↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/114

17



 いつの時代なのかはっきりとはわからないけれどかなり昔の、多分この国の何処かだと思う。みずらと呼ばれる特徴的な髪形や翡翠の勾玉なんかの装飾品が印象に残っているから。


 王族とか貴族の様な立場の姉妹の内の姉の方がある高貴な身分の人(多分王族)の弟の男性のところへ嫁いだ。妹はその身の回りの世話をするために姉に一緒についていく事になった。姉は嫁いでしばらくして寝付くようになった。妹がこっそりと姉に毒を盛っていたからだった。そうしてそう月日もたたないうちに姉は亡くなった。妹は姉の夫にそのまま嫁ぐことになった。


 やがて政変が起きて、夫は兄を討ち自分が首領(王)の座に就いた。

 夫婦は力を合わせて戦を続け自らの権勢を伸ばしていった。二人の間には子供(皇子)が生まれた。子供は幼いころから病弱だった。

 夫が戦死した後、妻は皇子の後ろ盾として政治のトップに立ち続けた。

 皇子の従兄弟にあたる近い将来には政敵となりうる優秀な青年にねつ造した嫌疑をかけて処刑したり、他の政敵も罠にかけたりあらぬ疑いをかけたりして同様に排除・始末していった。実質的な女王として君臨しながら彼女は自分の皇子を王にしようとしていたが、皇子は結局若くして亡くなった。


 その後、彼女は別の王族の男性の元に嫁ぎ、その夫との間にも皇子と皇女をもうけた。

 新しい夫には既に何人かの妻がいて、その間にも皇子がいたので、彼女はその皇子たちにも毒を使ったり罠にかけたりして次々と殺していった。

 それに気づき夫に進言しようとしていた夫の姉にも罠を仕掛けて殺した。

 順調に邪魔ものを排除していった彼女だったが、あるとき夫の姉殺しが露見してしまい、結局すべて夫にばれてしまう。そして彼女は、夫と手塩にかけて育てた自分の皇子の手によって殺された。


 この時代のこの国においてこうしたことは特に珍しい事でもなかったようだ。親子兄弟姉妹や親族間で政権をかけて殺し合う、そうしたことが表立っても陰に隠れてもよく行われていた。

 

 この不思議な夢を見たとき、私はこの中の誰でもなかった。ただ最前列で映画でも観る様に全てを観ていただけだったけれど、自分の実の姉を殺し、政権を揺るがしかねない邪魔ものに次々とあらぬ疑いをかけて殺し、それを暴露されそうになったので告発者までも殺し、そうして順調に邪魔ものを排除していき、あと一歩、という所で告発者殺しを暴かれ自分の夫と子供に殺された女性──彼女を、私は亜美ちゃんだと認識していた。


 目が覚めてぼんやりしながら、そうか、こういう事か、これがその人の普通、なんだ。そういう世界もあるのだ──と改めて納得した。


 善い悪いではなく、それがそのひとの日常で在り、当たり前の世界観。そうしたものもあるのだ、と。もちろん、それは他者との関係性の世界では当然の禁忌であり、何らかの罪穢れに相当するような所業ではあるけれども、だからこそ上手にそれを隠したり正当化したりして行うわけだけだが、それでもそれに対して何のためらいもない、当然の事として実行してしまえる、そしてそれをうまく世間的に取り繕う(相手にあらぬ嫌疑をかけるなどして)、その全てが彼女にとっては当たり前のことだった。心を痛める素振りはしても、実際には何とも思っていなかった。そして、最初の子供のときも、皇子が病弱だったのは傀儡(かいらい)にするために彼女がこっそりと死なない程度に薬を盛っていたからであった。


 彼女を討った夫と自身の子供に関しても義憤から彼女を殺したのではなく、彼女が自分よりも身分が上である王族の皇女を殺したからであり、それにより自分たちの政治的な立場が悪くなる事や自分達への嫌疑を晴らす為のことだった。


 



 レネ君が聖一さんの家に戻ってからしばらくはなんとなく寂しくなったね、と家族で言っていたが、実際は私自身はバイトに行けばそこで会えるので、そこでの彼の様子を家族への土産話として持ち帰る事が続いた。母と父にとっては一足も二足も速い孫でも出来た気分だったのかレネ君をとても可愛がっていたので、それはとても喜ばれた。


 海と陸もたまに、あいつはどうしてる? と気になるみたいだったので、それをレネ君と聖一さんに話したらレネ君がまた泊りに行きたいと言い出し、たまにバイト帰りの私について帰って来て、そうして私の家と海と陸の家に泊まってまた帰って行ったりした。


 聖一さんがレネ君が相手の顔を見てパソコンから通話できるようにしてくれたので、レネ君は本国の家族や友人、それに海や陸とも気軽に通話していた。特にホームシックになる様子もなく、彼はこの国に来て問題なく快適に過ごしているように見えた。本国の学校(大学院)とも画面通話でやり取りしながら自身の研究や勉強を続けているみたいだった。





 海が何となく変わった気がする。

 どこがどうというのでもないのだけれど、何となく。


「何?」


 私が読みかけの本から顔を上げて彼の横顔を眺めているのに気づいて、海は目の前のパソコンの画面から顔を上げずに訊いてきた。


「何でも。ただ何となく見ていただけ」

「そう」


 言って、彼は黙々と自分の作業を続けている。私は読みかけの本にまた目を落として文字を追う。海の部屋のベッドに私は寝そべって、時折ちらっと机に向かっている彼の横顔を見て、そしてまた本に目を落とす。


 机の向こう側の少し開いた窓から風が入って来た。レースのカーテンが揺れて、光に透けて時折青く見える彼の艶やかな黒髪も風に洗われて端正な彼の横顔が顕わになる。何となくそれを綺麗だなあと思いながら眺めていたら、ふいに海がこっちを振り向いた。目が合い、しばらくそのまま互いに黙ったまま目を合わせて、何か言った方がいいかな、と思っていたら、海がふっと少し微笑んだ。そうしてまた前を向いて作業に戻った。


 いつの間にか眠っていたのか、気づいたら海がベッドの端に腰かけて私を見下ろしながら髪をなでていた。開きっぱなしの本を枕にしてうつ伏せに眠ってしまっていたので、身を起してページが折れたりしていないかを確認しそれを閉じた。買ったばかりの本に開いた跡が少しついてしまったので、それを残念に思いつつ。


「レポート終わったの?」

「うん」


 言って海は私の髪に顔をうずめて「どこか行く? まだ明るいしドライブでもする?」と耳元で尋ねて来たので、私がちょっとくすぐったくって身をすくめて逃げるようにして笑ったら、腕の中に軽く抱き寄せて海も笑った。ここのところ、海は何となく穏やかで明るい。それに何となく雰囲気が大人びた。


「このままこうしていてもいいけど、神奈はどこか行きたい所ないの?」

「公園に行きたいかな。少し歩きたい。海は? どこか行きたい所ないの?」

「うん、こうしているのが本当は一番いい」


 言って私を背後から抱きすくめるようにして、頭の上で少し笑った。


 

 外に出ると春先のあたたかなやわらかい陽射し。マンションのそばにある公園を散歩して、常緑樹の緑の葉の隙間からきらきらとこぼれる木漏れ日を見上げたり、東屋のベンチに並んで座って池の鴨が泳ぐのを眺めたり、猫と遊んだり、のんびりと過ごしながら、気づくと時折海は私を少し離れた所から見つめていたりした。ちょうどいい距離感で。そうして目が合うと、ふっと穏やかに微笑んだ。彼の少し冷たく見える端正な顔が花がほころぶように幸福そうに微笑むのに私はつい見とれてしまった。海ってこんなに綺麗に笑うんだ、と改めて新鮮に感じながら。


「なんか照れるね。海があまりに優しく笑うと」


「そう?」言ってから海は「でもちょっといい気分かも。神奈が俺を見て赤くなったりするのって」と冗談混じりに「惚れた?」と訊いてくる。それでまたなんだか少し照れていたら、「そっか、俺に惚れてるんだ」とにやにやしていつも通りの口調で言った。私はその頬を軽くつまんでひっぱってやった。 


「なんか最近機嫌いいね」

「そうかな」


 私が何となく彼を見上げていると、海は私を抱き寄せるようにして木陰に身を隠すようにした。そうして私の耳元で、囁くようにして言った。


「あいつと話した。この間、レネとのビデオ通話のときに」


 聖一さんの事だ、と気づいて私はちょっと驚いた。彼の顔を見ようとしたけれど、彼は私をきつく抱きしめるようにしたまま、耳元で続けて言った。


「神奈との関係はどういう関係なのか、って直接聞いたんだ」


 私は息をのんで驚いたまま、じっとしていた。彼は腕の力を緩めて、私の顔を覗き込んだ。


「何て答えたか気になる?」

「えっと、それは気にはなるけれど、でも、一体何で急に」

「レネに聞いたんだよ、最初。バイト先の上司って、神奈の好きになった相手で、昔からその影がちらついていたあいつのことだなってすぐわかったから」


 私の表情を見つめながら彼は「神奈には口出ししない、って約束していたようなものだから聞けないし」と言った。私はちょっと息をついてから「訊いてくれればよかったのに」


 レネ君の事だから、直接訊いてみれば? とすぐに聖一さんと海を繋げたんだろう。

 何となく私がそう推察していると、海は私の目を見て言った。


「神奈には交際を申し込んで随分前にふられた、ってあいつは言っていたよ」


 信じていいのか、というような、ちょっとした不安が彼の瞳の中で揺れている。

 それで私は少し息をついて、彼の腕の中から身を起し、直接海の瞳に語りかけるようにして言った。


「もともと聖一さんとの関係は、海との関係が行き詰ったときに成り行きで進展していたものだったから。聖一さんは私にとってかけがえのない人で、絶対に必要な大切な人だけれど、多分本当は始めから恋愛の対象ではなかったの。彼との関係をなんて説明していいのか私も解らない。ただ今は、適度に距離を持った関係で、男女の関係ではない。私が彼を異性として好きだと思い始めていた時、海との別れ話をした時のあたりでは、恋愛の本当の初めの感じの付き合いが少し続いただけで海が考えていた様な関係までは持っていないし、彼が関係を進めようとしてきた時には私はもう既に海との関係を清算しようとする気持ちはなくなっていたから、結局お断りすることにしたんだよ」


 何で言ってくれなかったんだよ? と尋ねる彼に、私は言った。


「だって、男女の関係ではないにしろ、私にとって彼が大切な人であることには変わりはないし、かけがえのない人、絶対に必要な人で、それを私は誰かにきちんと分かる様に説明する事ができないし、解ってもらう事も難しいだろうと思ったから。多分、話しても信じてもらえないだろうって思っていたからだよ」


 それに、信じてもらえなくたって、別にかまわないって思っていたから。

 海がどうしても知りたいと言うなら説明くらいはしたかもしれないけれど──誰にどう思われようと、私はどうでもよかった。本当に。


「そうか」


 そう言って、海はそれ以上は何も言わなかった。でも複雑そうな表情をしていて、何か色々考えているんだな、と思ったので、


「海も聖一さんに会ってみる?」


 私がそう尋ねると、彼はちょっとぽかんとしていた。

 鳩が豆鉄砲をくらったような、ってこんな感じなのかな? 何となくそんなことを考えていたら、海は「いいの?」と訊いてくるので、「いいも何も、海がそうしたいかどうか次第だよ。聖一さんに会ってみたいって言えば、彼は快く承諾してくれると思うけれど」と私が返すと、


「会う」


 きっぱりした口調で彼は言った。

 

「そう、じゃあ彼にも都合を訊いてみるよ。あ、あと、彼はレネ君と同じような能力のある人だから」


 海がまたぽかんとしていた。


「え、そうなの?」

「うん、だからレネ君は彼のところに預けられたんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「彼と会うのも話すのも海の自由だけれど、へんな駆け引きとか隠し事みたいな事をしても時間の無駄だから、言いたい事や訊きたい事があるのなら率直にコミュニケーションを取った方がいいよ」


 海はちょっと興味深そうにしていた。


「なんか面白そう」

「言うと思った」

「神奈の事抜きにしても、興味あるなあ」

「多分、気が合うかもよ」

「ふーん?」

 

 興味津々という感じの子供みたいな光をその瞳に宿らせている彼を眺めながら、私は何となく肩の荷が下りた気がしていた。もうややこしいことや面倒くさいことはごめんだ、と思っていたので、どうせなら二人を直接会わせてしまえばいいんじゃない? (そっちですきなように解決してほしい)と思い付きで言ってみたものの、意外と正解だったのかもしれない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。