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「陸、ありがとう。助かったよ」
私の家の前で数時間前からうろうろして中を覗こうとしていた不審者を、たまたま帰省していた陸が自室から見ていて、こっそりと携帯端末で撮影して警察に通報してくれたのだった。不審者は逃げてしまったけれど撮影はしていたので、それを陸が警察に見せて説明してくれた。
私達家族はそんなことになっているとは全く知らずにそれぞれの寝室で休んでいたのだけれど、早朝だというのに何か騒がしいな? と思ったらパトカーが家の前に到着して、驚いて玄関から出てみれば、家の前で陸が警察と話していたのだった。
「普通の主婦みたいな感じの年配の女だったけれど、犬を連れていた」
その陸の証言と動画でわりとすぐに犯人は見つかるのではないかと思われたが、特に侵入するまでしたわけでもないので一応相談扱いになった。警察が帰って行ってから、母が陸にお礼と詳しく話を聴かせてほしい、ということで家に招いた。
「最初は神奈の家の前をただうろうろしていて、何してんのかな、と思って何気なく見ていたんです。神奈は以前に嫌がらせを受けているし、気になって念のために携帯端末で撮影しながら見ていたら、庭の方に行ってブロックに足をかけて柵の間から中を覗こうとしていたから、これはおかしいと思って通報しました」
母が出したお茶の湯飲みを両手ではさみながら陸はそう話していた。
両親は陸から借りた携帯端末の動画を見せてもらい、「何だろう、泥棒かな?」と不審者の行動を眺めている。
「何となくこのワンちゃんに見覚えがあるような……」
母は何度も繰り返し動画を再生させて、携帯端末の画面を見つめていた。
「陸はジョギングに行くつもりだったんでしょう、そろそろ解放してあげなよ」
私が母に言うと、母は「あ、そうね。引き留めてしまってごめんなさいね」とランニングウェア姿の彼に携帯端末を返した。
「いえ。それよりも皆さん気を付けてください。また何かあるかもしれないので」
陸は堅い表情でそう言ってちらっと私を見たので、私は黙って頷いた。「本当にどうもありがとう」両親は陸にお礼を言って彼を門の前まで丁寧に見送り、陸は会釈してから、道路の端で少しストレッチをしてそのまま走って行った。私は二階の自室の窓からそれを見下ろしていたので、陸がこちらをちらっと見た時に少し手を振った。
不審者の連れていた犬に見覚えがある、と言っていた母は、それからしばらくして朝食の席で突然、「ああ!!」と叫び声を上げ、私と父を驚かせた。父は変なところに飲みかけのお味噌汁が入ってしまったらしくて、思い切りむせていた。
「ちょっとー、びっくりするじゃないのー!」
私が怒ったら、母はお構いなしに断言した。
「あのワンちゃん、ここ最近、出かける度に見かけていた気がする!! 首輪が特徴的だったから同じワンちゃんだと思う!!!」
「え、じゃあ、あの不審者も知っているの?」
「いいえ。だってあのワンちゃんを連れていたのは、いつも若い女の子だったもの。高校生くらいの女の子よ」
「親子なのかな」
「そうなんじゃないかしら」
ようやく落ち着いたのか、さっきまでむせていた父は少し涙目だったが冷静に母に言っていた。
「一応警察に伝えておきなさい」
「ええ、そうね」
私は軽く息を付いて食べかけの朝食をもくもくと食べた。父と母は電話より直接警察署に行った方がいいかもしれないとか何やら二人で話し込んでいる。以前に奇妙な嫌がらせ被害に遭っている事(亜美ちゃん関連の事件)もきちんと説明しておこう、と言い合っているのを横目に私は、また何かあるのかなあ、と、面倒くさい、と少し思っていた。
家の電話が鳴ったので母が対応に出たと思ったら、あらまあ、と嬉しそうに言いながらお礼を言っている。誰だろう? と何となくそれを眺めながらもぐもぐしていたら、くるりと母が満面の笑顔で振り向いた。
「海君から。神奈あなたによ」
「海?」
何だろう、家の電話にわざわざかけてくるなんて何かあったのかな? と怪訝に思いながら電話を替わったら、
「あと30分くらいでそっちに着くから。迎えに行く」
それだけ言ってすぐ切れた。
今日は二人とも午後からの講義なので、午前中に私が海と陸のマンションに行く約束になっていたのだ。海が迎えに来てくれるらしいから、車かな。陸から連絡がいったのだろう、と何となく思いながら私は朝食の席に戻った。
「海が迎えに来るみたいだから、そのまま出かけるね」
「海君が一緒にいてくれるなら安心だから、帰りも送ってもらいなさいよ」
「それは海の都合もあるでしょ。午後からはそれぞれ講義もあるし」
「待ち合わせすればいいだろう」
父まで母に加勢して来たので私は適当に頷いておいた。ごちそうまでした、と食器をシンクにつけてから私は用意をするために自室にすぐに引っ込んだ。何で家の電話に、と思っていたら部屋に置きっぱなしにしていた携帯端末には海からの着信履歴がたまっていた。ずっとこっちにかけていたらしい。陸が何か大袈裟に伝えてなきゃいいんだけどな──そう思いながら手早く出かける準備を整えていたら、家の前でクラクション軽く鳴った。窓から覗くと海の車が門の前に来ている。
両親から海と陸へのお礼を言付かって私が彼の車に乗り込むと、、珍しくキャップを被っている海がいた。パーカーにデニム姿のラフな格好で、それは似合っているとはいえ、いつもの海より幼く見える。高校生くらいの少年のように見える。
「どうしたの、何か若々しいね」
「失礼な。いつも十分若いだろうが」
「知っているよ、同じ年なんだからさ」
言いながら私が彼の頭に目をやると、後ろ向きに被っているキャップを指さして海は言った。
「寝癖直す暇なかったから」
「そんなに急がなくてもいいのに。陸が何か大袈裟に言ったんでしょう」
「以前の事もあるからな。気をつけるに越したことないだろう」
「そう言えば、母が犯人の連れていた犬を他でも目撃していたらしくて。案外不審者はすぐに捕まるかも」
「そうならいいけど」
マンションについてすぐ、朝食がまだだという海の為にお礼に簡単な朝食を作った。海は戻ってすぐにシャワーを浴びに浴室に行ったのでその間に手早く用意していたら、濡れた髪をタオルで拭きながらダイニングルームに入って来た海が「しばらく家に泊って行けば? 大学への送り迎えはするからさ」と私に言うので「そこまでしなくてもいいよ」と私は断った。
「レポート提出の為の資料も家にあるし、家に帰るよ」
「じゃあ、俺が実家に戻ろうかな」
朝食の席についてそう言った彼にお茶碗にご飯をよそって手渡しながら私は呆れていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「いや、何か嫌な予感がするんだ。気をつけるに越したことないよ」
きっぱり言われてしまって私は閉口した。
そんなこと言われたら、ちょっと不安になるじゃないの──表情を曇らせた私に押し付けるように彼は言った。
「とにかく何かあったらすぐに連絡しろよ」
「わかったよ」
朝食をぱくぱくと食べる海の気持ちいいくらいの食べっぷりに、とても健康的な食欲だわ、と何となく感心しながら、私は彼の前に座ってお茶をすすっていた。
「実家に戻るんなら、朝ご飯は私の家に食べに来れば? 海の御両親は朝は遅くまで休んでいらっしゃるか、出かけていないかでしょう」
母も喜ぶだろうし、海と陸にお礼もしたがっていたし、ちょうどいいかも。そんなことを思いながら何気なく私がそう言うと、海は少し考えてから手に持っていたお茶碗とお箸を机の上に置いて、「それは嬉しいけれど、どっちかというと、神奈が家に作りに来てくれる方がいいな」
「ならそうしてもいいけれど。でも朝早くからお邪魔していいのかな」
「大丈夫。しばらくうちの両親は撮影旅行で海外に行っていて帰って来ないし。何なら神奈が実家の方に泊まりに来てくれてもいいし」
「実家の方なら隣だから資料もすぐに取りに行けるから構わないけれど……でもご両親がご不在の時に上がり込んで泊まり込むのは何だかなあ……」
私が渋っていると、海が「わかった」そう言って席を立って自室に行ったと思ったら、しばらくして戻って来て「親にOKもらった。遠慮せずに使っていいって言っている。空いている客室を自由に使っていいってさ」
海は一旦決めると行動するのが早いからな。妙に感心しつつ私は「なら、私も親に話してみるよ」。私と海が付き合っている事は両親も知っているけれど、実は今まで私が外泊するときは友達のところに泊まる事になっていたのだ。母は反対しないと思うけれど、多分父が反対するから。でも隣となると、隠すわけにもいかないし。
「以前お世話になった弁護士さんにも連絡して何かあったらすぐに連絡できるようにしてあるから」
そう言って、海はまた食べかけの朝食の続きに手を付けた。私は少し考えてから、彼に以前あったことをかいつまんで話すことにした。
「そう言えば、レネ君がここに初めて泊まりに来たあたりの事なんだけれど、地域で防犯といっておかしな依頼がされることがあるという話を母から聞かされたの。ある人の後をつけてほしいとか、こっそり写真を撮って送ってほしいとか、指定したところで待ち伏せして咳ばらいをしてほしいとか」
海はごくん、と口の中のものを飲み下して、私を見た。
「何だよそれ、気持ち悪いぞ」
「うん、そうだよね、でもこれって、いじめ嫌がらせネットワークをカルトや反社なんかが作っていて、一般の人にアルバイトとか防犯だと唆して、いじめ嫌がらせビジネスやカルトテロリズムのテロ工作に協力させているものなんだって」
「何でお前はそんなに詳しいんだよ」
「レネ君が教えてくれたんだよ」
海は黙って私を見つめた。それからおもむろに尋ねた。
「それって、以前の階堂が起こした事件に関わっていたやつらも関係あるんじゃないのか」
「そうみたいなの」
「まじか。……というか、何でそれ、すぐに教えないんだよ」
「お互いにあまり思い出したくないでしょ」
海はまた黙り込んだ。
──本当はこうした物事に関してもっと深い事情も知っているけれど、聖一さんの相談業務で知った事も関わるので守秘義務もあるし、それに何より、こんな物騒な話に海や陸、そしてもしかしたら沙羅までもを巻き込むようなことは絶対にしたくなかったからもあった。
「それなら、尚更身辺に気をつけるに越したことはないよ。言っただろう、何か嫌な感じがするんだよ。陸から話を聞いたときから、ずっとそうなんだ。別に陸は大袈裟に話していないと思うよ。あった事を伝えて来ただけだし」
海はそう言って、「大学への送り迎えも俺がする」。やけにきっぱり言い渡された。そんなこと言ったって、海だって講義があるじゃないか、と思っていたら、もの言いたげな私の表情を読んだのか、「俺の方の講義やなんかは、そんなの何とでもする」と、またきっぱり言い渡された。




