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「僕は当初、それ(長老からの遺言のヴィジョン)は未来についての決定事項なんだと思っていたんだ。だから、何があってもきっと大丈夫なんじゃないかと思っていたんだよ。未来への約束をもらったように楽観的に捉えていた。結局、それが致命的な僕の甘さ、未熟さだったのだけれど」
そのレネ君の言葉で、聖一さんはそれで納得した様子だった。
「どういう事なの?」
私が尋ねると、聖一さんが教えてくれた。
「それは未確定で、あくまでも可能性としてのヴィジョンだった。単に道は開かれていることを示すものだった、という事だよ」
レネ君は頷いた。
「そう、その通り。なんて甘ちゃんだったんだろう、と今なら思えるけれど、その当時はわからなかった。僕は長老亡き後の部族長でもあったのに、長老が亡き後も、まだまだ根底では先代にぶら下がっている依存心の抜けない甘ったれだったって事。そしてなんと驚くべきことに、それはヴィジョンになかった支配層の独立国家の出現後もまだ自覚していなかった。何故なら遺言の未来のヴィジョンは決定事項だと思っていたからね。信じていたんだ。そうなると他の選択肢が見えなくなっているのと変わらない。無自覚の妄信と同じ状態になっていたんだよ。
僕が自分が間違えた、と気づいたのは、僕らをその能力で護ってくれていた星の地図の人々が自らその力を使って戦う道を選んだときだった。さすがにそうなると後戻りはできないことに僕は気づいていた。その兆候を示すヴィジョンはそのずっと前、カンナが殺害されるよりもずっとずっと前からあったのに、僕はそれらをきちんと受け止めていなかったんだ。でも、現実に破滅の予兆が現実に顕現されてしまって現前してから、僕は決定的な間違いをしてしまったんだ、と気づいた」
悲哀の籠ったような、寂しそうな困ったような微笑みを聖一さんに向けてから、レネ君は続けて言った。
「カンナの殺害だって、カイの暴走だって、本当は止められたかもしれなかったのに、でも僕が気づいた時には既に全てが手遅れだったんだ。だからそれを止められなかった僕にも、僕の部族にも責任があるんだよ」
聖一さんは軽く息をついて、「それより、もっと大事な事があるんじゃないの?」。レネ君は彼をじっと見つめて、それからにこっとした。
「うん、そう。起きてしまった事は変えられない。けれど、幸運な事に僕らは、当時の記憶を持って、こうしてこの世界に生きている。この星の、この世界の状況も確かに悪化の途を辿り続けてはいるけれど、あの時とは違う。僕らのもうひとつの未来へと開かれた道、それはまだ可能性として生きている。今の僕らにとって本当に大切な事は、それはまだ、もう一つの選択肢として僕らに残されているんだってことだよ」
レネ君が今話してくれたことについて、聖一さんは私に補足をして説明してくれた。
「この話から、僕らのこの記憶から何か学ぶべきことが今の僕らにあるとするのなら、未来は決定事項ではなくて、いつも未確定なんだってことだよ。それはいつも僕らの選択次第だってこと。当時のレネが警告として受け取っていたヴィジョン:破滅の予兆が現前した時でさえ、僕らには記憶の伝達、記録媒体としての粘菌という新しい可能性が残されていた。そうして今に繋がっている。
僕らの魂は本当に気が遠くなるほどの長い長い時間を旅してきて、ここにこうしてまた集うことになったんだ。未完の課題をそれぞれに、それこそ久遠の時と距離を超えて携えてまで、こうして生まれて来ているんだよ。そしてそれは他の魂もみんなそうなんだということ。それぞれに魂の課題がある。そうしてみんな切磋琢磨して魂の発達課題を、自分自身の魂のバランスを達成しようとしている。僕らの永遠の故郷──こうしている今この瞬間にも、その遥か彼方にあって僕らを常に呼び、導きつづけているオメガポイント──僕らはそこへとそれぞれに目指しているんだよ」
こうしている今この瞬間にも──私はその言葉の響きを何度も味わうように、確かめるように、反芻した。
「僕はちょっとリクとカイの様子を見て来るね」
レネ君はそう言って、ひらりと身軽な身のこなしで駆けて行った。たたた……と軽やかな足音を立てて廊下へ向かう彼の可愛らしい後ろ姿を目で追ってから、私は聖一さんを見上げた。
「どうかした?」
私を優しく見つめ返してくれる彼に、私は尋ねた。
「私にとって、遠くから導く星のような存在は、いつもあなただった気がするのだけれど」
彼は少し微笑んだ。
「それを言うなら僕にとっては君がそうだったよ」
「からかわないで」
「からかっていないよ、言ったでしょう、僕は君を呼ぶ呼び声だけれど、君も僕を呼び覚ます呼び声だったんだって」
「それは知っている」
「僕らは互いに道標を贈り合っていただけだよ」
彼はその透明な眼差しで私を見つめた。そうして言った。
「君が僕にある種の憧憬のようなものを抱いているとしたら、それは幻想か、もしくは君自身の黄金の影、未来の君自身の姿、どんぐりを呼ぶ樫の木の姿のようなものを僕に見ているからだと思うよ。僕はあくまでも橋渡しに過ぎない。単なるガイド役。魂の旅の仲間だ。君を本当に導くのは、遥か彼方にある僕らが目指しているオメガポイントで、それ以外の姿は全て仮初めの姿でしかないんだよ」
私が少し驚いて瞳を見開いたら、彼は笑った。
「何故、今こうして僕が君にこれを話しているかわかる?」
──何となくわかるような気がした。でも認めたくないような、そんな妙な抵抗感が自分にあるのにも気づいていた。私が黙っていると、彼は私の頭をぽんぽんとたたいてから
「レネの話を聴いていたでしょう。レネは長老が亡くなっても、その姿をいつも心の奥で追い求め続けていたんだよ。それこそ幼子が慕い恋うるような気持でね。そしてそれが彼の致命的な甘さにもなってしまった。本来なら遺言を糧に独り立ちをして、自分自身のヴィジョンをしっかり見据えて育んでいかなくてはならなかったのに、それを間違えてしまった」
言ってから、私の瞳を覗き込んだ。
「僕の言っていることがわかる?」
私はため息をついた。そして観念したように、頷いた。知ってたよ。そんなの。
「まだまだ僕は君の傍にいられるけれど、いつまでもというわけにはいかない。それは君もよく知っているはず。君は僕のラストダンスのパートナーだって、随分前に伝えているからね。それはつまり、覚悟をしておきなさい、という事なんだよ。僕らは、どんなに大切な仲間であれ、家族であれ、愛する人、自分を導いていくれる師、愛する我が子、どれほど愛おしい存在、決して失いたくない存在であっても、いつか別れる時が来る。そうして、いつも本当は、自分の道を一人、歩いている。それを君はよく知っているはず。惜別の悲しみや喪失した対象を恋うる心に流されていてはいけない。自分の道を見失ってはいけない。悲しみに沈んではいけないとは言わないけれど、そこからきちんと時期が来たら立ち上がるんだよ、自分の足でね」
私は涙目になりながら「そんなの、知っているよ」と言った。
「よくできました」
にっこり笑ってそう言って、彼は私の頭をまたぽんぽんとたたいて、それから、「このことを、忘れてはいけないよ」と念押しした。
私は瞳に湛えきれなくなりそうな涙をこらえながら黙って頷いた。ぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。聖一さんはガラス戸を開け放ち、少し涼しくなった夕方の風を入れてから、振り返った。
「そろそろキイナと克己が来る頃だと思うから、母屋ではなくて、ここでみんなで一緒に夕飯でも食べようか。海と陸君はたぶん今は食べ物を受け付けないと思うからこのまま寝かせておくけれど、外から君達の賑やかな声が聞こえているほうが、彼等にとって現実に戻って来る手助けになると思う」
快い森の香りをのせた風がさあっと中に入って来て、熱くほてっていた私の目や額や頬の余分な熱を気持ちよく奪っていく。冷ましていってくれる。すっきりと風が洗い流してくれる。
「うん、そうしよう」
私は笑って答えた。




