23
私は孤児だった。
植民地の先住民族の子供だった私は、入植者からの酷い暴力で家族を亡くし、彼(何故か私は聖一さんだと認識していた)に拾われた。
彼は入植者と同じ見た目だったが、私達と同じ先住民族のシャーマンだった。母親が入植者から暴行されて出来た子供だった彼は、幼い頃に彼の師に預けられて育ちシャーマンになった人で、師亡き後は集落のはずれに一人で住んでいた。
はじめ、私は彼の元から何度も逃げ出そうとした。しかし、そのたびに連れ戻された。しまいには、彼が夜眠る時には私の足首と彼の足首に紐を結びつけて眠っていた。
自分の両親や兄弟姉妹を目の前で残虐な方法で殺された私は、同じ仲間だと知ってはいたけれども、入植者と同じ見た目をしている彼がこわかったのだ。人間の姿をした悪魔。信じられないくらい残虐な事を愉しんでする人たちと同じ見た目は、どんなに親切にされても、幼い私にとっては恐怖でしかなかった。
ある日私は泉のほとりで怪我をした小鳥を見つけた。
何とか助けてほしい、と彼にお願いしたら、彼は自分で世話をするように、と私に言いつけて、薬効のある植物やその使い方や手当の仕方を私に教えてくれた。治療はうまくいき小鳥は回復し、無事仲間の元へと帰った。そのときから、私は彼の教えてくれる植物や生物の知識に魅了され、夢中になってしまった。彼の行くところについて回って、色々な事を教わった。命の救い方も奪い方も習った。それは自分の身を守るために必要な知識でもあった。
入植者からの暴力や略奪は日常茶飯事だった。
毎日のように誰かが酷く傷つけられ、殺された。
子供であっても男女関係なく強姦されたし、なぶりもののように殺されたのだ。
何故こんなにまで残虐なことが出来るのか、本当に信じられなかった。
彼らは彼らの神を信じていて、その神は私達をいくら襲っても、虐待しても、殺しても、強姦しても、盗んでもいい、と言っているらしい、と仲間から聞いたことがある。私達には精霊信仰があったが、彼等はそれを悪魔だとも言っていた。どちらが悪魔なのか、と私は思っていた。
私がある程度大きくなると師である彼は、私に荒野で一人で過ごし、精霊と交流して自分の精霊を見つける儀式を受けたいか、と尋ねた。それがシャーマンになる為の儀式であると知っていた私は、受けると言った。彼は、本当はあまり気が進まないようだったが、私が受けると言ったので、その為の準備を整えてくれた。
私は事前に彼に教わっていた方法で自分の命を繋ぎながら、一人荒野で三日三晩を過ごした。そして、無事自分の精霊をつかまえて戻った──私の精霊は、彼と同じ植物の精霊だった──そうして私はシャーマンの弟子となった。
夢から覚めて、私はしばらくぼんやりとしていた。
自分の親や兄弟姉妹が目の前で殺された場面を生々しく思い出し、今がいつなのかわからなくなって、混乱した。それから自分が何故、大人の男性でも生きて戻れるか分からない(私はたぶん12~3歳だった)シャーマンの儀式を受けたのかも。本当は止めたがっていた師である聖一さんの表情も、その瞳の色すら鮮明だった。
聖一さんの相談業務の方は、その特殊性から見たり聞いたりするだけでもなかなかに刺激的だった。なんというか、価値観が丸ごとごっそりと刷新せざるを得ないくらいの、カルチャーショックの連続だった。録音データの書き起こしも仕事に加わったので、自分がいないときに彼が受けていた相談内容も知ることになったのもあり、内心は結構カオスと言ってもいいくらいだった。新しい世界の扉を開いたのはいいけれど、その内容に圧倒されていたのだ。そして、その私の変化は夢にも波及していた。時代も場所も外見も全く異なるのに私自身である誰かと、聖一さんである誰かの不思議な夢を見る頻度が多くなっていたのだ。
「カイから伝言を預かった」
レネ君に言われて、ノートパソコンから顔を上げた。イヤホンを外して彼に「何?」と尋ねると、
「今日のバイトの帰りに迎えに来るってさ」
「わかった、ありがとう」
さっきまで海とビデオ通話していたらしい彼にお礼を言って、作業の続きに戻ろうとしたら、
「夕ご飯一緒に食べる?」
「聖一さんには海が迎えに来るって事は話してあるの?」
「うん、一緒に食べて行けばって言っているよ」
「海が遠慮することはないでしょうね」
私はちょっと息をついてそう言って、「私達の夕食代、私のバイト代から引いてもらおうかな」
「セイは別にかまわないって言うんじゃない?」
「それでもご厚意にあまり甘えているわけにはいかないからね」
聖一さんと海が直接会ってから、海はたまに私のバイト帰りの足役を買って出るようになった。迎えに来ると称してはここにおじゃまして聖一さんやレネ君に会いに来る。彼等は気が合うらしく、海が来れば聖一さんやレネ君も喜んで歓迎してくれるのはいいけれど、ついでにそうそうごちそうになってばかりでは何だか私の方が肩身が狭いのだ。
レネ君はおかしそうに笑った。
「カイはここに来ると、まるでカンナの弟みたいにみえる」
「うん、私も、何か自分の弟が聖一さんにご迷惑をおかけしないか、いつも気が気じゃない感じ」
「カンナにとってはカイは自分の身内みたいな感じなんだね」
言われて私は、そうかも、と思った。
本当なら海は海で彼らと交流を持っているのだから私がそこまで気にする必要はないんだけれど、なんだか気になってしまうのは、身内みたいな感覚だからなんだな、と気づいた。
「うーん、過保護なのかな? お節介?」
「ちょっとね」
「そうだね、海は大人だしね」
「そうそう、カイのことはカイに任せればいいんじゃない?」
「確かに」
言って、私はレネ君に
「知らせてくれてありがとう。もう少し切りのいいところまで続けたいから、終わったら後でデザートを一緒に作ろうか」
「うん、待ってる」
そう言って彼は自分の部屋に帰って行った。
私はリビングで仕事の続きをする。
──こんなに悪質なことを平気でしていて、しかも子供にまでそれをやらせているなんて
相談内容を打ち込みながら、冷静に客観的でいようと思いながらも、抑えきれない不快感が体の奥から湧いてくる。カルトが行なうテロリズムの内情はかなり酷い。親が子供に幼い頃から、敵を殺すことを正しい事、虐待をしたり、いじめや嫌がらせをする事は素晴らしい事なのだと教え込む。親に褒められたい一心で子供はそれを自分の中に内面化してしまう。そして相手は敵であり、危険人物でテロリストである、と全く逆の事も教え込む。敵対行動をとっているのも、危険なのも、テロリズムを実践しているのもみんな自分達であるにもかかわらず。
標的を集団でいじめや嫌がらせ等の陰湿な攻撃で追い詰め、ついに自殺にまで追い込んで、それをみんなで祝う、喜び合う、祝賀会を開く、功を奏した加害行為を褒め合う、称え合う、というものまでしている。
気持ち悪いを通り越して、もはやこれが同じ人間なのだろうか、とすら思う。本当に胸糞悪くて吐き気がする。攻撃性は誰にでもあるものだけれども、それを恣意的に野放図にする条件や理由(正当化する:敵を殺すことを正しい事、虐待をしたり、いじめや嫌がらせをする事は素晴らしい事)を与えられると、ここまで人間は墜ちるものなのだろうか。全く良心の呵責も何もなく、むしろそれに恍惚としている。それは彼等にとって純粋な快楽。正真正銘の快楽殺人者なのだ。
──それが彼等にとって当たり前であり、普通なんだ
一般人に紛れて善人をちゃんと装うことが出来る、自分達の正体や実際にしている事を隠すことが出来る、その時点でこれは許されない事だと知っている、理解しているはずなのに、それすら彼らの中では正当な方便として受容され、むしろ自分達を無知な人々を巧妙に欺ける優れた崇高なダークヒーローとして位置付けている節も見られる。
この様な人々の集団に一体どう対処すればいいのか。本当に眩暈がしてくるほどだ。
タイピングの手が止まらない様に冷静さを保とうとしていても、生理的な嫌悪が止まらない。いやだ。気持ち悪い。身体がその不快感に反応してしまう。理屈ではない。いくら、その様に育てられたから、とか教え込まれたから、と頭では理解できても、いじめや嫌がらせや虐待を愉しみ、相手を自死に追い込んでそれを祝う、なんて、尋常じゃない。不快さは拭えない。どうしても。同じ人間とは思えないし、思いたくない、と境界線を引きたくなってしまう。
世界に目を向ければ、現在進行形の戦争や虐殺の状況を投稿するSNSや独立メディアの情報に、動画付きで民間人やジャーナリスト、医療関係者にまで攻撃が続いている様子や、学校や病院、救急車が標的になっている様子、そして被害に遭い難を逃れた人々の為に世界中から送られてくる救援物資を運ぶトラックを足止めし、中の医療品や食品をぶちまけ、嬉々として足で踏みつぶす侵略国の大人や子供、大人が子供のその行為を褒め称えている様子なんかが世界中に発信されていた。
今現在、国内で起きているこうした不穏な出来事や、遠く離れた外国で起きているこうした残虐で非道な出来事は、決して無関係ではない。カルトやテロリズムが関与している事もそうだが、何より、これは私達と同じ人間がしていることなのだ(同じ人間とは思えないし、思いたくない、と境界線を引きたくなってしまうにしても)。人間とは一体何なのか、集団に紛れてしまうが、それは一人一人の個人でもあって、本当はこうした姿も真実であったのに、意図的にか無自覚にか、微妙に視点を逸らされ、状況や環境の、時代のせいにして置き去りにされてきた問いが、改めて衝きつけられていると言ってもいいのではないか──
そんなことを考えながら、私は作業を続けた。
そしてある程度の区切りがついたところで、ふう、と息をついて、レネ君を呼びに立ち上がろうとしたところで、聖一さんがリビングに入って来た。
「コーヒー淹れるけれど、飲む?」
「あ、はい。いただきます」
言ってから私は、「海が来るたびに夕ご飯ごちそうになっているけれど、ちょっとは遠慮させた方がよくない?」と言うと、彼は笑って「いいんだよ。みんなで食事する方が楽しいでしょう。それに、こうした時間はレネにとっても必要だと思うんだよ。だからこっちとしては有り難いのが正直な所かな」
「な、なんていいひとなの!」
その言い方や言葉選びにすらこちらに負担を負わせない素晴らしい気遣いに溢れているではないですか。さすが大人だわ! 本当に軽く衝撃を受けて感動していたら、彼はあははと本当に可笑しそうに明るい声で笑った。
聖一さんの笑い声って鈴が転がるような、という表現がぴったりで、場の空気を軽やかに明るくする。爽やかで優しい風が通り抜けるみたいに。そして、私はこの声がとても好きだった。愛していると言っても過言ではないくらいだった。それは宝石のような木漏れ日や、朝露にきらめく緑の葉や、余分な熱を爽やかに奪っていく涼しい風であったり、樹木のさざめきであったり、光を受けて金色に波打つ草原を私が心から愛しているのと同じような気持ちだったけれど。
「今からレネ君とデザートを作ろうと思うのだけれど、何かリクエストはある?」
「うーん、杏仁豆腐が食べたいけれど、材料がなあ」
「あ、大丈夫! アーモンドエッセンスがあったから、本物の杏仁霜には劣るかもしれないけれど作れないことはないよ」
「じゃあ、それが食べたいな」
「まかせて」
私は機嫌よく返事してレネ君を呼びに行く。
二人でリビングに戻って来たら、聖一さんは私が使っていたノートパソコンで進捗状況を見ていた。そして顔を上げずに私に言った。
「だいぶ頑張ってくれているみたいだけれど、あまり根を詰めない様に。適度に休憩しながらでいいからね。内容が重いし、きついかもしれないから」
私は少しほっとして「はい、そうします」と答えた。実際に、本当にきつかったからだ。ただ内容を聞いて、それを書き起こしているだけなのに、所々でどうしても色んな感情が出て来てしまうし、冷静に客観的であろうとしてはいても反応してしまう。彼等の様に淡々と達観しているわけでもない未熟者には、結構きつい作業でもあったのだ。平気そうにしていても、実は内心はカオスだった。
「つくづく、聖一さんやレネ君って凄いんだなあと思ってしまうよ」
「大丈夫だよ、カンナはそうは言ってもけっこう逞しいから」
「……もうちょっと言い方が……」
「僕この国の言葉になれてないから」
にっこりしてそう流暢に言うレネ君の言葉は非常に胡散臭いのだった。
海の気持ちがよーくわかった。
しかし、まあ、遠慮なく話せるようになってきたのは大変よろしい、という事にしておこう。
「この国の宗教指導者の高僧のひとりが世界的大宗教の法皇に謁見した時に、どうしたら世界平和が実現すると思いますか、と法皇に尋ねたことがあったんだけれど」
聖一さんはそう言って、私に「何て答えたと思う?」
私は目を丸くした。え、そんなこと、急に訊かれても。
「寛容さとか赦し?」
言いながら私自身は内心、そんなもの役に立つかよ、くらいのやさぐれ具合だったので、自分でも胡散臭いなと思っていた。彼は笑って首を振った。
「証人をつくることだ、と答えたんだよ」
「あかしびと」
言葉が脳内言語変換されず音を繰り返しただけの私に、レネ君が隣で言った。
「The Living Proof (生きた証拠/生き証人)」
生き証人、証人――
私が心で反芻していると、レネ君は私に言った。
「わからない?」
「え? 何が?」
「僕らも含めて、神奈ちゃん、君もそうだし、僕のところに相談に来る人々も、みんなそうなんだよ」
目を丸くする私に、レネ君が言った。
「カイもリクもサラもみんなそうだよ。それに、何より、僕らは知っているでしょう。例え、僕らは個としての生命が尽きたとしても、その魂や本当に真摯な希求や夢は時代も場所も超えて、受け継がれ、感応し、伝播していく、それはこだまのように響き渡り、そして何度でもこうして生まれて来るって。僕らを潰そうとする力は確かに大きいかもしれないけれど、でも魂までは決して破壊できない。同じように、本当に真摯な願い、希求もね」




