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 艶のある真っ直ぐな黒い髪。それは光の加減でとときどき青く見える。秀でた額、意志の強そうな眉、きれいな瞳。すっと鼻筋が通った繊細な顔だち。

    

「なんだよ、人の顔をじっと見て」


 私は迎えに来た海の顔を、一緒に歩きながらさっきから見ていた。


「海も陸もきれいな顔してるんだなあと思って」 


 海はにやっとして言った。


「惚(ほ)れた?」


 私は彼を見ながら訊いた。


「ねえ、海は何で私が好きなの?」

「何でって、好きだから好きなんだろう。理由なんかないよ」

「そんなものなの」

「なんか理由が欲しいのか? きれいだとか可愛いとか?」

「別に無理に言ってくれなくてもいいよ」

「無理に言わされてるわけじゃないよ。そうだなあ、しいて言えば、神奈は俺と陸を間違えたことがないからってのもあるかなあ」

「何それ」

「俺らが入れ替わって互いに互いのふりして演技をしたら、殆どみんなが騙(だま)される。両親もたまにしか見抜けない。でも、神奈は一度だって騙されなかったんだよね。昔から」

「ふーん」

「あとは、何か居心地がいい」

「ふーん」

「でもどうして? 俺たちのことが気になりだした? 好きになってきたとか?」


 今度はまじめに訊いてきたので、私は彼に


「そうなのかも。でも、私は今までも海も陸も好きだったよ。二人といるのは居心地がいいから好き。でも、正直言って、あんたたちにときめいたりしたことってない。どきどきしたりもない」

「別にときめいてほしいわけじゃないよ。どきどきしなくてもいいし。でも、ちゃんと男として見てほしい」


 私はちょっと立ち止まった。


「それって、性の対象としてってことだよね?」


 海も立ち止まって私を見た。そしてはっきり答えた。


「そうだよ」

「性への興味と、恋とか愛の好きって、同じもの? 同じでなければいけないの?」


 海は少し黙って私を見ていた。


「別に同じでいいだろ」

「でも、切り離しても、性への興味だけでも成立するよね。本来は別物じゃないの」


 海はじっと私をしばらく見つめていた。それから訊いてきた。 


「プラトニックがいいってこと?」

「そこまでは言ってないけど……」

「じゃあ、いいじゃん。別に一緒でも」

「一緒でもいいけど、でも、必ずしも一緒でもないものだから、本来は別物じゃないのって話なの」

「ふーん」


 海が私をじっと見つめてから、手を差し出したのでなんとなく手をつないで歩き出した。


「たとえば、こうして好きな相手と手をつないだり、好きな相手に触れたい、って思うの、自然なことじゃないの? 俺はそう思うけど? 神奈はそう思わないの?」

「海や陸のことは好きだけど、二人に特に触れたいとか思ったことない」

「ふーん」


 海はそのまま黙って歩いたので私も黙ったまま歩き続けた。駅について改札口に入るときに手を離して、そのまま電車に乗ってマンションの駅で降りた。改札を出てまた海が私を見つめて黙って手を差し出したので、手をつないだ。彼は私の手を引くようにしてマンションへの道をそのまま何もしゃべらずに歩いたので、私も黙ったまま彼に手を引かれるようにして歩いた。


 部屋に入ってから、彼は私に訊いた。


「何で俺と手つなぐの? 神奈は手を差し出されたら、誰とでも手をつなぐの?」

「誰とでもつなぐわけないでしょう」

「じゃあ、俺だから手をつないだの?」

「そうだよ」

「俺と手をつなぐのはいやじゃないってことだよね?」

「当たり前じゃん?」

「それって自分から触れたいって思わなくても、俺に触れられるのは嫌じゃないってことだよね?」 


 海がじっと私を見つめて言うので、私はちょっと黙った。

 なんか話が変な方向に行こうとしているみたい、と思ったから。

 海はむっとしたように言った。


「何で黙るんだよ」

「何で怒るのよ」


 むっとして私が言うと


「別に怒ってないよ」

「怒ってるじゃん」


 海がじっと私を見下ろすように見たまま黙っているので、


「何?」


 ちょっとむっとして訊くと、彼は


「ちょっとじっとしてて」


 そう言って私をそっと抱きしめてきた。ちょっと遠慮がちに、そうっと触れるように腕をまわして優しく抱きしめて、それから少し力を込めた。


「すごい緊張してる」


 抱きしめながら、海は私の頭の上で笑った。言われた通り、私は固まっていた。


「力抜いてよ、ちょっと力入れすぎだよ、神奈」


 笑いながら力を込めて抱きしめてきたので、びっくりして固まったまま、彼の身体に押し付けられるようにしていたら、ぱっと彼は私の身体を離した。そして私を覗き込むようにしてにやっと笑った。


「どきどきしたんじゃない?」


 私が呆気にとられて黙ったまま彼を見上げていたら


「心臓の音が聞こえそうなくらいどきどきしてたじゃん?」


 とからかうように笑った。

 密着していたから互いの心臓の鼓動は感じていたので、私が驚いて心臓の鼓動が早くなっていったのも彼には体を通して伝わっていた。否定も肯定もせずに、我に帰ったように私は彼を見た。


「試したの?」

「そう」


 悪びれずに彼はそう言って、


「陸とも試してみる? 他の奴はだめだけど、陸ならいいよ」

「なんでそんなこと決められないといけないのよ」

「細かいことは気にすんな」


 笑って、海は、じゃあ勉強しよっか、とさっさと勉強道具を出して何事もなかったかのように勉強を始めたので、私は何だかぎこちないまま自分の教科書を出して、仕方なく勉強を始めた。海がいつも通り自然なのに対して、私は妙に緊張してきた。何か落ち着かないのでキッチンに行ってコーヒーメーカーをセットして、それをぼんやり眺めながら、何とかここから逃げ出す口実はないものか考えていたら、陸が帰って来て


「おーっす」


 と言いながら、バッグを投げ出すようにリビングに置いて、そのままシャワーを浴びに行った。

 浴室の方から陸がシャワーを浴びる水音とコーヒーメーカーのこぽこぽいう音だけがやけに静かな室内に響いていて、しばらくして、


「こっちくれば?」


 海がリビングから突然声をかけてきたので、ひえっと声が出そうになった。なんか体がびくっと反応してしまった。どうしよう、なんか逃げたい。でも逃げない避けないって約束させられてたし、どうにかここを切り抜ける方法はないものか。

 そうしたら海がこっちに来て、


「何してんだよ」


 と様子を見に来たので、


「ごめん、海、今日はこのまま帰る」


 涙目になりそうになって言ったら


「そんなに怯えることないだろう。別に襲わないから」

「襲うとか思ってないよ」


 さらに涙目になりそうになって私が言うと、海は困惑したように言った。


「嫌いになった?」

「なってないっ」


 海を傷つけないように私が少し強くそう言うと、海はにやっとした。


「じゃあ、いいじゃない。帰るなよ。どうしても意識しちゃうだけだろう?」


 やられた。と思ったときには遅くて、


「だいたい、この前はあんなに熱烈なキスもしたんだし、今更照れることないと思うんだけど?」


 とかぬけぬけと言い出した。

 それからついでのように訊いてきた。


「なんでそんな涙目なの」

「知らないよ」

「そんなに怯えることないだろう?」

「怯えてなんかないよーっ!!! あほ海!!! ばか!!!」


 言いながら私が、感極まって泣き出したので、海はびっくりしていた。


「なに泣かしてんだよ?」


 着替えを済ませた陸がいつのまにか来ていて、冷蔵庫から炭酸飲料を取り出しながら、何やってんの、という感じで訊いてきたので、海が


「ごめん、なんかびっくりさせたみたい」

「何で俺に謝んだよ。神奈に謝れよ」

「神奈、ごめん、悪かったよ」


 とりあえず泣いたら少し落ち着いたので、私は「ティッシュ」と海に命令して持ってこさせ、思いきり音をたてて鼻をかんだ。海がゴミ箱を差し出したので、それをぽいっと入れて、また鼻をかんで、ごみを捨ててから顔を洗いに洗面所に行って水で顔を洗い、さっぱりしてからリビングに戻った。


 その後は何ごともなかったように三人でいつものように勉強して、ご飯を作って食べてから食後のコーヒーを淹れていたら、キッチンに陸が来た。


「なんかへんじゃない?」


 何となく海と私がぎこちないので、直接わたしに尋ねてきたのだ。


「ちょっとなれるまでに時間がかかるだけだよ」

「俺が?」

「私が」

「何で?」

「何ででも」

「ふーん」


 陸はそう言って、リビングに戻っていった。そうして海にも同じことを訊いているのが聞こえた。海の返答は直球だった。涼しい顔して応えているのがわかるような声で


「神奈は意識してるだけだよ」

「何で?」 

「俺が意識させたから」

「何したんだよ?」

「ちょっと抱きしめてみた」


 と言ってる辺りで私はリビングに戻って


「ちょっともくそもあるか!」


 とコーヒーをいれた海のマグカップをどん!とテーブルに置いた。

 それから残りのマグカップもキッチンから持ってきて、テーブルに置いた。


「陸とも試してみれば? ってちゃんと言ったぞ。他の奴はだめだけど陸ならいいよって」


 海が陸にそう言っているので、


「なんでそんなの決められないといけないの」

「他の奴とそうしたいのかよ」


 陸が訊いてきたので


「そんなこと言ってないでしょ」


 陸は私をしばらく見つめていた。


「何で泣いてたの?」

「海がからかってきたからだよ。ちょっとやりすぎだったから」


 むっとした陸が海を見ると、海は両手を上げて言った。


「手は出してないぞ。ちょっと煽っただけだし」

「ちょっともくそもあるか!」


 また私が怒ると、海は素直に謝った。


「ごめん、悪かったよ」


 陸はちょっと息をつくと、私と海を見て言った。


「とりあえず仲直りってことでいい?」

「いいよ」


 海が言って、何でお前が先に言うんだ、とちょっとむっとしつつ、私もむすっとしたまま言った。


「いいよ」

「何かまだ不満そうだなあ」


 陸があきれ顔でそう言い、


「何だよ、まだ何か不満なのかよ」


 海がいけしゃあしゃあと言うので


「おまえ、ちょっと黙ってろ」


 と陸が海に言って、海がむっとしていた。

 それでちょっとすっとした私は


「もういいよ」


 と手打ちにした。そうしてコーヒーを飲んで、いつも通りにまた少し勉強して、いつものように三人で帰った。





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