10
海と陸をベッドに休ませてからリビングに私達は集まっていた。そうしてレネ君が話してくれた。
「君が亡くなった後、犯人を始末したのはカイだよ。でも暴走したんだ。そのまま他の共同体の味方に紛れ込んでいたスパイまでどんどん能力を使って暴き立てていったのはいいけれど、その処分の仕方はあまりにも情容赦がなかった。自分の衝動を制御できなくなってしまって、本当に皆殺しみたいに次々と処分をしていったんだ。そのあまりの容赦のなさに、たとえスパイやテロリストであっても更生を望む者にはチャンスを与えるべきだ、という意見もあって、僕らの仲間の中でも意見が分かれていた。特にスパイやテロリストになるために育てられた子供なんかもいたからね。
カイは子供であっても容赦なく殺していった。そのスパイによるテロ工作で自分の家族、特に子供を殺された人もたくさんいたから、カイのやり方を支持する人の方が多かったのは事実だ。そうでなければ、いくらカイだってそこまでやり続けることはできないし、他のみんなも協力したからこそ、どんどん味方に紛れ込んでいたスパイを見つけていくことが出来たわけだから。それくらい、仲間に紛れ込んでいたスパイが沢山いたんだよ。そして、彼等が隠れて行っていたテロ工作によって残虐に殺されていた仲間はそれを遥かに超える膨大な人数だったから」
私は信じられないような気持だった。あの夢の中のカイは、神殿の仕事である癒しの仕事や、本来なら私たち星の地図持ちの子たちがしなくてもいいような命を削るような仕事でも、切り捨てることが出来ないようなところがあったから。彼はとても優しい、献身的で、どこか自己犠牲的なところのあるひとだったと思う。そんなひとが?
「もし衝動に駆られて自制できずに暴走したとしても、海なら反動がその分必ずあったはずでしょう」
私がそう言うと、レネ君は頷いた。
「そう、その通りで、カイは功績を上げれば上げる程に自暴自棄になっていった。それでまた情容赦がなくなっていったんだ。君達はセイと一緒に遠隔地にいる世界中の仲間と惑星規模のエネルギーの橋を架けていたから、そのエネルギーのネットワークを使って、しらみつぶしに味方に紛れ込んでいたスパイやテロリストを炙り出していった。そうして皆殺しにしていった」
閉口している私に、聖一さんが淡々と教えてくれた。
「剥き出しの闘争本能がどういうものか分かる? 生存のための本能や野性の力は必要なものだけれど、それが自制を欠くと、一旦暴走した自身の行動がそこに更に燃料を注ぎ込んでいく半永久的な燃料機関になってしまうんだよ。自分でも止められなくなるんだ。自分の命が尽きるか、強制的に止まらざるを得ない状態になるか、そのどちらかになってしまう。海はその状態になってしまったんだ。常に体は戦闘状態だから休息もろくにとれない。とれるとしたら本当に身体的な限界で強制的に意識を失ってしまった時間だけ。その分もの凄い集中力で目的達成に向かう。どんどん命を削りながらね。
海は殆どの味方に紛れ込んでいたスパイやテロリストを殲滅してしまった。それも数日のうちにだよ。それには僕らが繋いでいたエネルギーの架け橋が使われた。今迄、星の地図の子として育てられた僕らは、その力を平和的な利用の仕方でしか使った事が無かったし、防御以外の闘いに使う事は考えたこともなかったんだ。使えることを知らなかった、と言った方が正しい。でも今回は海が引き金を引いたけれど、実質はそれに賛同したからこそ、みんながそれに協力をしたんだ。その力を戦闘の為に使う事、敵の命を奪い傷つけることの為に自分達の力を使う、みんながそれを決意したからこそ、海はそのエネルギーの架け橋を使うことが出来た。
それはつまり、今まではせいぜい味方を癒したり防御の結界を張るだけの平和的な存在だった僕ら能力者が、支配層から人工知能を搭載した極小の精密機器にピンポイントで標的として狙われる未来を引寄せてしまったことを意味していた。そこからはどんどん結界が崩れていくし、今まで以上に味方もたくさん亡くなる惨劇に繋がっていった。どの道僕らは全滅したと思うけれど、その時計の速度を自ら早めてしまったんだ」
「海はどうなったの」
私が尋ねると、聖一さんは目を伏せて躊躇いがちに、「……もう殆ど狂っていたみたいな状態だったから、誰も手が付けられなかったのだけれど……」その彼の言葉の後を引き継ぐようにして、レネ君が教えてくれた。
「でも、正気には戻ったよ。少なくとも僕が死ぬまでは正気に戻った彼とちゃんと協力できたから。きっかけは君のホログラムだったんだ。カイは君の殺害現場に建てられた棺室には毎日行って、そこで菌床の様子は確認していた。子実体が出来てからは必要な光の波長がもっと中に入るように建物を改築したし、彼は全く狂っていたわけでもなかったんだよ。ただ闘争本能だけが制御できなかっただけで」
私が少しほっとしていると、聖一さんが続けて教えてくれた。
「……味方に紛れ込んでいたスパイやテロリストの殲滅を終えて、海がいつもの様に棺室にやって来たときに既に彼は体力や精神力の限界を迎えていて、中に入った途端意識をその場で失ったんだ。そうして彼は夢を見ていた。そこで君と過ごした事やなんかを思い出していたんだろう。その夢の中にいる海の呼びかけに、多分粘菌が反応したんだ。神殿で君が捧げていた古の自然を蘇らせる詠唱が辺りに反響して響き渡るように聞こえる中で、彼は目を覚ました。半分夢うつつで。そうして、苔むした深い緑の壁や天井と、古代の原生植物が辺り一面に生い茂る中で粘菌が空気中の微粒子を使って創り出した、祈りを捧げる詠唱を口ずさみながら舞い踊っている君の透き通った幻影を見たんだ。
初め彼は夢を見ているのだと思った。それから自分は死んだのかと思ったんだ。そうしてそのままその場で座り込んでその君の詠唱と祈りの舞をただぼんやりと眺めていた。そうしてそこで踊っている透き通った君に話しかけた。祈りの舞のそこの手の形が違っているよ、とかそんな事だったけれど、そうしたら、目の前の君は詠唱をやめて、彼に応えたんだ。
──うるさいな、このくらいたいしたことないよ、いつもの様にそう言って、ふん、と鼻息も荒く口答えしてから、またいつもの様に歌って気持ちよさそうに踊り始めた。
それで彼はまた目の前の君にいつもの様に話しかけた。
そうするといつもの様に君が返答する。
幼いころから繰り返された見慣れた日常のやりとりが寸分違わずに目の前で再現されたんだ。子供の頃の君だったり、もう少し成長した君だったりと、姿を変えては何度も彼の呼びかけによってそれは再現された。
それで彼は段々意識がはっきりしてくると同時に目の前で起こっている事の意味に気づいたんだ。粘菌が自分の呼びかけに反応して幻影を再現させているという事実にね」
そうしてレネ君が私に言った。
「そこからはカイは目の前の新しい事実に関しての緻密な調査研究を僕らと協力して始めたんだ」
なるほど。そういう事があったのか。私が聞かされた内容について反芻していると、聖一さんは、淡々とした声で続けて言った。
「──容赦のない急激な刷新や情容赦のない敵の殲滅は後に必ず禍根を残す。それは一時的な勝利にすぎず、そして度を越した過ぎた行ないは後に必ず大きな問題を呼び込む──そのときにはもう既に闘いをここで止める事のできない、一旦始めてしまったらもう二度と引き返す事の出来ない終わりのない闘争が始まっていたから、僕らは時間との闘いの中でそれをする事になった。
……彼はずっとそのことを後悔していた。それはみんなが望んだ事だからこそ始まってしまった事ではあったものの、彼が結果としてそれを先導してしまった事実には違いがないから。その終わりのない闘争は今まで戦うことに自分たちの力を使ってきたわけではない星の地図を持つ人々をどんどん消耗させていったし、人工知能を搭載した極小の精密機器に標的にされ、本当にどんどん死んでいった。僕らが協力して張っていた防御の結界も崩れてしまって、他の人々も他の生きものもどんどん死んでいったし、殺されていった。僕らは後戻りのできない戦禍の火蓋を自ら切って落としてしまったんだ」
レネ君が肩をすくめて言った。
「仕方ないよね。でもどの道、闘いなんか始めても僕らには勝ち目なんかなかったんだ。だからそれが早いか遅いかだけだったんだよ、そうして僕らは自らその時を早めただけだった。それを止められなかった能力者以外の僕らにも同じように責任はあったんだ。それに、どうやってもセイが始めから予想していた通りに僕らの全滅は避けられなかったと思うよ。僕は君達に話したことがなかったと思うけれど、長老が亡くなる時に遺言を受け取っていたんだ。この戦争を止める方法についてのね。でもその意味に僕が気づいた時には既に手遅れだったんだ。だから、どの道みんな死んだと思う」
私と聖一さんは、レネ君を黙って見つめた。彼はちょっと瞬きをして、可愛らしく小首を傾げて
「ごめんね、話しておけばよかったのかな?」
私は彼に尋ねた。
「それはいいけれど、一体どんな遺言だったの?」
「それは言葉ではなくて、ヴィジョンを通して伝えられたものだったんだよ」
そう言って、彼は続けた。
「どこまでも広がる緑の大地と、沢山の生き物と、そこで暮らす僕らの日常生活の様子だった。そのヴィジョンはその日常生活の年単位の月日の移り変わりも見せてくれた。その中ではその頃にあった街の様子は見えなかった。もっと小規模の共同体の生活で、先進的な技術的建築物もあったけれど、共通していたのは必要以上に生物からの力を採らない、環境的にも全体的なバランスのとれた生活様式だった。
僕らの霊的修行も色んな人が日常的に行っていて、君たち星の地図を持つ人々も一緒にそれを指導側に立って世界中で行っていた。多分僕らの霊的な伝統修養法と君達の持っている星の地図のバランス的な魂の発達概念の融合みたいな事をしていたんじゃないかな。
その世界には、後に三つの支配層が造った隔絶された彼等の独立国家は見当たらなかった。そんなものは存在していなかったんだよ。世界中に小規模な、環境とのバランスと自分達のバランスを微細なレベルにまで徹底的に調整して保った共同体があっただけだった」
「気づいた時には遅かったというのは?」
聖一さんが尋ねると、彼は簡潔に答えた。
「支配層が三つの隔絶された独立国家を作ってしまった事だね」




