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16



「神奈は俺たちから絶対離れるなよ。でもやばいと思ったら一人で速攻逃げろ。いいな?」

「そんな大げさな。他の人もいるしへんなことできないよ」


 二人に何度も念をおされるので私がそう答えていたら、病棟のエレベーターが目的階で開いた。お見舞いなので一応お花を私は買ってきていた。二人は手ぶらだった。受付で面会希望の用紙に海が記入して、私たちは彼女の病室を訪ねた。個室ではなく大部屋でそれも少し安心だったので、カーテン越しに私が彼女に声をかけた。二人は一応男性だし、突然行くにしても声をかけるのも最初に面会の確認をするのも私がした方がいいだろうと思ったので、二人を少し後ろに下がらせて私が先にたって彼女のベッドの付近に行った。


「来てくれたんだ。どうぞ」


 彼女はすぐにそう返事して、ベッドのきしむ音や体を起こす気配がした。振り返ると海と陸の二人は何となく困惑したようなばつの悪そうな顔をしていた。突然訪問したはいいが、やはり失礼だったのではとか色々気にして気後れしているのがよくわかった。基本的に育ちがいいので優しいのだ。それに気持ちがまっすぐできれいなところがあるし。だからつけこまれるんだろうけど。


「海と陸も一緒なの」

「あ、そうなの? ちょっと待っててくれる?」


 少し華やいだ声で彼女は言った。


「うん」


 女の子だものな。身だしなみを整えているんだろう気配の中しばらく私は待った。海と陸はますますなんか居心地悪そうにしていた。ったく。男って弱っている可愛い女の子にはどうしたって強く出られないものなんだろうな。いまいましい?ような気分でいたが、まあ、それも仕方ないか、とも思っていた。ちっ、役立たずめ。と心で毒づいてもいたけど。


 二人が全くあてにならなそうなので、私が主導権握るしかなさそうだな、と思っていたら、彼女は自分でベッドから立ってカーテンを開いた。


「来てくれてありがとう」


 にこっとして可愛らしい桜色のパジャマ姿で彼女は私に声をかけた。その前に、目の前の私、後方にいる海と陸にと素早く目をやってから。それだけで、彼女は元気そうだな、と何となく私は思った。


「これお見舞いです」


 私が花束を渡すと、彼女はお礼を言ってそれを近くの棚の上に置いた。花瓶があったので、


「よかったら入れて来ようか?」


 と私が花瓶と花束を見比べて言うと、彼女は愛らしく微笑んだ。


「あ、お願いしてもいい? せっかくのお花だしね。お水に入れてあげないとかわいそう」


 それで私は海と陸に声をかけた。


「これにお水入れてお花をほどいて入れて来てもらえる?」


 二人はほっとしたように頷いてさっさとそれを持って病室を出て行った。

 自分たちのそばを離れるな、とかさっきまで言ってたくせに。

 私はちょっと息をついて、彼女に向き直った。


「なんだ、あんたが行くんじゃないんだ」


 打って変わったように彼女が面白くなさそうに言うので、


「そんなことだろうと思った」


 と私は言った。

 さっきまでの殊勝そうな態度と打って変わって、ふてぶてしい態度になった彼女は私をじいっと見て


「私、あんたみたいなオンナだいきらい。何の悩みもなさそうに、いつもにこにこして幸せそうにしてて、むかつく。どうせ何も考えてないから悩みなんてないんでしょう。あんたの大切なもの、みんなぶち壊してやりたくなる。見てるだけで腹がたつ」


 あまりの言われように少し驚いていたら


「ばかみたい。私が本当に謝るとでも思ってたの?」


 とダメ押しされたのでさらにびっくりした。


「他に人もいるのに、いいの?」


 なぜかこっちが気にしてしまう始末だった。ここは大部屋だから個々のカーテンの向こうにはこの病室の患者がいるのだ。果たしてどんなかおでこの会話を聞いているのか、私は他人事ながらちょっと心配……うそです、ちょっと面白かった。


「別にいいよ。海君と陸君さえここにいないなら」

「でも、いずればれるでしょ」


 あきれて私が言うと、彼女は気のない返事であっさり言った。


「ならそれでいいのよ」


 ふーん、へんなの。

 彼女は私をじっと妙なまとわりつくような目つきで見ていた。


「なに? まだ何か言い足りないわけ?」

「あんたってホントに何の悩みもなさそう。それで余裕ぶってるしむかつく。海君や陸君の優しさにつけ込んでまとわりついてる寄生虫みたい。とっとと二人から離れなさいよ。目障りなの」

「二人の優しさにつけ込んでまとわりついているの、あんたでしょうよ」


 私が言い返すと、ぎらぎらした目つきになって彼女は突然「なんなの!」と大きな声でわめき始めた。

 本当に、突然、豹変したのだ。


「大体あんた生意気なんだよ!! 忠告されたらおとなしく従っておけばいいのに、あれだけやってもまだ平気な顔して、相変わらずにこにこして幸せそうにしてて、バカなんじゃないの? あんたみたいに何の悩みもないような人間ばっかりじゃないんだよ!! そんなこともわかろうともしないで、自分がどれだけひとを傷つけているかもわかってないんでしょう?! 無神経そうだものね!!!」


 突然の豹変ぶりにびっくりしていたら、廊下の向こうから足音がして慌てた様子で陸と海が病室に入ってきた。そして呆気にとられている私と、何かに憑かれたようにわめいている彼女とを呆然と見ていたが、我に返ったように私と彼女の間に入るようにして私を自分たちの背後に押しやったので、それがますます彼女の気に障ったみたいで、本当に突然気がふれたみたいに更に大きな声でわめき出し、喚(わめ)くほどに自分でどんどん興奮していっているみたいだった。


 言っていることは大体同じことの繰り返しと罵倒だった。

 看護婦さんたちを同室の人が呼びに行ったみたいで、向こうから何人かの人がばたばたと駆けてくる足音がして、病室に入ってこようとしていたときだった。


 彼女の視線が棚の上のお見舞いの果物バスケットに移動して、そこにある果物ナイフに移った。


「海、陸! 危ない!!」


 私が悲鳴のように二人に言うのと同時に彼女がナイフに手を伸ばして掴み、焦った私が二人の腕をつかんで力いっぱい後に引き寄せたのと同時くらいに、彼女が私たちを見据えながら目の前で思いきり自分の手首をナイフで切り裂いたので、勢いで出血した血が海の頬や陸の服の袖口に飛んだ。


 呆然としている私たちの目の前で、既に入室していた看護婦さんたちに彼女はすぐに取り押さえられた。血がどくどく流れる中で、彼女は勝ち誇ったようにぎらぎらした目で私を睨みつけていた。


「あんたのせいだから!!」


 そう叫んでいた。

 私も陸も海もただ立ち尽くして目の前の光景を見ていただけだった。シーツやカーテンや自分のパジャマを血染めにして応急処置を受けながら、まだ私を睨みつけている彼女に私は言った。


「そんなの知らないよ。というか、そもそも前提からおかしくない? なんで私があなたの問題をわからなければいけないの? わかろうとしなければいけないの? それってあなたの問題でしょう? そもそも、なんで私がそれにつきあうべきだと思うの? 私自身が、理解したい、理解する必要がある、そう思わないのであれば、別にそれをわかる必要ってなくない? そんなの知るか、3秒で終了な話じゃない? なんでそれにぐだぐだとつきあわなければいけないのよ?」


 怒りとショックで体が震えながらもはっきりとそう言った私に、看護婦さんたちは、けが人になんてこと言うんだ、みたいなかおをして


「すみません、患者さんが興奮しますので」


 と暗に退出を促してきた。


「神奈、行こう」


 陸が怒りに震えている私の手を引っ張り、海のことも引っ張るようにしたが、海はそれをふりほどいて、


「もう俺たちに近づくな」


 彼女をまっすぐに見据えて冷たい声で言い放った。

 口を引き結んで彼女は彼を凝視していた。


「自分の命が俺たちにとって価値があるものだとでも思っていたのか? 甘えるな。もう神奈や俺たちにこれ以上関わるな。死にたきゃ勝手に一人で死ねよ。俺たちには関係ないだろう。神奈にも関係ない。おまえがやってること、最低だ」


 それだけ淡々と言って陸に目で合図したので陸は私を引っ張って病室の外に出て、海もその後から出てきた。 


「あいつ、すぐに応急処置されるの分ってて、わざとやりやがった。神奈や俺たちの良心につけこんで脅迫してこようとしたんだ。最低だ。胸糞悪い」


 エレベーターまで廊下を歩きながら海は恐ろしく冷たい声でそう言った。

 海は本気で怒ると頭が冷えていくタイプなのだ。冷たい青い炎が全身を包んでいくみたいに怒れば怒るほど頭が冴えてくるので淡々とした口調で冷静に話す。それで言ってる内容はかなり酷いけれど感情がないみたいに見える。でも実はものすごく怒っている。


 私と陸は黙って目を合わせた。

 どうやら彼女は海を本気で怒らせたらしい。

 これは荒れるかも。気をつけておいた方がいいかも。

 互いに黙って目で確認し合った。


 そのままエレベーターに乗って、私たちは病院を出た。玄関口にいたタクシーにそのまま私たちを押し込んで陸はマンションの住所を告げた。走り出す車の中で私は毛を逆立てた猫みたいにしばらく気が立っていたけれど、海はずっと黙ったまま考え込んでいた。陸は運転手さんに何か話しかけたりしていた。それでタクシーは通り道にあるコンビニに一旦止まり、陸がコンビニに入って行ってハンカチを水に濡らして帰ってきた。それを私に渡して「拭いてやってよ」と言うので、私は海の頬に飛んでいた血をそれで拭き取った。


「ごめん、神奈」


 海は頬を拭いている私を見てそう言った。


「何で海が謝るの」

「変なことに巻き込んで、本当にごめん」

「謝らないでいいよ。私こそ、彼女を興奮させたんだし」


 捨てぜりふまで言ったしなあ、と思っていたら、陸が助手席から後部座席にいる私たちを覗き込むようにして言った。


「たぶん、元々なんか精神的な問題があったんだろう。神奈も海も気にすんな」

「来たのが間違いだった」


 海が呻くようにそう言うので、


「もう済んだことだし、これでもう関わるのを本当にやめればいいんじゃない?」


 陸が私たちを見て言った。


「とりあえず、もうこの件には関わらないようにしよう。何かあったら弁護士さんに相談。直接俺らが動くことは今後一切なし」


 その日は土曜日だったこともあり、今日は帰らないでほしいと海が言うので、私は彼らのマンションに泊った。帰宅してからの海は特にいつもと変わらない様子だった。たまに陸とアイコンタクトをとりつつ様子を見ていたけれど全然ふつうだったので、考えすぎかなと思い始めていた。子供の頃とはもう違うし。


 昔から海は本気で怒るとものすごく冷静になる半面ものすごく本当は怒っているため、実はかなり戦闘的にもなっているので、その後もしばらく極端なことを言ったりしたりすることがあった。静かに荒れているのでわかりづらいけれど、いつもの状態とは違った状態になっているのだ。それでいつもの優しくて陽気な海のつもりで侮って接したら、手ひどく冷酷な扱いを受けて泣かされた子たちもいた。めったにそこまで怒ることはないので私も今回久しぶりに見たくらいだったけれど。


 夜中に目が覚めて喉が渇いていたのでキッチンに水を取りに行った。二時を過ぎたくらいだったが、キッチンの方から明かりが漏れていて誰かが起きている気配がしていた。キッチンに入って行くと椅子に座って海がコーヒーを飲んでいた。テーブルの上には念のために、と昨日病院に行く前に私が持たされていたICレコーダーとイヤホンがあった。あのときの会話を聴いていたらしい。


「起こした?」

「喉が渇いて目が覚めたみたい」


 冷蔵庫からミネラルウォーターの小さいペットボトルを取り出してキャップを開けて飲んでいる間、海はじっと私を見ていた。


「海は? 眠れないの?」

「そうみたい」

「コーヒーじゃなくてホットミルクでも飲めば? 作ろうか?」

「うん」


 冷蔵庫から牛乳を出して小鍋で温め、はちみつを少し落として木べらでぐるぐる混ぜていたら、海がそばに立って鍋の中を覗き込んだ。


「それ持って、神奈の部屋に行ってもいい? ちょっと話したいことがあるんだけど」

「いいよ?」


 ホットミルクと水を持って私たちは私が使わせてもらっている部屋に行き、ラグマットの上に直接座ってテーブルを囲んだ。がらんとした空間にマットレスのベッドと観葉植物、ローテーブルや鏡台くらいしかないので、しんとした真夜中に私たちのたてる物音はなんだか空間にやたら響いた。

 何となく潜めた低い声で


「これ聴いてたんだけど」


 海はパジャマのポケットに入れていたICレコーダーを取り出してテーブルの上に置いた。


「思ったんだけど、階堂は俺たちと言うよりも俺たちを通して知った神奈自身にどういうわけか物凄く執着しているんじゃないかな。なんて言っていいかわからないんだけれど、あいつは神奈を自分の思い通りに、自分の支配下に何としても置きたいんじゃないかって気がした。俺たちにどう思われるかよりも、神奈をなんとかしてコントロールしたいみたいな、変な欲望みたいなものがあるみたいに感じるんだけど」


 そうしてそのまま海は黙りこんだ。


「どうでもいいよ」


 そう言って海に冷めちゃうよ、と私が言うと、彼は頷いてマグカップに口をつけた。

 しばらく彼は黙りこんでいた。


「別に私はどうでも気にしないから、海も気にする事なんてないよ」


 私がそう言うと、彼は黙ったまま私を見つめた。

 それから言った。


「違うんだ。何て言えばいいのかな。俺が何となくこれがわかるのは、俺にもちょっと似たようなところがあるからなんだよ。さすがにここまでではないにしても、何か通じるものがあるって言うか……、難しいな」


 言ってから海は私をじっと真っ直ぐに見て、淡々と言った。


「神奈を何としても自分のものにしたいっていう強い欲望みたいなもの。自分の支配下に置いて制御したい、そういう種類の野心というか、何が何でも自分が思うとおりに神奈を支配したいみたいな。何か当人にしかわからない事情があって、あいつは神奈が神奈自身でいることが気に入らないんだよ、たぶん。でも、神奈は周囲から圧力をかけられようが、そこに封じ込めようとされようが、さっさとそこに見切りをつけて、あっさりそれを捨てて、勝手にどんどん進んで自分の新しい境地を切り拓いて行ってしまうだろう。それが気に入らないんだよ、たぶん。だから色んなむちゃくちゃな難癖をつけて絡んでくるんだ。殆どやけくそみたいに思えるようなことまでして。でも、それもきちんと計算づくでやってる。どんなに狂っているみたいに見えても、神奈を操作するためにちゃんとそこは計算してやっている。もう普通に狂っているんだろうけれど、とにかくただ単に無鉄砲につい感情的になってやってしまったとかでは絶対にないと思う。物凄い執念みたいなもので神奈のことを絡め捕ろうとしてきているんだよ」


 こんな時に何だけど、思わず私は葉月が言っていたイカタコお化けを想像してしまった。吸盤のついた触手をぐるぐるねばねばぎゅうぎゅうと絡みつかせてくる、そんないかたこモンスター。


「空飛ぶいかたこモンスターって呼ぼうかな」

「なんだそれは。空飛ぶスパゲッティモンスターの親戚か?」


 真顔で訊いてくる海に、のるなあ、と思いながら私は言った。


「スパモン教なら入信してもいいけど、いかたこモンスター教はちょっといやだなあ。カルトっぽいし」

「なんでいかたこなの?」

「おまえの前世はタコかイカかっていうくらい、吸盤付きの触手を絡ませてとりついて離さないみたいなもんだって葉月が言っていたから」


 海はちょっと笑っていた。

 それで少し空気が和らいだので、私は彼に言った。


「そのくらい気をつける必要があるっていうのは何となくわかるから、心配しないでいいよ。しつこい人や嫌がらせをしたい人はそれを本人がしたいからそうしているだけなんだから、どんなにもっともらしい理由を色々とつけてきたとしても、結局は私には関係ない。私にとっては秒速終了でしかないよ。本当に必要ならこっちも本気で闘うし、一旦闘うと決めたら容赦なく全力で叩き潰すつもりでやるけれど、ちょっと様子見てみたいんだよね」


 そのものそれ自体に責任をとらせることを邪魔しないこと──聖一さんはそう言っていた。

 自分でどうにかしようとしなくてもいい、ということも経験から学んでいたので、自然に実が熟れて落ちるのを待てばいいだけなのでは、という不思議な確信めいたものがあった。特に不安もなかったのだ。どこか深いところから自分自身が知っていることに従えばいいだけ──本能や野生のカンのようなものに従え──それだけなのではないか、という感じがしていた。これは説明しようのない感覚なので、黙っていたけれど。

 それに、いざとなったら、悪魔や天使やマリア様ともこだわらずに仲良く手を組んで、そのときの自分が対処するだろう、というような妙な確信? もあった。


 海は私を黙って見つめた。

 そして言った。


「なんかおまえ本気で怒らすと怖そうだなあ」

「私を怒らす方が悪いんだよ。もともと私はそんなに好戦的ではないし、基本的にひとのことはどうでもいい方なんだから」

「そうか」

「そうだよ」


 海は私をじっと見つめて黙った。


「海も陸も責任感じる必要ないよ。もう十分色々してくれているし、感謝しているもの。だから海も気にしないで。ゆっくり休んでよ」


 そろそろ眠くなってきたし、と思って話を切り上げようとしたら、海は私に言った。


「ここで一緒に眠ってもいい? 手出さないから」


 まじまじと私が彼を見つめると、彼は真顔で言った。


「そばにいてほしい」


 なんだか恥ずかしくなって赤くなったのが自分でもわかった。

 よくそんなこと、真顔で、とぐるぐる考えながら言葉を継げずにいたら


「なんで黙るんだよ」

「な、なんとなく」

「こっちが恥ずかしくなるじゃないか」


 言ってから彼は私の手首をつかんで


「抱きしめて眠りたい。それだけ。なんか安心するから」


 と私を抱き寄せて耳元で言った。


「いい?」


 訊かれて、私は言葉を出さずに頷いた。

 同じベッドで海が私を後ろから抱きすくめるようにして、一緒に眠った。人の体温ってすごくあたたかくて落ち着くんだな。すごく気持ちがいい。海の体温はすうっと私の肌になじんだ。結局私はそのまますぐに眠りに落ちてしまった。

 朝方ちょっと目が覚めたら、海が隣で頬杖をついて私を眺めていたので、


「眠れた?」


 と訊いたら、


「うん、少しだけど、思ったよりぐっすり眠った感じ」


 そう言って私のまぶたに口づけた。


「神奈はよく眠っていたね」

「見てたの」

「うん。よだれたらしてたから」

「うそ?!」


 ぎょっとして口もとや頬に手をやった私に


「うそ」


 くくくっとおかしそうに笑って、キスした。そうしてそのまま深く口づけてしばらく長いキスをしてから吐息をついて、私を自分の胸に押しつけるようにして抱きしめた。海の心臓の音がする。あたたかくて気持ちいい。彼の温かい匂いにやさしく包まれているみたい。あまりの心地よさにうっとりと目を閉じて、そのまま私は彼の胸に自分をあずけるようにしてすうっとまた眠りに落ちていった。



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