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 お隣の家の敷地を買い取ったという彼の仕事場には、リビングルームに面した広い庭があった。その庭はそのまま公園の境界を示す常緑樹の緩衝(かんしょう)地帯に繋がっていて、緑豊かな広い庭を更に街中とは思えないような奥行きのある緑地と森のような景観にしていた。


 気温も快く夜になって涼しい風も気持ちがよかったので、私達はそこでバーベキュー台や簡易テーブルとイスなんかを出して、ちょっとした野外の夕食パーティーを開いていた。母屋(おもや)ではなく仕事場でみんなで食事をとることを聖一さんが伝えたら、基本的に賑(にぎ)やかで人好きな桜澤家の皆様は、じゃあそちらでみんなで一緒にお夕飯にしましょう!!とのキイナと聖一さんのお母様の鶴の一声で、この場を設(もう)けることを決定した。


「何だか大袈裟(おおげさ)なってしまった」と困ったように笑っていた聖一さんに、私は「でも、こっちの方が楽しいよ。海と陸が参加できなくて、本当に残念だけれど」と答えた。レネ君もみんなから可愛がられまくって楽しそうにしている。


 帰宅の為の運転の心配をしなくていいので、聖一さんもお父様やご兄弟と美味しそうにビールを飲んでいた。未成年組にはソフトドリンクのみ!、ときつく言い渡して。言われなくてもアルコールは飲まないけどさ。

 

 母屋で作られていたお料理も運ばれてきたので、かなり豪華(ごうか)な夕食になった。おにぎり、みそ汁、煮物、あえ物、てんぷら、唐揚げ、サラダ。じゅうじゅういう鉄板の上にはスペアリブや焼きそば。ごろごろした大きめの野菜を香ばしく焼いたものにチーズをかけてまた仕上げに焼いて、あちち、とか言いながら、それをみんなで楽しく食べたり。


 克己君はすっかり桜澤家の一員として認められているらしく、いつでもどこでもキイナの隣にまるで姫を護る騎士のようにいつも寄り添っていた。うん、愛ですな。

  

 海と陸についてはあまりの寝不足で休ませている、という事になっていた。聖一さん曰(いわ)く、熱があるとか寝込んでいるとかうっかり言うと、親切心と世話好き心と好奇心の混合爆発を起こして桜澤家の皆様が二人の世話に駆け付けそうだから、との事だった(なんかすごい表現だ)。


 桜澤家の皆さまの勢揃(せいぞろ)いと、克己君、レネ君、私の賑やかな夕餉(ゆうげ)は楽しく夜遅くまで続いた。





 後片付けも終わり、酔い醒(ざ)ましの水を飲みながら満月を眺めている聖一さん、ソファでお風呂上がりのジュースを飲んでいるレネ君、隣同士にソファに座ってずっと話し込んでいる私とキイナの四人は、聖一さんの仕事場のリビングルームに何となく残っていた。


 キイナとはこうして長く一緒に過ごす事自体が久しぶりで、お互いに離れがたい様な、もっと一緒にお喋りしていたい様なそんな気持ちで他愛無いことをずっと話していたが、楽しかった。懐かしい感じもした。髪を伸ばして少しフェミニンな雰囲気になった乙女なキイナは、可愛らしく克己君とのノロケ話をれんぱつしていた。そういうキイナを眺(なが)めているだけでもなんだかほんわかした幸せな気持ちになった。うんうん、愛ですな。


「このままここに泊まってしまおうかな」キイナがそう言って、いい? と聖一さんを見ると、彼は「いいよ」と笑った。「うん、そうしようよ。朝までおしゃべりしたいよね」私がうんうん頷くと、キイナは「よし、こうなったらお菓子を沢山持ってくる! ちょっと待ってて!!」と喜び勇んで母屋に戦利品を仕入れに行った。私がうきうきしながら鼻歌を歌っていると、レネ君が「そんなに楽しいものなの?」と不思議そうにしていた。


 ふふふ、こういうのはガールズトークと言って女の子にとっては、とっても楽しいものだけれど、男子の君にはわからないかもね。そう私が彼に言うと、レネ君は「僕も混ざっていい?」と可愛らしく小首を傾(かし)げて訊いてきた。 


 いいけど、と私が聖一さんを見上げると、「12時まではいいけれど、12時過ぎたらきちんと母屋のベッドで眠ること」と彼はレネ君に言っていた。そうして、「僕は浴室を使うから、僕が出たら一緒に母屋に戻るんだよ」と言い渡し、彼はお風呂に行った。


 シンデレラなレネ君とキイナと私は、飲み物やスナック菓子なんかをテーブルに広げ、夜更かしお喋りパーティーをすることになった。私達の他愛ない話をレネ君は真ん中に入って私とキイナを交互に見上げながら、ふんふんと興味津々で聴いていた。途中でレネ君にも話題を振ったり、楽しくお喋りをしていたら、レネ君はさすがに如才なくて、いつのまにか私達に溶け込んでいた。凄いコミュニケーション能力だ。その間に何度か海と陸の様子も見に行ったけれど、二人はすうすうと健やかな寝息を立てて眠り続けていた。


 天才児のレネ君は大人顔負けの喋り方をするので、キイナはそれを面白がっていた。そうして、最近大学の講義の題材になったある文学作品の話を彼としていた。レポート提出の日が迫っているので彼の智慧を借りているのだ。


「ジョン・スタインベックの『エデンの東』は不朽(ふきゅう)の名作だし、是非とも一度は読んだ方がいいと思うよ」、原文でも翻訳版でもいいから、と、レネ君は私にもその文学作品を薦(すす)めてくれた。


「けっこう長いんだよね。でも翻訳していて、とても面白い。笑える場面もあるし物語に惹き込まれてしまう」

 

 キイナそう言って、母屋から自分のノートパソコンを持ってきて自分の翻訳文についてのアドバイスを彼にもらっていた。飛行機に初めて乗せられる女性の場面がキイナのお気に入りで、その面白さを巧く表現する流れのいい翻訳文について彼と目の前で話し合っている。私はそれをスナックをぽりぽりかじりながら興味深く見ていた。そこへお風呂上がりのいい匂いををさせた聖一さんがやって来た。そろそろシンデレラ(レネ君)は帰る時間らしい。


「お兄さん、もうちょっと!! 後生(ごしょう)だから!!!」


 必死なキイナに苦笑して、可愛い妹に甘い兄はキイナのレポートについての質問が終わるまで、と条件付きでレネ君の滞在延長を許可した。そうして少し離れたところのソファに座ってお水を飲みながら私と一緒にノートパソコンに向かっている二人を眺(なが)めていた。


「陸君と海は?」聖一さんが私に尋ねて来たので、「よく眠っている。ぐっすり深く眠っているみたいだった」。「こんなことになってしまってごめんなさい」と私が彼に改めてご迷惑をおかけしてしまって、と謝ると、彼は「気にしないで」とにっこりした。


「神奈ちゃんはこの本、読んだことはある?」

「ううん、ない」

「読んでみたいなら、貸すけど? ここの書庫にあるから」


 私は、「是非!」とお願いした。彼はくくく、と笑ってから書庫から分厚いハードカバーの本を二冊持ってきてくれた。結構大きい本だった。〇〇全集という保存版のきちんとした装丁がされたものだ。

 

 「キイナの話を聴いて、読んでみたいなーと思っていたんだ」


 ありがとう、とほくほくくしてお礼を言ったら、彼は「この作品は不朽の名作で物語も素晴らしいのだけれど、それ以上に聖書の翻訳についての考察場面が本当に圧巻なんだよ。神学的にではなく芸術的に、だけれど、素晴らしいから是非読んでみて」。


 私は興味を引かれて、「そうなの?」と尋ねる。私達の会話を聴いていたレネ君が顔を上げて、私達に頷いた。そうして、「セイ、詳しく説明してあげて」。聖一さんは続けて説明してくれた。


「ヘブライ語の timshel (※読みをラテン文字に写しています)という言葉についての解釈や翻訳が、アメリカ標準訳聖書(American Standard Version / ASV bible)と欽定訳(キングジェームス・バージョン)(King James Version / KJV bible)の聖書によって微妙に違うのだけれど、それについての考察の場面があるんだ。本当にこの場面は文学的に(学術的にではなく芸術作品として)素晴らしいと思う。もっと広く世界に知られてもいいくらいだ、と思うよ。特にこんな時代にはね」


 キイナは「まだその場面は出て来ていないけれど、聴かせて!!」と勢い込んで頼み込んでいる。 私も興味があったのでネタバレは気にしないので聴かせてほしい、と賛同した。





※(以下【】内は引用文です)

※(改行、ルビは原作者によるものではなく、著者による読みやすくするためのものです)



【――「アメリカ標準訳聖書」は罪を支配するように人間に《命令》しているんですよ。そしてこの場合、罪とはいわば無知ということにほかならないんです。一方「キングジェームス・バージョンのほうは、《汝――せん》という言葉の中に一つの約束をしているわけで、つまり人間はきっと罪は支配するようになるといっているんです。


 しかし、ヘブライ語の timshel という言葉は――『汝することあるべし』という言葉は――これは選択の権利を与える言葉なんですよ。これは、世界中で一番大切な言葉かもしれませんね。


 これは、道が開かれているということをいっているんですよ。つまりその責任をまっすぐ人間に投げ返しているんですよ。


 なぜなら、もし『汝―――することあるべし』ならば――また『汝―――せざることもあるべし』ということも同様に真実なんですからね。


 おわかりになりますか?


『汝―――せよ』という命令を感じて、服従ということを重要視する宗派や教会に属する人は無数にいます。


 そしてまた『汝―――せん』という言葉の中に神の予定を感じとる人はさらに数えきれないほどいるんです。彼らが何をやっても、未来にこうなることの邪魔には決してならないというわけなんですよ。


 しかし、『汝―――することあるべし』ということは!いやこれは、人間を偉大にし、神々に比肩(ひけん)するような背丈を人間に与えるようなものですよ。


 なぜなら、人間は、その弱さや汚らしさやその兄弟殺しの中にあってさえも、なお選択する偉大な権利をもっているからです。


 人間は自分の道を選び、その道を戦いぬいて勝利を占めることができるんです。



――人間の魂は、この宇宙の中でほかに比べられるもののない、美しいものなんですよ。

 それはいつも攻撃されていますが、決して破壊されることはありません。

 なぜなら『汝―――することあるべし』だからです。】



※(著者:ジョン・スタインベック 作品名:『エデンの東』  East of Eden は1952年に出版されました。 引用文は日本語翻訳版ですが、出版社名、出版年、翻訳者名が不明です。全集版によるものでした) 





 聖一さんが本の該当(がいとう)のページを私達に開いて見せてくれたので、私とキイナはそれを黙読した。私達が顔を上げると、レネ君が聖書の該当の箇所を暗唱してくれて、後を継いで聖一さんが説明してくれる。


「欽定訳( KJV bible)だと、 If thou doest well, shalt thou not be accepted? and if thou doest not well, sin lieth at the door. And unto thee shall be his desire, and thou shalt rule over him. 」


「──thou shalt、(shalt:shall の直説法二人称単数現在形)あなたは罪を治めるだろう、と言っているんだよ」


 キイナが面白そうに聖一さんを見つめている。続けてレネ君がまた暗唱してくれた。


「アメリカ標準訳 (ASV bible)だと、If thou doest well, shall it not be lifted up? and if thou doest not well, sin coucheth at the door: and unto thee shall be its desire, but do thou rule over it.」


「──do thou、こっちだと、あなたは罪を治めなければならない」


 ふむふむ、とキイナは真剣に聴いている。私は特に聖書の英訳について詳しく知りたいわけではなかったので、聖一さんが開いてくれた本のページに目を落とし、その文字を丹念(たんねん)に読み込みながら聞いて(聞き流して?)いた──選択の権利について、その尊重について、自律性について──これはここのところの私のテーマの様なものだったからだ。


 美しい言葉だと思った。翻訳も素晴らしいのかもしれない。私はその文字、言葉や文章の響きを何度も味わいたくて、反芻(はんすう)するように丁寧に目で繰り返し文字を追った。特に最後のところ。まるで詩の言葉の様だ。久遠の響き、永遠の残響があるような、とても素敵な言葉、文章だと思った。つまり、私はすっかり惹き付けられてしまっていた。




※(以下【】内は引用文です)

※(改行は原作者によるものではなく、著者による読みやすくするためのものです)



【なぜなら、人間は、その弱さや汚らしさや

 その兄弟殺しの中にあってさえも、

 なお選択する偉大な権利をもっているからです。

 人間は自分の道を選び、その道を戦い抜いて

 勝利を占めることができるんです。



 人間の魂は、この宇宙の中で

 ほかに比べられるもののない

 美しいものなんですよ。

 それはいつも攻撃されていますが、

 決して破壊されることはありません。

 なぜなら「汝―――することあるべし」だからです】



※(著者:ジョン・スタインベック 作品名:『エデンの東』  East of Eden 1952年  引用文は日本語翻訳版 出版社名、出版年、翻訳者名不明) 




 ──素敵。ほう、と嘆息し、うっとりとしていたら(すっかり本の世界に入っていた)、三人がいつの間にか私を見ていた。あ、話は終わったのかな? つい自分の世界に入り込んでしまった。


「あ、これ、本当にすてきだね。特にここ、最後のところ。詩の言葉みたいな美しさだよね」


 私がそう言うと、聖一さんとレネ君はにこにこしている。キイナはどれどれ、と本を覗(のぞ)き込む。


「こういう文学作品を読むと、宗教の背景がある文化の凄(すご)みを感じるよね。魂の芸術や久遠(くおん)の哲学の響きがあるような──」


 聖一さんがそう言って、私は思わず、うんうん、と頷いた。


「本当にそう」

「気に入った?」

「うん、読むの楽しみ! 長い物語みたいだからいっぱい楽しめそう」


 うきうきしてそう言ったら、「それはよかった」と聖一さんが優しく微笑んでくれた。


「私も読み終わったら貸して」


 キイナが言って、聖一さんが頷く。私は、はたとした。


「あ、レポート提出するなら、参考に読むのもいいかもね。お先にどうぞ」

「いいの?」

「うん、だって多分、これ、翻訳も素敵なんだと思う。参考にした方が絶対いいよ」

「やったー!」


 素直に喜んでいるキイナをみんなでにこにこして眺(なが)めていたら、柱時計が夜中の1時を告げた。シンデレラなレネ君の延長時間はどうなるのか(特にキイナは切実に)心配していたら、聖一さんはため息をついて、


「仕方ない。今日だけは好きなだけ起きていていいよ」


 やはり可愛い妹には甘いらしい。


「やったー!」とまたもやキイナは喜んでいて、レネ君とハイタッチしている。何だかいつの間にかとっても仲良しになっているようだ。


「聖一さん、明日(もう今日だね)はお仕事?」


 遅くまで色々とご迷惑をおかけしてしまって申し訳なかったな、と思いながら私が尋ねると、彼は「特に、時間の約束はないからお休みにもできる。調整は可能だし心配しないで」。ほっとしていると、「海と陸君の様子をちょっとみてきていいかな」と彼は言って立ち上がった。私は「あ、一緒に行ってもいい?」。彼は頷く。それで二人で彼等の様子を見に行った。


「熱が出ていないといいんだけれど」

「さっき見た時は、二人ともすやすや眠っていた」


 言いながら、控えめにノックしてから客室にそうっと入った。月明かりで青く照らされる部屋の中で、海はすやすやと眠っている。額に手を当てても特に熱もなさそうだった。ほっとして、今度は陸の居る聖一さんの寝室に行った。


「ちょっとうなされているみたいだけれど、起した方がいいのかな」


 額に汗をかいて、陸はうなされている。


「いや、このまま眠らせていた方がいいと思う」

「そうなの?」

「うん、今は二人とも急激に色んなことを思い出しながら夢の中で再体験しているみたいなものなんだ。意識のさなぎの中にいるようなものだから、そうっとしておく方がいい」

「へえ、そうなんだ」

「あ、でも、汗は拭いてあげた方がいいかもね」


 ひそひそ話していたら、陸がううん、と唸(うな)って、彼の閉じた瞼(まぶた)から涙がつーと流れ落ちた。そうして枕を次々に濡らしていく。心配になってきたが、起さない方がいいみたいだし、と私はそれを黙って眺めていた。


「タオルを濡らしてくるから、待っていて」


 聖一さんはそう言って部屋から出て行った。残された私は、どんな夢を見ているんだろう、と思いながら彼を見つめていた。私が殺された後、陸と沙羅はどうなったのか。それはまだ聞いていない。レネ君と聖一さんの話によると、星の地図のみんなは戦うことに力を使うことを選んだ事で悲劇的な最期を迎えていったみたいな話をしていた。みんながどんなふうに死んでいったのか、そこまでは私もちゃんと聞いていないし、教えてもらっていない──それは聖一さんやレネ君や海に関しても同じだった。


 何となく物思いに沈んでいたら、聖一さんが戻って来た。受け取った冷水でしめらせたタオルで陸の顔を静かに拭いていると、なんとなく彼は落ち着いたような表情になって来た。


「熱はないみたいだけれど、ちょこちょこ様子を見ていたほうがいいね」


 聖一さんは少し離れたところから私達を見ている。


「わかった」


 そう言って私はタオルで陸の額を拭き、張り付いている髪の毛をそうっとはらった。そうして私は聖一さんを振り返り、「ねえ、みんなはどうなったのか、最期はどうだったのか知りたいんだけれど」


 聖一さんは少し黙って私を見ていたけれど、「外で話そうか」と私を庭の方に誘った。リビングルームから出るのではなく、玄関から出て、明るい月明かりに照らされた広い庭に出た。虫の音が聞こえている。気持ちいい夜風が優しく吹いていた。そのまま私達は立ったままで話した。


「まず陸と沙羅はどうなったのか知りたいの。あ、陸の双子の子のこと」


 聖一さんは頷いて、


「沙羅ちゃんの方が、先に亡くなった。確か、陸君をかばって精密機器からの攻撃を受けて亡くなったはず。陸君は沙羅ちゃんを棺室(ひつぎしつ)に連れて来て遺体を粘菌が摂(と)り込んだ後に、しばらくそこでホログラムと会話をしながら過ごしていたけれど、数日で出て来てそのままどこかに行ってしまった。そうしてそのまま帰って来なかったんだ。だからどこでどういう風に最期を迎えたのか僕は知らない」


──ちょっとした衝撃を受けて私は黙り込んだ。でも気を取り直して、海やレネ君、聖一さんの最期についても尋ねた。


「レネは部族のみんなや僕らを洞窟にかくまっていたのだけれど、ある日僕や海が外に出ている時に、その洞窟を敵に爆破されてめちゃくちゃに破壊されてしまったんだ。多分そこでみんなと一緒に亡くなったんだと思う。僕と海は棺室から粘菌を解放した後に、容器に入れた一部の粘菌を持って、崩れた結界を修復して回ったんだ。できるだけのことはしたくて。そうして、幼い星の地図の子たちが隠れていた共同体の結界をみんなで力を合わせて修復していたときに、ピンポイントで標的にされた。人工知能が搭載(とうさい)された蜜蜂(みつばち)程度の大きさの精密機器からの攻撃だから普通では防げない。結界があればなんとかなったのだけれど、僕らは結界の外に居た。幸い修復はし終わった後だったから、少しはその共同体は守られたのではないか、というのが慰めかな」


 私が黙り込んでいたら、


「海はずっと後悔していたよ。大切な仲間が目の前でどんどん殺されていく、それを見つめ続けなければならない、みんなから粘菌の研究について頼まれていなかったら最前線にすぐにでも駆け付けたかったのだと思うけれど、海でないと出来ない事がたくさんあったから、それはできなかったんだ」


 きっかけを作ってしまった私は何とも言えない気持ちで黙り込んでいた。


「神奈ちゃんのせいじゃないよ」そう言ってから、彼は言った。


「僕らは自分自身の攻撃性を自制できないといけない。それは本能的な野性の能力、生きる為の力だけれど、それを恣意(しい)的に野放図にしてしまうのは違うから。それには、自らの衝動がどこから来てどこへと向かおうとしているのか、自分で気づいていないといけないんだよ。この世界に於(お)いても同じこと」


 私は何となく奇妙な既視感(デジャヴュ)に襲われる。

 目の前の聖一さんに、先住民族の師の姿が重なる。


「──私もそれで苦しんだ気がする、とても……」


 明るい月明かりに照らされて、聖一さんは私を静かな表情で見つめていた。少しひんやりとした夜風が私たちの間を通り抜けて、私の頬や額をなでていく。


「自らの中にある攻撃性、復讐心やサディズム的衝動、こうした色々な感情や衝動について、自分でも気づいていないと、それがどこへ向かおうとしているのか、何を惹き起こそうとしているのかについても気づくことが出来ない。自制する事も出来ない。それに無自覚でいるのは、とても危険な事なんだよ。自分にとっても、周りや環境にとってもね。僕らはそれをよく心に留めておく必要がある。僕らは自らの衝動についても責任を持たないといけないんだ。それが惹き起こしてしまった事についてもね。


 自分自身のバランスを真摯に達成していくのには、そうした事についても関係している。何故なら、その個人の中で分裂や疎外(そがい)が大きい程に、それに無自覚になるから。自らのものとして責任を持たなければらならない、自分や環境にとって危険な衝動にも盲目になってしまうんだよ。


 海が惹き起こしたことはそういう事だった。彼もそれがよく解っていた」


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