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土日にも出れるなら来てほしいと言われていたので、私はバイトを増やした。ほぼ毎週土日は午後から夜までずっともくもくと作業した。それでもたまにキイナが遊びに行こうよーと誘いに来たときは、
「行ってきてもいいよ」
そう雇い主自ら言ってくれるので、キイナと克己くんと一緒に彼女の運転でドライブに行ったりもした。キイナは二人きりより誰かいたほうがいいのだそうだ。克己くんは二人きりの方がいいだろうに。まあそれでもわりと楽しく三人で仲良く遊んだし、私もたまにふらっと一人で席を外してどこかに行ってみたりとか気を利かせたりして、それなりにバランスをとった。
友達といたり、バイトしている方が楽だったのだ。
海や陸も試合が近かったりして休みの日も部活に行っていたみたいだし。そんなふうにちょっと距離を置いて、平日はいつも通りに過ごした。
みなちゃんの家にも遊びに行った。
土曜の夜に彼女の家に遊びに行き、そのまま泊って次の日に帰った。
本当は翌日の夜まで一緒に遊ぶ予定だったのだけれど、日曜のお昼前に突然彼女の彼氏が家に来て、彼女の母親は仕事で留守だったのもあって、彼女がご飯を私たちに作ってくれた。私も少し手伝った。楽しくお料理して、それぞれのお皿にきれいに盛りつけて、それでみんなで一緒に仲良くテーブルに着いたはいいけれど、そうしたらその彼氏は、彼女のご飯をどんどん横取り? みたいにして当たり前のように食べて行くので唖然としてしまった。みなちゃんはアレルギーがあって、その私たちとはちょっと別メニューに仕上げてあったお料理を、ちょっとちょうだい、と言っては美味しい美味しいとにこにこして食べてしまうので、彼女の分が目の前でみるみるうちに殆どなくなってしまった。ものすごく驚いた。みなちゃんは困ったように笑っていて、でも止めない。それから彼氏は自分の分も残さず食べた。人の彼氏との関係をどうこう言うのはどうかと思うので黙っていたけれど、なんかあたまにきて、私は後片付けを手伝ってからさっさと帰って来てしまった。
私もあんなにずうずうしいのかな、と思いつつ、いや、あそこまでではない、と思い直したが、とにかくびっくりした。色んな人がいるし色んな恋人の関係もあると思うけれども、ちょっと予想外で、ある意味なんだか衝撃的だった
にこにこして優しそうでいい人みたいだったけれど、どんどんみなちゃんの優しさに甘えて、彼女のことを全く省みない、その子供じみた横暴さに本当に驚いた。止めない方も止めない方だと思うけれど。
それで何だかもやもやしていたら、それから一週間後の日曜日、バイトに行く前に私は近所の家の前で、近所に住んでいるおばあさんが、その家の子供にやさしく声をかけている場面を見かけた。そのときになんかとてもいやな気持になって、またもやもやしながらバイトに向かった。そうしてそのもやもやの正体は、黙々と手を動かすうちにだんだん形が見えてきた。
その近所のおばあさんは何かの宗教に入っているらしくて、その仲間や自分が気に入った人たちには、とても優しくて親切だ。でも、その宗教の勧誘に乗って来なかったり、はっきり断ったりした人には手のひらを返したように意地悪になるだけではなく、あることないことを吹聴して回ったりする人で有名だった。なんでこんなことを知っているかと言うと、うちの母親がその被害に遭ったから。おとなしそうな見た目だが、わりとはっきり言うべきときには言う母は、そのお誘いにきちんと丁寧に、でもはっきりとお断りをした。そうしたらそのおばあさんは、あるときからうちの母親に聞こえよがしに何か皮肉めいたことを言ったり、仲間とうちの近くで大きな声でへんな噂話していたり、母が出かける時に仲間で後を付け回しては、わざわざ目に付くところでこちらをにらみつけてひそひそ陰口を言っていたり、母に問題があるかの様な誹謗中傷をして近所でいじめや嫌がらせを扇動したり。だいぶ迷惑を被ったことがある。そのうち飽きるとターゲットを変えるのも有名だったので、今はもう何の関わりもないけれど、一時期、見るたびにこのくそばばあ、と私は心で毒づいていたものだ。
ただ単に優しく声をかけるとか人に親切にするとかにこやかに接するとかなら、それは人の心を温めるいいものだと思うけれども、みなちゃんの彼氏もそのおばあさんも、なんとなく、それを使ってひとの心の柔らかな部分や優しさにつけこんでいるみたいで、なんだか見ていてとても嫌な気持になるのだ。自分にされているわけではないので、私には関係ないことではあるけれども、なんとなくぼんやりしているようなひとや、あまり人を疑わないようなひとをカモにしているような詐欺を目の前で見せられているみたいな気分になるのだ。
だからどうするということではないけれども、愛や優しさやまごころのようなものを利用して他者の領域をどんどん侵略していくようなものごととは、私はこの先きっちり一線を引きたいし、そうしよう、というのだけははっきりと思った。
そういうのにずるずるつきあうようなことは嫌だな、と。
聡子お嬢様の一人きりの反乱は、鈴村家にとって思わぬ波紋を広げたようだ。聡子に執着した元婚約者が彼女に会うために家族との交流を口実にして通い続けるうちに、聡子の妹が彼に同情したのか、二人はいつの間にか密かに男女関係になっていた。しかも妹はこっそり中絶までしていた。それが発覚して大騒ぎになったらしい。なんならそっちでうまくやってくれれば、聡子的には無問題。ちょっとでこぼこでも大団円になるはずだったのに、元婚約者と妹が何故かあたまがおかしくなったらしい(これは聡子の表現)。
『大切な婚約者(元です)を奪ってお姉ちゃんを傷つけてしまった罪深い私。それでも身を引いて二人の幸せを見守るケナゲなあ・た・し はーと』
と何故か妹のあたまがBOMbとハジケてしまい、
『姉妹二人を同時に愛してしまった罪深い僕。でも婚約者(元ですけど)を見捨てるような酷いことは心優しい僕にはとてもできない。辛いけれど、彼女(妹)とは悲しい秘密の恋で終わらせて、僕は男の責任をとって婚約者(元ですが)とはキチンと結婚して彼女(聡子)のために一生を捧げて償いの為に生きるよ。きらきら』
と何故か元婚約者のあたまもBOMbとハジケてしまったそうな。
*注:これらはすべて聡子による要約・表現です*
「うちって本当になんか変な磁場が働いているのかも。もしくは家族みんながなんか妙な怪電波でも出し合ってて、魔界的な結界でも互いに張り散らかしているんじゃないかしら」
聡子はそう言って、なんでそうなるの? としか言いようのないクレージーなこのくだらないばか騒ぎを一族までもが一緒になって盛り上げてしまっていて聡子が何を言っても話にならず、お手上げ状態なのだと言った。とにかく日本語が全く通じない。いったいここはどこの秘境なのか、と頭が痛くなるだけなのだと。
「どういう思考回路をしていたらそうなるのか、本当に、できるなら頭蓋骨を切り開いて脳の中を詳しく見てみたい」
とため息をついていた。
「ごめん、笑っていいのかわからない」
言いつつも私が口元の笑いをこらえられずにいると、
「こころゆくまで笑って。もう笑うしかないんだから」
聡子は言った。
「なんか、おつかれ。良かったら私のチョコレート食べる?」
「ありがとう。頂くわ」
キイナが聡子に大切な秘蔵のゴディバのチョコレートを献上しているのをただ眺めていたら、
「カンナにもあげるからそんなにもの欲しそうに見ないでいいんだよ」
とキイナが同情して私にもくれた。
「ありがとう、でもなんか失礼な言いまわしじゃない?」
「それより、今度の週末にみんなで海にでも遊びに行かない? 私が運転するからさ。聡子は彼氏も誘いなよ」
「いいね、それ。ちょっとすっきりしたいよね。このままじゃ私の脳みそまで腐っちゃう。神奈は誰か誘いたい人いないの?」
私は海と陸の二人とつきあっていることは誰にも話してはいなかったので、フリーということになっていた。
「特にいないから一人参加でいいよ。あ、キイナたちや聡子たちの邪魔はしないよ。ただ泳いでいるだけでも楽しめるし。なんか思いきり体動かしてすかっとしたい気分なんだよね」
「カンナと私と克己のいつもの三人で遊ぼうよ、そこに聡子たちが加わるんだから」
「もちろんそれでもいいよ」
「やった、なんか楽しみ。土曜日に行ってどっかに泊ってきてもいいね」
「輝幸にも言ってみる。私は輝幸の車で行こうかな。現地で合流してホテルも一緒のところに泊るのでどうかな、それで翌日は現地解散」
「それでもいいよ」
「みんなで海でバーベキューとかしてもいいよね。輝幸がそういうの好きだからセットを車で運んでもらうよ」
「いいねそれ。楽しみ。なんかわくわくしてきた」
「せっかくの夏を楽しまないと!!」
キイナがペンケースを燈明代わりに自由の女神のポーズで夏宣言をしたので、私たちは拍手した。
ここのところ腐りがちだった私にしても、聡子にしても、とにかく、からっと天日干しでじめじめした鬱陶しい空気を追っ払いたかったのだ。




