18
翌日はキイナの家に放課後寄って、一緒に差し入れを作って運んでから聖一さんのところでバイトをした。資料をし分けて、スキャンしてファイルを管理して、黙々と手を動かしていると余計なことを考えないですむので、らくだった。目の前のことに集中していればいいので時間を忘れられたからだ。
「コーヒー淹れるけど飲む?」
たまに彼が顔を出して、コーヒーや紅茶を持ってきてくれるので、そこで少し休憩をしておしゃべりしたりして、また仕事して、キイナが夕飯を持ってきてくれたらリビングで夕食を一緒にとる。だいたいこのパターンに慣れてきていた。休憩時間分もちょっと上乗せして残業してから帰るようにしていたので、日に日に時間が伸びていった感じはあるけれど。
それでその日、そろそろ帰ろうかなと支度していたら、
「カンナいる?」
珍しくキイナが玄関のドアの向こうからノックして声をかけてきた。
「まだいるよ、どうしたの?」
私が内側からドアを開けると、キイナが困惑したように立っていた。
「聡子が家出したみたい」
「え?」
「今さっき聡子の家の人から聡子が来ていないかって家の電話に連絡があって、聡子から連絡が来たら知らせてほしいって言われた。何か着替えとか色々持っていなくなったみたい。カンナの家にも電話がいってるかも」
私は切っていた携帯の電源を入れてみた。
「私の携帯には何も来てないけど、一応、家族からこっちに連絡来たよ、って知らせるメールだけ送っといた。まだ返信はない」
私たちは互いにちょっと黙った。
「大丈夫かな」
「聡子が自分で決めたことならうまくやるんじゃないかな」
こりゃ、本気で駆け落ちしたかな──
互いにそう思っていたけれど、なんとなく黙っていた。
「とにかく聡子からの連絡を待つしかないよ。助けが必要なら、その時に考える」
「うん、そうだね」
キイナは帰り間際にごめんね、また明日学校で、と言って母屋に帰って行った。私はそれを見送ってから中に戻って帰り支度をしていた。
「どうしたの? 何かあったの?」
そこに聖一さんが顔を出したので、
「うん、何か友達が家出したみたい。キイナがそれを知らせに来たの」
「へえ、そうか」
「じゃあ、今日はこれで帰ります。お先に失礼します」
私が帰りの挨拶をすると、彼はちょっと待ってて、と言って、車のキィを持って戻ってきた。
「一区切りついたところで気分転換に外出しようかと思っていたんだ。ちょうどいいからドライブがてら送っていくよ。遅くなったし」
「あ、じゃあお願いします。ありがとうございます」
駅まで乗せて行ってくれるのかと思って軽くお願いしたら、家まで送ってくれた。高速にのってそのまま私の自宅の方へ向かうので驚いたが、
「契約書に住所書いてあったからある程度まではわかるけれど、一応ナビに住所を入力しておいてくれる?」
そう言われて、ナビに住所を入力した。
そのまま彼の運転する車で自宅まで送ってもらい、帰宅した。
翌日聡子はお休み。連絡はなし。
何か協力できることがあるなら知らせて──
それだけ互いに聡子へメールしといた。
「なんだか、このまま聡子はもう戻って来ないかもって気がしてきた」
キイナがそうぼんやりと言っていた。
二人で屋上へランチに来ていたので、二人で何となく空に浮かぶ雲をぼうっと眺めていた。
雲がかたちを変えて流れていくのを二人で黙って見上げていたら、
「カンナじゃん」
葉月が笑顔で立っていた。
「葉月、もうご飯食べたの?」
手ぶらの彼女に訊くと
「うん、外の空気すいに来ただけ」
「一緒に座る?」
キイナが葉月の為に私との間にちょっとスペースをあけると、
「ありがと」
葉月は屈託なくそこに腰を下ろした。
「今日はここでお昼食べてたんだね」
葉月がそう言って私たちを見たので
「うん、ちょっと気分を変えたくて」
「もう一人の子は?」
「休み」
「ふーん、そういえば昨日、彼女を見かけたよ」
私とキイナが思わず
「えっ?!」
と食いつくように葉月を見て言ったので
「何かあったの?」
それでキイナが答えた。
「聡子と連絡とれないの。昨日どこで聡子を見たの? それって何時頃?」
葉月は私たちをちょっと見て、それ以上詮索せず簡潔に答えた。
「昨夜11時ごろ。場所は近所のコンビニ。私は外から見ただけだけど、男性と一緒にいたみたいだった」
「そう」
「元気そうだったよ」
葉月が私たちを気づかうように言ったので、キイナがホッとしたように笑った。
「そっか、ありがとう。教えてくれて。よかったよ」
放課後迎えに来た陸が、昨夜私が車で送られて帰宅したのを自宅から見ていたらしく、私に訊いてきた。
「昨日どこに行ってたんだよ? 車で帰ってきただろう」
「キイナのお兄さんに送ってもらったの。バイトしてるって言ったでしょ」
「ふーん」
陸が私の手を取ってさっさと歩き出したので、私は少し後を追うように早足で歩いた。すたすたと先を歩いていくのでいつの間にか私は引かれるように小走りになっていて
「ちょっと、もうちょっとゆっくり歩いてよ」
「あ、ごめん」
足の長さが違うからな、と言って陸はにやにやした。
むっとしていると、ちょっと優しい態度になり、
「どっか寄って行きたいとこある?」
「特にないけど、陸は?」
「腹が減った。何か軽く食べたい」
帰り道に何かよさそうなお店を探していたら、マンションのある駅の近くで移動販売車がクレープを売っていた。甘い匂いに誘われて、そこで陸が今自分が食べる分と後でみんなで食べる分のクレープを買った。近くのガードレールに並んで座って、他のカップルや学生たちのグループに混じってそれを一緒に食べた。陸がちょっと食べる?と親切に差し出すので、その度に一口もらっていたら美味しくって、結局半分くらい食べてしまった。
「おまえのちょっとは半分なのか」
「いやならすすめんな」
「仕方ない、もう一個買おう」
「じゃあ、私が出すよ」
「よし、選ぶのはまかせる。半分にしよう」
それで今度はアイスクリームが入ったのを買って、スプーンつきだったのでそれでつつきながら、半分ずつ食べていたら、移動販売のお兄さんがにこにこしてこっちを見ていた。それで帰り際に手招きするので何だろうと思ったら
「たくさん買ってくれたから、これおまけにあげるよ」
と売り物の可愛らしいクッキーを一袋をくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って私たちは気分良く帰った。陸が私の手を取って少し先を歩くので引かれるようにして後をついて行っていたら、雑貨屋さんのお姉さんがちょうど店の外にいて
「あら」
と言うので、
「こんにちは」
私が挨拶すると陸もつられて会釈した。
「兄妹仲いいのね」
にこにこしてそう言われたので、あははは……と笑ってごまかしたが、通り過ぎてから陸が
「あそこで海があのマグカップ買ったんだっけ」
「そう、それで私たちは実は三つ子だとかばかみたいなうそ言ってたの」
「案外それで通用するならそれもいいかもなあ」
陸がそう言って振り返って私を見た。
「そういうことにしたら、三人でずっと一緒にいても誰にもモンク言われないだろ?」
ちょっと黙って彼を見上げていたら、また彼はそのまま前を見て歩き出した。
マンションのエレベーターの中で二人きりになった時、陸は私に
「神奈、本当は気にしてるだろ」
ほんとうは、ちょっとだけ、周りから言われることに対して罪悪感のようなものを感じずにはいられなかった、それを指摘されているのだ、とすぐにわかった。それで私は、そのままを答えた。
「言われることがどうとかより、これはそもそもなんか間違えた関係性なのかなって、気になっていたのはある」
目的階について、陸は私を先に降ろしてからまた手を引くようにしてドアの前まで行き、鍵を開けて私をなかに押し入れるようにして入れると、
「これ、冷蔵庫に入れといて」
お土産の袋をわたし、
「ちょっと頭冷やしたいからシャワー浴びてくる」
浴室に行ってしまった。
一人残された私はコーヒーメーカーをセットして、勉強道具を出したり、リビングの窓を開けて風を入れたりしていた。マンションの裏手が大きな公園なので、ベランダからは木々のこんもりした緑が見渡せた。風が吹いてきて気持ちがいいので室外に出て手すりによりかかりながらなんとなくそれを見おろしていた。様々なグラデーションの緑がきれいだったので、見とれていた。それらは時折、風に揺すられてざわざわと一緒に波になって頷き合ったり話し合ったりしているみたいだった。
陰口を言われたり、在る事ない事を面白おかしく混ぜた変な噂をばらまかれたり、自宅へいたずらされたり、ちょっとしたいじめや嫌がらせめいた事は相変わらずちょいちょい続いていた。いじめ嫌がらせネットワークはうちの学校にも入り込んでいるらしくて、知り合い程度の子や友人だと思っていた子がやけにフレンドリーに近づいてきたと思ったら私の日々の動向をスパイする為につきまとわれていた事まで分かった事もある。相手は集団に紛れて次々と入れ替わり立ち替わりやって来るので犯人を特定しづらく、また、はた迷惑な進化を遂げたのか、他の人には分からないよう立証しづらいような方法で上手に陰湿な嫌がらせをしてくるようになってもいたので、そもそも対処しようにもきりがないのだ。でも海や陸に言うと心配するし気にするからと、色々めんどくさいので私はこうした事については黙っていた。ほんとうにゴキ〇〇並みの繁殖力で次々と湧いてくるので慣れっこになっていたのもある。




