12
暗く蒸し暑い広い洞窟の中で息を潜めていると遠くで光が閃き爆撃の轟音が響いた。少しして、今度はわりと近くに。凄まじい爆音と炎。黒煙と悪臭が漂ってくる。
私は若い女性で、毎日次々と運ばれてくる負傷兵の手当てをそこでしていた。他にも10人程度看護にあたる女性たちがいる中で、私は治療師として働いていた。医者ではなく先住民族の民間医療の治療師な為、そこにいる女性たちとは肌の色も髪や目の色も違う。この戦争を始めた人々は他の女性たちと同じ肌の色の人たちだったが、植民地化された為に社会的地位の低い私たちもこうして戦場に無理やりに駆り出されて働かされていた。
戦争が長引くにつれ薬も包帯も何もかもが不足していく中で自然の中から現地調達をして治療行為のできる私の様な治療師は重宝された。その為それほど待遇が悪いわけではなかったけれども、他の多くの仲間は最前線に送られて戦わされた。ここに運ばれてくる負傷兵の中に仲間の姿はほとんど見られない。彼らは最前線で使い捨ての様に使われ、殆どの負傷兵が見捨てられるからだ。
しばらくして数人の負傷兵が運ばれてきた。優先度を確認する為に一人ひとりの負傷具合を見ながら彼らに色の異なるひもを結んでいく。ひどく負傷した重症の人がいた為、詳しく見る為に私は彼のそばに膝をついた。そうしてあまりの傷の酷さに息を殺す。彼は私と目があって少し驚いたように瞳を見開いた。不思議に思っていた次の瞬間、私はひゅうっと息を吸い込んだ。彼は私の師でもあり夫でもある人だった。
そして私は、夢の中で彼の事を聖一さんだと認識していた。
先住民族と入植人種の混血で外見が彼らと同じように見える為に、治療師の彼は本来なら治療師の服を着ているはずなのに他の兵士と同じ服を着ていた為に、そして、顔や頭部を含め、あまりに全身の損傷が酷かった為に、私は始め彼だとわからなかったのだ。
手の施しようがない、もう助からない、そうした直観に、それでも何とか、と固唾を呑んで考えを素早く廻らしていたら、わずかに動く指で彼はとん、とん、と地面をたたいた。
──っ。
私は息をのみ涙でにじんでくる瞳で彼を凝視した。多分これが最期になる、そう思ったから。目に焼き付けようとした。
指先で優しくたたくそのリズムは、まだ駆け出しの治療師として勉強中だった頃、何か私が間違った方に進みそうになる時、彼がそうやって他の人には分からない様に私に合図を送り、立ち止まって軌道修正できるように促していた秘密のサインだった。
私は何も言わずに涙を手で拭って彼ともう一度だけ瞳を合わせ、その手にそっと自分の手を重ねてから頷いて立ち上がった。他にも負傷者は大勢いて、助からない人に手間をかけることはこの場では許されないからだ。私が忙しく治療に当たっている間に彼はひっそりと息を引き取っていた。治療師として彼も最前線で多くの人たちを治療して回っていたはずなのに、こんなひどい傷を負って、痛みを和らげる手当てすら何ひとつ受けられずに。
戦いたくなんてないのに、争いたくなんてないのに、それに加担なんてしたくないのに、無理やりに巻き込まれて、戦場に駆り出されて、最前線で戦わされ、働かされ、そうして使い捨ての駒の様に私たちは死んでいった──
夢の余韻が残るなか泣きながら目覚めると、TVの緊急速報の通知音が聞こえていた。
ぼんやりとしたままソファから起き上がると、つけっ放しのTV画面がちょうど切り替わり、どこかの国の映像が流れたと思ったら、次いで空中撮影された市街への爆撃の様子が映し出された。そして映像がまた切り替わり、病院や学校、救急車への爆撃の様子や子供達や医療関係者の酷い惨状の映像までが次々と映し出された。
血に染まった教科書やリュック、小さな手足の残骸、潰されてぐちゃぐちゃになった救急車、吹き飛ばされた人体の一部や、散乱した医療器具──
驚いて息をのんでいると、聖一さんに声をかけられた。
「戦争が始まったみたいだよ」
びくっとして振り返ると、彼はマグカップを片手にソファの後ろに立っていて、冷たい表情でTV画面を見つめていた。
「え、なに? これ本当に?」
まだ夢の続きなのかわからなくなった私が額に手を当てて混乱していたら、かけてくれていたらしい薄手の毛布がソファから落ちた。
「たぶん、遠い国の出来事では済まなくなるだろうね」
そう言って彼はリモコンでTVを消した。私は目が覚めて来て昼食後ににうたた寝してしまっていた事を思い出し、焦って時計を見た。幸い眠ってしまっていたのはほんの10分程度だったらしく、まだお昼休憩中だった。ほっとしつつ洗面所で顔を洗って戻って来ると、聖一さんがソファの前のテーブルにコーヒーの入ったマグカップを置いてくれた。
「午後からは相談業務のほうでしたよね」
私がお礼を言ってカップを手に取りながら尋ねると彼は自分のコーヒーをすすりながら言った。
「今日は君にも一緒に立ち会ってもらおうかと思っているのだけれど」
「いつものお茶出しだけではなく? 相談中に何をすればいいの?」
「特に何も。アシスタントとして傍で一緒に話を聞いていてくれればいいよ」
よくわからないがとりあえず私は、はいと言って頷いた。
「手持ち無沙汰なら書記としてノートパソコンに会話を打ち込んでいてくれてもいいけれど、どうする?」
「そうしたいです」
相談内容は一応記録として毎回録音していたのでタイピングが間に合わなくても後で確認もできる。
あと、あの独特な相談者特有の深刻なムードから少し距離を保つのにちょうどいいし。
聖一さんはちょっと考えて、
「あと、これは今回だけではなくて、これからも記録した音声の書き起こしもしてもらおうかな。その為にも同席できるならしてもらった方がいいかもしれない」
「いいですよ」
言ってから、私は何となく消されたTVにちらっと目をやった。ニュースの続きが気になった。戦争ってどことどこが? 遠い国の出来事では済まなくなる様な事を彼はさっき言っていたけれど──海外に友人もいるし気になる。これからの仕事に差し支えなければ今わかることだけでも知りたいな。そう思っていたら、
「そういえば、仮眠中にだいぶうなされていたみたいだけれど、大丈夫?」
聖一さんが私の曇った表情に気づいて声をかけて来た。
「え? あ、はい、大丈夫です……偶然にも戦争の夢を見ていたんです」
私がどこまで話そうか考えていたら、彼は「ああ、そうだったんだ」そう言って「気になる?」と私に尋ねながらスリープモードからノートパソコンを立ち上げて海外のニュースサイトやSNSサイトのページを開いていた。しばらくそれらをさっと読んでいた彼はいくつかのページを開いて私に見せてくれた。
「調べるならTVなんかの主流メディアよりもこっちの情報の方がいいと思う」
「読ませてもらってもいい?」
「どうぞ」
席を譲るようにして彼は立ち上がり、キッチンの方へ行った。
「コーヒーのお替りいる?」
「はい、いただきます。ありがとうございます」
読みやすいように翻訳ソフトを立ち上げてくれていたので、私はそれを母国語で読んだ。私たちの住む国からはだいぶ遠く離れた小国での紛争が激化し戦争に発展した事が海外の独立系ニュースサイトやSNSの独立系メディアやジャーナリストの投稿記事に出ていた。ここに書いてある事を信じるのであれば戦争が始まったのは私たちの国でいえば昨日未明頃で、植民地化され侵略されていた国とそれを侵略していた国との間に起きていた長い民族紛争がきっかけだった。
入植者から残虐な暴力を受けていた先住民族が起こした抵抗運動を逆手にとって、侵略側の国が戦争を仕掛けた。
「他もちょっと見てもいい?」
「いいよ、でも主流メディアのいう事はあまりあてにならないから注意した方がいい。さっきのニュースでも被侵略側がまるで戦争を仕掛けて来たかのように、侵略された側の酷い被害の映像が侵略した側の国民の被害だと勘違いするような切り取り方がされていて、全く逆に捉えられるような報道の仕方をされていたから」
私は顔を上げて彼を見た。
「え、そうだったの?」
「だから情報にもタイムラグがだいぶあるでしょう」
「うん、何となく変だな、って思っていた」
「現地のジャーナリストの記事や国連の報道も確認した方がいいよ」
「わかった。ありがとう」
私はいくつか関連ページを検索して開いて確認した。そうしてある程度情報を頭で整理してからそれらを閉じた。国内や海外の主流メディアも含めて彼の言う通り現地からや国連関連の情報等もざっと確認したけれど、概ね彼が最初に見せてくれた記事に書いてある事が最も信頼できそうだった。複雑な歴史的背景についても簡潔にきちんと説明されていたし。私達の国に入ってくる情報が何故微妙に偏向しているのかも何となくわかった。要はこの国の友好同盟国が侵略側の国を支援しているからだった。
なるほど、確かに、これでは私たちの国も無関係とは言えない。
先ほど見た夢の生々しい印象を思い出しながら、私は何とも言えない不穏な気配をそこに感じていた。
そもそも国内の情報統制がされている時点でかなり不穏だ。
国内の主流メディアの報道は殆ど同じだった。間違った情報や、恣意的に切り取られ事実とは異なる方向へ、全く逆の虚偽へと操作や誘導するような情報が、多くの人々に真実だと信じられてしまったら──
「先住民族が抵抗運動を行なうのと、植民地化しようと侵略する為に戦争をするのとでは大違いなのに、同列に語られてしまっていることがそもそもおかしいと思うけれど、大体の事はわかった。ありがとう」
ノートパソコンを彼に返す為に場所を移動すると、「どういたしまして」と言って彼が代わりに席に着いた。
「情報操作がこんなに露骨にされるものなんだね、戦争とはそういうものだと知ってはいたけれど、リアルタイムで経験するとさすがに驚く」
「今に始まった事ではないけれど──」
言って彼は仕事用の画面を立ち上げていた。
そろそろ休憩時間も終わりだ。
「そもそも実際の攻撃が始まるずっと以前から世界中で情報戦争が行なわれているからね。水面下で行われていた物事や隠されていたものが良くも悪くもフラクタルに、これからどんどん明るみに出て来る事になるんじゃないかな」
「そうなんだ」
「他者のエネルギーを搾取するような犠牲の構造自体がもう成り立たなくなりつつあるからね、それでも強引に続けようとする側はこうした破壊行為や極端な行為に死に物狂いで出て来るかもしれないから気を付けなくてはいけないけれど、そもそもその構造自体が終わる運命にあるから──」
言って彼は口をつぐんだ。そうしてプリントアウトした資料を私に手渡した。
「これ、今日来る依頼者の資料。目を通しておいてくれる?」
「え。いいの?」
「もちろん、秘密厳守でお願いしますよ」
アルバイト契約の際に秘密保持契約書も作成してサインしていたので
「もちろんですとも」
私はそう答えた。




