↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/113

10




「瑤子さんのお母さんを名乗る人から私に連絡があったんだけど」 


 海に言うのもちょっと迷っていて。

 マンションに行ったらたまたま海がまだ帰宅していなくて陸だけがいたので、なんとなく彼に私は相談していた。


「何て?」

「何か瑤子さんが私と一度話し合いたいって言っているみたいで、どうかって」


 陸は私をじっと見ていた。


「神奈はどうしたいんだよ」

「話だけでも聞いてみてもいいかなと思ってるんだけど、でも、海の問題だし、本当はあまり関わりたくない気持ちもある」

「やめとけ。会わない方がいいと思う」

「やっぱりそうかな」

「神奈自身がどうしても会いたいって言うなら止めないけど」


 陸はそう言ってから


「でもやっぱり俺としてはやめとけって言いいたいかも」

「ふーん」


 天邪鬼なのか、私は。

 そう言われるとなんか逆に一度会ってみたくなってきたりして。


「せっかく海が浮上してきてて今はおまえらもいい感じになってきてるんだから、わざわざ自分からトラブルに首突っ込みに行かなくてもいいんじゃないの」

「うーん、そうだよね」

「なんだよその煮え切らない返事は」

「天邪鬼なのかも。そう言われると逆に会ってみたくなってきた」

「ばかかおまえは」

「そうなのかも」


 あ、陸の顔に漫画みたいに怒りの青筋マークがたつのが想像できてしまうような。

 うわあ、怒ってら。


「かもじゃなくて、ばかなんだよ! アホ!!」


 アホまで付け加えられた。

 陸はあきれたように私を見ていたけれど、しばらくしてからきっぱりした口調で言った。


「もし会いに行くんなら、沙羅を連れていけ」

「何で沙羅? この場合、誰かと一緒に行くとしたら海じゃない?」

「女同士の方が何かあったときいいかもと思って」

「ふーん」


 でも、行くなら海だろうし、彼のプライバシーに関わる事だしなあ。

 何となく黙ってそう思っていたら、陸は私に言った。

 

「沙羅は余計なことに口出す奴じゃないし、第三者がいたほうがいいこともあるだろう」


 何となくそれもいいかもな、と思い始めていたら、陸はさっさと目の前で沙羅に電話してこっちの返事も待たずに事情を話し出していた。


「OKって言ってるけど」


 陸が私に言って、何かとんとん拍子に決まってしまったけれど


「じゃあ、お願いしたい」

「代わる?」

「うん」


 電話をかわってもらって沙羅と直接話し、候補の日をいくつか出してもらえば沙羅とも予定の合う日が合うだろうということで向こうと連絡を取ってからまた改めて沙羅に連絡することにした。海の事情はある程度沙羅も知っているので、付き添ってもらうにしても海よりはやはり沙羅の方が私も気が楽だと電話が終わってから気づいた。海だと当事者すぎる。しかもその一人の男をまるで取り合っているみたいな関係に私と瑤子さんは不本意ながらもなってしまっているし。


 そんなわけで、海には事後報告になった。と言っても、会うことに決めたよ、という意味での事後報告だけど。予想通りというか、海は大反対した。


「もう決めたの」

「じゃあ、俺も行く」

「海が来ると余計にこじれそうだよ」

「何で俺が蚊帳の外に置かれるんだよ。だいたい神奈に何の用があるって言うんだよ?」

 

 私は彼を見上げながら


「何かバレたら困ることでもあるの?」

「そんなのないけど」


 言いながら何か目が泳いでる。

 あるんだな、と思ったけれど黙っていた。


「じゃあ、行き帰りを送るから話が終わるまで車で待ってる」


 海はそう言い張って聞かないので、それまでそばで黙って聞いていた陸が助け舟を出してきた。海に。


「そうしてもらえ。それで沙羅をここまで一緒に連れて帰って来てくれれば俺も助かる」

「ならそれで決まり」


 私の返事を聞かずに勝手に海はそう決めてしまった。

 私が陸を見ていると


「なんだよ」


 なんとなく黙ってどうしようかと考えていると、陸は言った。


「言いたいことがあるなら言え」


 ちょっと逡巡したが私は彼に言った。


「陸も来てくれない?」


 陸も海もちょっと意外だったみたいで二人で同時に私を見た。


「いいけど何で?」

「何か海がいざとなったら一緒に行くって言ってついて来そうだから」


 むっとしている海に陸はちょっとにやっとした。


「いいよ」

「どっかファミレスでも入って二人で待っててくれてもいいよ。それでみんなでご飯一緒に食べてから帰ろうよ」


 陸は私をまじまじと見た。


「おまえ逞(たくま)しいな。とても食欲なんてないかもしれないなんて考えも浮かばないのか。海は今からもう吐きそうな顔してるのに」


 おお、ほんとうだ。

 海をちらっと見てから陸に向き直る。


「海は当事者中の当事者だし。でも私は本当は部外者だし。それになんか楽しみがないと。せっかくだし四人でどっか遊びに行ってもいいんじゃない?」

「いいけど、通夜みたいなムードに付き合うのは嫌だから、その時に決める」

「それでいいよ」

「まあ、おまえもあまり考えすぎるな」


 笑って陸は海に言っていた。



 で、観念したのか(?)海は自分から白状してきた。

 海の部屋で二人きりになったら、それまで黙りこんでいた海が自分から言い出したのだ。


「ある程度割り切った関係だったけれど、でも本当は俺の方がどんどん瑤子にのめり込んでいた。あと何人かで乱交みたいなこともして遊んでいた」

「後出し多すぎだよ」


 あきれて私が言うと、


「ごめん。嫌われるかもと思って言えなかった」

「別にこっちからも訊いてないんだから、謝んなくてもいいけどさ」


 私がそう言うと、海は私をしばらく見つめていた。


「怒んないの?」

「怒って欲しいの?」

「少しは」

「後から腹が立ってくるかもしれないけれど、今は何かよくわからない。それよりも、瑤子さんに対しての気持ちが海の方があったのにそれをないみたいに言われていた方が、なんかいや」

「ごめん」

「なんでそんなとこで嘘つくのよ」

「なんとなく」


 私は彼を見つめた。


「瑤子さんが妊娠してこんなことにならなかったら、海は今でも彼女に夢中だったんじゃないの?」


 海は黙っていた。


「答えたくないなら別にそれでもいいけど」


 私がそう言うと、海は私を見つめながら言った。


「わからない。今とあの頃とではこっちの事情も変わって来てるし。どうなっていたかは自分でもわからない」

「そうだね。たらればの話だし」


 正直に言っているんだろうな、と思ったので、この話はもういいか、と思っていたら、海の方から


「神奈が訊きたいことがあるならちゃんと答えるから、何か気になるならちゃんと訊いてほしい。そうでないと俺も答えようがない」

「もう訊いたよ」

「それだけ?」


 私は彼を見つめてちょっと考えた。

 海は、ちゃんと答えるって言ってるし、訊きたいことは訊いたほうがいいんだろうけれど、何を訊いていいのか自分でもよくわからなかった。それで質問を考えた。


「海は本当はどうしたいの? 彼女に気持ちがあるんじゃないの? 私と今こうなっているから彼女のほうに行けないだけなんじゃないの?」

 

 私が質問したことに何故か彼はほっとしたように張り詰めた気を解いて、淡々とした口調で答えた。


「俺は瑤子との関係は清算したい。今神奈とこうしているからというのもあるかもしれないけれど、でも瑤子と俺の関係は、瑤子が周囲まで巻き込んで俺を無理矢理にでも従わせようとした時点で、本当は終ったんだよ。情が残っているからそこが自分でも曖昧になっていただけ。神奈とこうなって、だんだん自分でも自分が何を考えているのかはっきりしてきたみたいなところがあったけれど、そこは自分でも間違えようがない。それまではそういう支配関係もゲーム感覚で面白がっていたけれど、今回はもうそれを越えていて、シャレにならないレベルで、当たり前だけど楽しめるものではなくなっているし、事が大きすぎて親まで巻き込んでいるし、もしこれも今までのゲーム感覚の続きで彼女がしているなら、なおさら無理だ。神奈とこうなっているからっていうのは切り離せないけれど、でも行けないんじゃなくて、行かないだけだよ」


 そう言って彼は私を見た。


「他には?」

「もうない。今はもう思いつかない」

「わかった。じゃあ、今度は俺が訊いていい?」

「いいよ」


 海は私を真っ直ぐに見つめて言った。


「神奈はどうなの? 神奈はどうしたいの? 俺と別れるって話はまだ神奈の中ではそのままあるの?」


 そこからくるとは思わなかったのでちょっと驚いたけれど、自分でも訊かれてみるまで考えてなかったことだったのでどうなんだろうか、と考えてしまった。それでそのまま答えた。


「どうしたいか、どうなのか、っていうのは自分でもよくわからない。でも、海との関係を清算したいっていうのは、あの時とはまた関係が変わっているから今はないかな」


 海は私を真っ直ぐに見つめたまま尋ねた。


「変わったってどういうこと?」


 海が私をまっすぐ見て訊いてきたので、私も彼を見つめた。

 そうして、そのままの答えを遠慮なく彼に返した。

 別に普通に、いつも通り、どちらかと言えば淡々と簡潔に(その方が相手も分かりやすいだろうと思ったから)答えたつもりだった。


「海が私を支配したり征服したりすることを続けるのは互いに良くないって思っていたから。海は、仕方なかったのかもしれないけれど、私を力づくで押さえつけてそれで満足して、それを自分の精神安定剤代わりみたいにしていたところがあったから」


 海は明らかにショックを受けたような顔をしていた。

 本当に顔が青ざめいていた。


「そんなつもりなかった」

「そうならそれでもいいけど、私にとってはそうだったってこと」

「ごめん」


 なんだか本当にものすごく傷ついたような顔をしていたので、私も少し戸惑った。

 責めるつもりなんて全然なかったのだけれど、少し言葉に遠慮がなさすぎだっただろうか。


「謝ってくれたことは嬉しいけれど、別に責めていないよ。自分でもそうしたかったからそうしていたみたいなところが私にもあったの」


 本当に嫌だったら、海のところには来なかっただろうし。でも私は自分から彼のところに来ていたのだし。

 何となくそう思っていたら、海は私の目の前で泣き出した。

 それも、静かに涙を流しているとかではなくて、ううっと呻いて、感極まったように本気で思いきり泣いていた。

 びっくりしていたら、海はむせび泣きながらなので時折、息継ぎに苦しそうに言葉につかえつつ言った。


「本当は、神奈がどんどん痩せていって、元気がなくなっていったの気づいてたし、わかっていたけど、手放したくなかった。自分のものにすれば出て行かないかもしれないって、自分のしたいようにしてもその分大事にすればそれでいいって思っていたんだ」


 私はちょっと黙って彼を見つめた。

 それから彼に言った。


「もういいよ、海。私も自分でそうしたいからしてたんだし」


 海は、更に呻いて、そうして吐き出すようにして


「それもわかっていてしてたんだ。神奈が俺のために我慢してくれたり、俺のわがままをのんでくれることで、初めて自信がもてたから。神奈が俺のことをちゃんと好きだってわかって安心したから」


 そう言ってごめん、本当に酷いことをした、と嗚咽しながら言った。


 改めてそう言われると、確かにそうだよな、酷いよな、と思ったけれど、怒る気にはなれなかった。何というか、もう自分の中ではとっくに終わったこと、済んでしまったこと、という感じだったのだ。ちょっとは怒った方がいいのかな──何となくそう思っていたけれど、今自分がほんとうに怒っているわけではないので、今後の為にふりでもいいから怒っておくような真似もなんかしたくなかった。それに、次はもうない、と自分の中ではっきりしていたのもある。そこまで私もお人好しではないからだったし。結局自分で決めてしていることだから、それを誰かのせいにするのもいやだった。本当に嫌だったら、海のところに来なければいい、本当にそれだけのことだったのだから。


 それでどうしたものか、と思っていた。

 海の手だけ握ってしばらく途方にくれていた。


 陸とも顔を合わせづらいだろうし、と思ってとりあえずタオルを濡らしてきて、顔を拭けるように差し出してみたら、彼は素直に受け取って涙でぐちゃぐちゃになった顔を拭いていた。ついでにティシュも持ってきたら、鼻もかんでいた。そうしてなんか放心していた。


 プライドが高いやつなのに計らずもこんな醜態をさらしてしまって、なんか魂が抜けたみたいになっていた。


「海、いる?」


 思わずそう訊いてしまったら(ノックもしてみたかったけど、さすがにそれはしなかった)、


「うん」


 と返事した。


「お風呂に入って来たら? すっきりしておいでよ」

「神奈は?」

「海の後で入る」

「わかった」


 腫れぼったいしょぼしょぼの目の海の半抜け殻みたいなままで彼は返事をした。

 素直に浴室へと行った、と思ったら彼は途中で戻って来て


「気が変わって帰ったりするなよ」

「うん、泊ってく」

「わかった」


 今度こそ本当に浴室に行ったようだった。

 ひとりになって何となくほっとしていたら思ったよりどっと疲れが襲ってきた。気分を変えたくてキッチンへコーヒーを淹れに行ったら陸が居た。そして私を見たら、なんとなく気づかうみたいなかおになった。わかりやすすぎる。


「聞こえてたの?」

「うん」


 気まずそうに陸は答えた。

 まあ、そうだろうな、海はむせび泣いてたからな。隣の部屋だし。


「別にケンカしてないから心配しないでいいよ」


 私がそう言ってコーヒーメーカーをセットしていると陸は粉のカンを棚から取って手渡してくれた。お礼を言って粉をフィルターの中に入れていたら陸が訊いてきた。


「機能的差異化(きのうてきさいか)って知ってる?」

「なにそれ?」

「沙羅が言ってたんだけど」


 言ってから、俺の分も淹れといてと言うので陸の分の粉も水もセットした。


「海の状態のこと、以前にちょっと沙羅に話したときに言っていたんだ。海の状態はそれじゃないかって」

「ふーん、で、それって何?」


 私に促されて、陸は簡潔に説明してくれた。


「差異化っていうのは、感情面で他者とのふれあいを持ちつつも、自らの感情の動きを自律的なものに保っていられる能力のことを言うんだけれど、人は十分に差異化できていると、自分の感情を率直に受け入れて反応して、その感情は他の人の期待に合わせたものでもなければ、他の人の期待に抵抗するためのものでもなくなる。自分の感情を抑圧することもなければ、感情のままに衝動的に行動することもないんだ」


 こぽこぽとコーヒーメーカーが音を立てて、静かなキッチンに響いた。


「ふーん」


 私は水をコーヒーメーカ―に足しながら、自律、って最近、要所要所で聞く言葉かも。そう何となく思っていた。

 陸はそのまま続けた。


「差異化が十分に達成できていない人は、自己と他者との間に感情的境界が十分に持てていなくて、思考のプロセスが感情的なプロセスに圧倒される事を防ぐための【境界線】を引くことができない。他者の不安を自動的に自分のものとして取り込み、自分の中にもかなりの不安を生じさせる」

「わかる気がするよ。私も海との関係でそうなっていたから」


 陸は私の目を見て、うん、と頷いた。そして続けて言った。


「で、‟機能的差異化”っていうのは、【他者との関係を基礎にして】機能する能力。たとえば、相手(部下や上司、後輩や先輩、友人、兄弟姉妹、恋人や妻や夫、子供等)が自分の抱えている不安を受け止め、不機嫌や、自律した存在として尊重しない態度や、あるいは虐待的な行動にすら耐えてくれるときにだけ、何がしかの成果を自分であげることができる。相手が自分の求める役割を拒絶すれば、自分は何もできなくなってしまう。強い不安やストレスを自分の問題だとして受け止めて処理できない。条件つきってこと。これが機能的差異化の例。海はここまで極端ではないにしろ、ちょっとそれっぽいだろう」


 うーん。確かに。でも普段から通常運転でそうだって言うのなら確かに問題だけれど、海の場合は一時的な、強いストレスからくる一過性の状態の様に思える。


「そうだね。でもそれってグラデーションはあれど人間がもつものだよね。子供なんかがすごく傷ついている時ってそうだし。特に一時的に何かから身を守るために、そうした状態に退避することはあり得るんじゃないの? 海はそうだったみたいに思えるけれど」

 

 私がそう言うと、陸は頷いた。


「うん、で、重要なのが“基本的差異化”。こっちは、他者を機能的に必要としていない。他の人が自分のかわりに精神的な苦労をしなくても自分は自分でちゃんとやっていくことができる。つまり他者の感情にも自分の感情にも率直でありながら、なおかつ人とのつながりをもてる状態。‟基本的差異化”を十分達成していれば自律した存在として個として在ることが自然な状態なわけ。そのまま関係性をもつことができる。成熟した状態でバランスが取れている状態」

「そうなんだ。じゃあ、その基本的差異化を達成していくことで、たとえば機能的差異化が病的なパターンになった状態からでも脱していく可能性があるってことだよね」


 私がそう言うと、陸はちょっと思案気に私を見てから頷いた。 


「そうだな。でも、それが自分にとって本当に問題であるって思わないと、そうしてそのアンバランスな関係の状態から自分で目覚めないと、他者の犠牲の上に自分を成り立たせているっていう甘い汁の構造を自分からはなかなか手離したがらないかもな。そうした支配構造を維持したがるだろうし。他者の問題って思っている内は、自分以外のものを犠牲にして次々と食い物にして貪っていくだけだろう」


 確かに。至極もっともな指摘だった。


「そうだね、そうかも。吸血ゾンビの病だね」

「なんだそれ?」

「前にそんな話を葉月としたことがあったの思い出して」

「うまいたとえだな」


 ちょっと陸は笑った。


「まだ海が吸血鬼になるかもって思ってる?」

「いや、浮上しかかってるみたいに見える」

「そう、ならいいよ」


 陸はじっと私を見ていた。


「なに?」

「もう一つ、沙羅が言っていたことを思い出して」

「なに?」


 陸はちょっとためらってから、沙羅には少し変わったところがあって、宗教に入れ込むようなことはないのだがそうした背景を持った少し神秘的な思想哲学や精神分析学なんかが好きなのだ、と前置きのように説明しだしたので、知っているよ、と私は答えた。

 私も好きだし。何ならもっと不思議なことを聖一さんから見たり聞いたりしているし(これは言わなかったけれど)。陸はそれでほっとしたように続けて言った。


「沙羅はこんなことを言っていた。俺たち四人はちょうど魂の仲間とか友達みたいなものなんだって。本当に成長したいと望む魂には仲間や友達が必要で、医者とか牧師とか神仏の代理人みたいなものなんかよりもずっと必要なものなんだってさ。魂の巡礼仲間、って言い方していた。魂の仲間は、相手の魂を支配したり操作したいっていう誘惑に打ち克つことのできる本当の仲間なんだって」

「へえ」


 ちょっと惹き付けられて聴き入ってしまった。


「だから今はちょっと良くない状態にあるように見えても二人とも全然大丈夫だよ、っていつも笑っていたんだ」


 言って陸は私をじっと見た。


「俺は俺でそう思いたいけれど、海もおまえも大事だし内心はらはらしていたんだけど、何か沙羅に言われた通りにいつの間にかなって来ていたから、心配しなくても大丈夫そうなのかなって思っていたんだ」


 なんとなく私は、あまり心配しなくてもいい、深刻になるな、というような太鼓判? をどこからかもらったような気がして、陸にお礼を言った。


「何か気楽になってきた。ありがとう」

「そうか」

「もっと楽しめって言われたみたいな気がしてきた」


 陸はまじまじと私を見た。


「おまえってけっこう図太いな」

「何か気にいらない物言いだけど、まあゆるしてあげるよ」

「じゃあ、逞(たくま)しい、に言い換える。とにかく心配しなくてもよさそうだ」

「ありがと」


 それで私と陸はキッチンでコーヒーを飲みながら、しばらく色々と喋っていた。沙羅のことも他にも色々陸から聞かされたので、旅行の帰りの電車の中で沙羅から聞いた話を私の方からも少し陸にしてみた。だいたい知っていたみたいだったけれど、そこまでヘビーな話だとは知らなかった、とも言っていた。

 なんとなくこれはバトンリレーかな、と思って


「沙羅をよろしく」


 と言ったら、陸は神妙な顔で頷いていた。


 そのうち海がお風呂から出てきたので、三人で少し喋って、差異化についての話なんかをまた陸は私たちに再度して海は興味深そうに聴いていた。私は途中で抜けてお風呂に行ったけど、出てきても二人はまだキッチンで話し込んでいた。


「まだ話してたの」


 私が水をとりにキッチンへ入って行くと、二人は顔を上げた。海は私を見つめている。陸は私と海を交互に見て言った。


「そろそろ寝ようかと思ってたところ」


 そして冷蔵庫から水のペットボトルを出して私に投げてよこした。


「私はもう眠いから先に部屋に戻っているよ」


 陸にお礼を言ってから、私は二人の邪魔をしないように海の部屋に退散した。

 しばらくして海が部屋に入って来てベッドにすべりこんだ。


「眠ってる?」


 うとうとしていた私は目を瞑ったまま返事だけした。


「起きてる」


 海は私を自分の胸に押しつけるようにしてきつく抱きしめてきた。私は彼の心臓の音を聞きながら、温かい彼のにおいに包まれてうっとりと眠りに落ちていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。