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聡子と私とキイナは放課後の教室かキイナの家でお喋りをしてよく過ごした。キイナの門限が五時なので外だとあっという間に時間を過ぎてしまうからだ(キイナの家は学校から徒歩圏内にある)。聡子の家の門限は七時だったし、うちは連絡すれば九~十時でもOK、それで海や陸と何となく仲直りするまではほぼ毎日のようにそうしていたのだが、彼らの勉強部屋で一緒に勉強をした日曜から数日後、とうとつに放課後の校門前で私は陸に待ち伏せされて聡子やキイナに騒がれた。
「あ、私この人知ってる。あなた陸上やってるでしょ。全国大会の記録保持者だよね」
「もしかしてカンナの彼氏?」
艶やかで真っ直ぐな黒髪、秀でた額に意志の強そうな眉。綺麗な瞳。すらりとした手足。彼の整った容姿は人目を引く。周囲の視線が集まる。私は慌てて「ち、ちがう。おさななじみ」と二人に言ってから「陸、何でここにいるの?」
陸はけろっとした無邪気そうなかおで
「ひまだから神奈の学校どんなとこか見てみたくて来てみた。運が良ければ会えるかなーと思ってたら」と私を見てにっこり笑って「会った」
「実は秘密の彼氏じゃないの~?」
ひやかす二人に私は
「ちがうって。お隣さんのおさななじみ」
「もしやカンナを待ち伏せして告白とか?」
キイナが陸本人に直接そう訊いたので、陸はにっこりして名前と学園名、学年を自己紹介してから
「もう少しで中間試験だからまた一緒に勉強しないか誘いに来たんだ」
それで私が聡子とキイナを彼に紹介していたら、聡子が私と陸を交互に見て言った。
「行ってきなさいよ。全国模試の上位者でしょ。あなた、兄弟で揃ってランクインしてるよね」
「陸上の記録保持者は俺じゃなくてその兄弟のほうだけどね」
「陸君はサッカーの選手じゃない? 陸君の名前聞いたことあるよ。すごく強いんだよね、陸君の学校のチーム。精鋭ぞろいって有名だし」
キイナがそう言うと、陸はうんと頷いている。
「そうなんだ」
現在の海陸兄弟のことを殆ど知らなかった私は、逆輸入で情報を仕入れることになった。
「なんであなたが知らないのよ」
「だってそんなのいちいち訊かないし」
聡子にそう言っていたら、そのすきにキイナが陸に
「試験対策用のノートを作ってくれるならカンナを貸してあげてもいいよ」
などと勝手に交渉していた。
しかも、陸はにっこりしてばっちり請け負っていやがった。
「いいよ。まかせて!」
「何でそうなるの!!」
「いいじゃない。これでみんなで良い成績が出せたらみんな幸せ♪」
「じゃあ、あとよろしくね♪」
「うん、まかせて♪」
キイナと聡子は陸とすっかり意気投合。私を彼の下へ生贄に差し出し、にこやかに手を振って去って行った。
「ちょっとー!!」
うらぎりもの、と去っていく二人に怒っていた私の手を取って、陸は「じゃ、行くか」とさっさと駅の方向へ歩き出した。
「どこ行くの?」
「勉強部屋のマンション」
そのまま手を引くようにしてすたすた歩いていく。
「海は練習があるから後で合流するってさ」
「……初めから計画的だったってこと?」
「あ、ばれたか」
言って陸は私を振り返ってにっと笑い
「こんなにうまくいくと思わなかったけど」
とけろっとしている。
なんなんだよ、まったく。
「そんなにむくれるなよ。こないだの日曜があまりに楽しかったからまたそうしたいなーって海と言ってたんだよ」
私は彼を見つめた。
「確かに、あのときは楽しかった」
私がそれは認めると陸は歩調を少し緩めて私の隣を歩きながら笑った。
「だろ?」
「でも今日は、キイナの家で取り置きしておいてもらったスイーツをみんなで食べる予定だったのに!」
「なんだ、そんなことか。じゃあ何か埋め合せに食べたい物おごってやるから、行きたいところに行こうよ」
「ホント?」
何故か、またころっと釣られてしまった。
「うんいいよ。どこ行きたい? 何食べたい?」
まじか。どうしよう。
急に降ってわいた幸運に私はあれこれ迷って、結果、二人の勉強部屋の最寄り駅にあるパン屋さんのスタンドに連れて行ってもらった。ここのパンはふわふわで特製のクリームがものすごく美味しくて大人気なのだ。ふわふわしたパンに各種フレーバーホイップクリームと季節の果物やジャムが入っていて、ケーキよりも軽く食べやすいうえに、ものすごく美味しい。手軽にぱくぱく食べられる。私は一度に二つくらいぺろっと食べてしまう。私たちは飲み物と一緒に特製クリームパンを買って、途中の丘で手すりに並んで腰かけて遠くに夕日を眺めながら一緒にそれを食べた。海の分とついでに自分たちにもお土産分を買っておき、そこでは一つずつ選んだものを仲良く半分にして交換して食べた。
ケーキバイキング以来、種類の多い美味しいものは分け合うとたくさん食べられる方式が私たちの間ではなんだか定着していた。これは美味しいものをちょっとずつたくさんの種類食べることができて、しかもおなかがいっぱいになるまでに沢山の種類が食べられる上、その中から自分が特に好きなものを選ぶこともできる合理的なシステムだったので、食いしん坊の私たちはとても気に入っていた。
「これうまいな。初めて食べた。ハマりそうだ」
「でしょう」
私は嬉しくてちょっと得意気になる。
自分の好きなものを褒められるとなぜか人は自分のことのように自慢したくなるものだ。
「お土産分に沢山買ったから、後でみんなで食べるの楽しみだな」
「うん」
半分ずつにしたパンを手に持ってじっとそれを見ていた陸は私にふいに言った。
「そういえばさ、まだ神奈が小学校に上がる前に、俺たち三人でうちの父親に連れられて映画の撮影スタジオに連れて行ってもらったことがあったの、覚えてる?」
「え? そんなことあった?」
「うん。なんか映画のセットの家とかあって、神奈がその家をものすごく気に入ってさ」
「ふーん?」
「ここを三人のお家にしよう! って言いだして、そこをおままごとの実物大セットにして遊びを仕切り出した」
「へえ」
まったく覚えていない私は他人事のようにそれを聞いていた。
「その映画用セットの家は二階建の設定で、一階分のスペースも二階分のスペースも天井がなくて、スタジオ内に平屋の家が二つあるみたいだった。そのうちの一階分のスペースの家の間取りを神奈が気に入って、そこを我が物顔で占拠して、ここは三人のお家宣言したんだ」
「なんかいまいち納得できない表現があるんだけど、まあいいわ」
「それで部屋割りをすることになった。その家の間取りは広い部屋一つとその半分の広さの部屋が二つある3LDKだったんだけど、それを神奈が『かいとりくはふたりでひとつだから』って言って、あ、これは俺らがよく自分で言ってたんだよ。俺と海は二人で一つみたいなものだから何でも一緒なんだ。だから公平にしないといけないんだって。それで続けて神奈は『だからこっちの広いお部屋はかんな。かいとりくはこっちの半分ずつのお部屋ね』って言ったんだよ。幼稚舎で割り算までは習ってたから、おいそれはおかしいだろう、ってさすがに俺らが抗議しても『なんでよ』って神奈は言うわけ。こいつなんてごうつくばりなやつだ、って俺はものすごく腹が立って抗議してたけど、神奈はまったく聞かないんだよな」
「……へえ…」
まあ、小さい頃だし…、それに二人と違って、私はまだ算数のさの字も知らなかっただろうし…、と自分で自分をこっそり励ましていたら、陸は続けて言った。
「そうしたらそれまで俺ら二人のやり取りを聞いてた海が、紙と鉛筆を持ってきて部屋の間取りを書き出して、ここはこの部屋の二つ分の広さでしょう、だからこの場合は、この広い部屋を僕たち二人の部屋にして、こっちの半分の部屋を神奈が使えば公平でしょう、って言ったんだけど、それでも聞かないの。もう一個の部屋はどうするのとか言い出して」
「……」
「俺らはあきれて、そんなの物置かお客さん用にすればいいじゃないかとか言ってたんだけど、その内にスタッフの人が差し入れの焼き菓子を持ってきてくれたんだよ。大きめの四角いワッフルだった。海はそれを一つ、みんなでわけるからってお礼を言ってもらって来た。そんでそれを目の前で二つに割って、その半分の一つをまた半分に割って三つに分けたのを神奈に見せて『かんなは自分は一人分だからこっちって言って、この大きい方の半分をとって、僕らにはさらにその半分ずつで、かんなの一人分のスペースに僕ら二人を押しこめようとしているんだよ』って説明したら、さすがに神奈もこれはおかしいと気づいたのか、ごめん、って言ったから、とりあえず大きい半分のワッフルも半分にして四分の三を三人で分けた後に、残りの一つを適当に三等分して仲良く分けたんだよね」
「よくそんなこと覚えてるね」
「ふたりで一つっていうのと、一人分に二人を押しこめようってのは、根本的に意味が違うだろう!!! という衝撃的な自我の目覚めだったからな」
「ふーん」
「神奈の食い物への執着がすごい分、それで説明したらあっさり納得したのも、ある意味衝撃だった」
「なんか気になる物言いだけど、まあいいわ」
丘の上から二人で夕焼雲を眺めながら互いに覚えている小さな頃のことをちょっと話してから、私たちは彼らの勉強部屋へ行った。海は六時過ぎに帰って来てそのままシャワーを浴びてから私たちとの勉強に合流した。母には前もって連絡しておいたので、夕飯をまたみんなで作って食べて、デザートにお土産の特製クリームパンを仲良くみんなで分けて食べた。器用な海がほぼ均等に三等分してくれたので、それを見ながら、陸からきいた部屋割りエピソードを海に覚えているか訊いたら、ものすごく覚えてる!! って笑ってた。




