↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/115

16



「どうしたの?」


 レネ君と帰宅すると、母が玄関先で浮かない顔をして掃き掃除をしていたので何となく声をかけた。


「あ、お帰り。レネ君楽しんでこれた?」

「はい。楽しかったです」


 にこやかに天使の笑顔で答える彼の言葉には嘘はない。海や陸と思いのほか気が合った彼はお泊りを本当に楽しんできたからだった。


 「よかったわね」


 にっこりしてそう言って、母は私に「何でもないわ」と言い「おやつに頂き物のケーキがあるわよ」と中へ入るのを促した。私は「やった」と機嫌よくレネ君と家の中に入った。

 




「何だか最近、変な事を頼まれることがあるって、噂に聞いていたんだけれど」


 私とレネ君は紅茶とケーキを頂きながら目の前でため息交じりに話す母の話を聴いた。なんでも、私達が戻る少し前に地域の班長さんから、同じ地区内に住むある人が色々問題を起しているので防犯を兼ねてその人を見張ろうと誘われたとの事だった。見かけたら教えてほしい、できればこっそりと写真を携帯端末で撮影して送ってほしい、とか。


「それって、一歩間違うと問題にならない?」

「そうよね」


 言ってから、母は隣の市に住む趣味友達からも似たような話をつい最近聞いた事を話し出した。

 なんでもその友達には、自治会の人から、やはり近所に問題のある人がいるので、その人が出かける時に後を付いて行って見張りをしてほしい、というアルバイトのお誘いがあったのだそうだ。その人は何日の何時にどこへ出かけるから、その時に後を付いて行って、その人の近くで何度か咳払いをしてほしい、という奇妙な依頼だったそうだ。


 母の友達はその日には用事があるので断ったとの事だったが、たまたまそうした依頼が嫌がらせビジネスと言われるものの特徴を備えている事を知っていたので関わるのを避けて方便でそう言ったのだと母に教えてくれた。リストラとか怨恨とか内部告発者潰しなんかの為に、集団でターゲットを付け回して精神的に追い詰める、そうした嫌がらせネットワークビジネスがあるのだそうだ。


「何それ、気持ち悪い」

「でしょう?」

「関わらない方がいいよ」

「もちろん、そうだけれど、でもこの地域でも最近似たような奇妙な依頼がされるって聞いていたところに、今日の話で、しかも班長さんからの話だったから……」

「本当に防犯のためのものなのか、わからないものね」

「そうなのよ、困ってしまって」

「とりあえず、後をつけるとか写真を隠れて撮るとか、やめたほうがいいよ。どう考えても変だし」


 言いながら、私は自分も似たような被害に遭っていたな、と何となく思い出す。

 海と陸のファンの子たちから嫌がらせめいた事をされていた頃に、変な噂をばら撒かれて、不特定多数の人からつきまとわれたり、自分の動向を探られたりしていたし、亜美ちゃん関連では犯罪被害にも遇っている。集団で協力した私や母の見張りがいたり、盗撮や盗聴をされたり、家に侵入されたり、出かけている所を付け回されたり、物を盗まれたりとか、色々やられたのだった。


「……私が遭った例の犯罪被害のときだって似たような事があったし、何かの犯罪に関わっていないとも言えないし」

「そうよね」


 浮かない顔で母はため息をついた。





「関わらない方がいいよ」


 私の部屋に戻ってから、母の前ではずっと黙っていたレネ君は私にそう言った。


「やっぱり?」

「裏でマフィアとかカルトも関わっているみたいだよ」


 私は目を丸くした。

 何それ、何か急に話がおおきくなったぞ。


「それに、その問題があると言われている人は被害者みたいだよ。お子さんがいじめの酷い被害に遭って、それを専門機関に相談したのに握りつぶされた。加害者の子供が地域の有力者の子供で、被害者の方に問題があるという風に周囲に噂を撒いて訴えを封じようとしているみたい。加害者側の人たちが地域でその家族を孤立させていじめや嫌がらせをしているんだよ。被害者やその家族を精神的に追い詰めて病気にさせるとか、自死に追い込むとか、逆上させて本当に問題を起させるとかして、その既成事実を盾に加害者の本当の問題を隠そうとしている」


 レネ君は淡々とそう言って、


「そうした依頼をマフィアやカルトが請け負っているんだよ。こうした事は珍しくない。僕の国にもある」

「珍しくない?」

「うん、だってこれ、カルトのテロ工作の一環でもあるから」

「そうなの?」

「日常に紛れていじめや嫌がらせ等の虐待や犯罪行為を浸透させて共同体内に不和や不信の種を撒く事や、互いに見張らせたりして、共同体の協力関係が悪質な低俗なものになるように誘導したり、分断を扇動したりする事もその国の内部から崩壊させるためのテロ工作の一つなんだよ」


 何となく嫌な予感がして、私は彼に尋ねた。


「私、以前に犯罪被害に遭っているの。海と陸のファンの子たちに嫌がらせをされていたのだけれど、それってちょっと特殊というか、不特定多数の人がそのいじめや嫌がらせに協力していて、運よく判明した主犯の子やその近くにいた子たち以外は特定が難しい上に、上手に隠された加害手法を使うというようなものだったの。素人の子供がやることにしてはやたら組織化されてもいた。もしかして……」


 レネ君は頷いた。


「うん、君が考えている通り。カルトのいじめや嫌がらせネットワークが背後にあったみたいだよ」

「……カルトがそうした事もテロ工作に利用するのはわかったけれど、それに協力する人もたくさんいるわけでしょう。ずっと不思議だったの。何でそんなことをするの?」

「そうしないと、その人自身が不安を抱えている事や色んな抑圧を処理できないからだよ。いじめや嫌がらせに協力するとか実際に実行する事で得られる快楽とか利益で、自分達の処理できない葛藤を処理しているんだよ」

「でもそれって、本当の問題解決にはならないのではないの? 単に八つ当たりして気分をすっきりさせているだけみたいなものでしょう?」

「そうだけれど、もっと根が深い」


 私が眉を顰(ひそ)めると、彼は特に感情を交えずにこともなげに言った。


「その人自身に本当に自分自身の問題を解決する力がないから。だから問題を代わりに背負わせる犠牲者を必要としていて、本質の問題から逃げ続けているんだよ。個人でも集団でも内部の問題を本当に解決することが出来ないから外部に敵を見つけて攻撃する事でガス抜きをするのはよくある手口だし、本当の問題そのものを温存する為にも使う」


 確かにそれはそうかもしれないけれども……

 それでも私には疑問だった。


「……よくわからないんだけれど、解決する力が無い事と、代わりに誰かに問題を背負わせる事が何故その人の中では当然のようにつながるの? 普通は自分に解決する力が無いからってそうはならないでしょう」


 レネ君は少し笑った。バカにするような笑い方ではなくて、むしろ何か微笑ましいものを見たかのように。それからこう言った。


「それはカンナの普通だよ。君は基本的に自分自身の不安や葛藤を自分自身で処理する能力があるし、その為に誰かや何かに犠牲を押し付ける事を必要としない。だから、自分自身で解決できない問題に対しても、それを認めて、別の建設的な方法を探す事が当たり前だと思っている。


 けれど、基本的なその能力が育つ前に何らかの理由から自分自身の不安や葛藤を外化(がいか)する事で利益や快楽を得る事を繰り返し選択して来た人は、その土台からして脆弱なんだよ。それを補うために常に犠牲を必要とする。


 いじめや嫌がらせの加害者や加担者は強く優れているように見えても、人間として必要な基礎や根幹がきちんと健康的に育まれていないんだよ。過剰な攻撃性はそれを隠して補うためのものでもある。彼らは自分達が偽物だという事も知っているので、本物の力を持つ人がいては困るんだよ。犠牲に責任を押し付けて攻撃したり排除することを必要な事だと自分も周りもそう思い込ませていたいから。


 自分達にとって都合の悪い本物の力を持つ人々に対しては、嫌がらせやいじめや虐待なんかで常にその力を削ぎ落して貶めて居続けなければ自分達の本当の姿や隠れてしてきた事や表に出せない事がばれてしまうし、それは彼らにとってとても困る事だからね。自分たちの正体を暴かれたくはないし、それに対して責任も取りたくないし取らされたくもない。


 そもそも犠牲のシステムを維持し続けたい人々は、常に問題を惹き起し続けて周囲の目を欺き続けなければならない。彼らは消防士を装った放火魔のようなものだから、問題を本当に解決する能力を持つ人々やその本質に気づく人々を排除して、多くの命を犠牲にしてでも目先の利益を回し続けていくしかない。少なくとも彼らはそう信じている。別の道を選ぶことは、自分達にとっては不利で在って、それが問題を本当に解決する建設的な方法であっても、彼らはそれよりもすべてを犠牲にして全世界を巻き込んででも自分達にとって有利な道を選択しようとするし、そうする権利が自分達にはあるのだと信じているんだよ」


 私は絶句していた。それってなんて──


「はた迷惑なの」

「でもそれが彼ら彼女らの普通なんだよ」

「それでは問題が解決するどころか、新たな問題が次々に生まれて物事をどんどん悪くさせていくだけじゃないの。破滅的としかいいようがない」

「その破壊や破滅を推進しているのが、妄執に取り憑かれたカルト集団なんだよ。元々そうした願望や衝動を持つ人々をうまく惹き付けて吸収して、そうしてどんどん膨れ上がった。それが世界各地に散らばっている色々なカルトの元の姿だし、破壊工作やテロリズムを正当化できる方法がそれでもあるからね」


 そんな気持ちの悪い事を信じ込んでしまっている人々に対して、どうしたらいいのか本当に見当もつかない。でも放っておいたらどんどん周囲を破滅へと巻き込んでいってしまう。かと言って話の通じるような相手ではもとよりないわけで……


「どうしたらいいの?」

「自分の力や時間は有限なもので、それをどう使うかに意識的になる事だと思う」

「それはまた抽象的な」

「そうとしかいえないからだよ。前にも言った通り、僕らにできる最も確実な事は、足元や周囲にある沢山の犠牲に気づくことから始まる。そうして誰かや何かに犠牲を押し付ける事で解決するようなやり方は、その時点ではどんなに優れていて良いように思えたとしても、必ず後に問題を更に大きく複雑なものへと牽引(けんいん)していく悪循環や破滅への道でしかない事を身をもって識(し)る事から始まるんだよ。その上で自分達にできることを見つけていく必要がある。その時やその場の状況に応じて、各々が自律的にそれをしていくしかないんだよ。誰かや何かについていけばいいのではなくて、自分自身で見つける必要があるんだよ。そうでなければ、そうした人々の集団は簡単に操られてしまうし誘導されてしまうから」


 しばらく私たちは沈黙をした。

 レネ君は淡々と話して特にそれに何の感情を交えず顔色を変えないので、本当に何でもない事を話しているように聞こえてしまうけれど、話の内容はかなり深刻な話だったから。


「どちらにしろ犠牲のシステムそれ自体が破滅を内包していて、今ではその構造を維持し続けることがどんどん難しくなってきているから、余計にそれに依存している人間は何をするか分からない所もあって危険だ。強引なやり方で収奪をしようとなりふり構わずに色々な事をしかけてきて、人々を混乱させ、互いに争わせ、虐待し合い殺し合わせるように仕向けて来ると思うけれど、それに乗せられないことだよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。