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聡子が学校を続けて休んだ。さすがに四日目になると私たちも心配になって来た。携帯電話はつながらないし、家に電話しても風邪をひいて寝込んでいます、とお手伝いさんが答えるのみだった。
「お見舞いに行ってみようか」
キイナがそう言うので、私も賛成した。会えなくてもいいから、お花と聡子の好きなアイスクリームを買ってとりあえず行こう、と決めて学校帰りに二人で彼女の家を訪ねた。
それまで私は聡子の家に行ったことがなかったので、キイナに連れられて初めて訪ねて行って、本当に聡子はお嬢様だったんだなあと改めて驚いた。どこの高級旅館かと思うほどの広い庭と重厚で大きな和国家屋にまず驚いた。対応に出たお手伝いさんの慇懃さにも更に驚いた。カルチャーショックというやつだ。そして私たちは体よく門前払いされてしまった(実際は門の中には入っていたから玄関先払いだけどさ)。
お見舞いのお花とアイスだけ渡して、私たちは何の情報も得られないまま帰宅の途についた。
「こりゃあ、何かあったな」
キイナが言って、私も同じことを考えていたので
「とりあえず聡子から連絡がこないとどうしようもないね」
「連絡したくても連絡できないような状況とかじゃないといいんだけど」
「……」
たぶんそうなんだろう、と私は思っていたが言わなかった。
いたずらに心配しても仕方ないからだ。
それより何らかの聡子からの信号に耳を澄ませておく方が現実的な気がした。
「このまま帰る?」
キイナが私に尋ねるのをなんとなく見ていた私は、その視線を彼女の背後に移した。
「ねえ、あれ、聡子の彼氏じゃないの?」
鈴村家の裏側にある塀に小さな通用口のようなものがあり、そこからそっと出てきた兄妹校の制服を着た男子生徒を指さした。
「え、あれほんとだ」
私たちが彼の方を見ていると、彼の方もこちらに気づいた。私たちに軽く手を振ってから、彼は反対方向へ歩いていく。会釈した後にそれを見送りながら
「こっそり彼と連絡とっているならとりあえずは大丈夫かも」
「そうだね」
ちょっとほっとしつつ私たちはまた歩き出した。
「まあ、そのうち連絡してくるよ」
私がそう言うと、キイナはうん、と嬉しそうに頷いていた。
数日後、けろっと聡子が登校してきて、携帯電話を止められてしまって連絡ができず、しかも家に軟禁状態だったと話してくれた。携帯の中を見せろと家族や婚約者に迫られて頑としてパスワードを教えずにいたら、結果として携帯電話の通話を止められてしまったそうな。それでちゃっかりと新しい携帯電話を用意していて、新しいアドレスと番号を教えてくれた。
「どうしたの、それ」
「輝幸が用意してくれたの。彼の名義だから、見つからなければ止められる心配はないでしょ」
言って聡子は、彼氏に用意してもらった携帯を愛おしそうに撫でる。
「うわ~、なんか色々すごいね~」
「ふふっ」
聡子はなんだかんだと幸せそうに見えた。
「なんか心配して損した」
キイナがあきれて言って、
「まあ、とりあえずよかったよ」
私が言うと、聡子はなんだか可愛らしく、えへへと笑ったので、キイナも笑っていた。
「でも、とりあえず登校はさせてもらえるけれど、車での送り迎えつきになってしまったのよね」
「うちにも寄れなそう?」
キイナが尋ねると、
「ほとぼりが冷めるまではおとなしくしてる」
「そっか」
「でも、それがあるから彼と連絡はとれるし、しばらく我慢していた方がいいかもね」
「うん、あ、お見舞いありがとう。元気なのがばれるといけないって部屋から出してもらえずに会わせてもらえなかったの。でも、そのおかげで注意がキイナや神奈の方に向いていたから、あの日携帯を渡しに偶然輝幸が忍び込んで来たのもばれなかったんだよね」
それで私とキイナは顔を見合わせた。
あのときのことだ。
「え、そうだったの」
「その日、私たちも帰りに彼氏を見かけたんだよ」
「あ、そうだったんだ」
照れながら聡子が言った。
「神さまが聡子の恋を応援して味方しているのだ!」
ふざけてキイナがそう断言すると、聡子は嬉しそうにしていた。それで私たちは半分ふざけて半分本気で
「礼拝堂でお祈りして帰ろうか」
「そうしよう。天使が聡子たちを守ってくれるようにお願いしないと」
「うん、お礼と今後のご加護もお祈りしなきゃね。もちろん、キイナや神奈のことも」
「ああ、そうだよ、カンナも変な手紙来てたしね。みんなでお祈りしておこう」
「じゃあ、キイナと克己くんもうまくいくように、お祈りしよう」
「え~、それはいいよう」
言いながらもキイナは嬉しそうに照れていた。
それもあってか?
手紙の主はあっさり判明した。
海と陸の二人に送られたラブレターと筆跡が同じだったことと、うちのポストに直接何かを入れているところを、二人が自分の部屋の窓からこっそり仕掛けていた監視カメラでばっちり撮っていたことが決め手だった。
海と陸と同じ学園の同級生で、二人とは初等部や中等部でクラスメートだったこともある学園内のファンクラブの子。階堂亜実ちゃんというアイドルみたいに可愛らしい女の子だった。
何というか、その、二人が仕掛けたカメラに映っていた時にうちのポストに入れたものが、けっこう衝撃的なものだったので、かなり大騒ぎになった。海と陸がうちの両親に警察に通報するよう進言して、二人の両親がお詫びにと弁護士までつけてくれたので、弁護士さんを通じて警察に被害届を出すことになったのだ。
渦中の私は自分のことながら、なんだか他人事のようにその大騒ぎのまっただ中、なんかたいへんなことになっているなあ……と眺めているだけだった。なんだか周りがどんどん動いていっていつの間にか私はその大きな渦の中心になってしまったみたいな感じ。周りがどんどん加速していくのに、私はその中心にいながらも殆ど動いていない、そんな妙な感じだった。そんなこんなで、彼女は弁護士さんを通じて私に対して接近禁止を約束させられ、事件はそれで一応片が付いた。
その後弁護士さん立ち合いの下でこちらと相手方の両親も一緒に、彼女と一度だけ会った。
相手方の両親から謝罪の申し入れが凄かったらしく、うちの両親は初めは拒絶していたのだけれど、弁護士さんの立会いの下でならと、とりあえず彼女とも直接会う機会を設けることになったのだ。
実際に会った彼女は線が細い小さな女の子で、肩を震わせて終始うつむきごめんなさいと泣いていた。
私はなんだかとてもいやな気持になった。
それをうまく言葉にはできないまま、とりあえず相手方の両親の謝罪を聞いて、弁護士さんと前もって決めていた合図で私たちの方からは何も言わないまま、そのまま彼らには弁護士さんと別室に移動してもらった。そして私たちはそこから互いに黙ったまま帰宅した。
自宅についてから両親も
「何とも言えないすごく嫌な気分になったね」
「こんなことなら会わなければよかった」
としきりに言っていた。
父が今回のことでとても私を心配し、海や陸との共同勉強もそろそろやめたらどうかと提案したが、母が猛反対した。
「そんなの向こうの思う壺じゃないの。なんでうちが割りを食わないといけないのよ」
「うちのことじゃなくて、神奈のことだろう」
「とにかく、共同で勉強を始めてからずいぶん成績も上がったんだから、被害を受けたこっちが遠慮して辞退する必要なんかないでしょ。海君や陸君がちゃんと送り迎えするって約束してくれているんだし」
結局、双子との共同勉強は続行されることになった。
私は流れに逆らわずどこまで自分が運ばれていくのか見てみたい、という感じだったので、ここでも私は中心にいながら置き去りだった。でも別にただ傍観していたのではなく、運命の流れみたいなものがあるのならそれに任せてみたい、どこまでいくのか、何を見せられるのか、そのなかで本当にここ、というところで自分で取捨選択すればいい、という感じだった。
その日夜おそくまで自分の部屋で聖一さんにかりた本を読んでいたら、窓にこつんこつんという何かがぶつかる音がした。窓を開けたら、海と陸が自分たちの部屋のベランダから私の家に向けて金平糖を投げていたらしく
「やっと気づいた」
と笑って手を振った。
窓枠の下部にはカラフルな金平糖がいくつかはさまっていた。
「明日、いつも通り迎えに行っても大丈夫?」
海が訊いてきたので、私は
「うん、大丈夫」
「そっか、じゃあまた明日」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
彼らは月明かりの中で手を振って、自分の部屋に戻っていった。
私はそれを自室の窓から見送った。
亜実ちゃんが私に送りつけようとしていたのは、小さな小包だった。
問題は中身で、その中には私の下着やなんかが切り裂かれて入っていて、しかも血まみれだった。
スーパーで売っている鮮魚をさばいて、血や臓物やなんかと下着の切れ端を和えた(?)らしい。
しかも私の下着を盗みだすのに、自宅に侵入までされていた。
白昼堂々と開け放していたリビングの掃き出し窓からこっそり忍び込んで、私の部屋を探し、下着や他にも何か色々と盗んでいったらしい。盗聴器も盗撮カメラも仕掛けられていた。
さすがにここまで来ると既に犯罪なので、弁護士を通じて警察を介入させたのだった。弁護士を通したのは当初両親だけでは未成年者だからという事で被害の訴えや被害届の受理を警察がかなり渋ったからもある。
なんというか、本当に現実にこんなことってあるんだな、こんなことを平気でしちゃう人がいるんだ、ということにかなり驚いていた。
自宅に侵入されるだけでも気味が悪いけれど、盗撮や盗聴をされ、私物を漁られ、盗まれ、しかも盗まれた下着を切り刻まれて死んだ魚の血と臓物で和えられるなんて、なかなかない経験だと思う。
見つからなければきっと彼女はもっと色々なことを平気でやったと思う。
たぶん、ただ面白いから、それだけでやったと思う。
いじめや嫌がらせを楽しむように──
何となく、彼女からはそういう印象を私は受けたのだった。
犯罪とか本来なら超えてはならない一線をも、簡単に超えてしまう。人を傷つけたり、他者の領域を侵すことにも自分にはその権利がある、と思っている(だから本当は自分は悪くない。相手が悪い。罰を与えるのは当然、というような)。
こういう種類の人たちはみんな似通っている。安易に犯罪行為をするし、大抵は既にしている。一見まともそうに見える変質者、そういう感じ。
理屈ではなくて、なんとなく本能的にそう感じたのだ。
謝罪のときに肩を震わせて終始うつむいて泣いていたのも、何となく演技っぽかった。そもそも彼らの謝罪の申し入れは、被害届を取り下げてほしい、という相手方の要求の隠れ蓑でしかなかった。後で弁護士さんからそれを聞かされたとき、何というか、ああやっぱりなあ、と妙な脱力感を感じたほどだ。
何というか、すごく無駄な時間とエネルギーを使った、そういう感じだった。
両親もそんな感じだったようだ。
普段温厚な父が
「世の中には、普通の人がもつ共感とか同情とか罪を憎んで人を憎まずでどのような相手にも誠実に対処しようという真心を平気で踏み台にしようとする人間がいるものなんだな」
となんだかとても消耗したように言っていた。
事件はこれで終わりかと思われた。




