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二日後に今度は海が校門の前まで迎えに来た。
「今度は海なの」
「また誘いに来た」
海が愛想よく聡子とキイナに自己紹介がてら挨拶しているのを横目にあきれていたら、聡子とキイナはまたあっさりと今度は海に私を生贄として差し出し、笑顔で手を振り去って行った。
「今日はどんな予定だったの」
と海が訊くので
「特に何もないけど、キイナの家でお喋りするつもりだった」
「そっか。じゃあ行こうか」
海と並んで駅まで歩いた。
「誘いに来てくれるのは嬉しいけど前もって知らせてくれない?」
「前もって言っておけばマンションに来る?」
「うん。と言うか突然来られても結局行ってるよね」
「そうだね。じゃあ週三日くらい一緒に勉強しない?」
「いいけど、なんで週三日なの」
「部活あまり休むとまずいから」
「休むことないじゃん?」
「部活終ってからだと遅くなるし、その間一人でいてもつまらないから神奈は来ないだろ」
そうだな、と思った私は彼に提案した。
「キイナの家でお喋りしてから帰りに海たちのマンションに寄ってもいいよ」
「そうしたらあまり神奈の勉強時間がとれないだろ」
「そこまで気にしてくれなくてもいいよ」
「神奈の成績が今までより上がれば、神奈の両親のお墨付きが得られるじゃないか」
「今でも十分なくらいだと思うけど」
受験が終わってからすっかりたるんでいた私が海や陸と一緒に遅くまで勉強してくることに、母は大喜びだった。父も礼儀正しいお隣の兄弟を気に入っているので特に問題なしだ。何も気にする必要なんてないのに。
「いいの。これは俺らの問題だから」
「私の問題では」
「とりあえず、月水金で俺と陸が交替で迎えに来るからさ」
勝手にそう決めて海は私の手をとって引くように先にたって歩き出した。
「ちょっと勝手に決めないでよ」
「前もって言えって言ったの神奈だろ」
この前陸が迎えに来たのが水曜日。そして今日は金曜日だった。
「……もしかしてもう決めてたの?」
私が言うと、海は振り返ってにやっと笑った。
「あたり」
こいつらは何を考えているんだ。
黙って海について歩いていたら、彼はまた振り返って私にたずねた。
「どっか寄って行きたいところある?」
「……特にない」
「ふーん」
海は私を少し見つめていたが、また前を向いてさっさと歩き出した。そのまま何となく黙ったまま電車に乗って目的の駅で降り、マンションまで歩いていたら、途中雑貨屋さんに私が目を留めたのに気づいた海が「寄ってみる?」というので私は頷いて、二人でその雑貨屋さんに入った。輸入物の雑貨を扱っているらしく、色々珍しい物や何に使うのかよくわからない物まであった。面白がって二人でこれ何かなとか言いながら見ていたら、店主らしいきれいなお姉さんが声をかけてくれて謎の物体の説明をしてくれた。アート作品として飾って置いてもよさそうな精巧な木彫りや金属製の細工物、陶製やガラス製の物やら色々あるのだけれど、元はと言えばそれぞれに実用的な用途があるのだそうで、その実用目的以外にも飾っておいてもきれいなので集めていたら沢山溜まってしまって、こうしてお店に出しているのだそうな。
私と海はお店を見て回り、素焼きの大きめのマグカップの上に素焼きのお皿型の蓋がついているセットがいくつかあるのを気に入ってみていたら
「これはちょっとしたお茶菓子を入れる小皿にしたり、蓋にしたり、受け皿にもなるのよ」
ティカップのソーサーのようにマグカップを乗せてみせてくれたら思ったよりしっくりはまっていた。
「ペアカップにしてもかわいいよね」
私たちの目の前で微妙な色違いの二つを組み合わせてくれたので、海はもうひとつそこに微妙な色違いのマグカップのセットを足して、
「これを下さい」
と言った。
彼女はちょっと意外そうに瞳を大きくしたけど何も言わず微笑んでそれを包んでくれた。
お会計の時に、海は
「僕たち三つ子なんです」
とにこにこしながらものすごく適当な嘘を言っていた。
「あ、そうなの?」
にこにこしながらお姉さんが応えてくれると、調子に乗って
「僕ともう一人が一卵性で妹が二卵性の珍しい三つ子なんですよ」
とか言っていた。
「優しいお兄ちゃんでいいわね」
にこにこしながらお姉さんにそう言われて私は笑うしかなかった。
お店を出てから
「何であんなくだらない嘘つくのよ」
「なんとなく。おもしろいかなと思って」
「だいたい誕生日は私が11月であんたたちが12月なんだから、どっちかと言うと私がお姉さんでしょうよ」
「そこかよ」
海と陸が一緒に作ってくれた私の試験対策ノートは聡子とキイナに大好評だった。二人ともそのノートのコピーを使って成績の順位をだいぶ上げた。もちろん私もかなり上がった。当然両親大喜び。海陸兄弟様様だ。確かにみんな幸せだった。
「今度は期末の分、よろしくね♪」
二人は満面の笑みで私にそう言った。
私はこの頃から殆ど家にいなくて、学校にいるか、友達の家にいるかで、週末も聡子やキイナと過ごすか、海と陸と過ごすかのどちらかが多かった。恋愛の話がほぼ半分以上を占めるクラスメートたちの中で、私の日常は友達の存在がかなり大きなものを占めていたので、適当に相槌を打ちながらも「そんなもんなのかなあ」程度の漠然とした感想しかなかった。流行の歌なんかも殆どみんな恋愛を歌っていて、どうしてもっと友情とかもっとちがうものをテーマにしないんだろう、たとえば宇宙の神秘とか、森羅万象の真理とか。となんとなく不思議に思いながらいた(私はクラスメートから変り者扱いされていた)。
淡い恋までいくかいかないかくらいの憧れの存在はいたけれど、その頃、私は恋愛にも性にもあまり関心がなかった。聡子とキイナは私と同じように変り者なところがあったので(二人の方がもっと如才ない感じだけど)彼女たちと一緒にいるときは気楽だったが、クラスメートの話題の中に入るとついていけずにたまにぼーっとなることがあった(退屈すぎて空想の世界に逃避していたと思われる)。
そのまま中学卒業、そしてエスカレータ─式で高校生になった。
さすがに高校生になると少し色気づいておしゃれもデートも楽しんだけれど、それも何となく付き合いでしている感じだった。私達の通う学校には兄妹校の男子校があって、たまにクラスメートに誘われて私たち三人もグループでのデートというかその男子校の生徒たちとの親睦会のようなものに付き合わされることがあったのだ。私にとってはその程度のものだったけれど、意外なことに聡子がそこで知り合った一つ上の先輩と真剣に付き合いだした。
聡子もやはり箱入り娘のお嬢様で、しかも婚約者(家同士で決めたもの)までいるものだから二人の交際は周囲に秘密だったけれど、聡子は根が真面目なので、その形だけの婚約者に直接、好きな人がいるので婚約は解消したいと伝えた。しかしその婚約者は聡子との結婚にこだわって婚約は解消しない、結婚は予定通りする、と譲らなかった。と言うか、それが火をつけたかのように、聡子の家に頻繁に訪ねてくるようになったのだ。まるで監視しに来るみたいに。それで聡子は両親にも妹にも周囲の友人知人にもばれないように細心の注意を払って、密かに彼氏との恋を育んでいた(もちろん私やキイナは隠れ蓑になって協力したし応援していた)。
キイナはキイナで、やはりその親睦会で知り合った同級生の男の子となんとなく仲良くなって、彼の方がキイナに夢中になった。せつない片思いだ。その上、キイナは筋金入りの箱入り娘で、しかも相当なシスコン兄が4人も待ち構えている上に、ラスボスには道場主で剣豪の父がいた。でも彼はめげずに健気にもみんなに認めてもらおうと桜澤家の道場に通い出した。私たちは心を込めて彼のことをチャレンジャーと呼んだ。それでキイナも差し入れに行ったり、たまに稽古の相手なんかをしたり。ひまだった私も何となくそこで一緒に手伝うようになった。海や陸が部活の大会前とか試合前で忙しいときや火曜や木曜にキイナの家にいつも通り遊びに行くと、いつの間にか後から彼が合流するような感じになったのだ。というか彼は道場の方に通っていたので、私達がみんなへの差し入れを持ってそっちへ顔を出しに行くのだけれど。
なんだかそんなこともあり、私たち自身も、周囲も、取り巻く環境も、すべてが微妙に、だが急速に変化し始めていた。
子供から大人に変化していく過程にいる微妙な時期特有の、なんとなく常に微熱に浮かされているか抱えているような状態で、とにかく一生懸命に夢と現実が奇妙に入り混じったような空間をひたすら前へ前へと泳いでいるみたいだった。
なかでも聡子の方は何となく悪夢と現実が入り混じったようなところにいるようだった。家族や婚約者の監視が日ごとにきつくなっていくみたいで何だかしんどそうにしていることが多かったが、その分彼との恋がまた燃え上っているみたいでもあって、恋愛に対して一番冷静そうだった彼女が、何だかずいぶんと情熱的な展開を迎えて、躊躇せず果敢にそこに飛び込んでいったみたいな感じだった。外向きには常に冷静沈着だったけれど、その内に秘めている激しさは私もキイナもよくわかっていた。
そして、いつもなんとなく、心配だった。
恋に奥手とか変り者と形容された私だったが、淡い憧れの人はちゃんといた。それが恋と呼べるものかどうかまではわからないけれど、憧れの対象であることは間違いなかった。聡子が聞いたら喜んだかもしれないが、私はそれを誰にも言わなかった。相手はキイナの三番目のお兄さん、聖一さんだった。彼はちょっと不思議な魅力のある人だった。これはだいぶ後になってから知ったのだけれど、聖一さんにはちょっとしたサイキック能力があるらしくて、そうした不思議な力を使ってごくたまに相談業の専門家からの相談依頼を受けたりしながら、学生時代に起こした本業もしているという、とにかく変わった背景のある人だった。しかしこの頃の私はそれは知らなかった。
初めて会ったときは、素敵な人だな、くらいの印象だったけれど、キイナの家に遊びに行った時にたまに彼に会うと、きまって彼はじっと私の目をまっすぐ見つめてから、優しく微笑んで挨拶をしてくれた。そのちょっとした間の、じっと見つめられる感じがなんとなく意識するようなきっかけだった。
聖一さんは、彼のくせなのか何なのかわからないけれど、じっと独特の間で瞳をまっすぐに見つめてから、何かを言ったり笑ったりすることが多かった。
彼のきれいな瞳で、その独特な透明な眼差しで、まっすぐに数秒ほど見つめられると私はいつも不思議な感じがした。何だかマジシャンのようなイメージを彼にもってしまった。それはちょっと神秘的な、でもちょっとこわいような感じ。魔法にかけられるとか催眠術にかけられるとか、そんなイメージを連想したのかも。
でも少したってから、そのイメージも変わった。何かで読んだ中にあった言葉があまりにぴったりくる感じだったので、そっちのイメージに変わったのだ。
それは、そのものの真実の名を問いかける、というような表現だった。
アメリカ先住民の思想哲学のなかに、真実の名には力があって、それは簡単に明かしてはいけないくらい大切なもの、力のあるものなので真実の名をとても大切にする、秘密にする、というようなものがあったのだ。
うまく説明できないけれど、彼のじっと見つめる独特な間と透明な眼差しには、そのものの真実の名を直接、まっすぐこちらの心に問うてくるような、心のずっとずっと深いところにある本当の私の素性を明かすことを促される様な、そんな神秘的な響きがあった。どこか心の奥深いところ。私たちに魂とか深い精神のずっとずっと奥の世界があるとしたら、その根源とか。私が生まれて来る前にいた世界があるなら、そこにまでこだまして次々に響き渡っていくような。なんでと言われてもただそんな風に感じるとしか言いようがないんだけれど。そしてそれは、真実の名を彼に明かせと要求する問いなのではなく、私に自分自身の真実の名を思い出させるための問い、という感じだった。私は彼にじっと見つめられるたび、いつもそんなふうにまっすぐに心の中に問いかけられているような不思議な気がした。
――君の真実の名は? それを思い出せる? 覚えている?
たとえるならこんな感じだ。
そのものの真実の名を問いかける
おおこれだ、この表現だ、まさしくこれだよ。
その表現を見つけた時、なかなか言葉にできなかった感じを的確に過不足なく表現していたので、あまりにぴったりすぎて驚いたくらいだった。それ以来、なんとなく彼は私にとって不思議で神秘的な何かへの憧憬のような、淡い憧れの対象になったようだった。変り者の称号を有難く戴いているにしても、それでもこのことに関しての自分のかなりの奇人変人っぷりは自分でもよくわかっていたので、話したところで誰にも理解されないだろうからと黙っていたのだった。
聖一さんとの接点は十五歳くらいからちょっとずつ増えていった感じだった。それまでは挨拶程度の関わりでしかないし、淡い憧れの対象。素敵なお兄さんだけれど彼はおとなのひとだったし、遠くから何だかきれいで素敵だなあと風景や景色を眺めている感じに近かった。




