5
「少し、空気を換えない?」
私がそう言うと、海は「コーヒーか紅茶でも淹れようか。俺も少し間を置きたいし」
「聖一さんからお土産に頂いた紅茶があるから、それを淹れようか?」
「うん、場所も風通しのいいリビングルームに移動しよう」
広いリビングルームの掃き出し窓を開け放ち、ほっと息をつく。すっかり暗くなって快く冷えた夜風を運んでくる月明かりに照らされた庭や立ち木を眺めた。私達の海の実家での共同生活はまだ続いていた。陸も一緒だったけれど、今は出かけていて留守だった。
「お湯が沸いたよ」
海が声をかけてくれたので、私は台所に入って行った。二人でカップを温めたり、お茶の準備をしていたら、玄関が開く音がして、陸が帰宅したようだった。彼がひょいと私達のいる台所に顔を出したので、「お帰り」「ちょうどお茶にするところだけれど、飲む?」と声をかけると、「後で来る」と言って陸は自室へ行った。それで三人分のお茶の準備をした。
「ねえ、海のその作戦には陸や沙羅も加わったの?」
「二人は最初は知らなかった。けれど、後で加わった」
「聖一さんは?」
「最初は知らなかった。一番最初のスパイ・テロリスト組織の共同体ごと破壊した攻撃後に、俺らが関与した作戦だと知って俺を止めに来た。でも、もう既に事態は動き始めていて誰にも止められない状態だったし、俺も止めるつもりがなかった。その後は定期的に俺たちの体の状態を見に来ては、必要な栄養素や薬効成分のある簡易経口食を置いて行ったり、エネルギーの架け橋の状態を確認しに来ていた」
夕食がまだだったので、軽く何かつまもうとサンドイッチを一緒に簡単に作り、お茶のセットと共にリビングルームに運び終わったところで陸がやって来た。
「陸は夕飯は済ませた?」
「うん、二人は?」
「これで済まそうかと思って。陸も食べる?」
「少しもらう」
三人で涼しい夜風にあたりながらお茶を飲んで当たり障りのない話をしていたら、少し間の空いたところで陸が当然のように尋ねてきた。
「それで、何か特別な話でもしていた?」
「何で(わかるの)?」
私が驚いていたら、陸は「何となく。二人の雰囲気で」そう言って、何かあったの? と訊いてくる。私と海は、顔を見合わせた。陸はあれから全く夢の話も何もせず、むしろそれに触れないようにしている感じがあったので、どうしようか、と何となくついお互いに目配せをしてしまったのだ。
「何か話しづらい事なら別に聞かないけれど」
「いや、あの別の惑星での夢の内容について話していたんだ」
「陸はあまりこの話をしたくないかと思って」
陸は私達を少し黙って見つめてから「別に。ただそれほど気にしないようにした方がいいかと思ってそうしているだけ。でも何かあるなら、一応は知っておきたいかな」
「……」
海の方が少し躊躇っている。
「私が死んだ後の話を聴いていたんだよ」
「それって、俺らが敵に攻撃を仕掛けていた話?」
「……いや、俺の話。どんな風に俺がそうなっていったか、止められない状態になっていたか、それを話していた」
陸は「ふーん」と言って、「じゃあ、俺も聴きたい」そう言って、居住まいを正して海を真っ直ぐに見た。海は少し黙って陸と目を合わせていた。それから淡々とした口調で話し出した。
「俺が一旦攻撃行動をとり、目標達成までそれに集中することを自分で定めてしまった後は、ただ自分自身の内面が必要に応じて分割されて効率よく働くように、在るものは疎外され抑圧され、そうして保護されたし、在るものはより効率的に機能するように障害になるものがすべて取り払われて、限界を何度でも超えられるように手枷足枷も外され、自動的に最適化された。外から見て完全に怒りと復讐に狂っている様に見えただろうけれど、俺自身の内面はひどく凪いでいて、波風一つ立たない静かな湖面のように平安だったし、むしろずっとそうしていたいし、いられるくらいに静まり返っていた。そうして冷酷で残虐非道な行いに目標を定めて意識を集中してそれをしていた、という話をしていたんだ」
陸は海に言った。
「わかるよ。確かに、あのときの海の行動は本当に冷酷で一切の情け容赦がなくて常軌を逸していたけれど、でも一種の、何ていうか……神懸かりみたいな感じがあったから。そう言う表現が使われることがあるだろう、軍神とか、鬼神とか。ああいう感じだよ。だからみんながそれに従ったんだ」
海は怪訝そうな表情をする。
「別にかばいだてしたりしているんじゃなくてさ、本当にそうだったんだよ。海自身が俺達みんなの望みだとか怒りだとか、悲しみだとか、色んなエネルギ―の受け皿になっていたんだよ。感応していたんだろう。ここでいう一種の霊媒みたいなもんじゃないのかな。それらをひとまとめにして受けていけるだけの器と能力があったからでもあるんだろう。それがなかったら、その力は分散されて、もっと酷い惨劇に繋がっていたかもしれないし」
「陸は、海の行動に対して肯定的に捉えているという事なの?」
「肯定的というか、なるべくしてそうなったんだろう、という感じ」
「……なんか、別の視点からの話も大切なの、解る気がする」
私がそう言うと、海は複雑そうな表情をしていた。聖一さんの海の行動への評価はとても厳しいし否定的なものだったけれど、当事者の一人でもある陸には陸の別の視点があるらしい。
「もっと別の選択肢や、方法がなかったのかと問われると、わからないとしか言いようがないけれど。海はあの後すごく気にしていたけれど、星の地図持ちのみんなは自分の選択を誰かのせいなんかにしないよ。自分で選んでそうしたんだと誰もがよくわかっていたし、海にそれを背負わせてしまった事をずっと心配していた。
海の師匠は厳しい判断だったけれど、でも、それも海が気にしすぎるから代わりにそれを代弁しているようなところもあったみたいだったし。まあ、半分本当に厳しい判断を下していたのと、半分は弟子がそれで自ら潰れていかない為に敢えてそうしていた、そんな感じだったかな」
「そうだったの?」
「うん、まあ、俺から見た感じだけれど。そんなに外れてはいないんじゃないかな」
「それは俺も何となくわかっている。多分、俺のその能力を封印しておきたかったんじゃないかと思う」
私は、海と陸の話を聴きながら、別の角度や視点から見るとまた違う景色が見えて来そうで、ただただ驚いていた。そうしてまた、自分の中の何かがこれを聖一さんにちゃんと訊け、と警告灯が点滅するように言っている気がして、これはもう少し掘り下げるべき何かがここに在るのかもしれない、と一人で思っていた。
「……なんか、いつだったか、俺にこんな事を言っていた事があったかな。海の師匠が、海について。多分その能力についての事だったんだろうと思うけれど、それは諸刃の剣だみたいな意味の事を言っていたと思うよ」
陸にそう言われて、海は黙り込んで何やら考え込んでいた。
私は陸に尋ねた。
「聖一さんは、意図的に海の為に厳しい立場や態度をとって、尚且つ、海のその能力の様なものを封印するために制限していたということなのかな?」
「海の話からすると、そうなんじゃない?」
「……陸から見て、星の地図持ちのみんなが闘いに力を使うことを決定した事は、必然だった、みたいな感じだったの?」
「うーん。今からだったら、もっと他に方法があったかも知れないし、それを考えることもできるかもしれないけれど、あの当時はもう、それしかなかったと思う。あの状況で、味方に紛れ込んでいるスパイやテロリストと共存していくなんて不可能だったし、短期間のうちにあれだけの成果を挙げられたのも、海と最初の能力者の会議で即決した最初の攻撃があったからだし、それがなかったら、あちこちの共同体で疑心暗鬼になってパニックになった人達が暴走して、手当たり次第に怪しい奴をリンチにするとかも起きかねなかったんだよ。内部から色んな味方の共同体が壊滅的な崩壊するのを、海や俺達の徹底したスパイやテロリストの殲滅で防いでいた面もあったんだ」
「無駄に味方同士で疑心暗鬼から討ち合う事を防いでいたということなのね」
「そう。海が先頭に立って、星の地図もちの能力者が率先して情け容赦なく、味方に紛れ込んでいるスパイやテロリストを炙り出してどんどん殺していったから、他の人達は余計な暴動をおこしたりせずに、わりと冷静に俺らと協力関係を築くことが出来た。逆に、俺達のやり方のあまりの情け容赦のなさに、更生を望む者にはその機会は与えるべきだという声があちこちで上がっていたくらいだったし」
陸はそう言って、続けた。
「それは必要な犠牲だったんだよ。どのみち、味方に紛れ込んでいたスパイやテロリストがしてきた長期に亘る破壊工作のあまりの卑劣さや非道な攻撃行動がすべて明らかにされれば、その怒りや復讐の炎はとんでもない勢いであちこちに飛び火して暴走しかねなかった。それくらい、スパイやテロリストの集団は残虐非道な酷いことを巧妙に隠してずっとし続けていたんだよ、子供であっても同じだった。それはもう許すとかそんな問題ではなかった。徹底的に排除するしかなかったんだ。あまりにも信用できなすぎる相手で、うっかり情けをかけてしまえば、そこから人々の関係性に互いに争い合ったり疑心暗鬼になってしまうような関係性の腐敗や混乱が一気に広がりかねないくらいの危険性もあったんだ」
「それは……そうかもしれないね。人々が暴徒として化してしまう事のリスクの方が大きいし、それに、元々味方に紛れ込んでいるスパイやテロリストは、善意の味方の振りをして諜報活動を行いながら、人々の間にそうした疑心や不信の種を撒いて味方同士で互いに監視し合ったり攻撃し合ったりするように内部破壊工作をしていたんだろうから」
「実際に、人々の協力関係が不健全で低俗なものになるように誘導したりしていたからな。それが自分達に向かう前にうまく逃げ出すつもりでいたんだろうけれど。でも、海が先陣を切ってそれらをどんどん炙り出していってしまったから、その矛先が彼等自身に向いて、しかも俺達が能力を使って率先して殲滅作戦をとっていたから、他の人々は逆に冷静に行動したし、スパイやテロリストが隠れて行なっていた破壊工作もどんどん表沙汰になっていった。
まあ、こうしたテロ工作やスパイ工作をする方もそれなりに覚悟を持ってしていたのだろうから、在るべきものが在るべきようになされたとしか、俺には言えないかな。当然の結果なんじゃないか。そこに変に同情する必要はないだろう」
「……そうだね。これだけの事をするからには、相手も始めからそれなりの覚悟はあったのだろうしね。問題はそうした人達よりも、他の無関係な人たちに無駄な争いや暴走が起きないようにする方が現実問題として大事かも」
「そう。そしてそれは、速やかになされた。俺は海がした事は必然だったと思っているけれど」
「視点を変えると、一つの風景も、だいぶ変わってくるね」
「そう?」
陸は特にこだわりなくそう言った。すっきり、きっぱりとした陸の雰囲気に比べて、海は何だかとても複雑そうだ。何か考え込んでいる。
「どちらにしろ、もう済んだ事だろう。そんなに気にすんな」
陸がからりとした様子でそう言うと、海はまた複雑そうな表情をしていた。本当に、この双子は気づいたら全く似ていないといってもいいくらいの対称的な性格になっているな。私が何となくそう思っていると、陸が私に尋ねて来た。
「何でこんなに海は考え込んでんの?」
「……多分、色々と心中複雑なんだよ、きっと」
「ふーん?」
「海もそんなに難しい顔していないで、ちょっとお腹に入れときなよ」
私がそう言って、サンドイッチのお皿を目の前に差し出すと、中から一つとって海はもそもそと食べ始めた。それで少しほっとしつつ、私は陸に尋ねてみた。
「今の陸だったら、どんな方法が他にあると思う?」
「そうだなあ、味方から紛れ込んでいるスパイやテロリストを徹底的に排除しないといけないのは変わらないけれど、相手が使っていた技術を逆に相手に適用するのが現実的かもしれない。一人一人を厳重な監視下においてどこかにまとめて収容しておくかな。それからしらみつぶしに、自分達がしてきたことを自分で吐かせる。嘘をついているかどうかも生体反応を調べながら、あらゆるデータを生かしたままでとるかなあ。生きたままで使えるだけ使うと思う。情報を取り出せるだけ取る方を優先するかも。でも、人数が多すぎると、それだけ人員も費用もかかるし、費用対効果でどうするかも決めないといけないかもね。
でも単に情報を取り出すだけなら粘菌を使って遺体から直接記憶を引き出せたし、そもそも生かしておく必要がない上に、生かしておいた方の危険性の方が大きかったから、やっぱり、何人かは生かしておいて生きたままでしか取れないデータを取るけれど、基本的には殲滅する方法をとったかも。許すとか共存するとかは絶対にないね。あまりに危険すぎるから」
そう言って、陸は
「おまえも、気にすんな。どうせ夢の中の話だし、もし本当に前世があったとしても、とうの昔に終わっている話だろう。大体、テロとかスパイとかをやるからには、相手もそれなりの覚悟をしてやっているんだろうから、俺達に必要な対処をしたところで、相手も文句ないだろう。それぞれに自分のやるべきことをしただけなんだから。そこに情やら何やらが入るような甘い隙間は元からないよ。相手はそれだけのことをしているんだから。相手も承知の上でそれをやっているんだろうし」
陸が海に向かってそう言うと、海は残りのサンドイッチを飲み下してから手元に用意していた紙ナプキンで口元を拭い、口を開いた。
「自分がした事についてどうというより、何で、俺の能力を封印しようとしたのかが気になっているんだよ。何か理由があったんだろうから」
「それは、その相手に訊くしかないだろう」
「そうだよね」
私も同意した。
「海の師匠は、俺に諸刃の剣のような意味の事を言っていたから、そうした事情があったんだろう。気になるなら、今も近くにいるんだから訊けばいいじゃないか」
そう言って、陸はさっさと携帯端末でレネ君に連絡を取り出した。レネ君が出ると、陸は海に端末を渡したが、海は困惑しているので、私がそれを横からかっさらって、レネ君に聖一さんと今話せるかどうか尋ねた。レネ君は「セイは相談業務で疲れたらしくてもう寝てるよ」と答える。それが聞こえた海は、そばで何故かほっとしている。
「何か急用?」
「特にそうでもないんだけれど……」
私がそう言うと、レネ君は「カイのパソコンの方にかけなおす」と言って通話を切ってしまった。それで私達は海の部屋のノートパソコンの前に移動することになった。ビデオ通話でレネ君と接続して、画面の向こうに彼の姿が映ると彼は手を振って言った。
「そろそろかなって思っていたんだ」
私達が顔を見合わせると、画面の向こうのレネ君は事も無げに言った。
「セイがカイの能力を封印した事について知りたいんじゃない?」




