と過ごしている瞬間の一回性や唯一無二性の方がずっと大切で、こうして今、僕らが過ごしているこの瞬間、君達は色んなものを感じているでしょう。明るい月明かりのやわらかな光や、辺りに響き渡る虫の音や、足元の土や青草の感触、その匂い、みずみずしく心地よく冷えた夜の空気、話している僕の声や、僕らの存在、今この瞬間も流れていく君達がそれぞれに考えたり思ったりしていることやフラッシュが閃く様に思い出している記憶、それに伴う知覚、風が揺するたびに水の音を微かに響かせる湖やさざめく木々や森の気配、そこに潜んでいる生物の息遣いや空気を震わせる感触……こうしたものをすべて言語化するのは無理でしょう。今この瞬間も流れているし、それらは交流している、僕らはエネルギーの交換をしているんだよ。すべてのものとね。
こうした感覚や感性のもつ繊細で微細な感覚──それらにも、今この瞬間の一回性や唯一性があるんだよ。それを味わい、嗅いで、触れて、聴いて、見て、感じることが出来る。それについて快く感じたり不快に感じたり、考えたり、何かを思い出したり、想像したりも出来る。その素晴らしさや大切さを見失わないことだよ。それは自分という現象や存在の足場で、大切なもの。尊いもの。唯一のもので、比類のないもの。それは自分以外の全ての生命や存在に関してもそうだってこと。自分自身がそれを見失うから、置き換え可能な存在にも成り下がってしまうんだよ。本当は決してそうではないのに、そう思い込まされてもしまうんだ。
支配をしたり、犠牲のシステムを維持したいものには、それはとても好都合だから」
レネ君が跡を継いで言った。
「騙されないことだよ」
「そう。言ったでしょう、相手は騙しのプロなんだから。カルトテロリズム実践者は世界中にいる。彼等は色んな耳触りの良い事を言うだろうし、実際に利益を与えてくれるかもしれない。安易な快楽や快適さも。でも、これだけは覚えておかないといけない。彼等や彼女等は破壊を推進し、存在の自律性を尊重せずに、自らの恐怖から他者や他の生命を支配しようとすることを自分自身でも止めることが出来ない。そうして犠牲のシステムを維持したいと考えている。
耳触りの良い概念や理想を語る事で犠牲の精神の美しさや高尚さを語るかもしれない。それは一面は真実だけれど、それを利用したり要求するものはまったくそれに値しないものなのだということ、そして、それらの犠牲的精神こそが唯一無二の人間の持つ素晴らしい徳性で存在証明かのように言われることもあるかもしれないけれど、それは虚偽でしかない事をよくよく心しておくことだよ。
それは戦争や不要な争いへと人々を引きずり込む、古くからある使い回された常套手段なんだから。
何故なら、そうした種や全体性への奉仕は生物として昆虫レベルでも組み込まれているものだから。それを刺激して操作することも、様々な感情言語を使い高尚さや崇高さを語り、そうした価値観を刷り込んでいくのも、みんな過去からやり尽くされてきた騙しの手法でしかないんだよ。そうした無私の精神や奉仕、贈与の精神の高尚さは確かに存在するけれど、それには色々な段階もあって、もしそれが人間にしか実現できない高次の、それに相応しい高尚な徳性であると主張するのならば、それには多様な生命や存在そのものの自律性の尊重も含まれていないとおかしいんだよ。
つまり、支配の衝動を制御しきれていないものには、それに相応しい低い段階に重心がある、という事を示している。これは厳密な現実的な指標でもある。支配や征服欲、その根源にある自らの恐怖を制御しきれていないものは、多様な生命や存在そのものが持つ唯一無二性やその自律性の尊重ができないから。その存在の時間や自然、流動性や自律性、恒常性にゆだねる事ができない。それをコントロールしたいという欲望や衝動を抑えられない」




