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沙羅に誘われて、私は彼女の親戚がやっている旅館に一緒に遊びに行くことになった。お肌がつるつるになる温泉に入り放題だよ! と言われて。そして、海の幸も山の幸も食べ放題!! という魅力的な誘い文句に惹かれて。シーズンオフな上にオトモダチ価格でものすごくサービスしてくれて殆どただみたいな料金で二泊三日の小旅行だった。電車に乗って車窓を流れる風景を眺め、お弁当を食べて、それも楽しみながら。
「でも何で陸を誘わないの?」
不思議に思って尋ねると、
「従兄がいるんだけど、元カレなの。それで陸に来てもらうのはちょっと具合が悪い」
「ふーん」
私がそう言うと、沙羅は私に言った。
「あと、神奈に何でか会わせたいって思ったんだよね。向こうから話が来たとき、あ、神奈誘わなきゃってなんか思ったんだ」
「どんなひとなの?」
「うーん、まあ会ってみればわかるよ。すごく変わった人。でもいいひとだよ。私が一時期家出していたとき、かくまってくれた。付き合ったのも、私から彼にものすごく迫って迫って押し切った感じで、向こうは優しいから断れなかったんじゃないかなあ。だってこっちは中学生だし、向こうは大学生だもん。本当なら向こうからは子供すぎて相手にならないよね。付き合ってくれたときも、うんとがんばって迫ってみたけれど、結局キスくらいしかしてくれなかった。でも今から考えると、いい人だったな、って思う。ファザコンとブラコンが一緒くたになった子供の愛情欲求につけ込むことはしなかったし」
あっけらかんと笑ってから沙羅は
「あ、今はもう何でもない関係。それに私は陸が一番大切」
私が笑うと沙羅は可愛らしい顔で照れたように微笑んだ。
恋している女の子の顔だなあ。
可愛らしい。
陸め。おまえは幸せ者だな。
なんかそんなこと思ってほのぼのしていたら、沙羅は言った。
「彼はずっと海外にいたんだけれど、一時的にこっちに戻ってきてしばらく実家にいるみたい。その後もまた海外に行ってしまうから、今会わないともうずっと長いこと会いに行けることもなさそうで、会っておきたかったんだ。お世話になったことにちゃんとお礼も言いたいし」
老舗の温泉旅館の重厚な雰囲気にちょっと圧倒されつつ、窓から海が見える広い部屋に通された。しかも露天風呂付きの個室でものすごく豪華だったので、本当に言われた値段でいいのかな、と恐れ入るほどだった。
「荷物解いたら散歩に行こうよ」
うきうきとして沙羅は浜辺を散歩しに行くのを楽しみにしている様子だった。従兄はサーフィンが趣味なので季節に関係なく海に出ているはずだという。海へと向かって歩いているうちに少し暑くなって私達は上着を脱いだ。
「日傘持ってくればよかったかなあ」
「11月でも日差しが結構強いよね」
陽射しは遮るものがない分強いけれど風がだいぶ冷たい浜辺を沙羅と二人で歩いて、遠くの方で波に乗っている人影を眺めた。
「ああ、いた。やっぱり」
満足そうに言って沙羅は遠目に彼を確認してから、特に彼がこちらに戻ってくるのを待つでもなくまた浜辺を歩いて私をお土産物屋さん兼食堂みたいな場所に連れて行った。
「旅館のごちそうも美味しいんだけど、ここの海鮮丼もすごく美味しいんだよ。明日のお昼はここで食べようよ」
そう言って彼女はお店の中に声をかけた。
「おばちゃーん」
中からふくふくしい年配の女性が出てきたと思ったら、沙羅を見て嬉しそうににっこりした。
「まあ沙羅ちゃん。美人さんになって!!」
沙羅は嬉しそうに私を紹介した。
「お友達の神奈ちゃん」
「初めまして」
「まあこちらも美人さん」
お世辞にちょっと恥かしくなっていたら
「瑠偉いる?」
と沙羅が女性に訊いていた。
「今お使いに出てるけれど、もうじきしたら戻ってくるよ」
「そっか。じゃあここで待とうかな」
沙羅はそう言って私に訊いてきた。
「手作りアイスが美味しいんだよ、食べてみない?」
「喉が渇いたからフロートみたいなのがあればそれがいいな」
「あるかな?」
メニュー表を見た沙羅に女性は笑って言った。
「いいよ、サービスで出してあげるから。コーラにバニラのアイスでもいい?」
私たちはお礼を言って、特別に作ってもらったそれを頂いた。
「私が家出していた時、ここでもお世話になったの。ここんちの一人娘の瑠偉の部屋にしばらく泊めてもらったりしたんだ」
沙羅がそう言っていたら、ちょうどその噂の彼女が帰ってきた。
「あれー、沙羅、きてたんだ」
少年みたいにベリーショートにしている見るからにロック大好きな感じのファッションの女の子が嬉しそうに声を上げた。
「久しぶり。瑠偉元気だった?」
「うん。そういえば智ちゃんも帰って来てるよね」
「そう、それで会いに来たの」
「そっか」
「あ、この子は神奈。神奈、こっちは瑠偉」
沙羅は簡単に私たちを紹介して引き合わせたので、私たちはお互いに
「初めまして」
となんか照れて言い合った。
「ちょっと上がって行きなよ」
そう言って瑠偉ちゃんは私たちを二階の彼女の部屋に通してくれた。
それでアルバムを引っぱり出して来てにやにやしながら
「じゃーん」
少女時代の沙羅のかなりはっちゃけている写真を見せてくれた。
「うわー、今と全然違う!」
瑠偉ちゃんをさらにパワーアップさせたヘヴィメタ大好き少女だったらしい。メイクもスゴイ。
三人でげらげら笑い転げて、瑠衣ちゃんが出してきたメイクセットで三人で当時の沙羅のメイクを再現して、瑠衣ちゃんのクローゼットから色々引っぱり出してヘヴィメタコスプレの写真を撮って遊んでいたら、おやつを持ってきてくれたおばちゃんにものすごい驚かれて大笑いされた。
「下に智ちゃん来てるから、ちょっと降りといで!」
と言われて、ノリで三人で降りて行ったら、沙羅の従兄で元カレの智也さん(とても素敵な好青年だった)がぎょっとして私たちを見てから
「何やってんだよ、おまえら!!」
とお腹を抱えて笑い転げていた。
そんなわけで(どんなわけだ)なんかノリで変な初対面になったせいか、彼とはすぐに打ち解けた。
サラ・ルイ・カンナとなんだか三点セット一括りに呼んで、子犬たちを散歩させるかのように私たちをあちこち行きたいところや好きなところに連れて行ってくれて、自由に遊ばせてはちょっと離れたところから見守っていた。根っからの保護者気質っぽい面倒見の良いひとだけど、放任と保護との間のあまり構い過ぎないちょうどいい感じの距離感があって、一緒に居て疲れない人だった。医師免許を持っていて医療支援のボランティアとかで海外に行くのはいいけれど、あまり一つのところに居つかないみたいで、資格持ちの仕事をしながらも、本当はあちこち世界をまわって旅するのが趣味みたいなひとだった。確かにすごく変わった人だったけれど、面白い人だった。
「みんなの期待の星の超エリートなはずが、今じゃすっかり変人になってしまったよね」
ものすごく的確で失礼なことを言う沙羅に、瑠偉ちゃんも同意していた。
「ひどいな」
苦笑する彼に
「だいじょうぶ。愛すべき変人だから!」
瑠偉ちゃんがすかさずフォローしていたけれど、あまりフォローになっていないような。でもなんかそれも的確な表現な気がして笑った。
智也さんは瞳がすごくきれいで、本当にきらきら輝いているみたいな眼差しで世界を面白そうに見ている。彼の眼を通して見る世界は、ものすごく面白い世界のようで、どんな酷いことでも角度を変えて見て、何でもジョークにしてからっと笑い飛ばしてしまえるくらいの、どこかものすごく健全で強い優しさとか広やかさに溢れているみたいな人だった。咲良みたいに、一緒に居るだけでエネルギーを分けてくれるような、踊りだしたくなるくらい楽しいエネルギーの塊みたいな。基本的に物静かなのに、なんかどっかがものすごく面白い。楽しい。そういう雰囲気を持っている人だった。
「不幸とか障害とか問題って人間の価値観や偏見が作るものなんだなって思った。この国にいたら奇形児と呼ばれるだろう七本の指のある子供がいて、その子の親に手術で五本に整形することもできますよ、って言ったら、なんでそんなことするのか、っていうわけ。せっかく神さまが普通の人が五本のところを七本も指を与えてくれたのに、何でわざわざみんなと同じようにするために切らないといけないのか? 確かにそうだよなーって思ったよ。その子自身も、ものすごく天真爛漫なの。周りも別に可哀そうがったりしないから本人も別にそれを気にしない。むしろ神様の贈り物、恩寵くらいの感覚なんだよね。
勝手に可哀そうって思うとか、憐れむとか、そういうのが実は偏見や差別の生まれる元なのかもしれない。
それぞれに様々な背景をもってみんな生きているけれど、それが社会や共同体の大多数や標準の規格や規定からだいぶかけ離れたものだったり、すごくたいへんそうだったとしても、その当人はその中で一生懸命にただ生きていたり、その中でこそ味わえる楽しさやたいへんさなんかのすごく豊かな経験を満喫しているだけだったりするんだよ。
それを勝手に憐れんだり気の毒がったり可哀そうがったりするから、それが不幸なものになってしまうだけなんじゃないかなーって。
だいたい、自分を哀れんだりしてないで、自分の問題を糧に逞しく生きているひとはいくらでもいるし、最初の設定がいくらきつくてつらくても、自分次第で変えていけるものもあるって切り替えて、どんどん自由に自分で自分の人生を切り拓いて楽しんでいる人もいるし、本当に人って色々なんだよ。こうあるべきとか、こうでなければならない、みたいなものなんてなくて、それぞれの設定や背景の中でもそれぞれの創意工夫で自由に楽しんでいたりすることが赦されるなら、けっこうみんな楽しくやっていたりするんだよ。たいへんさの中でもそこでしか味わえない豊かさがあるし、これが幸せの形って決まったものなんてものもないって思う」
夜も更けて彼の部屋で私たち三人と一緒に旅館のごちそうを囲んでいた時に、何かの話のついでに彼がそんな話をしてくれた。それは私にとってとても印象深い話だった。私が彼の話に惹き付けられたように聴き入っていると、沙羅がにこっとした。
「神奈なら智ちゃんの話、絶対気に入るって思ったんだ」
そして瑠偉ちゃんは沙羅となんか目を合わせてにやにやしながら言った。
「愛すべき変人の仲間だね」
「なにそれ」
「だって、沙羅から変わっててすごく面白い子がいるよって神奈のこと聞かされてたんだもん」
沙羅に目をやると、沙羅は悪気なく笑った。
「褒めてるんだよ!」
智也さんのことを笑った自分にまさかのブーメラン。
「こいつらはまだいい方だよ。俺の大学時代の友人の間では俺はすっかりクレイジー扱いだし。学生時代に付き合った何人かの女性にはあんた宇宙人なんじゃないの、とか言われたし」
智也さんにそう言われて、悪いと思いつつもまた笑ってしまった。
「智ちゃんモテるけど、ふられる率も高いんだよね。向こうから寄って来たのに向こうからフラれる」
沙羅がそう言うと、彼はちょっとむっとしていた。
「そんなの向こうが勝手に何かを俺に期待していただけなのに、期待通りじゃなかったってだけで勝手にカンカンになって怒って去ってくんだぞ。俺のせいじゃない」
「智ちゃん優しいから女性に夢を抱かせちゃうんだよ。期待の星だったし。超エリート医師のお嫁さんドリーム炸裂させてしまったんだよね、きっと。で、開けてみてびっくり。全然違ってびっくりして去られる!」
そう言って、瑠偉ちゃんは笑った。
失礼だとは思いつつ、あまりに想像できてしまい笑ってしまった。
「私は中学生でも智ちゃんの素敵なところをちゃんとわかっていたのに、その人たちが見る眼がなかったんだよ」
つんとして沙羅がそう言うと、智也さんは笑っていた。
「そうか、ありがとう」
「それなのに、大人の女の色気に惑わされてたのも、智ちゃんだしね」
「きついなあ」
苦笑する智也さんに、沙羅は子供みたいに顔をしかめて舌を出していた。
なんか笑ってしまった。
普段はつんと澄ました沙羅が彼の前だと無邪気な子供みたいに手放しで甘えていてなんか可愛いらしかった。
「沙羅も十分魅力的だったけど、手を出すわけにいかないじゃないか。仕方ないだろう」
「そうだった? 魅力的だった?」
機嫌をよくした沙羅に、彼は優しく笑って言った。
「うん、可愛かったよ。何か女性と少女の魅力があったし妖精みたいだった。だからよけいに汚したらいけないって気がしたから手が出せなかった」
沙羅はちょっと赤くなっていた。
うーん、これは確かにもてるの、わかるな。
何となくそう思いながら私は元恋人同士の会話を聞いていた。
「智ちゃん、今誰か付き合っている人はいるの?」
瑠偉ちゃんが興味津々で尋ねて、彼は頷いていた。
「もう長くつき合っている女性がいるんだけど、彼女とは気が合うからこのままずっと続くかも。でも一つ心配なことがあって」
「なになに?」
わくわくして聴き入る瑠偉ちゃんと沙羅に彼はちょっとため息をついた。
「彼女は南の国の人で、すごくセクシーでスタイル抜群の綺麗で情熱的で賢い理想の女性なんだけれど、彼女のお母さんっていう人が、なんというか、すごくいい人で肝っ玉母ちゃんみたいな豪快な人なんだよね。殆ど甲斐性なしみたいなひょろひょろして酒ばっか飲んでいるもやしみたいな亭主に頼らずに自力で商売を繁盛させて、孤児まで引き取って13人の子供を育てて大学まで出したっていうすごいビッグママでさ、体もそうなの。もうばーん、どーんと胸もオシリもでっかくて迫力満点なんだよね。で、そのお母さんのお母さん、彼女のおばあちゃんもやっぱりそんな感じでさ。しかもママもおばあちゃんも若い頃は彼女以上の美人だったんだって。若い頃の写真を見せてもらったらすごくきれいでスタイル抜群で女優さんみたいなのに、いつからこうなったんだって聞いてしまったら、家系のみんながそうなんだってさ。娘もいずれこうなるよ! ってばーんとでかい腹を叩いて豪快に笑うんだよね。それがちょっと心配。俺もしっかり尻に敷かれたもやしみたいな亭主になるのかなあ、ってちょっと不安にもなる」
私たちがげらげら笑い転げるなかで彼はけっこう真剣に心配していた。
「それに情熱的なのはいいんだけれど、彼女、怒るとすごく怖いんだよね。今からでも形勢不利なのに、将来あんなすごい母ちゃんみたいになったら、俺は絶対に負ける自信がある」
言葉の使い方間違っているよ! と大笑いした沙羅に彼は突っ込まれていた。
明日には帰るという日の夜、私と沙羅は厚めの上着を着こんで夜の浜辺を智也さんと散歩した。大きな満月が夜空に明るく輝いている明るい月夜だった。海沿いの道にあった自動販売機であたたかいお茶を買っていたので、それを呑みながら私達はとりとめもないことを話して、よく笑った。時間が過ぎていくのが名残惜しくて、ただ一緒に過ごす事が楽しい、そんな感じだった。瑠偉ちゃんも後から合流してみんなで何だか賑やかにおしゃべりして楽しく過ごしていたら、瑠偉ちゃんがいたずらっ子みたいな顔で
「肝試ししようよ」
と言い出した。
近くにお寺と墓地があるのでそこに行こう、というのだ。幽霊が出ると噂で最近は地元のちょっとしたホットスポットになっているらしい。季節外れの肝試しに沙羅と智也さんも乗り気で、私はちょっと内心ビビりつつも好奇心に負けてOKした。
先頭は瑠偉ちゃんで、沙羅と私が手をつないで続き、後ろから智也さんがついて来た。
最初に遠目に見たお寺は不気味だったけれど、境内に入ったらなんとなく静かだしきれいだし別に怖くなかった。そのまま墓地へ回ったけれど、特に悪寒も何も感じず、むしろ静かだなー落ち着くなーという感じ。そのまま瑠偉ちゃんについてぐるぐる辺りを回ったけれど幽霊には遭遇せず、ちょっと期待外れ(?)でみんなそろそろ帰るか、という感じになっていたとき、茂みの方で何だかがさごそ音がしてちょっとびくっとした。
「たぬきでもいるかな」
瑠偉ちゃんがそう言いながらその音のした方へ行ったら、
「しっ、しっ!」
と声? がして、瑠偉ちゃんが爆笑している声が聞こえた。
「智ちゃんもいるよー!」
とか言って大笑いしている。
しばらくして中学生らしいむすっとした顔の男の子と赤い顔をした可愛い女の子が、瑠偉ちゃんと一緒にこっちに茂みの方から出てきた。
「なんだ女の子ここに連れ込んで悪さしようとしてたのか」
笑いながら智也さんがその男の子に声をかけている。
「これ、智ちゃんの弟の和也」
瑠偉ちゃんが私に言った。
そしてにやにやしながら彼に
「ひとにしっしっなんて犬でも追っ払うみたいに言うからこんなことになるんだよ、ばーか」
とからかうように言っていた。
「瑠偉のあほ。少しは空気読めよ」
「空気読んだから助けたげたんじゃないの。どうせ無理言って連れ込んだんだろう」
確かに女の子の方は、ちょっとホッとしているみたいに見えた。
むすっとしている和也君は女の子の方をちょっと見た。彼女のほうは和也君にすまなそうにしていたので、彼は彼女の手をつないで
「送ってくよ」
とちょっと優しく言っていた。
ほっとしたような彼女に、瑠偉ちゃんは笑いながら言っていた。
「気をつけなよ。こいつばかだから、襲われそうになったら股間蹴っ飛ばしてやんなよ」
彼女は赤くなって頷いていた。
それを見て和也君は少々ショックを受けていた様子。
「ここは隠れたデートスポットだったのか」
智也さんがそう言って沙羅がつまらなそうに言った。
「幽霊の正体もカップルのことだったのかもね」
「せっかくだから祖父ちゃんたちに挨拶に行ってから帰るか」
「そうだね」
そう言って智也さんの家のお墓に寄って挨拶?してから私たちは帰宅の途についた。
「本当にあった怖い話したげようか」
帰り道で智也さんはそう言った。
「してして」
催促する瑠偉ちゃんと沙羅に彼はちょっと笑った。
「俺の友達の家はけっこう大きな旧家でさ、その家の家系では代々入り婿とかお嫁さんが必ず早死にするんだ。先祖代々そうだからちょっとした因縁話になっていて、先祖の祟りとか因縁がとか地縛霊がとか怪しげな話がふつうにその地域ではされていて、それ前提に業の深い家系ってことで有名らしくてさ」
「外から来た人が早死にするの?」
私が訊くと、彼はそう、と頷いて言った。
「外から来た人だから家系の遺伝ではないでしょう」
「そうだね」
「でも先祖代々連鎖している」
「呪いとか祟りって話になってくるわけ?」
沙羅がそう言うと、彼は言った。
「長い歴史のある大きな家には澱のように溜まっているものがたいていあって、外から来た人の生命や身体を侵食していくのでたいてい嫁いできた女性や入り婿は早死にしたりするらしい。家を背負う立場の長男が代々早死にするとかの場合もあるけど。
それは一昔前であれば業だとか因縁とか先祖の祟りなどと言われていたものだろうけれど、実際にはそれはその共同体に受け継がれてきた関係性の様式(コミュニケーションの様式)にたいてい問題があるのだと思う。封建的であったり抑圧的だったり、支配的であったり、不公平な関係性を強要し犠牲を要求したりするのが当たり前に繰り返されて来たり、そこに関わる人々が無意識にしろ意識的にしろしているその関係の持ち方自体が病んでいるからみたいなんだよね。
当人が自覚してそれを問題だと認識しない限りそれは変わることはないし、濃縮されてより過酷になっていく可能性すらある。そういう意味で、今の時代にそれを何か先祖の祟り、業、運命、宿命、因縁などと言われてそれを浄化することをすすめられたとしても、本人は自分以外の責任だとしか考えないので、問題を解決することよりもよけいにややこしくさせることが多い。
自分がその問題を引き起こしている、参与している張本人であるにもかかわらず、自分だけが皆のために一生懸命尽くしている、自分は正しいことをしている、こんなに自分は大変な思いをして皆のために尽くしているのになぜ自分に従わないのか、というように思い込んでしまうと始末に負えないから。むしろより厄介な問題になっているんだよね。
俺の友人は幸い、そういう家系にまつわる問題に対して客観的に観察して問題の真相に気づいたから、その家にまつわる関わりから距離をとることを選んだけれど、これって大なり小なりあちこちで見られる問題なんだよね。家族という共同体の問題は外からは隠される分、内部からの腐敗や浸食が著しい場合も多いんだよ。それは確実に人の心や身体、生命力を蝕んでいくし、関係性にまつわる問題だからそこから外部へと侵食も伝染もしていくんだよね」
「ちょっとこわいね」
私が言うと
「だから本当にあった怖い話」
「怖すぎだよ」
瑠偉ちゃんが言って
「でも何かわかる気がする」
沙羅が言った。
「目に見えない心にまつわるものを伝達していく関係性に乗って運ばれていく病んだ様式が目に見えないゴーストっていうエネルギーになるのかも」
私がそうつぶやくように言うと、智也さんは
「そう考えると、ゴーストはいるし存在するエネルギーだってことになるから、昔の人々の智慧も間違いではないね。でも対処法は現代に合わせたほうがいいと思うけど」
「そうだね」
私は彼を見上げて尋ねてみた。
「智也さんのお友達のような姿勢でいるには、単に客観的であるだけではだめだよね」
彼は私を見た。
「本当の客観性とは何か、ってことでもあるよね」
「参与しながらの観察、それは自他も含めて客観的に観察するってことで、自分だけ切り離してしまわずに、自分もそこで影響を与え合っている要素として自分のことも含めて客観的にみれるかどうかってこと、そういう意味だよね? 主観も含めての客観性、みたいな?」
「そうそう」
笑って彼は言った。
「今までの客観性のイメージって自分を切り離して自分以外のものを観察することを言っていたでしょう。でもそれではもう既に時代遅れになっていて、今はもうワンステージ上がって、自分も参与している事も含めて観察できる知性が必要になっているんだよね。自分の主観の世界も含めて客観性を保つというか、その姿勢や感性が必要になってきているし、そこからフェアに他者の主観の世界も内包していくと、更に重層的多層的な世界観になっていくでしょう」
「面白いね」
「そう、世界ってものすごく面白いんだよ」
「参加して行動する哲学者って今度から智ちゃんのこと呼ぼうかな」
笑って沙羅が言うと瑠偉ちゃんが言った。
「愛すべき変人よりはかっこいいね」
「実際に自分がそこでどんな反応をするか、それこそが一番面白いんじゃない?」
彼はそう言って笑っていた。




