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聖一さんの所でのバイトの日(特に問題のない日々が続いていたのでバイトも再開されていた)。私はもう待ちきれなかったのもあって、彼の顔を見た途端に開口一番、海を待たずに単刀直入に尋ねた。
「海が引き起こした事について、聖一さんがまだ私達に教えてくれていない事があるでしょう。何を隠しているの? 何故隠しているの?」
近くの駅まで迎えに来てくれていた彼の車の中で私がそう尋ねると、聖一さんは特に表情を変えることもなく、言った。
「それを知るのには段階があるからだね」
「何かのステップを踏む必要があるって事?」
彼は私がシートベルトを着用したのを確認してから静かに車をスタートさせた。
「レネから聞いているよ。君達の知りたい事は、もう既にレネから聞いているんでしょう?」
「そうだけれど、まだ知りたい事があるよ。それは海も同じ」
彼は私に視線をちら、と向けて、それからまた前を見た。彼の冷たく見える程に整っている端正な横顔の後ろで見慣れた景色が車の窓の向こうに流れていくのを眺めながら、私は続けて尋ねた。
「レネ君は、聖一さんが今の私や海の持っている能力も封印しておきたいみたいだって言っていた。それっていったい何なの?」
「君達の体質やその発達段階によるもの」
短くそう答えて、彼はそのまま黙って運転をし続けた。何となく私はそのまま黙って、彼に言われたことについてあれこれ思いを巡らせていた。そうして彼の家に着いた。レネ君のお出迎えを受けて、そのまま流れるようにいつもの仕事に入る。涼しい顔をして仕事を続けている雇い主の前で私も無駄口をたたくわけにはいかないので、一旦仕事に集中。頭を切り替えた。
「お昼ごはんは外で食べようよー」
そろそろお昼休憩という頃に、レネ君がピクニックシートを出して来た。私と聖一さんは目を合わせて、ちょっと二人で笑ってしまった。 「そろそろお昼にしようか」彼が笑ってそう言って、私も頷いた。みんなで手分けをしておにぎりやサンドイッチなどの軽食を簡単に作って、おかずも何品か詰めたお弁当を持って見晴らしのいい湖の見える丘まで出かけた。お天気もよくて空気も爽やか。空が高く、澄んだ青色が美しかった。いつの間にか季節は初秋を迎えていた。
「わあー、気持ちいいー!」
私とレネ君は、晴れ渡った空の鏡となった光を映す明るい湖を目の前に、吹き渡る爽やかな風を受けながら機嫌よく手足を伸ばした。聖一さんは少し離れた所に居て、手をかざして空を見上げていた。空気が爽やかで、とても気持ちのいい午後だった。少し陽射しが暑いかもしれないけれど、風もあるし気温は快い。木々のさざめきや鳥の声や虫の音。足元の青々した草も、森の木々の美しい緑も、みんな光を受けてとてもきれいだった。
レネ君を話題の中心にして楽しくお昼ごはんを頂いて、私と聖一さんの間に何となくわだかまっていたものが解けていく様な感じだった。多分レネ君はその為に私達をこうして外に連れ出してくれたのも何となく気づいていた。デザートに持って来たミニリンゴの飴がけをかじりながら、レネ君は聖一さんに言った。
「セイは、少し過保護すぎるんだよ」
聖一さんと私は何となく気まずさの元を言い当てられたような、そんなまた微妙に気まずい感じになった。でも、レネ君の指摘は妥当な気もする。だって、その微妙な子供扱いのような、信用できない子供を扱うみたいな感じに私はむっとしていたから。そう、正直にいうと、むかついていた。もう子供扱いはやめてほしい、という気分があったからだった。何かあるなら、解るように説明してくれれば、わざわざそれに逆らう事だってしないし、それくらいの道理も礼節もわきまえているつもりだったから。
私はごくん、と口の中に残っているりんごの欠片を呑み込んで、カップに注いだお茶を飲んだ。そうして一息ついてから、落ち着いた口調で聖一さんに単刀直入に尋ねた。
「私や海は聖一さんにとって、そんなに信用できない子供みたいな存在なの?」
彼は少し目を丸くしていた。私の言葉が本当に意外だったみたいで、困ったように答えた。
「そんな風に見ていないよ」
困らせるつもりはないので、少し悪かったかな、と思いつつ、
「何かあるなら、解るように説明してもらう事はできないの?」
「セイが譲歩するべきだと思うよ」
私とレネ君の共同戦線に、聖一さんの方の分が悪そうだな、と何となく思いながら、私は、もう一押し?と思っていた。何か言うべきか、考えていたら、彼は「わかった。ごめんね?」と私に言った。その謝り方が既に子ども扱いっぽい、と思ったけれど、そこは(私も大人なので:むきになったら余計に子供扱いされる)突っ込まない事にした。
「じゃあ、ちゃんと話してくれる?」
「うん、いいよ」
ほっとしつつ、私は彼にありがとう、と言った。レネ君はそばでにこにこしている。レネ君さまさまだった。レネ君にも、ありがとう、と言ったら、彼は「どういたしまして」と天使の笑顔でにっこりした。絵画から出て来たかのような完璧な天使の容姿で微笑まれると、とても眩しい。うう、まぶしい、と思わず私がふざけて言うと、レネ君は可笑しそうに笑っていた。
「僕が海と君の能力を封印したがっている、そうレネが言ったんだっけ?」
聖一さんがそう言って、私とレネ君を見た。私は頷いた。レネ君は全く悪気のない天使の笑顔を彼に返している(何となくちょっと面白がっていそう)。
「別にそんなつもりはなかった、と言っても信じてもらえないだろうけれど。特にそうしようと考えてしていたわけじゃないんだけれど、結果としてそうなった、そんな感じだね。何となく、こうした方がいいかな、そう無意識に先に体が動く感じで。カンのようなもので、それに従っていただけなんだよね」
何となくそれはそうなんだろうな、という気がした。それで私は、彼に尋ねた。
「今はどうなの? 私達にそれを話しても問題ないと、聖一さんのカンは言っているの?」
「特にそれについて、だめともいいとも感じないかな。問題ないんだと思う」
「じゃあ、お願いします。教えてください」
私が居住まいを正してそう言うと、彼はちょっと笑った。「そんな、たいそうな話ではないよ」
「前にも話したと思うけれど、神奈ちゃんも海も、感応しやすい体質なんだよ。以前は海の方が危ういところがあったけれど、今はそれも大分変ってきて、今は海より神奈ちゃんの方が少し危なっかしい感じ。君達のその体質と、それから発達段階がちょうど切り替わるような境界領域上にあって、少し不安定なんだよね。だから、まずは自分自身の発達上の達成課題を達成する事に集中して、新しい枠組みがある程度安定してからの方がいいんじゃないかな、と何となく思っていたんだ」
「……ガードレールやゆりかごみたいな?」
「そう」
言って、彼は丁寧な所作で自分のカップにお茶を注いだ。やっぱり、相変わらずきれい。何となく彼の立ち居振る舞いの上品な流儀に見とれていたら、目が合った。彼は少し微笑んだ。
「以前、僕が君に禅や瞑想の危険性について話した事を覚えている?」※
「覚えているよ。意外だったもの──精神的な発達状態や体質によって、ある種の変性意識状態に入りやすい人がいる、それが健康的な自我の強度があれば問題はないけれど、その健康的な強さのない自我境界を持つ人にとっては、退行を惹き起こす危険性があるんだよね」
「そう。君達の場合は問題ないと思うけれど、ただ、発達段階が切り替わる境界領域に在る時は、少しそれが不安定になるんだ。今迄の古い自我境界の枠組みを新しい自我境界の枠組みへとシフトしていく段階にあるから。君達の自我は十分な強度があるし、倫理的なレベルもきちんと確立しているから問題はないとは思うけれど、それでも、その変性意識状態に突発的に入るのはかなり強烈な体験や衝撃を人に与えるものだから、それの引き金になりかねない感応しやすい体質のもつ感応性の能力も、少し蓋をした状態にしておいた方がいいように、僕は感じていたんだ。それがそのまま、君達の潜在能力に関して隠すような、制限をかけるような対応や姿勢に繋がっていたんだと思う。僕も殆どそれは無意識にしていることだったから、レネから指摘されて初めて意識化したくらいだし」
「そんなに衝撃的な体験なの?」
「人によってその解釈や翻訳は違うけれど、大抵はそうだね」
「そう言われると、好奇心を刺激されるね」
「まあ、そうだよね」
そう言って、彼は「でも、君の場合は、ふっとそこに入って、すぐにまたそこから出て、というのをけっこう日常の中でも頻繁にしているみたいなところがあるから、案外平気かも」
「そうなの!?」
「うん、そうだね」
「僕らの以前いた星でカイが精霊を降ろしたように、広大な無意識の領域に在る元型の根源的な自然の力に接する機会が多いようなところがあるんだよ。自然にそれに親しんでいるようなところがカンナにはあって、しかも、自分自身の自我強度はきちんと保ったままで。本当に、かなり強靭な自我の強度があるそこから一瞬で自由に抜け出して、元型や精霊の力を持ってまた戻る。それが君の一つの才能や能力みたいなものでもあるんだけれど」
レネ君にそう言われているうちに、私は何となくその感覚に覚えがあるような気がして来た。
「──それって、私がシャーマンの聖一さんの弟子だった、先住民族だった頃の事に関係していたりする?」
「そうだと思う」
──何となくそれは、解るような気がする。私にとって自然の精霊との親しみは、慣れ親しんだ懐かしいものだし。私がそう思っていると、聖一さんが言った。
「多分君も覚えていると思うけれど、精霊の力は、この世界の善悪も人間的な情も何も関係ない、もっと根源的な自然の力で、つまり、それは人間の想像を遥かに超えた大きな力だけれど、その扱い方や付き合い方にはかなり熟練した修養が必要なものだったでしょう」
「それは、覚えているよ。何だか物凄く厳しく情け容赦なく、聖一さんの指導を受けていた気がするから。真冬だろうと何だろうと、冷たい氷の川にぶちこまれたりした」
「もしかして僕は恨まれているのかな」
「いいえ、全然。感謝しているよ」
澄まして私がそう言うと、彼は苦笑した。
「まあ、その時の事はその時の事、という事で」
「もちろんのことですよ」
レネ君が聖一さんに言った。
「大丈夫。カンナは別に根に持っていないから。本当にセイに感謝しているよ。ただ、ちょっとからかっているんだよ」
「そういえば、君はかなりのいたずら者の(困った)弟子だった気がする……」
「あ、そうだったの(全く覚えていない)?」
聖一さんは少し軽く息をついて、私に言った。
「とにかく、突発的にその体験に曝されて、人によっては、神が降りて来た! 覚醒した!! という風に、本当に何かの教祖になってしまう場合もあるから」
「それはかなり痛いね」
「そうでしょう」
「まさか、私や海がそうなるとは思わないけれど、何だか色々問題を孕んだものだという事は理解した」
※第四章 14参照




