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「どうしたの、その子?」
年も明けてしばらくして、久々にカップルらしく遊園地デートでもしようか、帰りに冬の海でも見に行こうか、なんて計画していた当日に私が子連れで現れたので、海が運転席からそう言った。彼は家まで車で迎えに来てくれたので、家の門の前での対面だった。
「ちょっと事情があって家に泊めているの」
バイト先の上司の所にホームステイに来た子で、上司が数日出張で家を空けるので預かったのだ、とかいつまんで話して、金髪で青い目の綺麗な男の子レネ君(6歳)を海に紹介した。
「レネ君、このお兄さんは、海っていうの。仲良くしてあげてね」
「いいよ」
この国の言葉をきれいな発音でそう言って彼は海を見上げてにっこりした。
海はちょっと胡散臭そうに彼を見てから私に言った。
「まさか、今日は子連れデート?」
「せっかくだから、一緒に連れて行ってあげようかなと……」
張り切ってお弁当を沢山作ってしまったし! とバスケットを見せて交渉しようとしたら、海はちょっとため息をついて「なら予め知らせといてよ」と言った。
「ごめん」
「カンナ、僕は遠慮してもいいんだよ? 僕の事は気にしないで?」
レネ君が流暢な言葉で天使の様に可愛らしくそう言うと、海はちょっと冷めた目で彼に言った。
「おい、小僧、おまえ猫かぶっているだろう」
「猫? 猫ってかぶるものなの?」
きょとんとするレネ君に海は、ふん、と鼻で笑って
「意味も解っているだろ、連れて行ってやるから、俺の前ではその気色悪い演技をやめろ」
驚いている私の目の前でレネ君は海に、にやっとした。
「いいよ」
「え?」
「とりあえず車に乗れ。あと、これ、カンナの御両親にお土産」
家に上がってもらおうかと思ったが、道が混む前に出たいからと言うので、家に戻ってお土産を母に渡してから私は車に乗り込んだ。先に乗り込んでいたレネ君がいる後部座席についた私をバックミラー越しに確認して、海は車をスタートさせながら言った。
「場所変更になった」
「え?」
「大学に行ってみたいんだってさ。面白そうだから連れて行ってみようと思って」
「カイの研究室が面白そうだったから」
何故かいつの間にか仲良くなっている二人に驚きながらも微笑ましく思い、
「ロボットとか男の子は好きだもんね」
「こいつ、博士号持っているんだってさ」
「え?」
「カイの話を聞いていたら、僕が少し手伝えることがあるかもしれないって思って」
「こいつは飛び級の天才児みたいだぞ?」
私は、そうなの? とレネ君を見ると、彼は肩をすくめた。
「いつの間に仲良くなったの?」
私が驚いて二人に尋ねると、
「僕の猫かぶりっこに気づいてすぐに直接言ってきたのはカイが初めてだ」
にこにこしてレネ君は運転席のヘッドにしがみついて、海にすっかりなついている。
「神奈、気づかなかったのか、こんな胡散臭いくそがきの演技にコロっと騙されるなんて」
「ひどいなあ」
にこにこしているレネ君になつかれながら海はバックミラー越しに私を見て、あきれている。
「そういえば、海と陸の小さい頃に何となく似ているような……」
「今頃気づいたのか」
なるほど、だから海は一目で見破ったのか。
「何それ、面白そう、僕にも教えてよ」
機嫌よくそう言うレネ君に海は
「おまえ、ちょろちょろしてないでシートベルトつけろ」
「そっちに行ってもいい? カンナが助手席に座らないなら僕は前の方がいい」
「いいけど、車が止まってからにしろ」
「うん、ありがとう」
シートベルトを着けながらレネ君はにこにこしている。海とレネ君が仲良く工学系の話をしているのを聞きながら、私は意外に海が子供の扱いが上手なのに驚いていた。というより、そこまで子ども扱いしていないのがいいのかも。身辺の安全についてはしっかり見ているけれど、基本的に対等に喋っている。お互いに結構楽しそうに仲良く話しているのを見ながら、連れてきてよかった♪、と私は機嫌よく思っていた。
海の研究室の皆さんに彼女、と紹介されて、私はレネ君と一緒にお邪魔していた。男女半々くらいの研究室でロボットの部品なんかの色々なものが置いてある。
「山間部なんかに救援物資を届けたり、救助で人を運んだりできると便利だから、こうして人間の柔らかい足の動きを再現したロボットを作っているんだよ」
海が私に言って作成中のロボットを見せてくれた。
レネ君は早速、海から資料をもらって読み込んでいるので、興味津々でわらわらと他の人たちが集まって来る。レネ君は彼らに資料について質問したりして楽しそうに話している。それを少し離れた所から見ながら、海は私に
「何か訳ありなの? あいつ」
「うん、実は、ちょっとね」
「ふーん」
言って、彼はレネ君に声をかけた。
「おい小僧、飲み物買ってくるけど、何か飲むか?」
「炭酸水が飲みたいです」
よそ行きの天使の笑顔でレネ君は答えた。
海と私は皆さんにレネ君をお願いして研究室の外にある自販機に向かい、そこでお水とお茶を買って少し二人で話した。
「民族紛争から戦争が始まったの知っているでしょう?」
「戦災孤児?」
「ううん、ご両親は健在。ただ彼はハーフで、お父様は私たちの国の友好国国籍、お母様が戦争中の植民地側の国出身で、家族は父方の国籍の国で生活していたんだけれど、今回この戦争をきっかけに彼の在籍している学校や地域で戦争当事国出身者同士で物騒なトラブルが起きているらしい。反戦運動なんかもあったり、色々周囲が騒がしいので、安全のためと彼自身が特殊な才能を持っていることもあって、私のバイト先の上司の家に預けられたの」
「そうなんだ」
「だから、海が彼に優しくしてくれてうれしい。ありがとう。レネ君も楽しそうでよかった」
「別に優しくなんかないだろう」
私は笑った。
「優しいよ、海は。普通に親切だし」
「おだてても甘やかしたりしないよ」
「うん、海はそのままでいいよ。レネ君もそんな海を気に入ったみたいだし」
「それより、特殊な才能って? 天才児って事とはまた別の事なんじゃないの?」
うーん、レネ君本人に確認してからでないとなあ、とちょっとくちごもる。
「そのうち分かると思う。レネ君に海からきいてみたら?」
「きいてもいいの?」
「うん、海なら大丈夫だよ、きっと」
「ふーん?」
お天気もよくてあたたかく外の空気が気持ちよかったのでキャンパス内にある大きな樹の下に設置された木製のテーブルとベンチで私たち三人はお昼休憩をした。大きな葉の背の高い常緑樹の下でバスケットに詰め込んできたお弁当を広げると、レネ君と海は仲良くおかずをとりあいっこしながら楽しそうに食べていた。
水筒に入れて来た温かいお茶を二人の前に用意したコップに注ぎながら、
「なんだか、昔の海と陸を見ているみたい。一人はもう大人だけど」
「リクにも会ってみたいな」
「うーん、学食に行けば会えるかも。今日午後から授業だって言っていたし?」
海がそう言うと、レネ君はにこにこしながら言った。
「僕は今日、カイとリクの家に泊まることにする。いいでしょ?」
「おい、勝手に決めるな。ちょっとは遠慮しろ、くそがき」
「ひどいなあ」
無邪気に、にこにこしているレネ君は全く意に介する様子がない。
なんというか、いいコンビだな。
私が密かにそう思っていたら、海が私に言った。
「神奈も泊って行ってよ」
「も? いいの?」
「うん、とりあえず、陸には後で連絡しておけば大丈夫だろうし、俺もちょっとこいつと陸を会わせてみたい」
私たちの話を機嫌よく聴いていたレネ君は
「どうせなら、リクの彼女にも会ってみたいな、みんな同級生で仲良しなんでしょう?」
「あ、いいね。沙羅も誘おう」
「そんなことまで喋っていたのか」
海に呆れたように言われ、私はレネ君を見た。
彼は何でもない様に澄まして言った。
「ううん、ただ何となくそうじゃないかなって思っただけだよ」
「ただ何となく?」
思い切り胡散臭そうに海がレネ君と私を見るので、私はレネ君に言った。
「レネ君、海には話しておいて大丈夫だと思うよ? むしろ話しておいた方がいい」
「何だよ?」
「僕にはちょっとしたサイキック能力があるんだよ」
レネ君は手に持ったおにぎりを小動物みたいにもぐもぐしてからごくんと呑み込んで、そう言った。
目を丸くする海に、私は困ったように答えた。
「いわゆる霊が見えちゃうとか、人の分からない物事がわかってしまうとか、そんなちょっと不思議な能力があるんだよ」
「ふーん」
サンドイッチをもぐもぐしながら海はレネ君を胡散臭そうに見ている。そうして尋ねる。
「透視とかできるのか?」
「やろうと思えば。でも疲れるし、やらない」
にやっとしてレネ君は答えた。
「本当だろうな。もししていたとしても神奈はだめだぞ」
「いやだなあ、僕はこう見えても紳士なんだよ?」
「また胡散臭いやつだな」
「だいたい、そんなことしなくても、神奈と僕はもう一緒にお風呂に入った仲だし」
にやにやしてそう言うレネ君の頭を即座に両手で挟み、ぐりぐりとげんこつをくらわせながら海は私にきっぱりと言い渡した。
「神奈、こいつとお風呂禁止!」
「痛いよ! ちょっとは手加減くらいするのが礼儀じゃないの!?」
わあわあ言うレネ君と海がもみ合っているのを冷めた目で見つつ、私は言った。
「何やってんのよ、あんたたち」




