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わあー、カイだー!! と嬉しそうに飛びついてきたレネ君をぞんざいに受け止めながら
「元気そうだな、そしてひっつくな」
「つめたいなー」
めげないレネ君を軽くいなしつつ海は初めて会う聖一さんに軽く会釈した。
私は「お招きありがとうございます」とご挨拶して、用意して来た手土産の果物とお菓子を彼に渡した。
何だか奇妙な気分だ。
休日のとある日、私と海は聖一さんのお家にご招待していただくことになった。ここまではドライブがてらに海が運転をしてきたので、玄関先にお迎えに出てくださった聖一さんと海はこれが初対面になる(ビデオ通話は除く)。
聖一さんは私と海に「よく来たね」と笑顔で言って、リビングまで通してくれた。少し緊張している海をソファに座らせると、その隣に当然というようにレネ君が座ったので対応は彼に任せつつ、「手伝ってくる」と言って、私はお茶の準備を手伝いに聖一さんの後を追った。ダイニングテーブルには既に茶器の準備などが整えられていたので私はそれをリビングまで運んだ。聖一さんは戸棚から外国の珍しいお茶菓子を持って来て出してくれた。
四人でしばらくレネ君を中心に和やかに話をしていたが、緊張がほぐれてきたのか途中で海が私に「二人で話したいんだけど、いい?」と訊いてきた。私が聖一さんを見ると、彼は頷いて「いいよ」と言ったので、私はレネ君と散歩に行ってくることにした。
裏庭から木々の緑の屋根が続く小径を抜けて開けた場所に出る。気持ちのいい風が通っていく。湖の見渡せる少し突き出た崖の様な見晴らしの良い開けた草原で私とレネ君はのんびり日向ぼっこをしながら互いの近況を話していた。あれ以来、彼は何かと私や家族の身の回りの事を気にしていてくれて、ちょっとしたアドバイスをくれていたりした。自分こそ大変な身の上で、家族や親族はそれこそ本当に深刻な状況にあるというのに、彼はとても子供とは思えない程に親切でよく気が付き、そして冷静だった。
「心配?」
時折私が何気なく後ろを振り返るので、察したようにレネ君が尋ねる。
「ちょっと気になる。変な事にはならないと思うけれど、何か海が失礼な事を言ったりしないか、とか(よそ行きの海はそつのない完璧王子だけれど、本当はかなり、というか、とても口が悪い)」
「大丈夫だよ、多分あの二人は気が合うと思うよ」
「レネ君がそう言うのならそうなのかもね。ちょっと安心する」
私がそう言うと、レネ君は笑った。それから私を見上げて尋ねた。
「怒ってないの?」
「なんで?」
「二人を勝手に引き合わせて話させたから」
私は彼に目線を合わせるようにしてしゃがんで、
「なんだ、そんなこと。レネ君でもそんな事を気にするんだ。ちょっと意外。もちろん、そんなの全然問題ないよ」
「そう、よかった」
ちょっとほっとする彼に、私は笑った。
「むしろよくやった、くらいのものだよ。海にも聖一さんにも直接話してもらう方が私も楽だし」
間に私や誰かが入るよりも二人で直接話してもらうのが一番手っ取り早い。海が何をどうしたいのかはわからないけれど、それは海の決めることだし。と何となく崖の向こうの湖を眺めていたら、レネ君が
「僕もそう思ったんだ。でもカンナの気持ちを聞く前にそうしたから」
「いいんだよ、ありがとう」
「うん」
レネ君や聖一さんとの関係性には、不思議な通りやすさのような、普段の人間関係でありがちな変なしがらみめいたコミュニケーションの障害がない、すっきりとしたスピード感があった。いわゆる話が早い、というやつだ。時にそれは現実では当然の手順を飛ばしてしまうくらいの通りの良さなので、たまにこうした事が起きる。でも私はそれに関して特に気にしたことはないので、あくまでレネ君側の現実社会で必要とされる礼儀とか配慮の問題なんだろうと思う。実際にそれでトラブルになりかねない事はあり得るわけだから。人間関係や社会というものにはそうした手順や手続きがあふれているし、それを重んじるところもある。
「レネ君も大変だねえ」
私がしみじみそう言うと、彼はちょっと笑った。
「そんなこと言うの、カンナくらいだよ」
「そう? 案外、みんな思っていても言わないだけかもよ。必要な面倒くさい手順を省くことを今レネ君が覚えてしまうと、将来きっと苦労するだろうって思うから。だからあえて言わないんじゃない」
彼は少し目を丸くした。
「それは思いつかなかった」
「自分の事は意外とわからないものだものね」
「うん、そう。そうだね」
いいこいいこ、と彼の頭をなでながら
「レネ君は天才だし、特別な才能もあるけれど、でもまだ子供でもあるんだから、みんなきっと心配しているんだよ。ただでさえひとより苦労が多いだろうからね」
「……」
彼はちょっと複雑そうな、照れくさそうな表情でもじもじとしていた。
あら、何だか可愛らしい。そう思ってもうちょっと構いたくなってしまったけれど、それでは彼の自尊心もあるだろうから、と私は最後に彼の頭をぽんぽんとたたいて、もじもじして照れくさそうで居心地悪そうにしている彼を解放してあげることにした。
私たちはしばらくそこで草木や虫や鳥の観察をしたり、植生について詳しい知識を披露してくれる彼のミニ講義を楽しんだりして十分に自然を堪能し、満足してから帰途に就いた。帰り道、レネ君は私にぎゅうっと抱き着いてきたりして、少し甘えていた。今までの、海や陸に対して見せていた手放しでの甘え方ともちょっと違う、ちょっと遠慮がちな、おずおずとした感じで。こんなふうに、いろんな人に子供らしく甘えたり、愛されたりして、愛情を沢山もらえるといいな、とこれからの彼のことを何となく思った。
聖一さんの家に戻ったら、海が聖一さんのノートパソコンの前に座って、その少し後ろで聖一さんが画面を見ながら何かを教えているみたいで、二人は私たちが戻っても振り向きもせずに「おかえり」と言うだけだった。そしてそこに興味を惹かれてレネ君も加わり、気づいたら男三人で何やら楽し気にやっているではないですか。
うーん、案の定というか、なんというか。
私はそれを横目に、こんなこともあろうかと持ってきていた読みかけの本をかばんから取り出した。
そうして気づいたら、私はソファで静かに本に集中し、海は私の事なんてすっかりほったらかしで、聖一さんとレネ君に何かを教わりながらパソコンでの作業に熱中していた。何となくこうなるような予感はあったけれど、まさか本当にここまで放置されるとはさすがに私も思わなかったので、少し疲れていた私はいつのまにか本を手にしたまま暗くなるまで居眠りをしてしまった。
「夕ご飯を食べて行けば?」
気付いたら窓の外は真っ暗。いつの間にかかけてくれていた薄手の毛布を畳んでお暇の準備をしようとしていた私にそう言ってくれる聖一さんに、さすがにそこまで図々しくは、とお断りしようとしたら、隣で屈託のない声がした。
「ありがとうございます」
なんと嬉しそうに海が答えているではないか。
「ちょっと、いくら何でも」
袖をくいくいと引っ張ると、海はけろっとした顔で私に言った。
「だって、まだ続きを教わりたいんだよ」
あきれている私に、レネ君が可愛らしく助け舟を出して
「僕も一緒に夕ご飯をみんなで食べたいな」
「ほら」
「ほらじゃないよ」
私があきれ返っていると、聖一さんは笑いながら、私達に「じゃあ、みんなで一緒に何か作ろうか? レネも楽しみにしているし」と言って、私に「生地はあるから、材料を切って載せて焼くだけなんだけれど、ピザでも作らない?」と訊いてきた。
「あ、それなら、僕もやれる」
「俺も手伝います」
即座に二人が手を上げたので、夕飯は手作りピザになった。これは思いのほか楽しかった。レネ君が特に楽しそうで、海とふざけ合いながら喜んで作っていた。
聖一さんが冷蔵庫の中のものを整理したいから、と色々な食材を出してくれたので、中位のピザ生地にして新鮮なトマトや玉ねぎ、キャベツやニンニクの芽、それにハーブ類を適当な大きさにカットして、イカやエビ、卵やウィンナ、残り物の焼き肉なんかをお好みで盛り付けてチーズをふりかけて、と何種類かの味のピザをそれぞれに作ってオーブンで焼いた。サラダはレタスときゅうりとトマトとルッコラで作って、仕上げにボイルしたエビと卵をのせた。ドレッシングは和風でさっぱりと。何だかうっかり楽しくみんなでお料理して、そうして簡単なサラダとピザと聖一さんがついでに出してくれたローストチキンでお夕飯を食べたら、すっかり仲良しみたいになってしまっていた。
海は聖一さんとレネ君の二人から新しいプログラムの組み方を教わっていたらしく、自分が試してみたかったアイデアを実現するとっかかりが得られた! と大喜びだった。その間も、こうしてああして、と三人でロボット作りのアイデアを出し合っていて、何だか楽しそうに夢中になっていたので、私は聖一さんに「申し訳ないから」と自分から後片付けを任せてもらうように買って出て、私と海がお│暇をする頃にはすっかり夜も更けていたのだった。
お土産に珍しい外国のお菓子まで頂いた帰りの車中で、運転しながら海は「来てよかった」と満足げに言っていた。機嫌よく鼻歌まで歌っている。まあ、それならそれでいいんだけどさ、と思いつつ、この分だと、陸も聖一さんに会ってみたいとか言いそうだな、と私は何となく思っていた。




