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 海と陸はすぐに動いて弁護士さんに再度依頼したようだ。手紙やICレコーダーでの会話や罵詈雑言の証拠も提出済みで、階堂亜実に対して前回の罰則や慰謝料の取り決め通り厳しく請求する方針にしたとのこと。交渉には一切応じない、という一貫した姿勢で臨むらしい。しばらく平穏な日常が続いたが、ある日弁護士さんに静香(しずか)さんから連絡があったらしく、海と陸を通して私に連絡が来た。何でもお父様が亡くなられたので急きょ帰国してきているとのことだった。それで私にも会えるなら会って話しておきたいことがあるので時間を作ってもらえないだろうか、ということだったので、私はOKしてまた海と陸、弁護士さんを通じてお返事をした。


 当日はこちらが指定したレストランの個室で海と陸と私の三人で彼女に会った。レストランには彼女が一人でやって来て、思ったよりも元気そうだった。


「この度はご愁傷さまでした。お悔やみ申し上げます」


 私たちがそう言うと、彼女は黙って私たちに頭を下げた。それから私たちに言った。


「こちらの都合でお時間を頂いてしまってすみません」


 挨拶が済んだらすぐに本題に入る人なので、彼女はすぐに話を切り出した。


「ちょっとこちらの事情が立て込んでいるのですが、何があっても亜実に対しての請求を取り下げたりしないで頂きたくて、念のためにお会いしておきたかったんです」


 そうして一緒に食事をしながら、彼女は少しだけ家庭内の事情を話してくれた。先に知っていた方が対処するときに都合がいいだろうから、と言って。


 簡単に要約すると、彼女たちの父親は自死をしたそうだ。彼女は家族や血縁者たちとは既に縁を切っているので法的な手続きのために一時帰国していて、お葬式などには出席していないとのことだった。なんだかちょっとしたお家騒動になっていて、詐欺や脅迫まがいのことを家族たちが仕掛けてきたらしく、情けをかけるとぐずぐずになりそうだったので法的にきっちり処理をして静香さんはこれで一切関わらないつもりのようだった。


「こちらの人としての情や愛や誠意につけこんで、どんどん都合よく色んなものを上乗せして、脅したり、同情を買おうとしたり、都合よく話を作って周囲を取り込んだり、嫌がらせをすることで囲い込んで来ようとしたり、とにかく妹の常套手段のオンパレードでまるで見本市みたいでした。おかげで髪の毛一本ほど残っていた人としての情もきれいになくなりました。それが父からの最後の最高の贈り物だと思います。あんなに自分を甘やかして大切にしてくれた父親が亡くなって少しは悲しみにくれているのかと思ったら早速悪だくみですもの。本当にあきれました」


 亜実ちゃんは今まで自分を好き放題甘やかして贅沢をさせてくれていた後ろ盾を失ったので、静香さんにしてきたようなことを今後私たちにもしてくる可能性が高いそうだ。そうした戯言(たわごと)には一切耳を貸さず粛々(しゅくしゅく)と法的手続きに踏み切るように、と念をおして彼女は去って行った。


「なんか、思わぬところから思わぬ衝撃を受けた気がした」


 帰り道に陸がそう言ったので、なんとなく私と海は顔を見合わせた。


「ふいうちでこれをくらうよりは、先に知っていた方がいい、というのは本当だと思うよ」


 私がそう言うと、海が続けて言った。


「事情がどうであれ、同情を買おうとしたり嫌がらせで囲い込んで来ようとしたりっていうのはあいつの常套手段だし、身内からもああまで警戒されているくらい根が深いものなんだよ、きっと。俺たちがどうこうできるものではないから、俺たちは自分たちのことだけ考えていたらいいんじゃないか。こっちは必要な手続きをする、情けは一切かけない、それでいいんじゃない?」


 私が黙って頷くと、陸も


「そうだな。それに、なんか階堂には他者に対して変な甘えとか期待があるみたいだから、それは通用しないし、自分がしたことの責任も自分でとらなくてはいけないことを知るいい機会なのかも。素直に認めるとは思えないけれど。でももう俺らにはもう関係ないことだしな」


 何となく私たちはそのまま帰り道を黙って歩いた。


「私たちが当たり前だと思っていることって、実は当たり前ではないんだね。一瞬先って、やっぱりどうなるかわからないものなんだね」


 何となく私がそう言うと、陸が頷いた。


「先がわかっていて安全が保証されているって思うのは、そう思わないと怖くて先に進めないからなのかも。一種のお守り代わりとか、幻想でもそういうことにしておかないと今の生活が回らないから、何となくそう思い込ませているのか、それとも日常に麻痺しているのか、とにかく、実はそうでもないらしいって目が覚まされるまでは、それがずっと続いてしまうものなのかもしれない」


 海は前を見ながら言った。


「死んでから後悔するのは嫌だな。死んだ後にも後悔なんてできるのかわからないけれど。それくらいなら、俺は一瞬先が闇だってことを忘れないでいたいな。だからってびくびくしたりもしたくないけれど。それが平常だっていうくらいにしっかり肚(はら)決めして生きていく方がいいな」 




 それから数日後のこと。私はまたもや登校中にあの伝書鳩の女の子に呼び止められて、強引に押しつけるようにして折りたたまれた手紙を渡された。


 すごいな、またかよ。


 ちょっと感心しながらも、私はそれをどうするべきかしばらく眺めてしまった。手のひらにある凝った形に折り込まれた小さな手紙。今ここでぽいっとゴミ箱に投げ捨ててもいいわけだし、そうすべきかのような気がしたが、結局怖いもの見たさで開いて見てしまった。内容を要約するとこうだった。


・自分は周りのみんなのことを考えて一生懸命になっていただけだった。

・特に悪意があってやったのではない。

・あのときはもうそうするしかなかったのでそうしただけ。

・つい衝動的にしてしまっただけで、自分も心が傷ついていてパニックになっていた。

・私たち(と海と陸が依頼した弁護士)が追い詰めたので、父親が自殺してしまった。

・もう十分傷ついているのでこれ以上もう責めたり傷つけないでほしい。

・自分に悪意があると考えているのは私たち(と海と陸が依頼した弁護士)の思い込みでしかない。

・特に私|(神奈)には被害妄想があるのかもしれないから病院へ相談に行くこともお勧めする。

・統合失調症という病気があるのを知っているか。

・もしその病気であれば障害者手帳が発行され色々なサポートが受けられるのできっと役に立つだろう。


 あきれてものも言えないとはこのことなのだろう。あまりの内容に衝撃を受けていたら、思わず電車を二駅ほど乗り過ごしてしまったほどだ。すごい。何が何でも自分は間違っていない、正しいことにしたいんだ。極めつけに、ご丁寧にこちらを心配するふりで被害妄想の狂人に仕立て上げようとまで画策している(でもこんなあほらしい戯言にまともに耳を貸す人なんていないだろうに)! もはや何かの冗談なのか? これはある種のサプライズゲーム?? 何でこうなるんだろう。どういう思考回路でこうなるんだろう。何だか考え出したらこっちがおかしくなりそうだった。


 海と陸に知られたらなんかややこしくなりそうなので、その手紙はなかったことにして、私は自分の生理用ポーチの中にそれをしまった。とりあえずここに入れておけば落とす心配もないし。本当はこれも証拠として提出して、更に厳しく弁護士さんに追及してもらう方がよかったのだろうけれど、私たち(と海と陸が依頼した弁護士)が追い詰めたので父親が自殺してしまった、という言い分に引っ掛かりがあって、何となくそうした。私は静香さんが滞在しているホテルに電話をして、彼女が帰国する前にもう一度彼女の宿泊先のホテルで会う約束をした。




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