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「神奈ーちょっといい?」
珍しく葉月が私のクラスに呼び出しに来たので
「どうしたの?」
「ちょっと話したいことあるんだけど、お昼一緒に食べない?」
「いいけど?」
「じゃあ、あとで話す。昼休み屋上で待ってる」
彼女はそう言って移動教室の途中だったようで教科書を持って去って行った。
「どうしたの?」
聡子に訊かれて
「お昼食べようって。今日は葉月と食べることにするよ」
「葉月ちゃんってスタイルいいよね。何食べてんのかな」
「普通だと思うけど。けっこうお菓子も食べるし」
「お肌もつるつるできれい。化粧品とか何使ってるの?」
「すっごい興味津々だね」
キイナが笑うと、聡子は
「だって気になるもの。いいな、私もうちょっとウェストにくびれがほしいのよね」
「じゅうぶんじゃないの」
「でも葉月ちゃんみたいにきゅっと細いウェストがいいな」
「恋をすると美しさに貪欲になるのね」
「貪欲って失礼ねえ」
「だって十分聡子はきれいじゃないの」
「そうだよ」
「ありがとう、でも、やっぱりあのむきたてゆで卵肌ときゅっとくびれたウェストは羨ましい」
「じゃあ、秘訣があるか訊いといてあげる」
「ありがとう、よろしくね!」
機嫌よくそう言う聡子に、キイナが
「ねえ、まだ謹慎解けないの?」
「うん、なんだか家族も婚約者も意地になっているみたい。家同士の決めごとだから、何も私じゃなくてもいいのにね。そんなに家同士のつながりを持ちたいなら妹と結婚すればいいのに」
「ふーん、たいへんだねえ」
「でも、輝幸がこっそり近くまで会いに来てくれるから耐えられる」
「駆け落ちとかしないでよ」
「それもいいね」
「ちょっとー、本気なの?」
「まさか。でもいいなあ、憧れる。二人で逃げちゃうの」
お昼休みに屋上に行ったら葉月がお弁当を持って手を振ったので手を振り返した。
「自分で作るの?」
「うん?」
「聡子が葉月が何食べてそんなにスタイルいいのか、肌がきれいなのはどんな化粧品使ってるからなのかとか知りたがってる」
「なにそれ」
あははと笑ってから
「それより神奈のこと、何か色々聞き回っている子がいるんだけど。バイト先によく来てはスタッフとかに声かけて聞き回ってるよ。みんなとぼけて誰のことかわからないふりしているけど。一応うちの学校バイト禁止なのはみんな知ってるしね」
私は自分のお弁当を開きながら
「それって私たちと同じくらいの年の女の子?」
「そう」
亜実ちゃんかな。その仲間か。
私は葉月に一連の騒動をかいつまんで話した。
「なんかやばそうだね」
「そうなんだよね」
他人事のように私が言うと葉月は特に何の感情もいれずにさっくり言った。
「そういうタイプの子って意外とけっこういるよ。人を選んで仕掛けるから他の人たちからはまともそうに見えることもあるし、他の人から見てもやばいのもいるし、ピンキリだけど」
「そうなんだ」
「なんていうか、スケープゴートを常に探しているみたいな、飢えた感じがあるんだよね。そういう子ってなんとなく。いい人の振りとか弱者の振りが得意だったりするケースもよくあるし、優しくて良心的なひとって、特にそういう困ってそうな人を放っておけなかったり、何とかしてあげようとしたりするから、そういう良心や優しさに優れている人がつけこまれてスケープゴートにされることもよくある。あとはそういう美質に対しての羨望とか、それを貶めたいみたいな悪質なタイプもいるし。同情とか共感とか善意とかそういうのが彼らにとっての甘くて美味しいエサなんじゃないかな。吸血鬼みたいだなって思う。それか死にぞこないのゾンビ」
吸血鬼かあ。なんか最近似たような事をきいたぞ。
なんだっけか、精神の吸血鬼?
そういえばゾンビも他者を食い物にしてなおかつ感染性があるから似たようなものか。
「詳しいね」
私が言うと、葉月はこともなげに言った。
「まあね。私、十四歳くらいからあのライブハウスでバイトしてたんだよね。大人っぽく見られたから年ごまかしてさ。だからいろんなお客さんがいたし演者の方もね。色々見てきたし、けっこうトラブルもあった」
「なんかみんな仲良く平和にやってるみたいだったのに、意外」
「基本的にみんないい関係だよ。でもたまに、やばいのがいるんだよね。あ、これは、っての、なーんとなく見ていてわかる。カンとしかいいようがないんだけど。すっごく見た目もきれいで礼儀正しくてきちんとしていてよさそうな感じのひとなんだけど、こいつはやばいやつだ、っていうのもいれば、誰が見てもやばいのもいるしさ。ほんと色々。で、たいていトラブル起こすんだよね。
こいつらはいじめとか嫌がらせが趣味なのか? って思う。もしくはそういう習性? そういう人に限って、なんていうかこれって決めたスケープゴートへの執着がスゴイの。憎しみのエネルギーが半端じゃない。周囲を巻き込んで徹底的に虐め抜く。嫌がらせもすごくうまい。その才能をもっと建設的な事に活かせばいいのにと思うくらい、めちゃくちゃうまい。
相手がどうというよりも、その対象とその行為にどんどん自分で没頭していくみたいだった。絡まれた方はたまんないよ、冗談抜きで命がけで絡んでくるやつみたいな感じもけっこう見たよ」
さすがに私も青くなった。
「ちょっとーこわいじゃないの。命がけで絡むって何それ」
「だって本当にそうとしか言いようがないんだもん。おまえの前世はタコかイカかっていうくらい、吸盤付きの触手を絡ませてとりついて離さないみたいなもんだよ」
冗談なのか本気なのか。
「笑っていいの、それ」
「いや、笑えないって」
「タコとイカのお化けでしか再生されなくなったじゃないの。どうしてくれる」
「とりあえずタコとイカに謝っとくわ。
そんで全員に共通するのは、なんかどっか飢えているみたいな感じかなあ。もしくは自分にはそれを得る権利があると本当に心の底から信じているみたいな貪欲さ? 人をいじめたり、虐待したり、大切なものを奪ったり、盗むことも踏みにじることも殺したりしてしまう事にすら、自分にはその権利があるって本気で信じていそうな、根本的に分かり得ない感じ。悪いと思うとか人を見下すとか善悪とかもうそんな次元じゃないの。
どんなに上品そうにしていても、なんかそういうのがあるんだよね。うまく説明できないけど。
愛や優しさに飢えているって言ったらきれいすぎる。そんなものではなく、もっと根源的などろどろした気味の悪い何かだよ。人が人を思うあらゆる真心や善意をブラックホールみたいな自分の胃に吸い込んでも、養分を搾り取って使い倒しても、好きなように踏みにじっても、それでも飢えているみたいな感じだよね。きりがない感じ。
根源的な貪欲さ? 恨みとか憎しみとか悪意とか嫉妬とか羨望みたいなもの、そういうものがごちゃ混ぜになっていて、こんがらがっていて、もはや自分の貪欲な欲望やあらゆる衝動を満たすことは自分の正しい権利みたいにすら思っていそうな、なんかそういうもの」
うーん。
実感こもってるなあ。
そして、何故か私もよくわかる。わかりすぎる。被害に遭ったので実感を持ってわかる。
こういうの、ある種の選民思想みたいなものとも言えるのかな。
何となくカルトとかヤバい宗教によくいそうなタイプをイメージする。
それを本当に本気で心の底から信じ込んでしまっているので話が通じない、根本的に分かり合えない感じ。
「さすが葉月。頭がいいだけあるね。この素晴らしい観察眼と表現力よ。何というか、あまりにも的確過ぎて驚いています」
私がまじめぶったかおで神妙にそう言うと、葉月は笑った。
「なにそれ。そしてどんなキャラなの」
うむ、と頷いて私は言った。
「とりあえず、うっかり同情してしまったら、とんでもない目に遭うってことだね?」
「そう、その通りよ」
私はお弁当をぱくぱく口の中に入れながらフェンスの向こうの青空を見つめた。きれいだなあ。すかっと晴れた青空に真っ白な雲が浮かんでいる。ちょっとぼうっとしてそれに見惚れた。
根源的な飢え。かあ。人が人を思う真心に対しての、善意や優しさや誠実さなどへの、羨望。どうしようもない飢餓感――飢渇、渇望とか乾きのようなもの。そんなものに取り憑かれてしまったとしたら──そうしたらひとはどうなるのだろうか。それってどんな気持ちだろう。自分がどんなに渇望してもずっと満たされ得ないものを、当たり前のように享受しているような人を目の前にしたとき、どんな気持ちになるだろうか。常にそのような状態であれば、憎しみに変わるかもしれない。奪えるところから奪いたい、奪えないなら壊したい、貶めて、破壊したい、自分にはその権利がある、とか?
「……でもなんか一番こわいのは、そういうのって、案外だれの心の中にもその種になり得るものがあるのかもってことかも。休眠中のウィルスみたいに、何かのきっかけである日突然活性化することもありえそう……自分も例外じゃない怖さとか、あとなんかどうしようもないような悲しさとか。そういう自分が自分であることの、存在自体の、どうしようない悲しさも根底にあるような気もする。……どうしたらいいんだろう、もしそうなってしまったら。自分では止められないだろうし、誰かに止めてもらいたいって思うかも。それか、私から逃げてーって泣きながら追いかけるとか?」
葉月は私を黙って見つめた。それから自分の手元に視線を落とした。
「うん、そうかも。安易に自分だけは違うって切り離してしまうと、それに簡単に呑み込まれそうな気がするから、自分にもあるかもってくらいがちょうどいいかもね。自然な免疫力みたいなものだね。だからって同情は禁物だけど」
そう言ってから、私に目を戻し、
「神奈、気をつけなよ。あんた、ちょっと同情してるし。すでに」
「そうかな」
「うん、そうだよ。それに、誰かに止めてもらいたくても止めるほうに負担かかりすぎだよ。だったらほとぼりが冷めるまで、それこそ、その吸血ゾンビウィルスが餓死するまで一人で閉じこもっていてほしいよ。私ならそうする。それで自分も死んでも仕方ない」
「なるほど。私もそうすることにする」
「自分の始末くらい自分でつけろよって話でしょ」
「そうだね。そんな恐ろしい甘えをぶつけられても困るしね。誰か止めて~って言いながら吸盤付きの触手を絡みつかせようと近づいてこられてもね」
「こっちくんな、でしょ。ていうか、速攻で逃げるよふつう」
「確かに」
「あ、あと、共通する特徴に、自分を理解してほしい、わかってほしい、っていう感じもあるかな。だから理解しようという姿勢がもう同情と同じもの、相手の飢餓感を誘発して呼び寄せる気がするから、神奈、あんたほんと気をつけて。彼ら彼女らは、どうか理解してほしいとかしおらしく言いながらも、実際はわかれーって全力で圧しつけてくる。強要してくる。自分の問題なのに、相手がそれを理解して共有して肩代わりすることすら相手の義務だ、自分にはそれをしてもらう当然の権利があるんだ、くらいにものすごく図々しいよ」
「なんかちょっとわかるかも」
最初に届いた亜実ちゃんの手紙を思い出した。
確かに、一言で言えばあの手紙の内容は、とても図々しいものだった。紙の分量も厚かったけど、内容はさらぶっとんだ厚かましさだったし。
海と陸にも一応静香さんや葉月から言われたことを要約して話した。うまく伝えられたかどうかわからないけれど(専門用語はネットや図書館で調べた)とにかく一応は伝えておいた。
「もう何もないといいけどなあ」
二人はちょっと不安そうにそう言っていた。




