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陸が先に口を開いた。
「知っているなら教えてほしい。こっちは海がへこんでいるから鬱陶しくて困ってんだ」
「ちょっと、もうちょっと言い方ってものがあるでしょうよ」
「だって、本当の事じゃん」
私と陸が言い合っている傍で、海は「別にへこんでなんかない」とむすっとしている。レネ君は笑って言った。
「僕がセイから聴いていた話では、それは本当は星の地図の対の子のペアで使う能力だったらしいよ。つまり、本当はカンナと一緒に使うべき能力で、カイが一人で使うのにはあまりにも危険なものだったんだってさ」
陸が興味深そうに質問した。
「じゃあ、やっぱり、何かの力の受け皿に海はなっていたんだよな? 海が一人で全部あれをやったというわけではないんだろう?」
「そうだよ。カイは結果として、ここでいう精霊を降ろす霊媒の役割をして、みんなを先導したんだよ。そうしてみんなの想いや願いの受け皿にもなって、その力を行使したんだ。カイにはそれに耐えられる器と精神力と、能力があったから。精神分析学で言うなら、元型の概念に相当するかもね。それらには善悪は関係ないんだ。人間的な情なんかも全く関係ない。自然本来の力に近い。とにかくそうした大きな力の源に感応して、それと一体になって力を行使した。そこにどんどんみんなの力が注がれていったから、カイはあれだけの事を短期間でやり切ったんだよ」
「ほら、やっぱり俺の言う通りだろう」
陸はふふん、と偉そうに、海を振り返る。海は微妙な表情をしていたが、レネ君に尋ねた。
「元型ってユング心理学の?」
「そう、それ。いろんな型があるでしょう。精霊の力はああいうのに近いよ」
そう言ってから、彼は続けて話してくれた。
「本当は、カイとカンナの二人でそれをしないといけなかったんだ。どちらかが霊媒になって、どちらかがそれと対話しながら力をコントロールしていく必要があったんだよ。ユングも言っている様に、元型の力は凄いから、それに呑み込まれてしまう危険はいつでもある。精霊を降ろすのも同じ。それは自然本来の源にある大きな力だから、突然それが降りてきたら、弱い人だと呑み込まれてそれに食われてしまうし、その精神ごと吹っ飛ばされることも本当は少なくないんだよ。
カイはそれをずっと一人でしていたから、本当に危険な状態にあったんだ。幸か不幸か、短期間でそれは終わったからよかったものの、本当に廃人の一歩手前まで行きかけていたから、セイはもう二度とやらせない為にも、カイに厳しくしていたみたいだよ。
あと、カンナ、君にも、今の君にもそれをさせたくないみたい。カイとカンナと今は二人でいるから、やろうと思えばそれが出来てしまうこともセイは封印しておきたいみたいだね。二人でやったとしても命に関わるような危険には変わりがないみたいだから」
私と海が互いに目を合わせてそれぞれに複雑な思いでいたら、陸が言った。
「今の海と神奈にも以前と同じ能力が在るの?」
「全く同じではないけれど、カイもカンナもそういう感応しやすい体質なんだよ。加えて魂の記憶もあるし」
「ふーん、そうなんだ。俺は?」
「リクは霊媒と対話をして力のコントロールをする方が向いている。意外と感応はしにくいタイプだね。どちらかというと、物理的なサイキック能力の素質があるかも」
「え、うそ?」
何か喜んでいる陸を横目に、私はレネ君に尋ねた。
「陸は海がしたことは必然だった、って言っているんだけれど、レネ君はどう思っているの?」
海は画面の向こうの彼をじっと見つめている。レネ君は特にいつもと変わらない調子で答えた。
「うん、僕もどちらかというと、そうなんじゃないかと思っている。カイは精霊を降ろしたけれど、呑まれてはいなかった。よくコントロールしていた方だと思う。みんなの力の受け皿になっていた時も、それをうまく扱っていたと思う。その行動は常軌を逸していて暴走したように見えていたけれど、でも、精霊が降りたのがカイでなかったら、もっと酷いことになっていたかもしれない。カイはその意味では自分の出来る限りの責任を果たしたのだと思う」
私と陸が海を見ていると、海は黙って頷いていた。
「でも、本当は、僕はカンナの殺害も、カイの暴走も起こる前に、別の道を選択したかったけれどね」
そう言ってレネ君は、他に何か聞きたい事はある? と尋ねてくれたので、もう充分、とみんなでお礼を言った。おやすみを言って彼との接続を終えても、私達は少しそれぞれに黙ってパソコンの画面を見つめていた。
「えっと、これで解決?」
私が誰にともなくそう言うと、陸が「そうなんじゃない?」。私と陸が海を見ると、海はちょっとため息をついて「なんだよ」と言った。私と陸が「なんでも?」と言うと、海は「別に俺はへこんでなんかないからな、ただまだ知らないといけない事があるような気がして、考えていただけだ」そう言って、「でも、心配してくれたのはわかった。ありがとう」少しむすっとして言った。
「はじめからそう言えよ」
陸がそう言って、じゃあ、おやすみ、とさっさと部屋から出て行った。陸のドライさが何だかいい味を出しているな、と思っていたら、海は「一度ちゃんと聖一さんと話した方がいいかもしれないな」。私も同意した。
「話が途中になってしまったけれど、新しい事が出て来たからこそ繰り返して言うよ。本来善でも悪でもないけれど、悪の方に布置されている力を使う事はすごく慎重にする必要があるんだ。それは使ってはいけない力ではないけれど、正しい時と場所と使い方がある。それをしっかりわきまえておくことが必要なんだよ。自分を超えた大きな力と繋がってそれを使うとなると尚更だから。神奈も気を付けて」
「わかった」
まあ、その悪に布置されているという力を恣意的に野放図に使い倒しているカルトテロリズムの犯罪者の反面教師が現実にいるからな。あんな風になったら人間として終わりだし。そうならない為に、その姿を曝してくれているんだろうけれど、むかつくのも本当なので、反面教師になってくれてありがとうなんて口が裂けても言わないけど。
「なんだか話がどんどん転がって行ってしまったけれど、元々はその事を伝えておこうと思っていたんだよね」
「わかったってば」
「いや、今話した事じゃなくて、本来は善でも悪でもない力の話。悪の側に布置されているけれど、本来はそんなこと関係ないものだから。使い方や時と場所が正しいかどうかくらいのものなのに、確かに使い方は慎重にした方がいいものもあるけれど、善と悪に区分けされてしまっていたら、本来その力が必要とされている時や場でもそれが使えないなんてことも起きかねないし」
そう言って海はメモの中から、一枚のメモを取り出して私に手渡した。
「これがそう?」
「そう」
言って、海は続けて言った。
「単なるエネルギーなのに、矮小化された短絡的な表象の中に押し込められているものの典型が、悪に布置されている力だと思うから。例えば、【怒り・憤怒】なんかその典型だよね。それは明晰さや統合性や困難を乗り越える爆発的なエネルギー、そのための鋭敏な知性でもあるのに。使い方や時と場に応じてその力は建設的に水路づけられれば、人々に多くの恩恵をもたらす力だし、それはその人の本質的な魂や生命力の根源から立ち上がる力であって、それをどう使うかはその人次第でしかないのに。低く卑しい目的の為に恣意的に野放図に使う人もいれば、そうではない、本当に打ち破らなければならない困難を打ち破るための、未知の世界や道を切り拓くための原動力にする人もいる、ただそれだけのことなんだ」
「確かに。そうかも」
嫌がらせやいじめみたいなものを受ければ受ける程、それに対しての怒りの炎が不屈の闘魂を呼び覚ます、みたいな? 打倒カルトテロリズムの憤怒の炎が自分の体のずっとずっと底の深い奥の方から力の迸りとなってどんどん燃え上がるもの。それは全身全霊を満たしていく、不思議な力の感覚だった。自分という個さえも超えた怒り、精霊の呼び声。その力が流れ込むのを感じる。
罪や過ちを隠蔽する為に人を虐めや嫌がらせで自死に追い込んだり、健康を損なうように卑劣な加害侵害行為をしていたり、身勝手な理由から人を死や病に追い込む事をゲームの様に面白がってしていたり。絶対にこんな有害で危険な人間は野放しになんてできない。 こんな非道な事を愉しみで面白がってしておきながら、自分達は正しいと本気で信じている様な危険な集団を絶対に野放しになんてできない。例えこの身を殺されたとしても、必ずや何度でも生まれ変わってきて、一人残らずその本性を徹底的に暴いて公の裁きの場に引きずり出し、その野放図な犯罪者集団にその責任を返してやらないと気が済まない──こうしている今この瞬間も、彼等彼女等は、こうした事をのうのうと善人の振りや無害な一般人の振りをしながら陰に隠れてやり続けているのだから──確かに怒りは私にとっては最高のエネルギー源かも。
「恣意的に野放図に使うから問題を起すのであって、それはそもそもその個人の倫理的なレベルの問題であって、本来は力そのものには善も悪もないから、一律に悪に布置されてしまうのは、その力が本当に必要とされている時や場でその建設的な力の働きまで抑圧しかねないんだよね」
「なるほど」
私がメモを見つめながら納得していると、海がのぞき込んで言った。
「感情のエネルギーは、特にそうだよね。それ自体はその人の生命力からの力の発露なのに、低いものや卑しいもの、よくないものとして矮小化されて短絡的なカテゴリーに布置されているから、こんなに心を病んでしまう人が多いんじゃないかと思うんだけれど」
「……このメモにあるように、悲しみもそうだね。それが存在している状態自体がよくないものみたいな、へんな考え方もあるし。これも本当は、個を超えた思いやりや深い慈悲の心や境界を超えて繋がりをもたらす原動力になる自然なエネルギーだよね。それを薬で感じない様にするなんて本当に狂気の沙汰かもしれない。それよりも感情の大きな波の安全な乗り方や扱い方を教えてあげる方がいいんじゃないかな」
他にも色々な感情と本来のエネルギーの種類が書かれているメモを眺めていたら、海が言った。
「身体感覚や感情や、軆そのものがここまで低められ貶められているのも、その力を人が正しく使えない様にする為のものなんじゃないかと疑いたくなるくらいに、不自然な考え方や思想哲学があるんだよね。宗教にもそれが浸透しているし。結果、身勝手な理由でそれを野放図に使う人間がやりたい放題に使って、本当にそれを使うべき人がそうした時や場面に立たされても、その力を封印していたり抑圧してしまったりしている」




