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味方に紛れ込んでいたスパイであるテロリストに惨殺された私は、その意識が途切れるまで自分の能力を使いながら(夢の中でそうだと認識している)海と聖一さんに最期の力を振り絞って必死に呼びかけた。──今すぐに研究所の粘菌を全てここに持ってきて。緊急事態だから、と。
幸い私が凶行に遇ったのは研究所からそれほど遠く離れていない場所だったので、私の意識が保たれている間に海と聖一さんが運べるだけの粘菌の容器を持って駆け付け、私の姿を見て絶句していた。多分もの凄い状態なんだろう。自分では見ることが出来ないのが残念。もしかしたら四肢もバラバラになっているのではないかと思う。自分の能力を最大限に使っても意識を繋ぎとめるので精一杯だった。もちろん辺り一面が私の体液で浸されている。
──私の意識があるうちに、その子たちを私の体の上に放して。外に出てもあなた達が呼び掛ければこの子たちはちゃんと戻って来るから大丈夫。早く、急いで──そう伝えると、聖一さんは黙って素早く行動した。海は呆然としていたけれど研究者の彼は私が望むことをすぐに理解した。そして行動に移してくれた。それが私には本当に有難かった。
──ありがとう。私がそう伝えると、彼は「必ず成功させる」と私に約束した。それで安心して、あとは私の細胞で育った粘菌たちが私の体をひんやりとした微かな重みで覆っていくのを感じながら薄れていく意識の中で彼らに伝えた。
──痛みを感じていないから安心して。むしろ、今はすごくいい気持ち。こうして意識を保っているのが難しいくらいに溶けていきそうだよ? これだけのご馳走を食べたら粘菌たちも沢山育つだろうし、この意識も何かの欠片がこの子たちに残るかも。楽しみにしていてよ──
しばらく私は薄れながらも意識を保っていたので、かなりの衝撃を受けたまま立ち直れずに傷ついている彼らの感情のさざめく波を感じながら(目はもう見えなかったので)、彼等に実況中継と共に冗談も伝えられたほどだった。でもそのうち、本当にほどけるように意識が溶けていった。大きな何かに溶け込んでいくように。そして本当にそれはとても気持ちがよかったのだ。目を閉じているのにとても眩しい光を感じた。凄く強い光。それが私を優しく温かく見守って包んでくれているようだった。それはとても安心して、懐かしい、不思議な心地だった。逆らい難い心地よさに、うっとりと私は何もかも手放す。本当に何もかもを──
私はそれを見つめている透明な目だった。そしてそれを感じているそのものでもあった。
すごく気持ちいい。もう自分を手放していい。何もかもを手放して大きなものに溶け込み、永遠の故郷へと還って行くのだろう──抗い難いような惹き込まれるような呼びかけで、ずっと私を呼んでいる──久遠の恋うる故郷へ。
言葉にできないこの感覚を言語化するとしたら、こんな感じだと思う。 〈私〉がそう感じているのを、私は見つめていた。
そうして目が覚めた。
夢の中で臨死体験をしてしまったらしい。
それから私は、何故か、聖一さんに会いに行かなくちゃ、と思った。彼はこの後の事を知っている。それを私は聴かなくてはいけない。知らなくてはいけない。そう強く思ったのだった。
それから、はたとした。
ちょっと、私、大事な事伝え忘れてるじゃん。味方に紛れ込んでいる犯人のスパイ/テロリストを教えないといけないでしょうに。何やってんの!!
今更悔しく思うのだった。
こちらの動くに動けない困った事情(つきまとい被害に遭っている事)を説明し、何とか聖一さんにお会いできないかお伝えしたら、桜澤家の彼の仕事場で会おう、という事になった。もし私につきまといがくっ付いて来ても、桜澤家なら家族も多い(桜澤家の離婚危機は無事回避された)し、勝手に敷地に入ると目立つし、道場に通う子供たちの為に防犯カメラも何台か設置されている。そして剣豪や各種武道に秀でた家族もいる。防犯の面でもそんなに心配しなくてもいいだろうから、と。
それで聖一さんに会いに行く、と海と陸に伝えたら、やはりというか、二人とも一緒に行く、と言った。陸は聖一さんとは初対面だけれど、海から話を聞いてはいるので興味津々(きょうみしんしん)だった。こんなこともあろうかと、もしかしたら二人が一緒に行くかもしれないと伝えてあったし、聖一さんも快く了承してくれていたので、週末に私達は桜澤家の聖一さんの仕事場にお邪魔することになった。もちろんキイナにも連絡して、久々に彼女とも桜澤家で会えることになったので私はとても楽しみにしていた。
当日、付いてくる不審な車はいないようだったけれど、田村さんの話では集団で入れ替わり立ち代わりストーキングをしているとの事だったので、わからないだけなのかもしれない。私達は道場の方の駐車場に車を停めさせて頂いて、桜澤家の敷地内にある聖一さんの仕事場で彼と会った。
「リク久しぶりー!」
聖一さんに一緒について来ていたレネ君が陸に機嫌よく手を振ると、「おう」と陸も機嫌よく返事していた。
はじめまして、と緊張気味に陸が聖一さんにご挨拶をすると、彼はにっこりして「よく来たね」と温かく迎え入れてくれた。海は「なんかここ知っている」と言うので、「ここは向こうの家の縮小版で同じように造った家なんだって」と説明した。明るい光がレースのカーテン越しに燦々(さんさん)と降り注ぐ暖炉の有るリビングルームに通して頂いて、ふかふかのソファに身を沈めると「なんだかデジャヴが」と海は言っていた。陸は如才ないレネ君に緊張をほぐしてもらいエスコートしてもらっている。
テーブルの上には既にたっぷりの氷と二層に分かれているアイスティーの入ったガラスのティポットとグラスが用意されていた。私達がお渡ししたお土産の大きな苺も洗ってガラスの器に入れてテーブルに、そしてそれぞれに美味しそうな上品なケーキも出して頂いたので、私はそれらを運ぶのをお手伝いした。
「美味しい!」
海と陸はアイスティーを一口飲んで目を丸くしていた。
ふふふ、そうでしょう。聖一さんが作ってくれるこのアイスティは、フレッシュグレープフルーツと紅茶の爽やかなコラボレーションが素晴らしい、香りのよいすっきりした飲み物なのです。カリフォルニア・ウィンディというのです。何故か私が自慢げに説明した。
「お代わりはいる?」
親切にそう言ってくれる聖一さんに、二人とも「頂きます!」と二杯目を注いでもらっている。
私はまだ一杯目を味わっているので、後でしっかりお代わりを頂くつもりである。
「キイナも後で顔を出すって」私がそう言うと、聖一さんは「うん、彼氏も連れて来るって言っていた」。 しばらく近況について質問されたりしていたので、私達三人は代わる代わる説明したりしていた。レネ君はその間静かに私達の話を聞いていた。
──で、一段落したところで(例の夢の続きの話の)本題に入ろうとしたら、レネ君がすっと切り出してくれた。
「セイ、カンナは自分が死んだ後の事を聞きたいみたいだよ」
海と陸には事前に簡単に話してあったので二人とも興味津々(きょうみしんしん)という表情でいる。もし前世があるとしたらの話で、しかも宇宙人らしき前世なんて、それに自分達も関わっているなんて、信じるか信じないかというよりもとにかく面白そう、興味津々、彼等の反応はそんな気楽なものだった。
聖一さんは少し黙って、あの透明な瞳で私をじっと見つめていたけれど、
「思い出したんだね」
ひとこと言ってまた黙った。
思いの外沈痛な空気に、さっきまでわくわくしていた海と陸もあれ? という感じ。私ももちろん同じだった。レネ君が助け舟を出すように言った。
「セイの方があまり思い出したくないんだよ。君の最期の姿があまりにショッキングだったから」
「あ、そうなの? ごめんなさい?」
言っても、そんな遠い遠い夢の世界のような話なのに? と思いつつも、かなりのスプラッターだったのかなあ、とか呑気に考えていた。
しばらく黙っていた聖一さんは、淡々と話してくれた。
「──僕らは菌床になった君の殺害現場を大きな棺室の様に建物で囲って封印し、そこで粘菌を増殖させた。後に殺されていった仲間を運んで来たりもしたけれど、最終的には粘菌を自由に移動できるようにした。君の意識の欠片と言ってもいいものは粘菌の中に受け継がれていたよ。精確に言えば、君の記憶が粘菌の中に摂り込まれていたんだ。それは超高温下でも超低温下でも保持された。僕らの記憶──この戦争がどういう風に起きて、そしてみんながどういう風に死んでいったか、僕らの星がどの様に滅んでいったか、粘菌がその記録媒体になることがわかったので、最終的には粘菌が自由に移動できるようにしたんだ。どんどん仲間が死んでいったけれど、その記憶は増殖した粘菌がどんどん貪欲に摂り込んでいったから」
そうだったんだ。何となくほっとした。彼の念願だった研究は成功したんだ──聖一さんは、同じ悲劇の繰り返しにならない様にとの願いを籠めて、私達の意識や何らかの情報を後世(があるとしたら)に残そうとしていたのだった。これだけ強靭な再生能力を持つこの粘菌なら、たとえこの星が滅んで惑星自体も粉々になったとしても、その微粒子に乗ってタイムカプセルの様に宇宙のどこかへと遠く旅をするはず。それがたとえ気が遠くなるほどの時間や距離だとしても。そして行き着いたそこに再生可能な環境と知的生命体があれば、この情報が何らかの役に立つかもしれない──そんな気が遠くなるような僅かな希望を籠めた、その為の研究だったのだ。
「あ、そう言えば、私を殺した犯人を知る事は出来たの? 味方に紛れ込んでいたスパイのテロリストだったんだけれど、私は最後に伝えるの忘れていたみたいで、その後どうなったのか気になっていたの」
「……粘菌が保持していた君の記憶と僕はコンタクトをとれたから、犯人は捕まえた。他の誰かが犯人の犠牲になる事はなかったよ」
「よかった……というか、記憶ともテレパシーが使えたんだ」
「粘菌に呼び掛けて記憶を出してもらう、という風に情報にコンタクトがとれたんだよ。君の細胞や体液を大量に摂り込んだ粘菌と僕はテレパシーで会話ができたから。彼らはかなり高度な知性を持っていた」
レネ君がそこで教えてくれた。
「カンナのホログラムを粘菌は創り出す事も出来たんだよ。まるで生きているみたいにカンナの姿を再現して動いたり喋ったりもさせられたんだ」
「へえ、すごいね」
「その後も、死んでいった仲間を摂り込めば彼等のホログラムを粘菌は創り出すことができたから、大切な仲間を喪った悲しみを僕らはそれで慰めていたりしたんだ。それは幻想であっても、残された僕らにとっては唯一の心の救いだったから──本当は伝えたかったこと、あやまりたかったとか、お礼を言いたかったとか、色々心残りはどうしてもあるからね」
そうか、そうだったんだ。
何となくしんみりしていたら、目の前でぶっ飛んだ会話が進行するのをただ目の当たりにしていた海と陸の様子が何となく変だった。
「どうしたの?」
二人は神妙な面持ちで「何でなのかわからないけれど、その話、知っている気がする。すごく妙な気分になる」「妙に重い気分になるんだ、どうしても。何だか胸が重苦しい」と口々に言った。
「そうなんだ。まあ、海は私の最期の姿を目撃しているしね。かなりショックだったみたいだったし」
何か悪い事したな、と思いながら私がそう言ったら、海が突然、ぽろっと涙を流した。そうして「あれ?」とか言っている。自分でも驚いているのだ。泣くつもりもなかったのに、勝手に出て来た涙に本当に驚いているという感じ。私にも覚えがあるのでよくわかる。海はそのまま、ぽたぽたと涙をひとしきり流していたけれど、しばらくして止まったみたいだった。陸は神妙な顔をしたまま黙り込んでいる。そうして私に尋ねた。
「何か、沙羅もそこにいた気がするんだけど……」
私は驚いた。
「うん、そう。沙羅もいた。沙羅は陸と双子だったんだよ」
「……なんだろう、もの凄く妙な感じだ」
頭痛がする、と言って、陸は青い顔をしていた。海も似たようなものだった。具合の悪そうな二人に聖一さんは言った。「今日はここに泊まっていったらどう? 寝室と客室があるし、好きに使っていいよ。僕とレネは母屋に泊まるから。運転するのはやめた方がいい」それで私も「私はキイナの部屋に泊めてもらうから、二人ともゆっくり休んだ方がいいよ」と二人に言った。本当に海も陸も真っ青な顔をしているのだ。
「……ありがとうございます」
二人はそう言って、そうして、そのままふうっと意識を失ってしまった。本当に突然の事だった。目の前で人が失神するのを初めて見た私はものすごく驚いていた。
ソファに折り重なるように倒れ込んだ二人を見て動揺している私に、聖一さんが「一人ずつベッドまで運ぶから、神奈ちゃんはここで待っていて」そう言って、陸から肩に担ぐようにして寝室に運んで行くので、私は残された海の眠っている様な青醒めた顔を見つめていた。
何だか汗をかいていて、苦しそうだ。ハンカチにアイスティの氷を取り出して包んでから、それで彼の額に汗ではりつく髪をよけるようにして拭いていたら、海が目を開けた。ぼんやりとした表情で私を見つめているけれど、何だか私を見ているようで見ていないみたいな虚ろな表情をしている。
「大丈夫?」
声をかけると、はっとして海は起き上がろうとして、また意識を失ったのか、力なくソファに崩れ落ちる。「何でだろう、力が入らない」意識はあったらしく、目を瞑ったままで海は呻くように言った。
「熱が少し出るかも。病気ではなくて、ちょっとした知恵熱みたいなもので、多分これから色々な事を急激に思い出す時なんかにそうなるんだ。とにかく眠たくて仕方なくなるから休ませてあげた方がいいよ」
レネ君が冷静にそう言って、私に濡らしてきたタオルを渡してくれた。お礼を言ってから海の顔を拭きながら私は尋ねた。
「陸もそうなの?」
「うん、そうだと思う」
キイナの部屋に泊めてもらわずに、私もここに泊まらせてもらおうかな、そう考えていたら聖一さんが戻って来た。
「陸君は僕の寝室に寝かせてきた。海は客室に運ぶから、神奈ちゃんも一緒に泊まるといいよ。客室にはベッドも二つあるから使って。数日はここで休んでから帰った方がいいと思う。多分これから眠り続けてしばらくは起きないよ、二人とも。熱も出るかもしれない」
それで私はレネ君を見た。
「今、話していたところ」
レネ君は聖一さんにそう言っていた。聖一さんは頷いてから私に言った。
「特に海は思い出したときのショックが大きいかもしれないから、気を付けて」




