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 海と陸とは奇妙な歯車の組合せで魔法のように訪れた平和な時間を過ごした。二人との関係がまたおかしくなったら、その勢いで別れを切り出そうと思っていた私としては、何となく拍子抜けだった。彼らの方から何も詰問されたりしないので、私も何も言わない。そのままなんだか穏やかな時間が過ぎた。


 たまにちょっと罪悪感を感じて聖一さんとのこともちゃんと自分から言おうかなと思うときもあったけれど、何だかいつもタイミングを外したりして言いそびれた。あれ以来聖一さんとはへんなことは何もないし、ちょっとしたアクシデントみたいなもののように思っていたのもあり、私も忘れていった。


 いったん日常が回り出すと、その力の方が強い。平穏な毎日が過ぎていった。以前と変わったことと言えば、夕方に少し散歩に出たりするようになったことくらい。三人でのんびりと歩いて買い物したりして帰った。まだ明るい夕方の光のなかで行き交う人に混じってのんびりと家路につく。それはなんとなく幸福なものだった。


 海と陸が部活から引退してもたまに後輩の指導だとか助っ人だとかになんだかんだと呼び出されていくのを除けば、二人とも下校後はマンションにすぐに帰ってきたので一緒にいる時間が増えた。迎えに来るのは交替のままだった。それでしばらくしてから


「バイトまだ続けるの?」


 迎えに来た海とマンションまで歩いている道で彼に訊かれた。 


「うん」


 やめたくなかった私はそう答えた。

 海はそう、と言って前を向いて歩きながら、


「今度の土日、休めない?」


 と訊いてきた。


「別に問題ないよ?}


 私がそう言うと、海は私を見て言った。


「泊まりに来ない?」


 私は彼を見上げながら


「ここに?」

「そう」


 一瞬のうちに色々な考えがよぎったけれど、結局


「いいよ」


 そう言っていた。

 海は私を見つめていたけれど、


「じゃあ、そういうことで」


 とつないだ手をぎゅっと握った。

 葉月の家に泊るって言っとけばいいかな──親への言い訳をあれこれ考えながら、何となく黙ったままで二人でマンションに帰った。それでその週末の前日の金曜日、また海が迎えに来たときにつないだ手がちょっと熱いような気がしていたら、そのまま夕食までの間にどんどん具合が悪くなっていって


「寒気がする」


 と言い出したので熱を測ったら、8度近くあった。


「そう言えばここのところ風邪っぽかったよなあ」


 陸がそう言って、ドラッグストアに風邪薬と解熱剤を買いに行き、私は


「とにかく休まないと」


 と海の部屋に嫌がる彼を連れて行ってベッドに寝かせた。


「最悪だ」


 呻(うめ)くようにそう言うので、


「何でこんなになるまで我慢してたのよ」


 あきれて私が言うと、彼はむっとしていた。


「なんか食べれそう?」

「いらない。吐きそう」


 しようがないな。薬飲むには何かおなかに入れないといけないのに。

 キッチンをあさって果物の缶詰とりんごとバナナとヨーグルトを見つけたので、どれかは少しくらい食べられるかなあ、と考えていたら陸が帰ってきたので


「ねえ、あなたたち風邪ひいたときにいつも何食べてた? 何食べたくなった?」


 と訊いたら、


「何も。食欲ないからずっと寝てて、スポーツドリンク飲んでたくらい。回復してきたらお手伝いさんが作ってくれたおかゆとか食べてたかなあ」

「薬飲むのにどうしてたの?」

「牛乳で飲むとかしてたよ」

「そうなんだ」


 言いながら改めて冷蔵庫を開けてみたら牛乳はなかったので


「ヨーグルトでもいいかなあ?」


 と目の前に積んだ食品を見てたら


「いいんじゃない?」


 そう陸が言うので、ヨーグルトとりんごのすりおろしたのを一応持って海の部屋に行った。


「食欲ないけど、食べさせてくれるなら食べる」


 とかぬかすので、病人だからな、と思いながらスプーンで口まで運んでやったら全部食べた。


「寒気は?」

「まだする」

「じゃあ、解熱剤はちょっと待とう。とにかくあたたかくしないと」


 陸と一緒に毛布出したり着替え準備したりしてばたばたしていたら遅くなったので、家に連絡を入れて事情を話し看病していってもいいか訊いたら特に反対されなかった。それでその日はそのまま泊りこんだ。特に反対されなかったのにも驚いたけれど、もっと驚いたのはいつのまにか私の個室が準備されていたことだった。リビングの隣にある広めの洋室には大きなソファとローテーブル、観葉植物なんかがあって、鏡台もあった。


「あとは自分で選んでもらおうかと思って、とりあえずこれくらいにしといた」


 陸がそう言って


「これベッドになるから」


 とソファを動かして大きめのマットレスのベッドをつくり、クローゼッドからリネン類やふとんなんかを出して置いてくれたので、それを使わせてもらうことにしたのはいいけれど、パジャマや下着類まで揃えてあったのでさすがに閉口していたら


「気に入らない?」


 と訊いてきたので


「それ以前になんでサイズまで知ってるの」

「なんとなく。抱き心地から」

「……」

「あ、お風呂先に入る? 俺後でもいいよ」

「後でいい。先に使って」


 何となく脱力しながらそう答えたら、機嫌よく陸は浴室に行った。


 夜中に様子を見に行ったら海は汗をかいていたので、着替えてもらった。寒気は引いていて熱も少し下がっていたので解熱剤は飲まずに風邪薬だけ飲んでもらった。彼はりんごのすりおろしたのとヨーグルトを少し食べて薬を飲んだ後に、


「なんか気持ちいい。ふわふわしているみたいな感じ」


 と熱でちょっとハイになっていた。


「このまま朝までぐっすり眠ればもっと楽になるよ」


 と言って寝かせて、部屋を出ようとしたら


「今日も泊っていくでしょ?」


 と訊いてきたので


「うん」


 とだけ返事して部屋を出た。


「熱下がったんだ」


 廊下に陸が起きて出て来てたので


「うん。起こした?」

「起きてた」


 そう言って私をじっと上から下まで眺めたので、


「なに?」

「なんか、いいなあと思って」


 機嫌よくそう言って、おやすみ、と彼はまた部屋に戻って行った。用意してくれていた彼らとおそろいのパジャマを着てこうしていると、何だか本当に家族みたい。このままここでこうして生活してもそのままいけそうな気がしてきた。


 朝方、熱も引いてだいぶすっきりしてそうだったので汗でしめった衣類をまた着替えてもらって、喉が渇いたというのでスポーツドリンクを飲んでもらった。冷たい水に浸したタオルで顔だけ拭いて汗をとってあげたら、海は


「気持ちいい」


 と言ってそのまますーすー眠った。

 子供みたいな寝顔だなと思いながら何だか無邪気そうな寝顔をしばらく眺めていたら、早朝のジョギングに出ていた陸が帰ってくる音がしたので、部屋から出た。


「おはよ。海はどう?」

「熱下がって気持ちよさそうに寝てるよ」


 汗でしめった衣類を脱衣所にある洗濯カゴに入れていたら陸がそのままそこで着ていたシャツを脱いだので、そそくさとそこを出た。陸が浴室に入って行く音を聞きながら、何となく目が覚めてしまったので着替えをすませ、顔を洗ってから外に散歩に出た。もらっていた合鍵で鍵を閉めて、公園まで一人で歩いて犬の散歩やジョギングをしている人たちと時折すれ違う道をひとりでてくてくとただ歩いた。


 ああ、気持ちいいな。

 常緑樹の緑の間からすっきりと晴れた空を見つめた。

 遠くまで晴れ渡った空を見上げながら、少し冷たい風に頬を赤くして、朝の空気を思いきり吸いこんだ。体の隅々にまで新しい空気と力が行き渡るようにみなぎっていくみたいだった。

 指先にまでぴりぴりと心地の良い微電流が肌の下に流れているみたい。

 体が浮き上がりそうに軽くなって気持ちがよかった。


 公園の遊歩道は土の道と舗装された道があって、くねくねと続いていた。土の道をなるべく選んで歩いて、池の近くにある舗装された道で小さな子ガメが何故か路頭に迷って? いたので池のそばに連れて行ったり、魚たちにエサをやる人を眺めたり、野良猫たちと遊んだりして満足して帰ったら、陸がリビングから出て来て


「どこ行ってたんだよ」


 と言うので


「公園。いつもここから見下ろしているだけで行ったことなかったから行ってみたくて。気持ち良かったよ」


 カメがいた、とか、魚が意外にかわいかったとか、野良猫がいて猫おばさんと仲良くなったとか色々話していたら


「なんかいつの間にかなじんでるな。すっかりここの住人じゃないか」


 と陸が笑った。


「ほんとだね」


 私も笑うと、


「朝めし何にする?」

「何でもいい。陸は何か食べたい物ある?」

「フレンチトーストとか食べたいな」


 と言うので材料もあったので作った。

 サラダは陸が作った。

 和気あいあいと楽しく朝ごはんの準備をしていたら、海が起きて来て


「うまそうなにおいがする」


 と言うので、試しに食べさせてみたら食べられるようだったので、海の分も追加で作った。


「気分はどう?」

「なんかすっきりしてる」

「またぶり返すかもしれないし、食べたらおとなしく寝てなよ」

「シャワー浴びてからまた少し寝るよ」

「元気そうだ、よかった」


 私たちにお礼を言って、海は一緒に朝食をとってから浴室に行った。熱も測ってもらい平熱だったので大丈夫そうだったのだけれど、お昼くらいからまた微熱が出て、夜になってまた上がった。


「疲れが出たんだろう、ゆっくり休め」


 そう言ってさすがに陸も心配していたが、当の本人は熱でちょっとハイになっているみたいで


「だるいけど、気持ちいい。酔っ払ってるみたいだ」


 と言っていた。

 そうしてまたよく眠った。


 こまめにクーリング材を変えたり着替えてもらったり顔を拭いてあげたりして、ヨーグルトや果物やアイスクリームなんかを食べさせたりしていたら、海にはちょっと悪いけれど私は気楽だった。そんなわけで土日の宿泊予定は金曜日からの泊まり込み合宿看病で終わった。


 ぐんと高い熱が出て悪いものを追い出したかのように、海はなんだかゆったりと穏やかになった。のんきで陽気な海本来のペースが戻ってきたみたいで、私たち三人は安定した蜜月にいるみたいに仲良く過ごした。合宿看病以来たまに泊りに行くことがあっても、殆ど合宿みたいだった。二人とものんびりしていて別に距離を詰めてこようともしなかったので、私もそれからはちょくちょく泊まりに行っては遅くまでDVDをみたり、夜に散歩に行ったり、カードゲームしたり、なんか殆ど友達の延長みたいに気楽に過ごした。




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