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「聖一さんの副業を手伝うようになって、レネ君が言っていた事の意味が、ひしひしと実感を伴って感じられるようになってきたよ」
私がため息をついてそう言うと、レネ君が「セイの受けている相談が少し特殊なものだしね」と、デザートづくりの手を休めずに答えた。
私たちは聖一さんが依頼相談の後に自室で休憩している(結構疲れるらしい)時間を使って、ねぎらいの意味も込めて夕食用デザートのフルーツタルト作成に励んでいた。聖一さんが新鮮な果物が好きなのと、私とレネ君がタルトやパイ等のお菓子が好きだったからこの選択になった。バナナと桃缶を使ってヨーグルトとチョコレートの二種類のフィリングで作る予定なので、レネ君はチョコレートフィリングを、私はヨーグルトの方を作っている。タルト生地は型に入れて既にオーブンの中で焼いているので、香ばしい匂いが漂ってきていた。
「それにしてもびっくりしちゃったよ。カルトってすごい悪い事いっぱいしているんだね」
「病気やアレルギー症状を標的に作為的に創り出したりして、わからない様に健康被害を負わせていく事で力を削いで潰していくのはよくある手口なんだ。特にアレルギーや化学物質過敏症なんかは特定の物質に反応するものだから、高濃度の有害物質を強制的に一定期間吸引させたりして許容量オーバーにさせてしまう事で創り出す事が出来てしまう。被害者の家の寝室や居室にそうした仕掛けを作って病気にさせたりしているんだよ」
精神的な病から、身体的な病、神経痛などの様々な体調不良、アレルギー症状や化学物質過敏症、香害と呼ばれるものに至るまでカルトが手を出している健康加害テロ被害のせいによるものが紛れているなんて、実際に被害者の生の声を聴いてみるまで、本当に知らなかったので私は本当に驚いた。
しかもその手法というのが実に陰湿で巧妙なので、被害者がそれを訴えても信じてもらえなかったり、被害者自身の精神状態を疑われてしまうような仕組みになっていて、二重三重の被害に遭うよう執拗な悪意が念入りに張り巡らされているのだった。
「身近にあるものがそれを可能にする凶器になってしまうのにも驚いた。洗剤や柔軟剤の強い香料やマイクロカプセルなんかもカルトが使うテロ工作に使われているだなんて知らなかったから、本当に驚いたよ」
「元々軍事兵器用に開発された技術が転用されたものだから」
「そうなの?」
「うん」
「なんか怖いよね……」
何だか、世界を見る目が180度変わってしまった。こんなことが現実に一見平和に見える日常に紛れて起きていたなんて今まで知らなかった。本当に。
知らなかった頃の自分がこの話を被害者の人から聞かされても、私も被害者自身の被害妄想や精神状態に疑いを持ってしまっただろうと思うし。
けれど、こうした事が本当に実際に起きているのだ、と知ってしまった今では、何とも言えない気持ちになる。
声を上げても届かないまま、日常に紛れたカルトが行なうテロ工作の悪質ないじめや嫌がらせ犯罪被害に遭って亡くなっていった方もたくさんいるわけだし、大切な人をそんなふうに亡くしてしまった方だって大勢いるのだ。
「家屋の建築業者やリフォーム業者なんかにもテロ工作員が紛れ込んでいて、被害者の家に有害物質や健康被害を与える臭気等の空気汚染物質を侵入させるための仕掛けを作ったりもしている。配線カバーや木材の調湿作用を利用した有害物質散布の技術も使われているし、休息をとる為の自分の家が凶器になってしまう被害者の苦痛や苦悩は計り知れないよ」
聖一さんのところに相談に来る人達はみんな本当にもうここに来るしかなかったんだろうな、という様な複雑で深刻で特殊な問題を抱えていて、その中でもカルト宗教が絡んだ相談が結構多いのだ。
「こんなにも酷いことが起きているのに、被害者側からの立証がとても困難で、警察も何もあてにならないっていうのがもう、本当に救いようのない感じだもんね」
よくここまで、こうやって一人でも耐えぬいてがんばってきましたね、静かに聖一さんがそう言うと、みんな本当に泣き崩れてしまう。実際にそうだからなんだと思う。誰にもわかってもらえない、被害について真剣に訴えても、言えば言うほど自分が疑われてしまうように念入りに仕組まれている、警察もあてにならないし動かない、時には家族や身内が加害者側なこともある。しかも、カルトのいじめ嫌がらせネットワークはあらゆる所に張り巡らされていて執拗な悪意に常に曝されるし、彼等は犯罪に手を染めることもいとわない。子供がいればカルト信者のテロ工作員に育てた子供まで使って執拗で陰湿ないじめ嫌がらせ犯罪を行なって、被害者やその家族を自死や病気に追い込もうと徹底的に虐め抜く。被害者にとっては、出口の見えない生き地獄みたいなものだ。
過呼吸やパニック障害なんかも、一酸化炭素や二酸化炭素、その他のガス等を使って酸素濃度の低下を意図的に被害者の家や居る場所に仕掛けて作り出したりもするから、本当は健康な被害者自身に精神的な問題が在るかのように印象付けることもできるし、高齢者には認知症なんかも簡単にねつ造できてしまう。
財産目的だったり、怨恨だったり、告発者潰しだったり、利権が絡んでいたりと色々だけれど、カルトネットワークのテロリストが関わるこうしたいじめ嫌がらせ犯罪ビジネスは、マフィアも絡んだ巨大マーケットにもなってもいるらしい。
「気味が悪いのは、こうしたいじめ嫌がらせネットワークに一般の不特定多数の人が加担していて、犯人の特定がしづらい様に匿名性の流動的な犯罪ネットワークに協力して活動しているって事かも。被害者に問題があるという風に仕立てて、いじめや嫌がらせを正しいことだって、正義だってことにして、それを日常に紛れて面白がってやっているなんて、本当に信じられないよ。そんな人が普通の社会人として一般人に紛れ込んでいるのが気持ちが悪いとしか言いようがない」
いじめや嫌がらせが楽しみで仕方ないっていう人がそうした事をするのだろうけれど、そうした人の危険性って甘くみてはいけないんじゃないかと思ってしまう。現に、カルトのテロ工作やマフィアの裏ビジネスに安易に関与して被害者に甚大な被害を与える役割を喜んでやっているんだもの。
「加害者や加担者は発達途上のどこかで暴力や加害侵害での快楽や利益を学習して、それを繰り返し選択していくうちに脳の機能自体も変化していくから、その人にとっては、それはごく当たり前のことになるんだよ。ばれたらまずいという事はきちんと認識しているから、上手に隠してやり続けるし、それを正当化してできる機会があるなら喜んでそれに飛びつくのも自然な事だしね。それが犯罪や人権侵害であっても、カルトが関与するテロ工作であっても、マフィアが絡んでいようと、ばれなければいい、むしろ背徳感が楽しい、そんな感じの人も珍しくない。僕やセイと違って、カンナはそういう人を見分けるのが難しいかもしれないけれど、でもカンナにはカンナの普通の感覚で変だ、と思う人に気を付ける様にすればいいと思う」
淡々と言うレネ君に、私は眉をしかめた。
「そんなのわかんないよ」
「建設的な方法をとるよりも、誰かや何かを犠牲にしたりいじめや嫌がらせを使う事を正当化する時点で、その人はおかしい、ってカンナならわかるじゃない」
そこでオーブンから電子音がした。タルト生地が焼きあがったのだ。 私は窓から焼き具合を確かめて、少し焼き時間を足すことにした。数分程度追加でセットしてボタンを押すと、私はレネ君を振り返って言った。
「それはその人のそうした行動を知ることが出来た場合でしょう。そうではない場合は誰が犯罪にまで手を出してしまう様な信用できない危険な人なのかわからないじゃないの」
レネ君は肩をすくめた。
「いちいち気にしないことだよ」
「めんどくさい、と思ったでしょう」
「あはは」
「笑ってごまかして」
むう、他人事だと思って。
「いちいち人を疑って社会を見渡していても疲れるだけだしね。ここは、という要所要所で気を付けて注意深くいる事と、疑心暗鬼にならないで大らかな気持ちでいる事のちょうどいい所を自分で見つけるしかないよ。精神修養だと思って」
「バランス感覚ってこと?」
「そう」
言ってから彼は
「それにカンナの普通の感覚はとっても健康的だし、変な勧誘があってもおかしい、ってちゃんと気づくはずだよ。お母さんに対しても、これは変だから関わらない方がいいよ、ってちゃんと注意していたじゃない。あのときだって、カンナが言わなかったら僕がそれとなく言おうかと思っていたんだけれど、必要なかったしね」
うーん、そうかなあ。
「今まで見えていなかったことが色々と見えてきてしまって動揺しているんだろうけれど、君にはそれを受け止めて自分なりにバランスをとっていく力はちゃんとあるよ」
「……」
私は黙って出来上がったフィリングの入ったボールにラップをかけて冷蔵庫にしまった。レネ君のは粗熱をとるために軽くラップをして置いておく。使った道具をシンクに運んで二人で手分けして洗って拭いてしまっていきながら、私は複雑な気持ちでいた。
私が今こうやって動揺している過酷で深刻な現実を聖一さんもレネ君もとっくに昔に知っていて、そうして日常を生きて来ていたんだ、と改めて考えたら、同じ時間や空間を生きていても人って実は見えている世界や生きている世界が全く違っていたりするものなのに、私は今まで無邪気に同じ世界で生きている様に思ってしまっていたんだ、と軽くカルチャーショックを受けていたのだ。
「なんというか、世間知らずの未熟者にはしばらく色々とバランスをとるのが難しい気がするよ」
私がギブアップ気味に弱音を吐くと、レネ君は笑っていた。
「同じものを見て聞いているようでも、全く異なった世界の見方をしている事の凄さを今更ながら実感している。聖一さんやレネ君が見ている世界は、私が見て聞いている世界よりもずっと深い、深遠な世界で、底知れない。同じ時間や場所を生きていても異なる世界を生きているみたいなものなんだね。私はそれをほんの少し覗かせてもらっただけで、今はお腹いっぱいになって苦しいくらいだけれど、私達が生きている現実の世界って、本当はこんなふうに、それぞれの人がその人のやり方で世界を見て捉えている多層的なものなんだなあってすごく思う。本当はちょっとしたパラレルワールドが沢山あるみたいで不思議な気持ちになる。重なるところもあれば、重ならないところもある、層としては異なるところにあるのに共鳴したり、影響を与えあう事はあったり、何だかそう考えるとこの世界や現実って、とっても不思議」
夕食後のデザートを切り分けながら、私は目の前で紅茶の準備をしている聖一さんに話していた。レネ君はリビングでくつろぎながら私達を待っている。
「意識の分だけ重層的な世界があるみたいなものだからね」
「本当にそれだよね。それなのに、体が同じ時間と空間を共有しているから影響を与え合う事が出来るっていうのも、また考えると不思議な感じだよね。意識だけで在ったなら全く交わる事がない世界観の人とも影響を与え合うんだから」
聖一さんは私をじっと見つめて、そしてふっと微笑んだ。
な、なんだろう、なんか変な事言ったかな。子供っぽいって思われたのかな。
聖一さんは手元に視線を落として茶器をトレ-に載せながらさらっと面白いことを言った。
「魂や霊の世界だったら全く関わる事の出来ない相手だからこそ、この世界で干渉したがるって事もあるのかもね」
私はちょっと考えてしまった。
「それって、例えば、聖一さんのところに来る相談者の人達みたいな人に、不特定多数の人が嫌がらせという手段で絡んでくることもそうなのかな?」
そして私も同じ経験があるんだけれど──
「うん、そうだね」
爽やかに、さらっと、言っているけれど、彼は結構すごいこと言っていないか?
「……本来なら関わることが出来ない相手に嫌がらせ目的で干渉したい、影響を与えたいって、それって自分の方が優れているってどうしても証明したい、屈服させたい、みたいなとてもいやな感じがするんだけれど。……そうしないといられないようなものがそうする人たちにはあるんだろうか。例えば、劣等感とか、自己顕示欲とか、征服欲や支配欲みたいな?」
聖一さんは私の目を見つめて、それからちょっと息を付いて言った。
「そうかもしれないけれど、もっと単純に、そういう関わり方しか知らないとか、わからないとかじゃないかな。あまりに自分とは異なる存在でどう接していいのかわからない、でも気になるから支配下においておきたい、そういうものが無意識の根底にあるのかもしれないしね」
「自分とは異なるからどう接していいかわからない、気になる、まではわかるけれど、そこから支配下に、というところに論理の飛躍を感じる。何でそうなるのかわからない」
「そういう関わり方しか知らないんだよ。それがその人にとっての普通だから」
うん、また振出しに戻って来た感じ。
これって、ここのところの私のテーマみたいに何度もやってくる。
自分なりにレポートを提出せよ、とばかりにまるで課題を繰り返し出されているかのようです。
「そういう世界観にいるってこと?」
「そう、その通り。いくらでもその行動や在り方の分析はできるけれども、そしてその在り様について道徳的な非難をする事だっていくらでもできるけれども、本質はそこではなくて、その人の生きている世界やその捉え方そのものには種類や段階があって、人はその種類や段階に応じた世界観で物事を捉えて生きているんだってことだよ」
私は、うーん、と記憶をたどり、今記憶の細い枝が何かに触れた、そこにある何かにその枝を伸ばして思い出そうとした。
以前彼から教わっていた大人の知性の段階についての話。考え方や思考の段階について。※
「大人の知性には三段階あるって言っていたあれ? 環境順応型、自己主導型、自己変容型ってやつ」
聖一さんはにっこりして、よくできました、とでも言いそうだった。
あ、当たりかな?
ちょっと何気に得意になっていたら、
「それもそうだけれど、それが横軸だとしたら、縦の軸にも色んな世界観の段階がある、格子状のイメージをしてみるといいかもね、あくまでも便宜上のイメージだけれど」
私は目を丸くした。
「なにそれ、面白そう」
興味津々になる私に、彼はちょっとぷっと笑ってから
「あくまでもこれは便宜上の段階や区分なんだけれど、歴史的な観点から人間の集合社会的なその時点での主流意識や重心にあたるものをいくつかに段階分けできるんだよ。例えば、血族を中心にした部族意識の世界観や、そこからもう少し発展した集合社会で文字通り力のあるもの強いものがいくつかの共同体や集団を支配する人間社会の世界観、それをもう少し洗練された形で宗教なんかを使って真理で人種や力のあるなしを超えた多くの人々を統治支配する共同体意識の世界観……とかね。簡素化すると、自己中心から、自民族・集団中心、世界中心、更に高次の段階というように意識の発達段階があって、その世界観を区分しているんだよ」
彼はそう言って、詳しく知りたいなら本を貸してあげるよ? と尋ねて来たので、私はうんうん、と頷く。そして食い気味に答えた。
「面白そうだし、是非!」
くくくっと笑ってから彼は「ちょっと待ってて」とどこかに行って、しばらくしてから数冊の本を持ってきてくれた。私はその中から一冊を選んで借りることにした。
桃とヨーグルトのタルトとバナナとチョコレートのタルトを大皿のまま食器と共にトレ-に載せてリビングで待つレネ君の前に運んで私が二種類ずつ小皿に取り分け、聖一さんが紅茶をテーブルの上に置いていった。レネ君は自作のタルトを見つめ、かなり満足そうだ。
「美味しそうにできたね」
「うん、写真撮っておこうかな」
「あー。だったら切り分ける前のホールで撮りたかったなあ」
「いいよ、このカットした分でも十分美味しそうだし」
レネ君と二人で携帯端末で写真を撮っていたら、聖一さんが「二人一緒に撮ってあげるよ」と私達の端末で私とレネ君とタルトを撮影してくれた。
※2章 2参照




