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  聖一さんのところにしばらく滞在していた涼子(りょうこ)さんとレネ君が仲良くお昼ごはんを作っている様子が聞こえてくるのを微笑ましく思いながら、リビングルームで私は自分の仕事の後片付けをしていた。聖一さんはまだ自分の仕事を続けていて、「先にお昼休憩してきていいよ」と言ってくれているので、私は彼女たちに合流した。


「リョウコ、これは?」

「あ、こっちに使うから、かして」


 聖一さんの幼なじみだという彼女は、以前しばらくここに滞在していたが今は時々ふらっとこうしてやって来る。妹をはじめとした家族や友人知人も加担したカルトテロリズムの壮絶な虐待を受けて来たサバイバーなのだけれど、普段の様子からはそんなことは全く分からないくらいマイペースで楽天的な人だった。苦労が顔ににじみ出ているひともいれば、全くそれを感じさせない人もいるらしい。だからと言って単なる楽天的なひとではないのはもちろんなのだけれど。


「何かお手伝いすることはありますか?」


 私が台所に入っていくと、二人はこちらを見た。「ちょうどよかった。そこのお皿をとってほしい」と涼子さんに言われて私は目で示された大皿を手にして二人の目の前に置いた。


「聖ちゃんが鶏肉が好きだから、レネ君と一緒に蒸し鶏をつくったの」

「ソースはいくつか作ったから、好みで選べるよ」


 胡麻だれ、マスタードソース、しょうゆ唐辛子マヨネーズソース、コケモモのジャムソース、クリームチーズソース、青じその和風だれ、と小皿に入ったソースの種類を二人が教えてくれたので、「うーん、どれも美味しそう。全部だべてみたいな」と私が言ったら、「沢山あるから、どれが一番好みかみんなで言い合うのもいいかも」と彼女が答えた。


「大葉やローズマリーは庭から摘んできたの。こっちはローズマリーとディルで香り付けした蒸し鶏。こっちが塩のみの方」


 一切れずつ味見をさせてもらった。うん、美味しい。「こっちすごくいい香り。それにあまくて美味しい。プレーンも美味しい。塩のみでも鶏肉の旨味がひきたつんだね」「こっちはディルの甘みのある芳醇(ほうじゅん)さが食欲をそそるよね。プレーンの方は臭みはないけれど旨味はしっかりある。どっちも美味しい」レネ君の感想に感心していると、「やっと終わった」とため息をつきながら聖一さんがダイニングに入って来た。


 「おつかれさまー」とみんなで声を合わせてから、「今日は蒸し鶏だって」と私が言うと、聖一さんは「うん、美味しそうだね」とにこにこしている。涼子さんもレネ君も嬉しそうだ。きのこのスープとトマトとなすのチーズ焼き、庭で摘んだハーブのサラダをテーブルに並べ、大皿の蒸し鶏を真ん中に置く。みんなで手分けして準備をして、お昼ごはんを頂いた。


「そっちは最近どう?」

「身内から犯罪者や逮捕者が続々と出ちゃったから、私も色々大変。裁判もこれからあるし。でも聖ちゃんのアドバイスでだいぶ助かってしまった。本当にありがとう」

「次のステージが始まった感じだね」

「そう、そんな感じ」

 

 涼子さんと聖一さんの気安いやりとりを聞きながら、私とレネ君は美味しいお昼ごはんをひたすらもぐもぐしていた。二人の話にはけっこう物騒なワードも気軽に出て来るので、お昼ごはんの話題としてはかなり異様なのにもかかわらず、当の二人の雰囲気はのんびりしているので、見た感じはとても平和な午後のひとときだった。


「カルトやマフィアが関与していたみたいだし、それを利用したり、加担したりしていた不動産屋さんや他の企業にもスパイやテロ容疑がかかっている。その上、どうも人身売買にも関与していたみたいなんだよね。物件に入った人に健康加害テロを行なって、心身を弱らせて経済的困窮にさせて、そうしてそっちのルートに人を流していたみたいな話まで出て来てしまっている」


 涼子さんがそんな物騒な話をふつうに話すものだから、さすがに私も目をむいた。 じ、人身売買?! それって本当に現代のこの国の話?!! 


「カンナが驚いているよ」

「あ、ごめんね」

「いえ、なんか、すごいですね」

「本当にねー」


 のんびり笑って言っているけれど、彼女はそれらのカルトテロリズムやスパイをしていた異常者集団による長期にわたる虐待及び傷害、殺人未遂事件の被害者なのだ。しかも何度も何度も殺されかけていて、それなのにもかかわらず奇跡的に助かっているので、今こうしているのだ。


「もしスパイだと判明したら極刑は免れないだろうけれど、どうなるのかなーって思っている。賠償(ばいしょう)問題もあるし。今の不動産屋さんの代表の人ではなくて、その人のお母さんがどうもカルトやマフィアに嫌がらせなんかの依頼や指示をしていたみたいなんだよね。元々そっち系に繋がりがあったみたいで」

「どうも海外マフィアとの繋がりみたいだね」

「そう。それでスパイ容疑も濃くなっている」

「この国はスパイ天国だと言われてもいるからなー」

「それだけカルトやマフィアやら色々と物騒な人達が紛れ込んでいるみたい。外見もこの国の人と変わらないから紛(まぎ)れ込みやすいらしいよ」


 もそもそとサラダの野菜を食(は)みつつ、私はくらくらしそうだった。こんなのどかで平和な雰囲気で話している様な話題なの?!! みんな普通に話しているけれど!!!


「カンナがカオスになっているよ」

「あ、ごめんね?」

「いえ、お気になさらず」


 そう言う私に、聖一さんが笑って言った。とても爽やかに。


「そのうち慣れるよ。涼子の日常ってこんなだから」

「そうなのよねー」

「本人は普通に平和に呑気に生きているだけなのに、やたらトラブルを引くんだよね」

「そういう宿命なんだって、覚悟しているからいいの」

「魂がそれだけ太巻きの強さだからなあ。並大抵ではないのは仕方ないよね」

「私でなかったら、今も同じように苦しんでいる人や報われないでいる被害者たちが隠されたままだっただろうし、それを思うと、私はけっこう図太いから、それで役に立つなら喜んで、くらいなものよ」

 

 うふふふ、と明るくいたずらっぽく笑う 華奢(きゃしゃ)で繊細そうな見た目に似合わず、根性が座っていてしかも楽天家なのがこの人の強みらしく、その一見か弱そうな見た目と優しい雰囲気に騙されて、ホイホイとお掃除対象が寄ってくるのだそうだ(このスゴイ表現は聖一さんの表現だ)。彼女はそれが自分の役目だ、と常々言っている。


「流石(さすが)にずっと自分が殺されかけていて、しかも何度も何度も、身内からもやられていたなんて自分でも気づかなかったから本当に驚いてしまったわ」

「そういうところだよね」


 笑って聖一さんが言って、涼子さんが「そうなのかなー」とのんびり答えている。


「健康的で強い自我や自己愛や自尊心を持っていると、不健全な人達のやる事なす事が基本的に理解できないから、しかも当然のように自分と同じような人間だと思って相手に接しているから、本当にわからないんだよね。自分の問題なのかと普通に反省したりしてしまうし。後になって気づくのは仕方ない事だけれど、涼子の場合はなー。流石にもっと早く気づいてもよかったんじゃ、と思ってしまうけれど」


「私も、もっと早くに気づきたかったよ。でも本当にわからなかったんだもの。こんなに頭のおかしな異常者が身近に沢山いたなんて、こんなに安易に犯罪なんかに手を染めてしまう人が沢山いるなんて、しかも身内に。そしてその中にずっと囲い込まれていたなんて、自分でも本当に驚いてしまったわ」


「でも、それについては昔から僕は涼子に何度も注意していたんだけれど……」 

「まさかこんなに身近な事だとは思いもしなかったんだもの。もっと関係の遠い事についての話なのかと……」

「君が強運で護られていなかったら、とっくの昔に死んでしまっている様なくらいのものだったのに」

「でも本人的にはそれが解らなかったんだもの、仕方ないでしょう」


「相手からしたら、これでもかこれでもか、と何度も何度も何度も打ち倒しに来ているのに当の涼子がこれだから、更に業を煮やしたんだろうけれど、結果、自分達の本性をも隠し切れない所まで自ら入り込んでしまって、言い訳の余地すらもない程に自分達の醜い本性や業を曝(さら)け出すことになってしまったみたいだよね」

 

「ならそれでよかったんでしょう、きっと。中途半端になるよりは徹底的に問題が炙り出された方がいいもの」

「だからそういうところ」


 なんかこのコンビ面白いな。


「カンナが面白がっている」

「? なれたのかしら?」

「たぶんね」


 やっぱり面白い。


「涼子は見た目がこんなだからみんな騙されるけれど、中身はごっつい熊みたいな野武士みたいなものだからね」

「しっつれいねー」

「だって本当だし」

「普通の武士じゃなくて、野武士ってところがポイントだよね」


 レネ君が言って、聖一さんが笑った。


「そうそう。ちょっと山伏みたいなところがある野武士なの。野性の修験者みたいな武士なんだよね」

「そういえば、私の家は元はお武家さんのお家だったみたい。そういうのも関係あるのかな」

「なくもないけれど、でも君の場合は特殊なんだよね。本当にすっごい太巻きの魂で何度も何度も生まれ変わってきているから」

「ふーん」

「神奈ちゃんと似ているよね」


 へ? 急に話をふられて私は目を丸くした。


「なんかごめんね?」

 

 すまなそうにそう言う涼子さんに、私は「いえ、そんな」──としか言いようがないではないか? この話の流れでは。が。しかし、これだけは言わせてもらおうではないか。


「でもそれを言うのなら、みんなそうなんじゃないの? 聖一さんも。レネ君も」

「うん、そうだね」

「そうだね」

「なら、何も涼子さんや私だけでもないじゃない。みんな同じなんだから」


 むう、と私が言うと、聖一さんは笑った。


「ごめん。面白いからつい」

「まあ、見た目のギャップからしたら、リョウコは本当に面白いからね」


「この見た目に騙されて、弱そうだからつついてちょっかい出してやろうと悪さをする奴らが寄って来るんだけれど、中身は野性の野武士だから、切り捨て御免の返り討ちに遇う事もあって、それでますます相手が生意気だ! っていきり立って、むきにさせてしまうんだよね。本当にちっぽけなプライドを抱えている様なちんけな雑魚ほどね。それでまたまとわりつかれるから、本人的には迷惑この上ない事だろうけれど、涼子自身もおとなしくしているたまでもないからなあ。ちょっと面白がって煽っているでしょう」


「そうかな?」

「そうだよ」

「だって、中途半端にやるよりは、本性が剥き出しになった方がその人自身にもいいと思って。親切でやっているんだけれど。言い訳で誤魔化せてしまうくらいでは甘いのよ。本性は徹底的に引きずり出してあげてなんぼでしょう」

「だからそういうところ」


 レネ君が笑って言った。


「でも煽るだけ煽って、本性を衆人環視の場で引きずり出したら、じゃあ、さよなら~ってその場に放置して去って行くよね」

「それはいつもたまたまそうなるの。私は体があまり丈夫じゃなかったから。最後まで面倒くさい事にまでつき合えないのよ」

「まあ、だからよかったんだろうけれど、でもその性格も、もうちょっと何とかしないと」

「わかってるわよう」


 むう、とふくれる涼子さんに聖一さんは「もう少し落ち着いた方が人生も楽だと思うんだけれど」とあきれていた。





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