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 沙羅が心配するといけないから、陸の状態について少しだけ話しておいた。陸は聖一さんのところに来ていることを話したら何かを察したのか、「なら心配ないね」とひとこと。数日休めば大丈夫だと伝えておいたので、彼女はそれほど心配せずに目を覚ました陸からの連絡を待つと言っていた。


 朝方キイナが母屋に帰って行くのを見送ってから浴室を借りて、お風呂上がりにお水をもらいに台所に入ったら、トイレに起きて来ていた陸と鉢合わせをした。特に具合が悪そうな様子はなかったので、少しほっとしつつ、


「聖一さんが、しばらく休んでから帰った方がいいって。好きに過ごしていいって言ってくれているよ」


 そう伝えたら、陸は「うん」とだけ言って、そのまま寝室に戻って行った。陸の後ろ姿を見送ってから客室に入ると、海はすうすうと眠り続けていた。私も眠かったのでそのままもう一つのベッドで眠り、お昼過ぎまで眠ってしまった。


  午後の日が傾きかけた頃に目を覚ますと、海がいつの間にか私の隣で眠っていたので驚いた。一旦目が覚めたのか、と思いながら、すうすう眠っている彼の寝顔を眺(なが)めていたら、不意に彼が目を開けた。そしてそのまま目が合ったので、


「おはよう」

「……」

「お腹すいてない?」

「……」


 黙っているので、寝ぼけてんのかな、と思っていたら、


「すごく変な夢を見ていた」


 そう言って、私をじっと見つめている。


「聖一さんが、しばらくここに泊まって休んでから帰った方がいいって。陸も泊めてもらっているよ」

「……陸はどうしてる?」

「眠っているんじゃないかな。朝方起きて来た時に顔を合わせたけど」


 言いながら私が起き上がろうとしたら、海に手首をつかまれた。「待って、俺も起きるから」そう言って、海はだるそうに体を起こした。半身を起してなんだかぼうっとしている。私は手首をつかまれたままだ。寝ぼけてんのかな、と思ってそのまま様子を見ていたら、「何か妙な気分だ。自分が自分じゃないみたいな……」そう言って、「神奈はどこに行くの?」


「……お腹すいたから台所に」

「外に出ないよね」

「うん」


 海は私の手首を離した。そうして、「だめだ、まだ眠い……」そう言って、目をつぶって横になった。大丈夫かな、と思いながら見ていたら、そのまま、すうすう寝息を立て始めたので、私はそっとその場を離れた。廊下に出たら、倉庫の方で人の気配がするので、洗面所の帰りに覗(のぞ)いてみたら聖一さんが資料をいくつか手に持ってノートパソコンに向かっている。


「お仕事中?」


 私が声をかけると、彼は「うん、少し片づけておきたい事があって」と顔を上げて言った。


「何か手伝おうか?」

「起きたばかりなんじゃないの?」

「そうだけれど、ひまだし」

「一応みんなの分の朝食が用意してあるから、先に食べておいで」

「ありがとう、そうする」


 台所に行く前に、私は陸の所にも寄ってドアをノックした。眠っているかなと思っていたのだけれど、意外に「どうぞ」としっかりした声が返って来たので、少し驚きながら、ドアを開けた。陸はベッドで半身を起して窓の外を見ていた。


「私は朝ごはん(お昼過ぎているけれど)を頂くけれど、陸はどうする?」

「食欲ないから、いい」

「大丈夫?」

「うん、少しだるいだけ」

「沙羅には連絡をしておいたけれど、陸からの連絡を待っているから連絡してあげて」

「わかった。サンキュ」

「あ、シャワー浴びたかったら、自由に使っていいって。着替えも用意してくれているから」

「うん、ありがとう」


 陸はそう言って少し微笑んだ。何だかいつもの陸と雰囲気が違うようだったけれど、私はとりあえずおとなしく退出した。


 その日の午後は聖一さんのお仕事を手伝って過ごした。夕方には彼は仕事を切り上げて母屋から夕食を運んできてくれたので、声をかけて海と陸も一緒に食べた。二人とも妙に無口になっていて、聖一さんにお礼を言ってからすぐに寝室に戻ってしまった。二人とも終始気だるげにしていて眠そうだった。


「しばらくあんな感じなのかな?」 


 食器を洗いながら私が尋ねると、聖一さんは「多分ね」そう言って、水切りかごからお皿を取って布巾で拭いてからお盆の上にそれを乗せていく。


「聖一さんにお願いがあるんだけれど」

「何?」

「もしよかったら、陸にも海に教えているような姿勢について教えてあげてもらえないかな」

「陸君がそうしたいなら、いいよ」

「ありがとう」


 多分陸なら教えてもらいたいと言うと思う。聖一さんの教えてくれる内容は陸の好みに合うはず。海もあんなに真剣に習っていたくらいだし。何となくそう考えていたら、


「でも本当は、海が教えてみる方がいいかもね。人に教えるのは海にも役に立つから。足りない所があれば僕が補足するし」

「あ、それもいいね」

「陸君も何かスポーツやっていたでしょう」

「うん、陸は小中高とずっとサッカーをやっていた。たまに陸上も」

「陸君は海よりも体の使い方の偏りが少ないから、海が教えれば、すぐに呑み込むかもね。カンもよさそうだし」

「そういうの見ていてわかるの?」

「何となくね」

「何でわかるの?」


 彼は少し考えてから答えた。


「第一にカンみたいなもの。これは言語化できない感覚。第二に経験と観察。第三に理論的裏付けとの合致、それらの総合的な判断かな」

「いつもそんなに考えているの!?」

「実際にはそれらは殆(ほとん)ど一瞬だよ、スポーツの試合なんかで相手と対する時にはみんなそうしているよ。慣れた動作に一々考えたりしないのと同じ」

「なるほど」


「禅の修行なんかで師が日常の弟子を見ているのもそんな感じなんだと思うよ。君が僕に茶道をやっていたのか尋ねたように、道のつくものには禅の思想哲学が根底にあって所作にもそれが浸透している。多分、弟子の日常の行動の一つ一つに気づきがあるかを見ているんだと思う」


「……何となくわかるような気がする。鍛錬(たんれん)中の聖一さんや海を見ていたら、頭の先から手の指先や足のつま先にまで注意を払っているみたいな感じだったし。指先一つにまで神経を行き届かせた流れるような動きがこの国の伝統舞踊みたいだなと思った」


「そうした集中力が弟子の日常の中にあるのかを見ているのが多分、禅の修行なんだと思う」

「集中力」


「多くの人の日常意識の多くは拡散(かくさん)で、大抵(たいてい)の場合、周囲で起きている出来事に翻弄(ほんろう)されて軆(からだ)と心がバラバラに分離して混乱した状態にある。バランスを失っていて、きちんとまとまりのある自分を取り戻すことが出来ないでいる。自分自身の部分が分裂したり、それを疎外(そがい)したりしているんだよ。禅は、そうした自分のしていることや話していること、考えていることなんかに注意を向けることで気づきの集中力を高める修行。この気づきの状態が根幹なんだ。気づきの燈火が意識に灯っているときには、僕らの存在の在り方やその行為の全てが明るく照らし出されて、過ぎ去っていく思考や感情、言語化できない感覚や思念にも光があてられる。僕らの内側に光が灯っている状態になるんだ。この日常的な静かな集中力が、自分自身の尊厳の回復や俯瞰(ふかん)する認識力にも繋がっていく。以前のように周囲の出来事に振り回されなくなっていくんだ。自分自身の軸を定めていくのと同じ。マインドフルネスが役に立つのはこういう事。禅の修行は更にその奥へと進むけれど」


「面白いね」


「この禅の根幹が、この国の伝統芸能や道のつくものの身体操作の中に活きているんだよ。軆(からだ)を使うことや扱うことを通して修養していくんだ。一般的に言うなら、禅の修行に入ってしまうよりも、こちらの方が心身の健康にはいいかもしれない」


「そうなの?」


「軆(からだ)を扱うからね。その方が禅の修行よりもいい場合が多いんじゃないかなと思う(といっても、これにもある程度の肉体的健康条件は付いてしまう)。禅の修行に入るには、ある程度の健康的な自我の強靭(きょうじん)さがないと危険な場合もあるから。


 ただ、当たり前だけれど、こうした伝統芸能の技術に優れていたり、嗜(たしな)んでいるからと言って必ずしもその人が人格的に優れていることを保証するわけではないから、人間関係や組織の問題は常に付き纏(まと)うだろうけれど。でもそれは禅の修行でも同じ。みんな人間だからね」


「危険な場合って何? 坐禅や瞑想(めいそう)に危険があるなんてイメージが全くないんだけれど……むしろ武道とかの方に危険があるんじゃないの?」


「怪我(けが)なんかの危険を言うなら確かにそうだけれど、僕が言っているのは、もう少し深刻なもの。


 これは禅や瞑想に限った事ではないのだけれど──


 精神的な発達状態や体質によって、ある種の変性意識状態に入りやすい人がいるんだよ。それが健康的な自我の強度を持った人であれば問題はないんだけれど、問題は、そうではない場合のこと。


 この変性意識状態に入ると、いわゆる無境界の意識状態を体験することになるんだけれど、それをどう【解釈(翻訳(ほんやく))】するかはその人の発達段階やその健康度にもよるんだ。元々その人自身の自我境界が脆弱(ぜいじゃく)だったり未発達だったり、不健全だったりすると、その体験中一時的にその未熟な境界が取り去られてしまうわけだから、それは深刻な問題を惹き起す引き金にもなりかねないんだよ。未成熟な自我境界の溶解(ようかい)と退行を惹き起こしかねない。それによってある種の欲望や衝動、逸脱行為を後押ししたり、精神病を発症する場合もあるんだよ。


 自我境界が脆弱だったり未発達だったり不健全だったりするひとにとっては、その発達課題の上位にある健全な自我境界自体が疎(うと)ましいもの、都合のあまり良くないものでもある場合が多いし、それを取り去ってしまった状態が至高の状態だと安易に解釈すると、その上位の発達段階の状態ごと否定してしまうことになってしまう。そうして、自分自身にとって居心地のいい低位の段階まで退行し、そこに固着することを正当化してしまうことにも繋がる。


 単純に言えば、物凄く原始的な衝動へと溶解していく。ある種の選民思想や暴力、自身の衝動や欲望を正当化していくんだよ。


 これはあまり知られていないけれど、本当に深刻な問題でもあるんだ。カルトが惹き起こす問題にもこれが関わっているし、戦争なんかもそう。特に集団が惹き起こす悲惨な問題には、こうしたことは本当に危険な影響力をもつ」


「なるほど。言われてみると、それってよくあることかもしれない。いじめとか嫌がらせに傾倒(けいとう)していく人たちも似たような状態だよね。彼等や彼女達は、元々健全な自我や自尊心や自己愛を持っていないし、だからこそ、そうした行為に没頭していくわけだし」


「そうだね」


「でもそれは、軆(からだ)を扱う場合でも同じことではないの? どこにでも虐待やいじめや嫌がらせはあるよね」


「そうだけれど、軆(からだ)を扱う場合は、熟練者との歴然とした技術的な差も現実に体験する事が出来るから、退行した万能幻想に一定の歯止めがかけられるでしょう。それは完全にというわけではないけれど、まだ真摯に省みる機会が現実に与えられやすいし、謙虚になる機会や気づきが得られる可能性が高い。けれど、精神性や霊性のようなものになると、それを現実で証明するのはそもそも難しいから、いくらでも虚偽を信じることも信じさせることもできてしまう。詐術に長(た)けていれば、いくらでも騙したり騙されたりできるからね。


 元々自我境界が脆弱だったり未発達だったり不健全だと、そうした万能幻想に溶解してしまう事への歯止めも効きにくい上に、簡単に自分や他者を騙す事も可能だと、その危険性は増すばかりでしょう。それをきちんと見抜ける人も殆どいないのだし。


 技術に優れていたり熟練しているからと言って必ずしもその人が人格的にも発達上のバランス的にも優れていることを保証するわけではないけれど、こうした人間関係や組織の問題は禅の修行などの精神的な修養でも同じだからね」


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