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夕食時に私とレネ君はお昼に話していた事を聖一さんに話していた。彼はあっさりと「あ、そうだったんだ」と言って、「僕も何となく知っているよ、それ」と当たり前の様に答えた。
えええ、そうなんだ。
私は言葉をなくしてレネ君と聖一さんのやり取りを眺めていた。
「セイより先に僕が死んでしまったみたいだから、その後の事はわからないんだけれど、でもどのみちみんな助からないってわかっていた中で僕は死んでいったから」
「うん、そうだね。結局僕らはみんな助からなかったと思うけれど、でも僕ら以外の生命は何がしか生き残ったかもしれない。ただ僕らのような生命体はとても生きて行ける環境ではなかったし、別の星に移住もできなかったはずだよ」
SF映画のストーリーや感想を夕食の話題にしているかのような二人の自然さにくらくらしそうだった。
「私はどうなったの?」
私が尋ねると、二人はぴたっと動きを止めた。本当にシンクロしているみたいに。それからレネ君が私を見つめて淡々とした口調で言った。
「君は僕らよりずっと先に亡くなっている。戦争で殺されたんだ」
「あ、そうなんだ」
特に何の感慨もなく私がそう言うと、聖一さんは私を見つめて黙っていた。
レネ君は、話題を変えようとしたのか、
「それよりさ、カンナから聞いたんだけれど、星の地図の話、あれ、僕にも教えてよ。セイから詳しく聴きたいな」
「あ、私も知りたい。私が夢の中のことで覚えているのって殆ど(ほとんど)がうろ覚えで、本当はもっとたくさん色んな事を教わっていた気がするんだよね」
聖一さんは少し考えこんでいたけれど、次の様な事を私達に話してくれた。
「星の地図の正三角形やその対でできる星型は円環を表しているのは確かにそうなんだけれど、それは平面的なものではなくてもっと立体的なものだったと思う。多分最終的には全てを包括するような球体のようなものを目指していた概念だったのかな。どこを起点にするかで上下左右が決まるけれど、それにはその人自身の全ての達成すべきバランスが含まれていて、上下だと上昇ないし還流、下降は流出を示していた。左右は個と共を示していたけれど、それも本質的には上下と同じものが水平的になったようなものだったと思うよ」
わあ、何か難しい。抽象的過ぎてついていけない。
閉口している私の隣でレネ君はその表情を輝かせていた。
「面白そう。もっと知りたい」
私は微妙な疎外感を感じながら、黙って目の前の皿の野菜をつついて(ちょっといじけて)いた。
「この世界でも全く同じではないけれど似たような概念はあるよ。プラトンから続くヴィジョンの伝統を受け継いだプロティノス(205-270 CE)という思想家がいるんだけれど、彼が提唱していた、生命と神の泉、存在の源泉、善の原因や魂の基底という比喩が用いられた一者についてと多者についての概念なんかがそうだね。
ちなみに一者というのは二を構成する単位としての一を表すのではなくて、非二元を表しているんだけれど、簡単に言うと、非二元とは、サンスクリット語のアドヴァイタを訳したもので、英語だとNon‐Duality, あるいは、Not Two, 分離していない状態を指すんだ。そして、二元性というのは、主体と客体、善と悪、自己と世界等の区別の状態を指す。
で、プロティノスに話を戻すと、生命と神の泉、存在の源泉、善の原因や魂の基底は一者(非二元)から流出するけれど、それで一者が減少することはない、スピリットは万物を発生させるだけではなくて、スピリットが万物だと彼は言ったんだ。非二元の伝統におけるもっとも重要な項目は『一者のみがリアルで、多者は幻影である』だけれど、一者とは多者であって、世界そのものである、と言ったんだよ。スピリットは切り刻んだり分割されるのではなくて、天体は広大で多様だけれどスピリットの力によってひとつだ、と。
自己の成長とは、その段階ごとにより多くの「外界」を自らの内部に包摂していくことでもあって、より多くのものを外に閉め出すことではない。霊魂はこの広大な天体のあらゆる点に自らを与えて、偉大なものも卑小なものにもあらゆるものにその存在を顕現しているから。プロティノスは宇宙を存在の生きた連鎖、上昇と下降の存在のとぎれない連鎖だと考えていた。
つまり、一者へと還る上昇が還流で、多者へと流出・創造するのが下降。低位から高位に手を差し伸ばす上昇する愛だけではなく、高位からの下位への思いやりとして表れる慈悲やアガペーと言われる愛、この二つの愛が相まって宇宙における愛の広大な円環を形作るのだと」
──星の地図の正三角形の対が重なった円環が表している概念と同じだ──全ては理解できなくとも、それだけは私にもわかった。
レネ君は聖一さんに言った。
「なるほど、どちらか片方では宇宙や世界の半分でしかないということだね」
「そう、その通り。そして本当は、その分裂や疎外が世界のあらゆる問題の根源にある。人が自己の内部を分裂させて疎外していればいるほど、その人物は外界(環境)にとっての脅威になってしまうから。自分では気づかないでいても他の存在に対して破壊的に犠牲を強いるようになってしまうんだよ。僕らは誰もが完ぺきではなくてみんなが成長途中。切磋琢磨し合いながらの魂の発達途上にあって、だからこそ僕たちはまず、自分自身のバランスの達成を真摯に心がける必要がある」
レネ君は頷いた。
「それは僕もよく解るし、賛成するところだね、犠牲のシステムの根源がそこにあるからね」
私は聖一さんに尋ねた。
「私達の星の地図では水平的にも示されていた、個と共はこの世界だとどうなるの?」
「それは一番わかりやすく言うと女性性と男性性の特徴としても顕れていて、でもこれはあくまでも便宜上の区別でしかないけれど、一般的なイメージとして男性は自主性、正義、権利に基づく傾向があって、女性は関係性や思いやり、責任感に基づく傾向があるでしょう。
男性はエイジェンシー(自律性)に従う傾向、女性はコミュニオン(共同・交流性、感応性)に従う傾向があるんだけれど、それは一人の個人の中でも両方達成されるべきバランスの指標として示して在るもので、男性であっても自分自身の女性性を、女性であっても自分自身の男性性を包摂してより個人としてバランスを達成する必要がある、これが神奈ちゃんの指摘した概念に相当するものだと思うよ」
なるほど、と私は納得した。とてもわかりやすい。
「僕たちの滅んだ星の元にあった支配構造は、これを意図的に僕らに隠して分解して分裂させることでその既得権益や支配構造を強化していたけれど、この世界でもそれは殆ど同じだと言ってもいいと思う」
「──つまり、私達が生きている今のこの世界も、同じ道を辿ろうとしている可能性が高い、と?」
私がそう尋ねると、彼は私の目を見つめて淡々とした口調で言った。
「そうだね」
レネ君も頷いた。
「だから、自分達でできるところから犠牲のシステムを終わらせていく必要があるんだよ。犠牲のシステムは、端的に言えば、つまりは相手の存在を貶めたり否定することで問題解決の為に収奪や搾取を正当化する道であって、僕らの星を滅ぼした支配構造そのものと同じ破滅への道のやり方なんだよ」




