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「バイト禁止なのに大丈夫なの」
次に聖一さんに会ったときに、そう訊かれたので
「ちょっとした手伝いだもん」
と言ったら、彼は笑った。
「じゃあ、僕のところでもちょっとアルバイトしない?」
「お仕事のお手伝い?」
「そう。簡単な書類の作成とか整理とか手伝ってもらえると助かるんだけど。ちゃんとバイト代出すよ」
面白そう、と思って私は引き受けた。
「いいよ、やる」
時間があるときに寄って手伝ってくれればいいと言われたので、とりあえずキイナの家に遊びに来たら、彼のところに顔を出して何か手伝うことがあるか御用聞きのように訊くことにした。
彼のところでバイトすることになったとキイナに伝えたら、
「それじゃあカンナとあまり話せないじゃない」
と言うので
「そんなこと言っても、ほとんど克己くんと一緒にいるから別にいいじゃない。私とは学校でも話せるし」
「そうだけどさ。でもこっちにも顔出してよ」
とちょっと照れていた。
「キイナは克己くんのこと好きじゃないの」
「うーん、いいやつだと思うけど、何かつきあうってなると照れくさい。今の感じがいい」
「それは殆ど好きだってことですな」
「そうだけど、なんだか照れるんだよ」
いいなあ、かわいいなあ。
「キイナってなんか可愛いんだね」
私がにやにやして言ったら、キイナはさらに照れていた。
「もう、からかわないでよっ」
「ごめんごめん」
あははと笑いながらキイナのふりあげた手をさけて二人でじゃれていたら、向こう側から四番目のお兄さんがキイナに
「来てるぞー」
と声をかけた。
道場に克己くんが来ていることを知らせてくれたのだ。
なんだかんだと言っても、克己くんはキイナの家族に受け入れられていた。
「よし、差し入れ作って持っていくか」
克己くんが来ると、もれなくキイナからみんなにお茶とおにぎりとかサンドイッチとかの軽いおやつが差し入れられるので、そのせいかもしれないけれど。
桜澤家の広いキッチンで大きな炊飯器を使ってごはんをたくさん炊き、梅干しとおかか、昆布や鮭のスタンダードな小さいおにぎりを沢山握って、海苔を巻いて、大きなやかんでほうじ茶をつくる。たまにサンドイッチや大量の揚げたてコロッケになったりもする。私がいるときは私も手伝う。
「差し入れの準備は必ず手伝うことにするよ」
私がそう言うとキイナはうんと嬉しそうに頷いた。
「なんかこういうの、楽しいよね」
「うんわかる」
海や陸とご飯を一緒に準備したり片づけたりするのもこんな感じだからだ。
「友達と一緒にご飯作ったりするのって、なんか楽しいんだよね」
「キャンプみたいだからじゃない?」
「ああ、そうかも」
言ってからキイナはちょっと淋しそうに
「前は聡子もいたのにね。まだ謹慎解けないのかなあ」
「そうだよね、あれからだいぶたつのにまだ送り迎えされてるし」
「それでも夜こっそり窓から脱け出して近くの公園で彼氏と会ってるから、すごい根性だよね」
「反対されれば燃え上るものよ。ロミオとジュリエットだもん」
「そのうち、彼氏と駆け落ちとかしなきゃいいけど」
「なんかやりそうだなあ」
噂話をしながらキッチンでお茶を飲んでいたらご飯が炊けたので、キイナがしゃもじでかきまぜている間に私は海苔や具なんかをテーブルに並べた。粗熱をとってから、ほかほかのごはんをどんどんにぎっていき海苔を巻いたりしていたら、珍しく聖一さんが顔を出した。
「すごいね。大仕事だね」
「お兄ちゃんも食べる?」
「海苔のいい匂いがうまそうだなあ。2~3個もらってこうかな」
「どうせなら全種類持って行きなよ」
そう言ってキイナは4種類の具のおにぎりを小皿に入れて彼に渡しながら
「珍しいね。どうしたの? こっちになんか用事があったの?」
と尋ねると、彼は私に
「うん、神奈ちゃんがバイトしてくれるときにちょっと遅くなっても大丈夫なら19時か20時くらいまで手伝ってもらえないかなと思って」
「大丈夫ですよ」
「そう、ありがとう。助かるよ」
「夕飯差し入れようか?」
キイナが言って、聖一さんが
「あ、じゃあそうしてもらおうかな。二人分届けてもらえると助かる。神奈ちゃんも夕飯食べて行きなよ」
「うん」
「まかない付きのバイトだね」
「そうだね」
三人で笑っていたら、彼が私に言った。
「もしよかったら今日からお願いできる? 資料の場所とか先に教えておきたいんだけど」
私がキイナを見ると、
「しょうがないなあ。じゃあこれみんなに一緒に運んでもらったら、カンナを貸してあげるよ」
「いつからマネージャーになった」
「今から」
聖一さんは明るい声で笑ってから
「じゃあ、あとで顔出してよ」
と私に言ってお皿を持って出て行った。
「なんだかカンナ、うちでこき使われるために来てるみたいだね」
「こき使われてたのか」
「でもバイト代出すって言ってたから、けっこうはずんでくれるかもよ」
「面白そうだからべつにボランティアでもいいんだけど」
「もらえるものはもらっときなよ。そんでなんかおごってよ」
「たかる気だったのね」
「そうそう」
笑っていたら、今度は道場主のお父さんがキッチンにひょっこり顔を出して
「みんな待ってるぞー」
と催促に来たので、私たちは笑いながら差し入れを運んでいった。
道場には近所のちびっこもいるし中高生もいるけど、みんな食べ盛りなので、山のようにあった差し入れはあっという間にはけてしまった。キイナはなんだか克己くんと楽し気におしゃべりしながらお茶を飲んでいるので、私はそのままそうっと脱け出すようにして聖一さんのいる離れを訪ねた。
ノックするとすぐに
「どうぞ」
と言って、彼がドアを開けてくれた。
「ちょうどよかった。こっちの倉庫にある資料の整理をしてもらいたいんだよね」
そう言って、彼は玄関から入ってすぐのドアを開けて、資料の棚がたくさん並んでいる部屋に私を連れて行った。手前の棚にあるものはナンバーがふられているボックスや引き出しに入っているけれど、奥の棚にあるものはナンバーがふられておらず、色分けされた大きなボックスがいくつかあるだけ。そのカラーボックスの資料を小さな引き出しに色+ナンバーをふって小分けにしまって目録を作っていってほしいとのことだった。同時にスキャンできるものは全てデジタル化してファイルも管理するらしい。
「すごい量だね」
「そうなんだよね」
かなりの量の資料に驚いていたら
「すぐに終わらないだろうから、ちょっとずつやってくれたらいいよ。とにかくやり始めないことには。こつこつやればなんとか片付いていくだろうから」
「そうだね」
「助かるよ、ありがとう。あとちょっとした文書作成も手伝ってもらいたいから、それは今度説明するね」
「はい」
「時給は1300円位でどうかな」
「そんなにふんぱつしてくれなくてもいいよ」
「ふんぱつしてるわけじゃないけど」
笑って彼は言った。
「タイムカードがあるわけじゃないから、時間を自分でメモしておいてくれる? 自己申告で。バイト代は月末締めで翌月の最初の勤務日に手渡しで支払うから」
軽いお手伝いのつもりだったので気楽に考えていたけれど、そんなにきちんとしてくれるとは。それにこんないい時給を支払われるなら、きちんとしたほうがいいかなあ。なんか申し訳ないしなあ。
「じゃあ、もう時間を決めてしまいましょう。今が17時少し前なので、週2日、17時から19時、もしくは20時までということでどうでしょう?」
「20時まででもいいなら20時まででどう? 週2日×3時間のバイトってことで」
「じゃあそれで」
「決まりだね」
彼はちゃんとした契約書をつくって持ってきたので、それにサインしてきちんとバイトとして雇われることになった。控用の契約書も渡された。その日は19時頃にキイナが夕飯を運んできてくれたのでそれを一緒にリビングで食べて20時まで資料の整理をして家に帰ったので、次のバイトの時に
「食事時間はひいてください」
と言ったら、彼がそれくらい別にいいよと笑うので、食事時間の分30分上乗せして20時半まで手伝ってから帰った。そうしたらまたきちんと契約書をつくり直してくれて、30分休憩をひいた17時から20時半までの3時間勤務と几帳面に記載されていた。
バイトを始めたこともあり、私は更にあまり家にいる時間が少なくなった。この頃は殆ど家にはお風呂に入って眠るために帰るだけみたいな感じだったが、友達のお兄さんの会社ということもありバイトに関して特に両親に何か言われることはなかった。契約書もちゃんとあったので控えを預けてあったからかもしれないけれど、単に校則で禁止されていることを忘れているだけかもしれない。一度電車を乗り過ごして門限を過ぎた時も特に何も言われなかった。




