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「何でだろう、こんなにも胡散臭い子供なのに、何故か誰よりも信頼できるような気がする。不思議だ」
にっこりと天使の笑顔でご挨拶したレネ君との初対面で、陸は心底複雑そうな表情をして私と海に言った。
私と海は顔を見合わせて、うん、と互いに納得したように頷く。
レネ君は酷い言われようなのに、終始にこにことご機嫌だ。
「それはね、小さい頃の陸と海にレネ君が何となく似ているからだよ」
私がそう言うと、陸は言った。
「だから余計に複雑だ」
「海や陸に子供がいたらこんな感じなのかな」
私が何気なくそう言うと、海と陸は無言になった。それで私は、あ、忘れてた、ごめん、と言いつつ
「別に他意はないよ」
「わかってる、けど、時と場合を考えろ」
陸にこそっとそう言われて、私はごめん、と謝った。
せっかく仲良くなったのにこれで気まずくなるのも厄介だな、と私と陸がちらっと海を見ると、海はレネ君を無言で見ていた。レネ君はにこっとして、海に手招きをして彼をしゃがませた。そして彼の耳元でこそっと何か話すと、海は目を丸くしてレネ君から身を離して、レネ君に尋ねていた。
「嘘とか変な冗談じゃないだろうな」
「うん、そんな悪趣味な事はしないよ」
「ふーん」
そう言ってから海がレネ君にゲームでもするか? とふつうに声をかけると、レネ君は陸のサッカーボールに目を留め「近くにあった公園に行ってみたい」と海と陸を見て言った。
「たまには一緒に体を動かすのもいいな」
陸が海にそう言って、ネットに入れて壁にかけてあったサッカーボールを手にすると、レネ君は嬉しそうに海を見る。海が頷いて「そうだな。お前ポジションどこ?」とレネ君に尋ねると彼は「リベロ」と。陸は口笛を吹いて「いいじゃん、面白そう。やろうぜ」と俄然やる気になる。
「見ているだけだと寒いし、神奈は留守番していてよ」
「そうだな、沙羅が後で来るからここで待っていくれると助かる」
「いいよ、楽しんできて。あ、でも怪我とかさせないように気を付けてよ」
「少しくらいかまわないだろ?」
海がにやっとしてレネ君に言うと、レネ君もにやっとして言った。
「望むところだよ。そっちこそ怪我しない様に気を付けた方がいいんじゃない?」
「言うな~、よし、楽しみだ。はやく行こう!」
待ちきれないというようにうきうきと陸が二人の背を押して玄関へ連れて行くのを見送りながら、私はちょっとほっと息をついた。
「子供相手に本気で遊んできたわけ?」
なんだか泥汚れをたくさん作って帰って来た三人の男を前に私と沙羅は呆れていた。
何やってんの、という沙羅に陸は「いや、別に本気ってわけでも……まあまあ楽しかったけど……」と叱られた子供みたいなかおで言い、その隣にいたレネ君が天使の笑顔で微笑んでから「初めまして」とお行儀よく頭を下げて自己紹介すると、沙羅は「わあ、可愛い……」と一撃でハートを撃ち抜かれていた。
「お風呂の準備をしておいたから入ってきなよ」
「レネ、おまえ先に風呂に入ってこい」海に言われてレネ君は、「わかったー」と海に連れられて浴室へ向かう。海は私を振り返り「子供用の下着コンビニで買ってきたから、後は俺か神奈の服を着替えに出してやって」そう言ってコンビニの袋を投げてよこした。
「カイ、一緒に入ろうよー」
「やだよ、おまえ悪だくみして何かいたずらしそうだし」
「そんなことしないよ?」
「何言ってんだ、そんな見るからに何か企んでそうな胡散臭いかおしやがって」
「しつれいなー」
キャッキャと楽しそうに海にじゃれついているレネ君を見送りながら沙羅は陸に「何か楽しそうだね」
「ん? ああ、意外に気が合うんだろう。俺も何となく気心が知れている様な、とても他人とは思えない感じがするし」言って、陸は「沙羅もあいつ気に入ると思うぞ?」
「うん、そうね、可愛い子だし?」
「ハート撃ち抜かれていたよね」
「いや、そういうのじゃなくてさ」
冷蔵庫から出した三分の一程度残っていた2リットルのペットボトルの水をそのまま口をつけて飲み干してから、陸は沙羅に言った。
「あいつ、すごく面白い奴だ。頭もカンもいいし、何よりセンスがいい。一緒に動くと大人顔負けの動きを平気でする。ああいう奴はたいてい頭がすごくいいんだ。人によっては手に負えないのがわかるから生意気だとか不気味がられて嫌われるかもしれないけれど、沙羅は絶対に気に入ると思う」
「陸って人の事をよく見ているんだね」
私が感心してそう言うと
「面白いからな」
「陸がそこまで言うのなら、そうなのかもね。楽しそうな子だね」
沙羅は興味深そうに言った。
「それより、神奈のところで預かってるんだって? 何か訳あり?」
陸が私に尋ねて来たので、私は二人にざっと彼の事情の背景を説明した。サイキック能力に関してはレネ君が自分で話すだろうから、一応それは避けて。沙羅はすぐに事情を理解して言った。
「植民地支配を今の時代に平然とやり続けていることへの批判も含めて、海外では人権運動や反戦運動が盛り上がっているみたいだよね。侵略国側の民族と同じ民族の人たちも戦争や人権侵害に反対して真っ向から侵略国を批判しているし。かなり大きなデモが世界各地で起きている。この国でのデモの日程とかもSNSで送られてくるよ。私も賛同しているけれど」
「先住民族の解放を求めたデモのやつだろう? こないだ沙羅が行くって言うから俺も付いて行ったんだ」
「ああ、そうだったんだ」
ほっとしつつ、私は言った。思わぬところで侵略側の国支援者に出会う事もあり、政治的な立場が絡む話題を話すのが日々微妙に緊張感を伴うものになってきていたからだ。
「私が見たのはどの国のもみんな平和的なデモだったけれど、レネ君の国では様子が違うの?」
「当事国出身者同士での衝突があるみたいな話だったけれど、私もあまり詳しく知らないの。最初に調べた時以来、特に情報を追って調べることもしていなかったから」
「調べてみる?」
陸が言って携帯端末を操作しながら
「主流メディアが情報操作されているなら、SNSでリアルタイムに発信している各国の現地ジャーナリストの報道なんかを見ればわかるんじゃないか?」
そう言ったきり、黙って画面をスクロールし続けている。
「検索したら、ジャーナリストやメディアに頼らなくても、ものすごい数の個人投稿が上がって拡散されているよ。平和的なデモ相手に警察が水ぶっかけたり、催涙ガス使ったりしているみたいだな」
「そうなんだ」
「酷いね、これ」
プラカードを持って平和的なデモをしていた女性に突然催涙スプレーをかけていたり、先住民族の人権を訴えている学生相手にこん棒で殴りつけている現地の映像が沢山流れてくるのを陸の携帯端末の小さな窓からみんなで見つめていたら途中で海も加わって、パソコンで見た方がいい、という事でみんなで海の部屋のパソコンの前で情報を検索した。
念のため、いくつかの主流メディアと独立系メディア、現地のジャーナリスト発信や国連関連や国境なき医師団からの現地情報なんかを一通り確認して分かった事は、
「侵略側の国のプロパガンダがとにかくすごい。自分達は被害者だって宣伝して、先住民族の抵抗運動を支援するのはテロリストを支援するのと同じことだって無理やりなことを言って、あちこちに圧力をかけまくっているらしい。大学でも反戦運動に参加する学生の奨学金取り消しとか、けっこうえげつない事をしているのが暴露されて、かなり荒れているみたいだ」
「侵略側の国は国連でジェノサイド(大虐殺)や戦争犯罪を真正面から批判されているし、各国から送られてくる食料や医療物資等の救援物資の搬入を邪魔したり、医者やジャーナリストが殺されたり、学校や病院をあえて狙って爆撃したり、とんでもないことをしているみたいだな」
うっかりみんなで深刻になっていたら、
「みんなで何しているの?」
いつの間にかお風呂から上がって来たレネ君が少し開いていた扉の向こうから、私達に声をかけて来た。
わかりやすくみんなで、びくっとしたら、
「入ってもいい?」
「いや、俺達がもう出るから」
気まずそうに扉まで行く陸に、海は「いいだろう、別に」と言って、「いいぞ、入れー」とレネ君に声をかけた。しっかり髪も乾かして海のだぶだぶのトレーナーを着たお風呂上がりのレネ君は海の部屋に入って来て興味深そうにきょろきょろ見まわしてから
「カイの部屋?」
「うん、そう」
「戦況について調べていたの?」
目の前のレネ君に真っ直ぐに見つめられて、陸は気まずそうに
「うん、まあそんな感じ」
「僕も見ていい?」
「いいよ」
「椅子使う?」
私たちが彼を招くと、彼は椅子に座って目の前のパソコンの画面を見つめた。
「知りたいなら、訊いてくれればよかったのに」
そう言って、彼はざっと開いたページに目を通してから、いくつかのサイトとリンク先を開いて、
「この独立系メディアや現地ジャーナリストの情報がわかりやすいよ。こっちは国連の現地調査官の発信先」
私たちに教えてくれる。
「レネ君の国ではどうなの? 当事国出身者同士で衝突が起きているの?」
「うん、個人間の小さな衝突はあるけれど、被侵略国、僕の母方のおばあ様やおじい様の国側の人たちはみんな平和的な手段で忍耐強く訴えかけている。ちょっとしたこちらの落ち度に付け込まれてしまうのを警戒しているのもある。ある事ない事を変な噂でばら撒かれて嫌がらせをされたりして地域に居づらくさせられたりする事は以前から日常茶飯事だったからね」
沙羅の質問に淡々と答えて、彼は
「どの国でも同じだと思うよ、程度の差はあっても」
「そうなの」
沙羅は言って、私をちらっと見る。
いじめとか犯罪紛いの嫌がらせなんかも日常的に結構酷いのがありそうだ。
何となくお互いにそう思っていたけれど、私たちは黙っていた。
「それはそうと、サラって僕とちょっと似ているね」
「そう?」
「うん、僕はサイキック能力が少しあるんだよ。君にもあるんじゃない?」
目を丸くする陸と沙羅に、レネ君は
「もの凄く苦労してとんでもない目に遇っても何故か奇跡的に運よく助かったり、しない?」
「うーん、そうだね、小さい頃から物凄く運がいいのか悪いのか分かんないようなところはあるかも?」
「最低と最高を両方味わう感じ?」
「そう、そんな感じ」
「だって、君凄くカンがいいもの。意志も物凄く強い。自分で強運を引寄せてしまうくらいに。リクやカイやカンナとこうしているのだって、君の強運が引寄せたみたいなものだし」
「何か分かる気がするかも」
言って、沙羅はレネ君に尋ねる。
「でも、独特の勘の良さや意志の強さとかって、陸や海君や神奈もそうじゃないの?」
「うん、そうだね、みんなそれぞれ違うけれど、本質はよく似ているね。でも、君の場合は突出していて、まるで戦災孤児みたいに、荒れ野を自力でたった一人で生き抜いて来たみたいな強運と強い意志の力があるから、みんなより開いているんだと思う。みんなはこれからって感じのところだけれど、君はもう少し開いている感じなんだ」
「開いている?」
「うん、そうした能力のポイントが体の各箇所にちょうど詮がしてあるみたいにあるんだけれど、栓が抜けるみたいにそこに力の流れが通ることを開くって言うんだよ」
「面白いね」
そう言って沙羅はレネ君に
「ちょっと質問してもいい?」
「どうぞ」
「私、陸と出会えて本当に良かったと思うの。もちろん、海君や神奈にもね。でも、その中でも、神奈にはすごく強い護りみたいなものを感じる時があるの。みんなもそれに一緒に護られているくらいの」
「ああ、君はやっぱりカンがいいんだね」
「じゃあ、やっぱり気のせいじゃないんだ」
「うん」
私が「何の事?」と尋ねると、沙羅とレネ君は
「サラもカンナも強運だけれど、サラが自力で強運を引寄せている感じなら、カンナは生まれる前から強運に護られてきているみたいな感じ」
「それにみんなも一緒に護られているみたいに時々私は感じるっていう話」
「そうなの?」
「うん、きっと君にとって、カイやリク、サラはとっても大切な存在なんだよ。だから無意識に自分にとって愛するもの大切なものにも自分のもっている護りを広げて分けているんだよ」
それまで黙って話を聴いていた海が口を開いた。
「おい、スピリチュアル小僧、それで神奈自身の護りが減るとか疎かになるってことはないのか?」
「ないよ、大丈夫。物質的なものの話じゃないからね。むしろ、広げて分ける程に大きく強くなるくらいのものだって考えてもいいと思う」
「ふーん、そうか。何かお前、すごいな」
まじまじとレネ君を見て海は言った。
よしよし、と頭をなでながら。
「もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
にこにこしてレネ君が言うと、海は
「うーん、そうすると、おまえ、調子に乗りそう」
「そんなことないよ? もっと褒めてくれてもいいよ?」
と自分の頭をぐいーと海の手のひらに押し付けるように背伸びする。
「何か、猫みたいだな、こいつ」
言って、そばにいた陸が手を伸ばしてレネ君の髪をくしゃくしゃとなで回すと、レネ君は嬉しそうにしていた。
「本当だ。ゴロゴロ言いながら、しっぽがあれば喜びに打ち震えて旗のように立てていそうだな」
海と陸に挟まれてレネ君は子供らしく手放しで甘えていた。
「なんか、あんたたち馴染んでるね」
私がそう言うと、海と陸は目を合わせて二人でハモるように言った。
「なんか、他人の様な気がしない。クソガキだってわかっているから余計に」
最後の一言は余計だった気がするけれど、まあいいか。




