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日曜日の午後に瑤子さんの家で会うことになった。
当日海と陸に送られて私と沙羅は彼女の家に行った。海と陸とはちょっと離れたところで別れ、二人は近くにあるレストランで待っているということになった。
沙羅と二人で瑤子さんの家まで並んで歩いている途中、沙羅は隣で気楽にハミングをしていて、私も特に緊張したりしていなかった。DIAMONDS ARE GIRL'S BEST FRIEND のフレーズを彼女はさっきから歌っているのだけれど、なんというか、ダイモンS(daemon:①守護神=daimon/demon ②ダイモン[ギリシャ神話:人間と神の中間の霊である半神半人]=daimon/demon ③デーモン[ある条件が成立したときにバックグラウンドで実行されるプログラム])ARE GIRL'S BEST FRIEND と聞こえる、というか、そう歌っている。絶対そう。なんとなく一抹の不安を覚えた私は瑠偉ちゃんの家で見せられた沙羅の昔の写真を思い出していた。
「そういえば、ヘヴィメタ大好き少女だったころの仲間内で沙羅にあだ名とかあったの?」
私が何となく訊くと、沙羅はにこっとして言った。
「サリーちゃんって呼ばれていたよ」
あの姿のわりには可愛い呼び名だったので、何かホッとしたりして。デス・メタル・沙羅とかデーモン・沙羅とかそんなプロレスラーまがいの名前を想像していた私も私だけど。
「へえ、そうか」
「私は今でも好きだからけっこう聞くんだけど、陸がいやがるんだよね」
「ああ」
今の清楚なお嬢さま風の沙羅からはなんかかけ離れた感じがするものなあ。
「昔の写真見せたらびびってしまって、それ以来音楽聞くだけでもいやがるの」
「見せたの!?」
私が訊くと、
「うん。陸はしばらく固まってた」
けろっとして沙羅は言っていた。
綺麗でおしゃれなマンションの一室で私たちは向かい合っていた。目の前では瑤子さんが出してくれた紅茶が品の良いブランドもののティカップ(何故私が知っているかというと、聖一さんの所に在るものと同じだったからだ)から香りのよい湯気を立てていた。
「どうぞ。これ、海も気に入ってたの」
きちんとお化粧した美しい顔で微笑む彼女に私と沙羅はお礼を言ってそれぞれにカップを手に取った。
結論から言うと、私は来たことを早速後悔していた。
彼女を一目見た時に、ああ、と思ったのだ。
海が彼女に夢中になったのはわかる。彼女はどことなく海と陸のお母さんに雰囲気が似ているのだ。華やかで勝気そうであまり生活感がない感じ。男の子にとっては永遠の女性だものなあ、そりゃあ、のめり込むだろうよ、となんとなくこころの中で思っていた。仕事で家を空けることが多くて、ほとんど一緒に過ごせない、美しい母親。子供の頃に熱を出して寝込んでいても家政婦さん任せでそばにいてくれない、華やかで美しい女性。その面影に恋い焦がれる気持ちも分かる気がするかなあ、と嫉妬以前に妙にせつなくなってしまった。その時点で私はもうなんかすっかり帰りたくなった。けれど、実際にはまだ何も話が始まっていないので、仕方ないので黙って紅茶をすすっていた。
手土産に持ってきた果物も一緒に私たちに出してくれていたので、紅茶をすすったり果物に手を伸ばしたりしながら、早く本題に入ってくれないかなあ、と思っていた。さっきから世間話みたいなものが続いている。そこからちくちくと棘を感じるような話だったけど。
しびれをきらした沙羅が
「神奈に何かお話があったのでは?」
と切り出すと、私たちの目の前で彼女は少し黙った。
そうしてすごく遠回りにだけど、お腹の子供のためにも父親がいたほうがいいので、海とは私の方から別れてほしい、ということを言われた。女性的な迂遠な言い廻しのために、初め何を言っているのかよくわからなかったけれど、要はそういうことだ、というのがわかってからは、テーマは同じで言葉や表現が違う、という感じで抒情的に殆ど同じことを言われていたので、
「お話はわかりました」
と私はそろそろ暇乞いをしようと話を切り上げるように言った。
「そう、わかってくれたのね」
微笑む彼女に私は、ばか正直にも一応訂正しておいた。
「あの、お話の内容はわかりました、という意味で言いました」
彼女はちょっとむっとしていたが、
「考えておいてね」
と優雅に言った。
何と言うか、彼女と一緒に居たら、私なんてそこらへんに転がっている(?)男の子たちとあまり変わらないんじゃないかみたいな、女性としては全く比べものにならならない感じ。彼女からは仕草から言葉づかいからその全てにおいて、女性であることの印象が華の蜜の香りのように甘く強く優雅に漂っている。お腹は今大きいのでマタニティドレスを着ているけれど、それでもセクシーさはなくしてないし、きれいにお化粧しているし、そんな彼女からどんなに優しい言葉づかいで話されていても通奏低音のように敵認定されているのがわかり、私はなんか閉口していた。
そもそも闘うつもりはなかったのだけれど、あまりに生きる場所や考え方が違い過ぎて、闘うことやこうして話していること自体に意味がない気がしたのだ。
「それでは」
と立ち上がりかけたとき、沙羅が彼女に訊いた。
「これは同じ女性としての質問なのですが、お子さんの為、とおっしゃるなら、何故そのことを第一にしないんですか?」
瑤子さんは沙羅をじっと見つめた。
「しているつもりだけれど?」
目がしっかり坐っている。美人が怒ると迫力があるな、と何となく他人事のように思っていた。
「無理に人を動かそうとするよりも、自分が子供を持つこと、母親になることに集中して自分でやるべきことが他にもたくさんあるんじゃないんですか?」
沙羅は普段とそんなに表情は変わらないものの、真っ向から彼女をしっかり見据えてずけずけとそう言っていた。
ちょっとー、陸の嘘つきー。
何故か突然ここにきてゴングがカーンと高らかに鳴り響き、喧嘩上等でバトりだした沙羅と瑤子さんを私はただ見守っていた。
何が沙羅は余計な口出しするやつじゃない、だよ、私を差し置いてめっちゃ戦闘態勢に入ってるじゃん!
というかなんだこれ。
私はどうすればいいんだ。
「あなた、ずいぶんと失礼な言い方じゃない?」
目は坐っているけれど基本的に優雅さは忘れない(凄いと思う)口調で瑤子さんは沙羅に言った。
「既に去ろうとしている男に子供を盾に結婚を迫るなんて、子供のこと、本当に考えているとは思えない。子供を道具にしているだけじゃないの? そうされる子供の気持ちは考えないの?」
更にずけずけと沙羅は言っていた。
「何であなたにそんなことを言われないといけないのかしら」
「そんなことを言うのなら、あんただって神奈に筋合いのないことを言ってるじゃん」
あ、言葉づかいが、と何となく思っている内に、沙羅は畳みかけるように彼女に言い出した。
「子供を道具にして、人の意思も関係なく都合よく無理やりに動かそうとして、そんなことされたら、子供は将来自分のせいでそうなったって責任感じないといけないかもしれないじゃん。自分さえいなければ、って思うかもしれないじゃん。無理強いの道具にされて使われるってそういうことだよ。子供を道具として使いものにする親なんて子供にとっては有害でしかないよ。そんな人間にゆりかごから墓場までつきまとわれたら子供にしたら最悪だし。そんな親いないほうがいいし」
なんか沙羅は不動のまま静かに物凄く怒っていて、それがどんどんヒートアップしているようだった。声がどんどん低くなって凄味が出て来て、地獄の底から響くみたいな物凄い怒りの声で次々に怨嗟の言葉を繰り出していた。
「子供の為とか言いながら自分の都合のために子供をすきに使ってもいいって思ってんでしょ? どうせ子供には何もわからないからって。自分の所有物だからって。そうやって人の意思も何もかも自分の都合の為に犠牲にしても許されるし、ばれないって思ってんだろう? 自分が被害者面していれば周りはそれを受け容れるし許すって思ってんだろう? 今までもそれが通ってきたから、周りはバカばっかりで簡単に操れるし騙せるって、高をくくってんだろう? それで思い通りにならないなら嫌がらせでも何でもして相手を追い詰めてでも自分の思い通りにしてもいいって思ってるんだろう? 自分の思う通りにするために相手に毒を飲ませても陥れても自分はたいしたことしてないって思ってるし、せいぜいちょっとした可愛い嫌がらせ、くらいにしか思ってないんだろう? あんたみたいな人間をよく知っているし、うんと近くで見てきたから、わかるんだよ。どんなに上品そうに優し気に振る舞っていても、正論じみたこと言っていても、実際にやっていることは強欲非道で、人を陥れることを何とも思っていない。好き勝手に利用してもいいって思ってる。いつまでもそれが通ると思ったら大間違いだ」
瑤子さんは口を引き結んで沙羅を睨みつけていたが、私と沙羅に向かってきっぱりと言った。
「帰って。出て行って」
「あたりまえじゃん、帰るよ。こんなところまでわざわざ来たってのに、くだらない三文芝居しちゃって。そんなのもう通じないんだよ、いいかげんわかればいいのに」
捨て台詞を吐いて、沙羅は私の手を掴んで
「行こ、神奈」
と言ってつんっと顔を上げてそこをさっさと後にした。
レストランで待つ海と陸のところに行くと、同時に二人は顔を上げて私たちを見た。
沙羅と私は仲良く手をつないでいて、沙羅が先導するようにして私たちは二人の席に行った。
「どんな話だった?」
海に訊かれて私は簡潔に答えた。
「子供の為にも私から海と別れてほしいって」
「それだけ?」
「うん」
迂遠な表現の(棘の種類や配置具合)多バージョンで結局は同じことを言われただけなので、私はそう答えた。
「お腹すいちゃった。早く何か注文しようよ♪」
席について早々沙羅は機嫌よくメニュー表を開いて見ている。
陸は沙羅と一緒に仲良く料理を選び出した。
「他には何も? 大丈夫だったのか?」
海が私を気づかうように見ているので
「何もと言うか、大丈夫は大丈夫。気づいたら沙羅が何故か守護神召喚してて守ってくれてたみたいな感じ?」
「なんだよそれ」
「そのまんまだよ」
陸は目を上げて、私と目が合うとにやっとした。
こいつ──
私は海に簡潔に事の顛末を話した。何故か沙羅と瑤子さんがバトルを始め出してそのまま成り行きで話は決裂して終わった、と。
陸はにやにやしながら私に言った。
「沙羅の昔のあだ名おしえてやろうか? 突撃ちゃん、だぞ?」
「意味はそうだけど、呼び名はサリーちゃん」
と沙羅は訂正していた。
「ラテン語だと、跳び出す、って意味なの」
なんというか、
「ぴったりだね」
私がそう素直な感想を述べると沙羅はにこっとして
「けっこう気に入ってるんだよね」
と機嫌よく答えていた。
その日は私も沙羅も二人のマンションに泊まっていくことにした。コンビニに必要な物を買いに行くついでに海と陸にもリクエストを訊いて沙羅は私を促してマンションを出た。月も星も明るく輝いている12月の夜。空気が澄んでいて空がきれいだった。
「空気が冷たいけれどきもちいいね」
「ほんと。二人も誘えばよかったね」
言いながら二人で近くのコンビニまでの道をおしゃべりしながら歩いていたら、
「たぶん神奈には触媒みたいな役割があるんだよ」
ふいに沙羅がそう言った。
そして私を見た。
「陸から聞いているんでしょう?」
「何を?」
「魂の巡礼仲間」
「ああ」
お店や街灯が明るい光を辺りになげかけているのでけっこう明るい。
沙羅は途中にある通りに面した公園に目をやって言った。
「ちょっと寄ってこうよ」
私たちは公園のブランコの前の手すりに並んで座った。
星がきれいで、とても空気が澄んでいた。綺麗だな、と思いながら何となく空を見ていたら、沙羅が前置きするように言った。
「ちょっと奇妙な話かもしれないんだけど」
「大丈夫。わかるよ。気にしないで。そういう話、他にもする人がいるから」
私がそう言うと、沙羅は私を見てにこっとした。
「知ってる。神奈には強力なガイド役がついているし、私たちも神奈を通してそのガイドを必要としている」
私がちょっと驚いていたら、沙羅は言った。
「神奈自身も変化するから厳密には触媒とは言えないかもしれないけれど、役割としてはそうとしか言えないものなんだよね。化学変化のスピードを速めたり遅らせたりするでしょう、触媒って。そんな感じで変化の進みぐあいに貢献するんだよ。だから、色々と奇妙で不可思議な出来事に巻き込まれたり、その渦中にいたりすることがあるかもしれないけれど、あまり自分のことをくよくよ考えたり、罪の意識みたいなものを持つ必要なんかないし、神奈は神奈の生きていきたい道を歩いていいんだよ。その時に自分でもわからなくても、後になってわかることもある。
魂の巡礼仲間っていうのは、自分自身をさらけ出す危険を冒しても進むことに挑戦する、自律性や超越性を持っているひとたちのことをいうの。そして相手の魂を支配したり操作したいっていう誘惑、偶像を演じたい誘惑に打ち克って、真の橋渡し役になるひとたちのことをいうの。私たちはその途上にあって互いに協力し合っている。
罪の意識に縛られて頭を垂れて跪いて祈り続けるんじゃなくて、謙虚さや謙譲の心を尊ぶがためにどんどん自分を低くしていくのでもなくて、ただいつも等身大で自分の歩いて行きたい道を楽しんで歩いて行ったらいいだけなんだよ。大きく見せる必要も小さく見せる必要もない。
権威への反抗や自律性を悪しきものとするような、支配することでの既得権益や既存の様式にしがみつく人たちの言葉に必要以上に耳を貸すことなんてないし、それに、罪というものがもしあるとしたら、それは自分や他者の真実や自律性を尊重しないことや、そのために立ち上がらないことや、創造性のある仕事に自分の時間やエネルギーを注がないことのほうなんだから」
私は彼女の率直な瞳を見つめて言った。
「面白いこと言うね」
「でもわかるでしょ」
「うん」
「神奈は神奈の好きな道を歩いていいんだよ。私たちは仲間だけど、だからこそみんなそれぞれの道を歩く」
そう言って沙羅は手すりからぴょんと飛び降りて、私を見て笑った。
「コンビニに行こうか」
「うん。二人が待っているしね」




