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「本来なら休息をとり体や心を休めるはずの被害者の家をまるで虐殺用のガス室のようなものに変えてしまう様な狂ったテロリストの集団に一体どう対処すればいいの?」
カルトが行なうテロリズムは本当に悪質だ。様々な技術を使って分かりづらいように被害者に健康加害を行なっているが、中でも休息をとるための場所を殺人用の装置に変えてしまう加害手法は悪質極まりない。こんな危険なテロリストが一般社会に紛れて日常的に殺人や人を故意に病気にさせる、健康な人が寝たきりになる(病気だけでなく神経痛や腰痛なども含む)ように有害物質を強制的に摂取させるなどの健康加害や虐待を行なっているなんて、とても信じられないが、事実なのだった。今回相談に来た被害者の人はそこから避難できる安全な場所があったからいいけれど、そうはいかない事の方が多いのではないだろうか。
「まずは事実を明るみに出していくしかないよ」
聖一さんはそう言って、私が水切りかごに置いたお皿を乾いた布巾で手早く拭いていく。私達は台所で昼食後の後片付けを一緒にしていた。
「でも、それを陰湿なやり方で隠してやっているのだし、被害者がそれを証明しなくてはならないってかなり無理があるんじゃない?」
「普通に考えたらそうだよね」
「違うの?」
私が最後に洗い終わったカップをかごに入れて蛇口を閉めると、聖一さんは
「ありがとう。もう休憩していていいよ」
「こちらこそ、ごちそうさまでした」
言ってから私は、さっきの問いの答えを待つ。
「手札を出していくうちに、相手は自分で自分の首を絞めることになるんだよ」
「どんなふうに?」
「それは、秘密。実際にそれが起きてからのお楽しみ」
笑ってそう言って彼は「僕は少し仮眠をとってくるから、後は神奈ちゃんの自由にしていていいよ」と二階にある寝室に行ってしまった。午前中に相談業務をこなした彼は少し疲れているように見えた。どうも相談業務は彼にとってかなり疲れるものらしく、たまにこうして、私がいても仮眠をとりに寝室に行ってしまう事があるのだ。その後の仕事は私の自由にしていていい、と休憩もしっかりとるよう言い渡していく。私は資料整理をしたり、書き起こしをしたり、どちらでも好きな方をしていいとの事だったので、元来の仕事の資料整理の方にした。
ちなみにレネ君は昼食後のお昼寝タイム。彼の場合はこれはいつものこと。
一人残された私は自分の鞄から読みかけの本を取り出した。お昼休憩中に読もうと思って持ってきたのだ。静かで心地よい午後の昼下がり。ガラス戸の向こうでは緑鮮やかな美しい草木が光を気持ちよさそうに浴びていて、微かに鳥の声がする。身を沈め受け止めてくれているのはふかふかのソファ。読みかけの本のページがめくられる前に私は寝落ちしていた。
何だか奇妙な夢を見ていた気がする──ぼんやりと覚醒しかけていた私は、ここは聖一さんの家だわ、と思いながらゆっくりと起き上がった。結構眠っていた気がする。時計を見て30分程度眠っていたのかな、と推測する。目覚ましにお水をもらおうと台所に行くと、レネ君がそこにいて冷蔵庫から炭酸飲料を出して飲んでいた。
「あ、起きていたんだね」
「飲む?」
炭酸飲料のペットボトルに目をやって尋ねてくれる彼に、私は「ううん、いい。お水が飲みたいから」と水道の蛇口をひねって水をコップに入れた。聖一さんの家の水道は上水道と井戸水両方の蛇口があって、私は井戸水の方の蛇口をひねった。なんとなくここの井戸水のお水はあまくて美味しいのだ。コップのお水を注いで、私はそれをそのままごくごく飲み干した。なんだか喉がやたら乾いていた。
「レネ君がいつだったか言っていたじゃない? 私達も今と違う時代や場所で近しい間柄だったことがあるんだって」
「うん、そうだね」
「もしかしたらなんだけれど、その夢を見たのかもしれない」
私は言いながら、奇妙な夢を思い出していた。夢の風景や色なんかを私は結構はっきりと思い出せる方なのだけれど、それがなんだかぼんやりしていて思い出せない。印象だけが強く残っている、そんな奇妙な夢だった。映像がまったく思い出せない、というか、全てがぼんやりとしていて、夢で話していた相手の顔とか姿かたちもわからないし覚えていない。なのに私達がどういう事をしたり、誰とどんな話をしていたか、行為なんかはしっかり覚えている。
「そうなんだ。教えてほしいな」
興味深そうに私を見つめるレネ君に、私はうん、と頷いて
「私は神殿みたいなところで巫女みたいな仕事をしている女の子だったのだけれど、窮屈でうるさい小言ばかりのそこから逃亡して別の場所で暮らしていた。その逃亡を助けてくれたのが、レネ君だった」
レネ君は破顔して明るい声で笑った。
「なんだかカンナらしいね」
「うーん、ほめられているのか、けなされているのか」
「ほめてる」
「そう?」
「それって、サラやリク、カイもいた?」
「うん、そう。聖一さんもいた」
あはは、と彼は明るく笑った。
「だから言ったでしょう?」
私はちょっと不思議な夢の印象を反芻しながら
「でも、これって本当にあったことなのかな、ちょっと……というか、だいぶ変わった夢だったのだけれど」
「多分ね、としか僕も言えないけれど」
うーん、そうなのか、何というか……
拭いきれない奇妙な違和感がつきまとっている私に、彼は言った。
「サイキック能力が普通にあるみたいなところで、そういう能力者が沢山いるんでしょう?」
「うん、そうだった」
本当にこの世界のことなのか、空想やファンタジーの世界の話なのではないか、そういう単なる夢なんじゃないか、という気がしていたので、私は微妙な気持ちで答えた。
「テレパシーみたいなもので会話が普通に出来たりするの。そんな──もし前世みたいなものがあるとしても、そんなことってあるのかな」
「あったんだと思うよ」
事も無げにそう言うレネ君に私は奇妙な気分になった。
彼は元々そういう能力者なので、それが普通なのだろう、というちょっとした分かり合えない感じ。
「どちらにしても夢は夢だし、現実の参考程度に楽しんでおけば? 夢に出て来るなら何かそこにヒントがあるんだろうし」
「そうする、あまり突き詰めると、わけがわからなくなりそうだし」
私は少し息をついて、使ったコップを洗って水切りかごに置いた。
「何か印象に残っている事はあるの?」
ダイニングテーブルの椅子を引いてそこに座り、頬杖を突きながら彼は私を見上げた。
私も対面の椅子に着席して、ちょっと考える。
「そうだね、何だろう、図形みたいなものとか、地図みたいなものの印象をよく覚えているかな」
「へえ?」
──夢の中では、それは星の地図と呼ばれていた。そもそも私が何故神殿で巫女の様なことをしていたのかというと、その星の地図で正三角形が描ける星の下に生まれている、と言われていたからだった。神殿にはそうした子供が沢山集められていて、共同生活をしながら神殿の仕事に携わっていて、みんなそうだった。
「星の地図と呼ばれるものがあって、私はそれがちょうど正三角形を描く星の下に生まれていたらしくて。他にも同じようにそうした子供たちが神殿に集められていたんだけれど、その正三角形の図形が対のように重なる星の地図を持っている子とペアになるの。対の子がいない子もいた。私はいたの。それが海だった。あと聖一さんもそうだった。聖一さんは大人だったので、私の対の子ではなくて教師……というか指導者だった。彼も神殿から出た人だった。沙羅と陸は互いに対の子だった」
「ダビデの星みたいな形だね」
「そう」
私はそう言ってから続けた。
「正三角形が対になって星の形を描くペアのことを双子と言っていて、対の相手がいない子は片子。あと、何らかの理由で対の相手を喪った人の事も片子と呼んでいた。聖一さんは後者の片子だった。レネ君は私の逃亡を助けてくれた人で外の人。街の人ではなくて砂漠の方の民だった。馬、というか、馬の様な動物と心を通わせていた心の優しい青年だった。次世代の部族長のような立場にいて、その部族の長老の下で修養していたの。私はその部族の中に入れてもらった。
──聖一さんも同じ部族の中にいて、通訳の仕事をしながら長老を助けていた。そして彼は、海の個人指導をしていた事がある神殿の元教師だった。海と私は年が少し離れていて、海の方が少しお兄さんだったの。私は聖一さんが神殿の教師時代にはその指導を受けたことはなくて、レネ君たちに助けられてその部族の中に入れてもらってから彼の指導を受けるようになった。
私が神殿から逃亡してしばらくして、海や陸や沙羅も私達のところに逃げて来た。それから他の子たちも。教師の人たちも。レネ君たちは私達を快く受け入れてくれた。レネ君は次期部族長のような立場にいたので、私達に何かと気を配ってくれた。特に私は、とても親切にしてもらったし、お世話になった」
にっこりしてレネ君は頷いた。
「私が星の地図が印象に残っているのは、それについて聖一さんから詳しく講義というか教えてもらったから。神殿では教えてもらえない事でも彼からは教わることが出来たから」
そう言って私は、正三角形が対になって重なり合う図形を指で机の上に描いた。
「この正三角形の対で出来る星型は本当は円環を表していて、私達の完成形を示す形だったの。つまりバランスのとれた成長やその理想形みたいなものを表していた」
レネ君は私が指で机の上に描いた透明な線を頭で描いているのか、じっとそれを見つめているようだった。
「そうだったんだ。それは僕も知らない」
「? そうなの?」
「うん」
言葉を待つようなレネ君の視線を受けとめながら私は覚えていることを彼に伝えた。
「私が聖一さんから教わったのは、これは本当は円環を表しているという事と、私達の成長で目指すべき理想形だって事。正三角形の対が重なる星型は上下左右に対象になっているでしょう。その様にバランスを取っていく事が必要とされているんだって。片子はそれをひとりで実現しないといけないけれど対の子がいる双子は対の子と一緒に学んで成長していくことが出来る。星の地図上で水平的にも垂直的にもまたは斜めでも、とにかく一人一人がバランスを取っていく事が必要とされる」
レネ君は興味津々という様子だった。
「ただ、神殿の運営側はそれを意図的に隠していたの。何故かというと、それにより不均衡を常に生じさせていた方がコントロールがしやすいから、という、ただそれだけの為に」
「へえ、面白い」
「そう?」
「うん」
次を促すように私を見つめる彼に、私は続けて言った。
「星の地図での円環を完成させていく人はもう簡単にコントロールすることはできない。自律した存在となるから彼等は自己の魂に沿ってその仕事に入っていくので、押し付けられた神殿の仕事も続けることはない。それでは支配側が困るから、あえてそうしていたんだという話だった。でもそれは、神殿の子たちや教師の人達の能力とその命を使い捨てにしていくようなものだったの。私達は黄金の鳥籠に入れられた実質的な奴隷だった。でも、あることをきっかけにそれが徐々にばれてしまって、真実を知った神殿の子たちや教師たちがレネ君たちのところに逃げて来たの」
レネ君は少し息をついて、
「そうだったんだ。それは僕も知らなかった。そしてすごく面白いよね、それ」
「そう?」
「うん」
私は夢の中の聖一さんから教わった事を思い出しつつ、
「何だか私達の能力は命を削るような使い方をされていて、聖一さんの対の子はそれが元で亡くなったみたいだった。それで聖一さんは神殿や街を捨てて隠遁生活に入ったのだけれど、そうしてあなた達のところに行き着いたみたいだったよ」
「それは僕も知っている」
「……そうなんだ」
ていうか、すごいことさらっと言われたけれど、突っ込むべきか。悩むな。
そんな私の内心の苦悩を気にも留めることもなく彼はまたさらっと言った。
「確か彼は、僕らの長老の元で彼の仕事を続けていたと思うよ。彼には彼の仕事があって、その為に僕らのところに来たんだ。仲間が僕らのところに逃げて来た後、彼は率先して彼らと僕らの間を繋いでいたし、仲間が長老の元で指導を受けられるように環境を整えたりしていた。君達に足りないものを僕らの伝統文化や生活様式、それからいわゆる霊的修行みたいなものを長老の元で指導を受けることで補えると考えていたんだ。そうして巣立っていった仲間と協力して星間規模の力の架け橋の様なものをつくろうとしていた」
私は目を丸くした。
「え、そうなの、ていうか、相変わらず凄いね、レネ君」
「そう?」
こともなげに首を傾げる彼に、私は全力でぶんぶん頷いた。
「普通に私の夢の話を広げないでー」
ああ、頭が混乱する、と私が頭を抱えて大げさに言うと、彼は面白そうに笑った。本当に単なる冗談だと思っているらしい。冗談混じりに言ってはいても、こっちは本気だったのだけれど。やはり彼は能力者だからなんだろう。分かり合えない感じが否めない。
「とにかく彼は救いたかったんだと思うよ、みんなの事を。それは君たちの仲間だけではなくて、僕らや他の生き物やみんなのこと全てをね。でも結局は失敗した」
え、と私が彼を見つめると、レネ君は肩をすくめて言った。
「僕らはみんな滅んだんだよ。何か大きな戦争があったみたいで、その余波でその星自体がだめになった」
──え、ええええええええええ????
「この星というか、僕らが知っているこの星団の宇宙よりもずっと遠い所の、別の星団に僕らはいたみたいだね」
私は彼に「ちょっとタイム」と申し入れた。レネ君はきょとんとしている。
「え、だって夢で見たんでしょう?」
「そうだけれど、だからってこんなぶっとんだ事までは知らないよ」
「だって、今みたいな人間の姿をしていないでしょう。僕らは」
私は固まった。
え、ちょっと──そうしてなるべく冷静に私は答えた。
「夢の中での映像はまったくぼんやりしていて、風景も何も、人の顔や姿形も一切覚えていないの」
「あ、そうだったんだ」
言ってレネ君はちょっと黙った。
それから爽やかな笑顔でものすごく強引にまとめた。
「まあ、そういう夢物語の一つ、ということで」




