7
駅まで見送りに来てくれた瑠偉ちゃんと智也さんに見守られて私と沙羅は電車に乗りこんだ。乗車口に立ってそこでしばらく喋っていたら沙羅がちょっと改まって二人に頭を下げて言った。
「智ちゃん、いろいろありがとうございました。瑠偉も、ありがとう。ずっとちゃんとお礼を言わないとって思っていたの。本当にありがとうございました。お世話になりました」
「どうしたの」
瑠偉ちゃんがびっくりしていたけれど、沙羅は笑った。
「これは今回だけのことじゃなくて、以前お世話になった分も含めてのお礼」
智也さんは沙羅をじっと見ていた。
「沙羅、元気そうでよかった。会えてよかったよ」
「私も」
智也さんは私に向かって微笑んで言った。
「沙羅のことをよろしく」
「まかせて」
私は笑って言った。
発車のメロディーが流れて、私たちはそれぞれに少し後ろに下がった。
「智也さん、瑠偉ちゃん、お世話になりました。ありがとうございました」
私も慌てて二人にお礼を言って、智也さんと瑠偉ちゃんは笑顔で手を振ってくれた。
閉じたドアのガラス窓から手を振って、流れ去る景色と一緒に遠くなる二人を沙羅と一緒に窓から見送った。
「何か淋しくなっちゃったね」
「そうだね」
しんみりしている沙羅と一緒に座席に移動して、
「帰ったら陸が待っているよ」
と励ますように言うと、
「うん、そうだね。お土産渡してあげないと」
笑って言いながらも窓の外をなんとなく淋しそうに眺めていた。
「旅の仲間って不思議だよね。数日一緒に過ごしただけなんだけど、すごくなじんだ気がして別れる時ものすごく淋しい」
「ほんと。なんかすごく淋しくなってしまった」
そう言ってから沙羅は私に
「神奈、付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ。楽しかったよ」
沙羅は私にちょっと微笑んだ。
それから淡々と話しだした。
「私が家出していたとき、智ちゃんと瑠偉の二人がいなかったら私はどうなっていたかわからない。今はもう落ち着いたけれど、当時は本当にめちゃくちゃ自分の気持ちが荒れていてどうしようもない状態だったの。
智ちゃんが言っていたように、古くから続く家ってなんかどうしようもない澱のようなものが溜まっているんだよ。閉鎖的な環境で病んだ関係の様式が連綿と続いて来たせいで日常の中に普通に狂気が織り込まれているみたいなものなの。それが普通なの。
私の家もそうだった。今は家族が離散したみたいに解体されているけれど、本当にそうなってよかったって思う。一家離散みたいなのって悲劇みたいに思うかもしれないけれど、うちに関してはそれが正解だった。父は再婚して幸せそうだし、私も家を出て一人で生活しながら大学に通って好きに過ごしている。当時家族で住んでいた家も土地も全部手放して再出発した父の決断は正しかったな、って思う。
父は入り婿で地主の娘である母と結婚して私と妹の四人家族で暮らしていた。幼い頃から何でかうちは争いが絶えない家で父は私にすごく厳しかった。父は怒るとすごく厳しくて怖かった。過酷と言ってもいいくらいの厳しさだった。母は父の極端な態度や性格についてよく愚痴をこぼしていた。そういう人だから仕方ないって。だからずっとそういうものなのかと思っていた。苦労している母がかわいそうだと幼い頃は思っていた。
でも、実は違ったの。成長するうちにわかってきた。母は父に私を攻撃させるように仕向けていたし、本当は母が私に対して行いたいことを父のせいにして、そうして自分は私の味方のように振る舞っていたの。本当の黒幕は母だった。私を痛めつけることで喜んでいたのも面白がっていたのも母自身だったの。
それだけではなく、わざと私が罠にかかるようにけしかけておいて、それを鬼の首を獲ったかのように得意気にみんなの目の前で見せしめのように糾弾して見せたり、罪人を暴露するかのように扱ったり、心配するふりをして誤解を招くようなことを相談という形で周囲の人にばらまいたり、やりたい放題だった。
妹はそれを見ていたので、同様に私を扱った。陰湿な攻撃でいびって面白がりながらも、私からの思いやりや優しさを無理やりにでも毟り取るような底意地の悪い陰湿な子供だった。
母という人は、私にとっては、味方のような顔をして私の生命力や人生を弄び、いつでも攻撃して楽しんでいるくせに、私の同情を買おうとしたり使いものにするために利用したりするようなとんでもない人間だったし、妹もそのミニチュア版といったところだった。そして年を経るにつれて妹の方がより狡猾に陰湿になった。
家族という人間関係の縮図から私が学んだのは、こういう種類の人間を自分と同様の良心や感情がある人間として扱ってはいけない、ということだったの。
様々な感情言語を駆使して同情を買ったり、正義仕立てやおためごかしに自分の都合のよい論理を押しつけてきたり、周囲を取り込んで圧力をかけてきたり、自分の都合よく物事や人を動かすためになら平気で主語や述語を入れ替えて自分に都合よく話を作り変えてしまう詐術に長けているので、それを見抜ける人はほとんどいないのをいいことに実際はやりたい放題なのに、外向きには自分が世界で一番不遇な被害者のような顔をしている。
こんなに自分はみんなのためを思って尽くしてきたとか何とか、全て自分のためにしてきたこと、そしてそれによって本来不用な余計な問題を引き起こして周囲を巻き込んできたというのに、絶対にそれを認めない。
マッチポンプって言うの? マッチを擦って自分で火をつけて大火事を起こしておいて、ポンプで水を汲んできて一生懸命に消火に当たる、みたいな。何のためにそんなことをするのかとか考えていたらこっちの頭がおかしくなるようなことばかりやる。
一見まともそうに見える変質者、そうとしか言えないような人格に問題がある人間は実際にいる、ということを私は家族という牢獄から身を持って学んだの。
結局父も被害者だった。母のそういう奇妙な関係の持ち方に翻弄されて、何が何だかわからないうちにいいように使いものにされて、それを周囲には理解してもらえない。自分がいつのまにか悪者にされている。なのにそれを言っても誰にも信じてもらえない。そんな状態になればフラストレーションから極端な言動に走るようにもなるし攻撃的にもなるよ。でもそれでさらに自分の首を絞めることになる。誤解される。悪循環だもの。そのまま行けば確実に父は消耗して早死にしていたと思う。
何故母が私にあそこまで陰湿な攻撃性を向けていたのか、本当の理由は母にしかわからないけれど、自分のお気に入りの子供である妹が実は父の子供ではなかったことが関係していたのかもしれない。
妹は母の不倫相手の子供で、しかもその相手とは親戚関係にあった。彼女が一体何をどうしたかったのか、今となってはわからないけれど、私はもう理解しようとはしないことにした。
どんな背景や事情があったとしても、もう私には関係ない人たちだと自分で決めたの。理解しようとしたり感情移入をしようとしたら、相手の問題を自分の中に入れてしまうだけだと気づいたから。
妹に関しても同じ。もう理解したいとは一切思わない。
その道を通らなければ本当に心や身体の奥底から理解できないことってある。
納得できないことってある。
自分を哀れんでしまったら、それこそ相手を何度でも殺してやりたいくらいの憎悪や瞋恚に心も身体も焼かれていくけれど、そっちの道もいつも自分の目の前にはあるけれど、でも、私の魂が望んだ経験をする為の道なんだったら、私は自分の魂が導く私の道の方を信じようと思ったの。
自分の心も身体も魂も霊も全部使って、そうして納得したい、知りたい、私にはどこかそういうところがあるから。
それが私を一体どこへ導いて運んでいくのかわからないけれど、でも私の魂の望む道を信じよう、私に必要な経験へと導いて私はそれを歩いているだけなんだって思ったら、そう覚悟を決めてしまったら、気持ちが憎悪や瞋恚に囚われる気持ちからはすっと離れたから。ないわけではないの。あるんだけれど、そこには囚われることがなくなったの。
世の中にはいろんな人がいるよ。私の初期設定はかなりきつくて最悪だったけれど、だけど、智ちゃんや瑠偉みたいな人たちもいる。他にも助けてくれた人たちはいたし、今では陸や海さんや神奈もいるし。
私はどんなにきつい状況にあってもそういう本当に素敵でいいもの、楽しいもの、面白いものを見失いたくなかったの。もっとそういうものがたくさん見たかったの。
自分自身っていったい何なのか、どうなりたいのか、どんな人たちや仲間を求め、関わりたいのか、自分の時間をどのように使って、誰と分ち合いたいのか、それって自分で決めたり選べることでしょう。義理やしがらみにいつまでも自分を縛らせているよりも、自分からそこを思い切って脱け出して、自分で自分の人生を自由に描いていくことに本当は誰にも遠慮なんていらないんだ、って思ったの。
だって誰かが私の人生に責任をとってくれるわけじゃないもの。私の人生に責任があるのは私だし、自分の幸不幸を決めるのも私次第なんだもの。これはそれに気づくためのチャンスなんだって思うことにしたの」
沙羅のことをよろしく──何となく智也さんの顔が浮かんだ。
「それって陸は知っているの?」
「うん、ちょっとだけ話したことあるよ」
「そうか」
何となく私は智也さんが話してくれた話を思い出していた。
むしろ神様からの贈り物、恩寵くらいの感覚なんだよね──
「沙羅が沙羅自身になるためのギフトみたいなものだって思うことにしたんだね」
「そうそう、そんな感じ!」
笑って沙羅は言った。




